【特別取材】楽天グループがアーティスト育成プログラムを開始「目指すのはレーベルではなくミュージック・パートナーシップ」(後編) 連載第80回
前回は、楽天グループがなぜアーティストのインキュベーション・プログラムを開始したのか、その真意について訊いたが、今回はインキュベーション・プログラムの具体的な展開と今後について、東芝EMI、EMIミュージック・ジャパン、ユニバーサルミュージックの元A&Rで現在はRakuten Musicのジェネラル・プロデューサーである服部恒氏に語ってもらった。
第1回目となるオーディションでは、1,000人を超える応募者から2人のアーティストがグランプリと準グランプリに決定。去る9月30日に行われた、Rakuten Musicの初主催となるコンベンション・ライブ「NewcomeR-Live vol.0」は一般発売スタートから2日でチケット完売。新たな試みは順調な滑り出しを見せている。
1,000人を超える応募が集まったオーディション。歌は全部聴いた
榎本:実際にインキュベーションというのはどのような感じで進めるのでしょうか?
服部:入り口はオーディションです。第1回目は、音楽コラボアプリのnanaさんをパートナーに迎えて募集をかけましたが、ありがたいことに四桁の応募がありました。
榎本:1,000人を超えるということですね? 大人気ですね。
服部:非常に短い期間だったんですけど、おかげさまで。正直、ぜんぶ聴いたんですよ。
榎本:それはすごいですね。
服部:コラボアプリ上で指定の「#」がついている楽曲をチェックする方式なので、顔がわからない形で、歌だけを聴いてオーディションをしました。かなりアナログで実験的な方法だったと思いますが前例がないので、効率化のイメージが全然湧かないんですよ。それよりスピード感を持って実践することを優先した結果、ぜんぶ聴いて、圧倒的に歌が上手くてポテンシャルがあると思った10人を候補者に選出しました。集まった10人はエリアも年齢もまちまちです。
榎本:10人からどのように絞っていったのですか?
服部:歌がうまい、声質に魅力がある10名ですから、次のフェーズとしては、まずビジネスになるのか、それと本人が今後、自走していけるプロ意識があるのか、見極めていきました。それがオーディションのセミ・ファイナルラウンド(準決勝)、ファイナルラウンド(決勝)のテーマです。
榎本:準決勝、決勝ラウンドの中身は?
服部:やはりスタジオで実際に歌ってみないと実力がわからないので、音楽監修にプロデューサーの西岡和哉さんを迎え入れ、セミ・ファイナルラウンド(準決勝)では課題候補曲をいくつか作ってもらい、候補者が曲を選んで、キーを合わせたものをスタジオで歌ってもらいました。
さらにスタジオで歌っているときにスチール撮影を入れて、ビジュアル・セッションもやりました。それから、課題曲はRakuten Music上で配信をして、オーディションの投票サイト上で人気投票をしました。並行して、「AuDee」で、10名それぞれのパーソナルな部分を引き出すためのラジオ番組を制作。こちらも人気投票をしてもらったので、音楽と個性の両面から人気投票を受け付けて、総合ランキングで順位づけをさせていただきました。これがセミ・ファイナルラウンド(準決勝)ですね。ファイナルラウンド(決勝)ではTOKYO FMさんの音楽番組「RADIO DRAGON -NEXT-」に出演してプロのパーソナリティーさんと喋ってもらって、アーティストとしての人柄も見極めていきました。
榎本:歌唱力、ビジュアル、人柄を審査基準にしたんですね。そこらへんはライブを観に行って確かめるのが普通だと思うんですが、今回はライブも経験していないような、ふつうに歌が大好きな子たちが応募してきたのですか?
服部:そうです。コロナ禍でもできることを考えた結果でもあります。
榎本:NFTを使ったというのは?
