【特別取材】「ライブの模倣」ではないライブ配信の新しい使い方。自動撮影システムについてソニーミュージックに聞いてみた(後編)「未来は音楽が連れてくる」連載第78回
今年3月にソニーミュージックの発表した「自動ライブ撮影配信システム」は、AIを活用することで音楽ライブの撮影費を1/10に落とす画期的なものだが、バージョンアップが進み、いよいよ他社からの相談を受け付けるという。前回に引き続き、ロングインタビューの後編をお届けする。
【特別取材】音楽ライブ・ビジネスに革命を起こす自動撮影システムについてソニーミュージックに聞いてみた(前編)
【特別取材】AIがカメラマンになると世界はどう変わる?自動撮影システムについてソニーミュージックに聞いてみた(中編)「未来は音楽が連れてくる」連載第77回
<取材>
福田正俊氏:ソニー・ミュージックエンタテインメント EdgeTechプロジェクト本部 LSチーム チーフプロデューサー
原口竜也氏:ソニー・ミュージックエンタテインメント EdgeTechプロジェクト本部 本部長
戸井田隆男氏:ソニー・ミュージックソリューションズ ホールネットワークカンパニー ホール事業企画室 部長
(取材:Musicman 屋代卓也・畑道纓・榎本幹朗 収録日:2023年4月25日)
ARのコストダウンでライブ配信の付加価値向上へ
榎本:ARの部分はどのように?
福田:先ほどのロボットと自動追跡は3年前の立ち上げから作っていたのですが、ARの部分は2年前からとりかかりました。「コストダウンだけでなく、ライブ配信独自の価値を上げることは出来ないか」というところで、ARはその手段のひとつです。「AR配信を簡単に、安くできないか」という目標で開発を始めました。
ARの映像をゼロから作るとCG制作費がかさんでしまうので、事前にCGのカタログを用意してそこから選ぶだけなら安く出来ますよ、という方向で開発しました。最初は16種類ぐらい作ったかな?
榎本:これを使えば豪華なライブ映像も簡単にできますよ、という方向?
福田:そうです。ちゃんとカメラ・アングルに追従した形で、例えばあたかもそこにないはずの炎があるように演出できる、とか。
榎本:これって照明も合成できそうですね。
福田:今、お見せしている映像の照明は現地にないものです。
榎本:そうなんですか?すごい!この裏側の照明は?
福田:それは現地にあったものです。
榎本:裏側の照明もいずれ出来ちゃいそうですね。
福田:あとこのステージにおいてあるテレビ・モニター。これもプリセットで用意したCGです。
榎本:これはいい感じです。
福田:開発段階では、まだコロナでライブ配信が多かったので「ステージ終了後、家でアーカイブを見返したらまた違ったステージになっていれば価値が上がるのではないか」と仮説を立てて開発しました。
榎本:そのうち衣装も変えられるようになりそうですね。あと観客を足すとか、配信を見ている観客のアバターを載せて動かすとかいろいろ・・・。
福田:はい。コロナ禍の3年間にいろいろ作ってみましたが、コロナが開けて製品をリリースしたらまた違ったニーズを聞けると思うので、これからもいろいろ作っていくつもりです。
屋代:このARのシステムも30万円に含まれているのですか?