服部:ファイナルラウンド(決勝)では、Rakuten NFTを通じて5名のファイナリストのNFTを発売して、プロの卵としてどれくらいお金を払ってくれる人を集められるか、というのも並行して見極めていきました。このNFTを買ってくださった方々を私たちは「First Believer」と呼んでいます。限られた発行数が価値を持ち、NFTにはシリアルナンバーが付与されるという意味で、古参の証としてNFTを発行することはとても相性が良いんです。
榎本:お金を払って、アーティストの立ち上げを実際に助けてくれるコアファンが「First Believer」ですね。そういう人たちを集められるか、という部分でNFTを活用した、と。
服部:はい。このように色々な方向性でアーティストとして支持される要素を一般ユーザーに投票していただき選抜していったので、全く忖度はないんですよ。楽天は音楽レーベルとしての歴史はないので、レーベルカラーは無いし、楽天と契約したからメジャー・デビューみたいなわかりやすいゴールにもならないですから。シンプルに歌が上手くて、支持されるポテンシャルを持っているアーティストを見極めて、IT企業の強みを活かして、定量的な要素を多めに選抜していったということでした。
榎本:忖度がないというのは、楽天がレーベルではなくインキュベーターを目指しているから?
服部:はい。「このオーディションで選ばれた方は、ちゃんと世の中に支持された人なので、一緒に広げていきましょう」というのが基本方針ですから。
3月までオーディションをやって、アポロにグランプリが決まりました。ファイナルラウンド(決勝)では「配信楽曲の人気投票」と「NFTの販売パック数」の二つの指標をポイント化して、総合ポイントでアポロがグランプリを獲得しました。あと、SNSで33万人以上のフォロワーを持っていたtsunaが、配信楽曲の人気投票で抜きん出た支持を得ていたので、SNSのフォロワー数も考慮した上で準グランプリを設けて選出しました。
ブランディングとメディア・プロモーション
榎本:オーディションの後は?
服部:まずカウンセリング。彼女たちのアーティスト性に合った音楽やビジュアル、どんなメッセージで世の中と接点を持つか、このヒアリングと試行、見極めに3ヶ月かかりました。
一流のビジュアル・クリエイターの方々に参加していただき、プロダクション・チームを結成。セッションのなかで、さまざまなカットを撮りながら、彼女たちのルックスや表現、言葉とマッチしているビジュアルはどんなものか、楽曲集めと並行しながら試行錯誤していました。8月にようやく名刺代わりとなるプレビュー・シングルを2アーティスト同時に発表しています。
榎本:オーディションの後、ビジュアルづくりから楽曲制作まで4ヶ月かけて念入りにやったんですね。配信はRakuten Musicのみ?
服部:Rakuten Musicで先行配信して特集してから全DSPで配信しました。これが8月16日。9月に入ってMVを公開して、9月30日にお披露目のライブ。おかげさまでチケットは一般発売から2日で完売しました。
榎本:この段階ではCDは使わない?
服部:使いません。まずはここまでの成果の中で、興味を持ってくださるメジャー・レコード会社やプロダクションがどれくらいあるか、メディアへの波及はどれくらいか、見ていきながら次のビジネス・フェーズへ持っていきたいな、と。
榎本:インキュベーション・プログラムの企画・制作が終わって、お披露目して次がプロモーションですね。具体的には?
服部:ミュージックマンさんもそうですが、Web媒体、紙媒体にもアプローチしてますし、テレビ局、ラジオ局のみなさまにもプロモーションしています。そこはレコード会社やイベンターでプロモーターをしている方々もチームに入ってやっています。
榎本:なるほど。確かにDIYでやっていたらここまでのサポートは得られないですね。
DIYではできないものを提供する秘訣とは
服部:やはりお金と時間の部分でいうと、我々と一緒なら一気にスピードアップできると思います。アーティストは、いちばんフレッシュなときに世の中に出られるチャンスを得られるはずです。
榎本:DIYとSNSマーケティングが一時期、もてはやされましたが、じぶんたちだけでプロモーションをやっていると時間がかかって機を失ってしまったり、大変すぎていちばん大事な音楽活動に支障が出てくると思うんですよね。
服部:そうですね。たとえばクラファンでも同じことができなくはないとは思うんですが、お金は集まりますが、返礼で疲弊してしまったり、結果、大切なファンの信頼を失ってしまったり、二回目からは集まらなくなったり、ジレンマがある。投げ銭も諸刃の剣じゃないですか。
榎本:そう思います。
服部:だから大きな母体のある楽天みたいな会社が「権利を一部いただきますがしっかり投資しますよ」と。アーティストと我々のお互いが補完関係になれると思います。
榎本:なるほど。権利というのはたとえばメジャーと契約だったらアーティスト側が10%以下で、DIYなら100%ですがその中間?
服部:アーティストの成長のフェーズや投資規模によって変わりますが、基本的にはすごくわかりやすくしてあります。独占でのエージェント契約なのでシンプルです。
榎本:アーティストをサポートするには人が動かなくてはならない。でもそうすると固定費がかかってしまう、という話が前回に出ましたが、たとえばメジャーレーベルが、あるアーティストをデビューさせて売り出していくぞとなったとき、どれくらいのスタッフが動いているものなのですか?
服部:レコード会社のプロジェクト規模によりますが、メジャー流通でリリースをするということは、特約店契約で全国に分け隔てなく音楽パッケージを送り出すということなので。その規模のビジネスを展開するためには、ブランチのセールスや、プロモーターなどを加えれば、やはりアーティスト1組につき20〜50人ぐらいは色々な形で関わっていると思います。
榎本:楽天のインキュベーション・プログラムではどれくらいの人数が稼働していますか?
服部:コアメンバー2人ですね。
榎本:ふたり!?
服部:固定費でいうと2人です。メディア・プロモーションが必要であればプロモーターに外注というかたちで変動費になるべくしてあります。最初の固定費は最小限にして、変動費をさじ加減していく柔軟さを持ち合わせることでロングテール型のビジネスが創れるんですね。
榎本:なるほど。そこが一番の工夫かもしれませんね。
服部:そうなんですよ。今も10人から15人がプロジェクトの推進に参加してくれていますが、コアは2人です。
ホールともパートナーシップを考えていきたい
榎本:インキュベーション・プログラムとして、ライブの展開でも工夫しているそうですが?
服部:一回目のライブというのはご祝儀だと思っているので、二回目の結果を見るとだいたい現状の実力がわかると思っています。そこでまず一回目は着座の70名キャパでチケットの価格は2,500円、二回目は同じハコでスタンディングでの100名以上のキャパに増やしチケット代も千円増やした3,500円で売ります。標準価格でどれくらい入るか、確認するわけですね。このステージを晴れてクリアしたら来年には小規模なホールクラスにステップアップしたい。という感じです。
榎本:小規模ホールでシリーズ化する?
服部:はい。Rakuten Musicに集っている音楽ファンは、音楽が生活の中心にあるというよりは、お買い物をはじめとする購買体験のなかの一つのチャネルとしてRakuten Musicを楽しんでいる方々だと分析しています。座席のあるホール形式で、安心して家族連れでも楽しめるスタイルを提供したいと考えています。
榎本:音楽好きの才能ある子がライブをやろうと思ったら、なかなか大変だと思うのですが、でも確実に需要があるところですね。
服部:そういう方々の受け皿になりたいな、という思いもありますね。プラットフォーマーとして、ライブの部分でもプラットフォームを提供できないかな、と。
榎本:ホールと提携したり、いっしょに企画する予定は?
服部:全然あり得る話だと思います。たとえば一昔前のライブハウスは新宿LOFTさんとか屋根裏さん、渋谷La.mamaさんとか、ハコのブッキング自体が信頼とブランドを持っていて、そこに出演するアーティストのライブだったら観てみようとか、新作だったら買っちゃおうという関係があったじゃないですか。「ハコ推し」できるような新人のためのライブ企画、ブランドをいっしょに作れたらな、と。
榎本:そうですね。ここに行けば素晴らしい新人と出会えて、応援できるという場所がもっと増えるといいですね。
服部:そうなんです。ロックだと音楽フェスの文化は定着しましたが、たとえば弾き語りスタイルのアーティストって配信はしやすいですが、お客さんを集めて、規模を広げていくのはとても時間がかかるので日の目を浴びるまで時間を短縮するのがすごく難しい。そうした素晴らしい才能や音楽性を持ちながら、ビジネス的に立ち上げが難しいジャンルのアーティストに300人ぐらいのお披露目ができる場所を用意して、なんとかそこで頑張りたいというモチベーションになるイベントになったらいいな、と思っています。
楽天があえて王道の手法で音楽事業に入る理由とは
榎本:こういうふうに広くオーディションで募って、時間をかけてビジュアルとアーティスト・イメージを練り上げて、さらにホールでのライブをサポートして、メディア・プロモーションにも載せていく。アーティストのバリューチェーンに真正面から取り組んでいく意志を楽天さんから感じます。