福田:いや、これはオプションです。
「ライブの模倣」ではないライブ配信の新しい使い方
原口:コロナ禍の3年間でさまざまな形で音楽ライブの配信が実施された結果、ライブ配信を体験したことのある音楽ファンが一気に増えました。さらに、それまで音楽ライブとの接点がなかった人たちにも、ネット経由で配信される音楽ライブでライブエンタテインメントの魅力を知ってもらうことができました。「ライブ配信」の普及を目指す観点ではこの3年間は、ある意味でとても良い変化の期間だったと思います。
一方でコロナ禍があけてみると、リアルなライブの価値と魅力があらためて認識された結果として、ライブエンタテインメントはリアルへの回帰が進んでいるようにも見えます。我々は、ライブ配信をより多くの主催者に実施してもらえるように、撮影収録のコストを大きく下げることを実現したわけですが、それだけではまだ足りない。これからライブ配信を世の中に本当に定着させていくために今一歩必要なのは「リアルには無くて、配信にしかない価値・魅力をどう作っていくか」ということだと感じています。
未来に向けて大きく開きかけた音楽ライブ配信の扉が、閉じかけているような危機感を感じます。今は分岐点で、閉じかけた扉を再び大きく開きたい、それが我々の次のトライです。
榎本:2020年頃、SMEに「中国ではライブ配信がコンサートやサブスクより稼いでいます」という情報を伝えたことがあったんですよ。これは本にも書いたんですが、中国ではコロナ前からライブ配信がライブを超える勢いで盛り上がっていた。
ライブ配信と言っても音楽ライブじゃなくて、たとえばかわいい女の子がライブ・コマースをやったり、おばちゃん同士がカラオケを歌ってお互いに投げ銭、ギフティングを渡してオンラインの飲み会をやる、というのが流行ってたんです。つまりライブの代わりじゃなくて、ライブ配信独自の価値を見つけてたんですね。
僕は「この方向に行くんじゃないでしょうか」と伝えてたんですが、ただ僕も神様じゃないんで全部、予測は当たらない。日本や欧米で中国式のライブ配信は嵌らなかった。でも、この新しいライブ配信の仕組みなら先進国に合った、単なるライブの代わりでない新しい使い方が誕生するかもしれない。すごく期待してます。
屋代:音楽ライブ中継としてのライブ配信は、結局のところ、ホールに集められる人数の60~70%と係数が出ちゃって、やる気がなくなっちゃった訳ですよね。「コストの割にリターンが少ない」と。
福田:売れるものと売れないものがはっきり分かれたところにヒントがあると思います。例えばとあるアーティストさんのオンラインライブは、基本的に見逃し配信をされていません。「ライブというのはみんなで同じ時間に集まって時間を共有するもの」という信念だと思います。こうしたメッセージはきちんとファンに届いていると思います。
オンラインでもこういった工夫を重ねている方たちは、会場で楽しむライブ体験の魅力とは別の魅力を提供されて、配信チケットの方も売れているようですので、今後はますます売れるオンラインライブと売れないオンラインライブの二極化が進むのではないか、と。
榎本:このシステムはオンラインでもチケットを売れる人たちの裾野をもっと増やす方向で?
福田:それはこれから続けていくことで答えが出ていくと思うんですが、まず我々は主に予算がなくて映像化できなかった素晴らしいライブを世の中に届けたいと思っています。有料配信のみならず、YouTubeなどの動画共有サイトなどでのPR用途にも役立ちたいと考えています。
TikTokなどショート動画も流行ってますが、ライブ映像を通してしっかりと音楽の魅力を伝えていくことは、これからもずっと大切ではないかと思います。
屋代:ジャズやクラシック、邦楽や歌舞伎のようなポップスに比べて人数の少ない音楽の映像をちゃんと残していくことにも繋がりますよね。人類の音楽文化に貢献することになる。
福田:僕はそう思ってます。やっぱり素晴らしい音楽を映像を通じてきちんと伝えていくことはこれからも変わらないと思います。
ライブ配信で観客の熱を演者に届ける挑戦
榎本:ひとつリクエストがありまして。もうサンプルされてると思うのですが、ライブ配信での演者の不満で致命的なのがありまして、観客からのリアルタイムなフィードバックが無いに等しい、ということです。
演奏が終わってスマホに目を凝らしてチャットを読むのはライブのフィードバックにはなってない。演奏に視聴者の熱が反映しないし、そもそも格好悪い。でもZeppだったら視聴者のリアルタイムなフィードバックを演者に返す設備を置けるかもしれない。
福田:それはプロジェクトを進める中でもよく話題にあがる話です。
榎本:そうですか(笑)。それはぜひやっていただきたいです。
戸井田:コロナ禍の3年間で無観客配信も多くやって痛感したのですが、ライブって観客のためのものだけじゃなくて演者のためのものでもあったということなんですね。
客席側にモニターを並べて視聴者の姿や声が届くのが演者から見えるようにする試みもやりました。その時は通信の関係で反応にタイムラグが出来てしまう、という技術的な課題が出ました。演奏とは反応がズレてしまう。
福田:新宿は今回、施策のひとつとしてLEDパネルを演者から見える場所とステージの背面に複数、設置しました。そこにZoomとか使ってお客さんの顔を映すことは可能です。
榎本:演者さんだけでなくて視聴者や観客からもLEDが見られるようにされたんですね。反応はいかがですか?