服部:そうですね。小手先ではなく王道の手法で音楽業界に貢献していきたいです。
榎本:プラットフォーマーとしてIPを真剣に取り扱っていくという意志ですね。
服部:音楽を世の中に送り出すには、「コンテンツ制作」と「マーケティングのチャネル(宣伝・販売)」がとても重要で、後者のマーケティングチャネルとして、今の時代はプラットフォーマーに強みがあると感じます。今の時代、ITなしでイノベーションを起こすことは不可能じゃないですか?楽天グループが音楽IPに正面から取り組むというのは、音楽の未来に取り組むぞ、というメッセージだと思っていますので、そのメッセージを込めてインキュベーションプログラムの企画をしました。
榎本:レーベルで16年以上、働いてきた服部さんが感じていた音楽業界の課題意識と、楽天の課題意識が重なったように感じます。
服部:はい。「オール楽天でエンターテイメント・コンテンツに取り組んでいきます」という宣言も込めて、アーティストIPを中心として、Rakuten Musicから、楽天ブックスやRakuten TV、Rチャンネル、楽天チケットなどさまざまなサービスと連動したプロジェクト推進をしています。
榎本:音楽だけに限った話ではないということですね。
服部:はい。まずは、Rakuten Musicが旗振り役となってアーティストを発掘し、形にしますが、その先は音楽IPを一緒に広げていくために「この指止まれ!」という形でグループの強みを活かして推進できるスタイルを取りました。そのためにも発掘から選抜のプロセスを見てもらいながら期待感を持ってもらうことが重要です。その一つの答えが、インキュベーション・プログラムです。
ライブの次はファンダムの実装
榎本:話を戻しますが、ライブの後はどのように進んでいくのですか?
服部:一例として、ファンダムの組織化です。奨励金やアーティストの独占的なインセンティヴを実装したファンダムを作れないかな、と構想中です。そうした後方支援を並行してやっていきます。
榎本:ファンダム・アプリというのはサブスクの次として最重要だと僕も訴えてきましたが、今はたとえばBTSが中心になっているWeverseとか、ビッグネームや巨大レーベルならできるのですが、中小規模だとやはりコストが賄えなくてなかなか参入できない課題がある。そこを楽天のようなプラットフォーマーが整備してくれると助かるかもしれません。
服部:ファンダムのアプリを我々が開発するというよりは、すでにファンダムに取り組んでいるパートナーがいますので、一緒に我々の持つデータやリソースを活用して、どのようにファン・エンゲージメントを「見える化」して実装していくか、と話し合っています。
榎本:ファン・エンゲージメントの見える化というのは?
服部:たとえばマスメディアを使ったマーケティングだと、主に年齢や性別でセグメントしていきますが、嗜好性が細分化した今の時代、そのセグメントだけでは測れないファンの嗜好や購買行動が潜んでいます。我々は顧客の細かなデータを持っていますから、嗜好性をあぶり出して、そこに合わせて実装できます。属性に注目したトライブ・マーケティングという言葉がありますが、それに近いファンのセグメントの選別段階を大事にしたいです。自走するファン組織の一番いい例がサッカーや野球の応援団ですね。
応援団って基本的にボランティアですよね。でも自発的にやりながら公認してもらって、テーマソングを創ったり、グッズを買って応援したり。エンタメの世界でも宝塚さんみたいに上手くいっている例もある。これまでのファンクラブと並行して、ファンダムを創る。ファンダムはそれ自体がメディアでもあります。
榎本:それはWeverseのような月額制のファンダムとはまた違った形の?
服部:月額500円、1,000円というファンクラブに近い形態もありますが、まずはアーティストを応援したいという思いを個別の支援プロジェクトにして、達成感を味わうことが大事だと思います。例えばみんなで10万円や100万円を集めて、それでアーティストが売れるための支援をする。推し活ですよね。売れたら「私たちがこのアーティストを売った」という満足感と、そのエビデンスがほしいという承認欲求も満たす。短期間で達成感を得られ、次の支援に気持ちが向かう。その関係性とループが大事なので。常に払ったお金より1円でも満足度が高いものをアーティストが提供できれば、また次の投資もしていただけるという意識が大事だと思います。
榎本:たとえばみんなでお金を出し合って、渋谷のスクランブル交差点に広告を出す、とか?