原口:LEDの使い方としてそれが決定的な答えかといえば、まだそうではないと思います。
榎本:視聴者の生の顔を出すというのがハードルを上げてるかもしれないので、一瞬でアバターに変換して動かすとか、しっくり来るメソッドが見つかるといいですね。
戸井田:そうですね。メタバース空間でのライブへの取り組みも並行してやっているんですが、観客をアバター化して表示するのか、演者をモーションキャプチャーでCGに変換して仮想空間に出すのがいいのか、どれが正解なのか、プロジェクトチームを立ち上げてトライ&エラーを重ねているところです。
原口:3Dのメタバース空間の中で2Dのライブ映像を鑑賞するイベントを観ても「これでみんな楽しいのかな?」と疑問を感じますし・・・。
榎本:以前360度カメラで撮った音楽ライブを観せてもらったんですが、申し訳ないんですがその場に参加した全員が「うーん」となって(笑)、何かが足りなかった。でも、そこにかぶせるべきコミュニケーションのプラットフォームのかたちがまだ見えてなかっただけで、これがそのベースになっていくかもしれませんね。答えが見つかる瞬間を楽しみにしてます。
原口:そうですね。何かが足りない、ということを考えるときによく思い出すことがあります。コロナ禍真っ只中の2020年に、イープラスでStreaming+を立ち上げた松田勝一郎さん、SMSでStagecrowdを立ち上げた田中哲也さん、配信に関する技術探索をしている私の3人のリモート会議で、ライブ配信について意見交換をしたことがありました。そのときに松田さんがおっしゃっていたのですが、「今のライブ配信はテレビの黎明期に似ている。テレビが始まったとき、最初はラジオ番組の収録風景を撮影して流していたらしい。もちろんそれはつまらない。それまでやってたものを単純に撮影して流しても、未来がない。」と。
榎本:実際、四半世紀前にライブ配信が出てきた時、僕らも「ラジオの収録風景を配信してみよう」となったのですが、つまらなかったです(笑)
原口:ラジオの映像付きがテレビではなくて、テレビでしか作れない番組を考え出したとき初めてテレビの魅力や価値が伝わり、テレビ業界といわれるほどのビジネスに成長した。同じように、ライブ配信がリアルなライブの代わりから卒業して、ライブ配信ならではのコンテンツを発明して提供できたときに初めて本当の意味で定着するのではないか、という考えです。
榎本:僕は20年前、ライブ配信でいろいろ失敗を経験したので、例えば「テレビの真似しても面白くならないですよ」とか「ライブの代わりでは意外とつまらないですよ」とかコロナの間、経験談を言うことがあったんですが、みなさんピンと来なくて。でも一度みんなでやってみて、今ではそれがコンセンサスになった。だから「ようやくライブ配信で面白いことをやれる時期に入ったかな」と逆に期待してます。
原口:誰かに突然アイデアが降ってきて変わるということもあるかもしれないのですが、そのためにもまずは、より多くの人がライブ配信について感じて、考える機会を増やしていきたい。我々としては少しでもライブ配信のハードルを下げて、一本でも多くライブ配信ができる環境を用意していく。それによってライブ産業自体が自らステップアップしていく土壌を作っていきたいと思っています。
「ライブ配信のよろず相談を受け付けます」
畑:この記事を読んで「使ってみたい」「申し込んでみようか」となった場合、どうすればよいのでしょうか?
福田:現時点ではKT Zepp YokohamaとZepp Haneda(TOKYO)に設置してありますので、そちらをご利用の方にはぜひ、どんどん使ってほしいと思います。
戸井田:今は一年先までブッキングが入っているので、ブッキングされている方々に僕らの方から「いかがですか」と提案することはしてます。先日オープンした新宿に出演したアーティストさんから「興味あるので次回のツアーでの使用を検討したい」とお話しいただいて、資料をお送りさせていただいたり。またライブ配信ではなくて映像作品の制作のためにマルチアングルのシステムや、4Kカメラによる自動トリミングの部分を使いたいというアーティストさんもいらして、意外とそういう需要もあるのかもしれません。
福田:夏以降はZepp以外のライブハウスなど、どこでも使える新システムが完成予定です。僕らは「千本ノック」と呼んでいるのですが、バグをなくし、システムを鍛えるために、なるべく多くの案件を手掛けていきたいと思っております。ソニーミュージックグループの枠内にこだわらずにたくさんのレーベル、事務所のみなさんと広くやっていきたいので、ライブ収録、配信に関するよろず相談、受け付けますので、ぜひお声掛けください。
屋代:御用の方は福田さんにぜひともご連絡ください。
福田:テクノロジーの力で音楽業界に貢献していきたいので。いっしょに開発を進めるパートナーも探しております。
戸井田:去年の夏時点で1~3千人規模のいくつかのライブハウスの方々とこのシステムについてお話させていただきました。その時点ではUWBセンサーの設置が必要で予算も大きめだったのですが、今年の夏以降、センサー無しで設置できるようになると、使いやすくコストも下がりますので、Zepp以外のホールにも利用いただけるようになって行くと良いと思います。
音楽業界のみなさんと新しいものを創りたい
屋代:これは何名のプロジェクトなのですか?
福田:何名!それは考えたことがなかったです(笑)
屋代:いっぱいオファーが来てしまっても引き受けられますか?
福田:大丈夫です。撮影機会は多ければ多いほどよくて、だから僕らは「千本ノック」と呼んでいるんですけども。
屋代:ヘロヘロになるまでやる、と(笑)。
原口:福田さんは現場主義の人。ソニーの開発メンバーを配信の現場にどんどん連れて行って、スペック勝負でなくて「使えるものを作る」というのを現場で徹底して追求してます。
屋代:福田さんが現場の総責任者?
福田:僕は憎まれ役です(笑)。広い会議室で問題なく動いても、厳しい環境の狭いステージでは使えないというケースもあります。そういうのはライブの現場に連れて行って初めて見える努力目標だったりしますから。
原口:あと、我々の中では「賢者」と呼んでいるのですが、その道の専門家、有識者を現場に呼んでヒアリングしています。
現場で活躍している方々がアイデアを持ってたり、そこからヒントをもらえたりしますので、「何かいっしょにやってみたい」という方にはぜひお声掛けいただいて、いっしょに次のものを作っていけたらうれしいです。
榎本:1998年にSMEが佐野元春さんによる日本初の有料ライブ配信を手掛けてから四半世紀、経ちました。
第一波の「ネットでライブ配信ができるらしい」という時期は、専用回線を引くのも高額だったし、通信速度も遅く低画質だったし、パソコンを持っている人しか観られなかった。
第二波はスマホとクラウドが普及して、誰でもスマホひとつでライブ配信ができる時代になったのですが、いざ本格的に音楽ライブを中継しようとすると機材と人件費が大変で大物しか出来ないという時代。
この自動ライブ撮影配信システムはAIを活用した第三波で、アーティストなら誰でも本格的なライブ映像を配信できる時代を切り開くと思います。この技術革新で、ようやく本当の意味でライブ配信が花開くのではないか、と。
この革新をソニーグループが起こしたのは、テクノロジーとコンテンツが結び合わさる土壌を持っていたからではないでしょうか。ぜひ花開かせていただきたいです。
屋代:久々にソニーから出てきた音楽産業の根幹にかかわる技術革新ですね。最後に音楽業界へメッセージをお願いできますか?
福田:僕らは真摯に音楽業界に貢献したい、という気持ちを基本にがんばっているチームです。これで大儲けしてやろうとか、そういう邪心は持ってないので(笑)。音楽業界ともっともっと繋がって、いっしょに音楽文化を盛り上げていきたいなと思っておりますので、よろしくお願いします。
原口:配信が新しい形で成長していって、そこから新しいアーティストが出てきて、そのアーティストのパフォーマンスを観て多くの人が救われて、とか、そういう好循環を社会にもたらしていくことが一番の願いです。我々はテクノロジーの力でそういう未来を作るお手伝いができれば、と思っています。
屋代:YouTubeだってTwitterだって最初から今のかたちだった訳じゃないじゃないですか。使う人間が「こんなこともできる」「あんなこともできる」と自然に使い方を見出していった。これもきっとそうなると思います。
榎本:本でも書いたんですけど、中国であれだけライブ配信が上手くいったのも偶然の出来事が始まりでした。オンラインゲーム会社が「ユーザーはビデオチャットルームでどんな話題をしているんだろう」と覗いてみたら、ゲームじゃなくて女の子がカラオケで歌ってる部屋がものすごく盛り上がってて「これだ!」となって、コロナ前からライブ配信ブームが始まった。試行錯誤して分かるというのは、いつも同じだと思うんですよ。
僕みたいな「こうしたらいい」「ああしたらいい」と言うのが仕事の人間と違って、福田さんたちはまさに革新が起きている現場の中心にいる。試行錯誤できる場所にいるのが最大の強みのような気がいたします。本日は本当にありがとうございました。
著者プロフィール
榎本幹朗(えのもと・みきろう)
1974年東京生。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。