服部:そうした自発的な応援団をサポートしていくイメージです。
榎本:Web3や生成型AIを入れていこうという議論はあるのですか?
服部:そこらへんは日進月歩なので、始めからテクノロジーありきでサービス設計をしていくと足かせになってしまう危険もあります。「何が勝ち筋か」見えてからテクノロジーを組み込んでいく、協業していくという方針です。
好調なRakuten Music、その特徴
榎本:話を原点に戻しますが、音楽サブスクとしてのRakuten Musicの調子を読者のみなさんは知りたいと思うのですが?
服部:シェアという部分では後発のサービスでしたが、楽天グループの強みを加味していくことで改善を重ねて、成長率の面では絶好調です。ふたつポイントがありまして、まず国内DSPであることを活かした国内アーティストのプロモーションです。
去年から、「推し活」という言葉がよく出ますが、推しのアーティストが他の人にもたくさん聴いてもらい応援されて、規模が大きくなる。これは一番目に見えるファンの喜びです。アーティストの「再生キャンペーン」は我々の熱量も込めて、アーティストが多くの方々に来てもらうキャンペーンです。特別なことをしているわけではないかもしれませんが、単曲単位のおつきあいの発想ではなく、音楽を愛し、アーティスに向き合い取り組むことを支持していただけているのが、再生キャンペーンの実施数の増加という形で感じます。お話をいただいたものは全て取り組んでフル稼働しています。
榎本:なるほど。ふたつ目は?
服部:ポッドキャストです。他社さんのデータを勉強させていただくと、ポッドキャストのような音声コンテンツ利用度が上がると、エンゲージメントが高まり、結果、音楽再生も増えるというデータが出ているのですが、これもサブスクと同じで、グローバルプラットフォームの中だと英語コンテンツを含む1万を有に超える番組数のなかに埋没してしまいます。しかし、我々なら効率的に配信するだけではなく、担当者がチェックできる範囲でユーザー適正を考えながらコンテンツの選別をしているので、コンテンツの中身も理解し、愛情を持って番組を全面に押し出すことができます。楽天市場が出店店舗に寄り添って、出店者とユーザー双方に対して大切なステークホルダー同士の接点をサポートしている姿勢と同じだと思います。
榎本:それはいいですね。話は少しそれますが、ミュージックマンでいまプレイリストを使った新人ミュージシャンを発掘する実験的な音楽番組をYouTubeでやっていて、「ミュージックマンのトーク動画→アーティストMV→トーク動画→MV」という再生リストを作ったものを、YouTube Musicでポッドキャストとして配信できることに気づいたんですよ。
そうしたら動画の再生数は大したことがないのですが、ポッドキャストの配信だと桁がひとつ違ったんです。
服部:桁が違うのはすごいですね。
榎本:それで思ったんですが、同じことをグローバルな音楽DSPでやろうとしても音声のみを楽曲としてアップロードできないので不可能なんですね。でも楽天さんならできるんじゃないかな、と。この方式だとトークと音楽の入ったポッドキャストがすぐ出来ます。
服部:音楽の入ったポッドキャストは権利上、むずかしいですが…。
榎本:プレイリストにトークと音楽を載せると、リスト上にある楽曲の再生で楽曲利用料を払うだけです(YouTube Musicの該当システムを見せる)。
服部:確かに、これなら明日からでも出来ますね。
榎本:ぜひ、明日からやっていただければ(笑)。
年間発行ポイント数6,000億超 巨大な楽天エコシステム(経済圏)を活かす
榎本:あと楽天ポイントも大事ですよね?
服部:大きいですね。Rakuten Musicでは1日1曲再生すると(注1)ポイントが入る仕組みがありまして、それは月々最大30ポイントと少ないかもしれませんが、ふだん楽天サービスを利用してポイントを貯めている方には魅力的だと思います。
(注1)曲を途中でスキップもしくは停止した場合は対象外
榎本:昔、楽天が音楽サブスクを始めるときヒアリングに呼ばれまして、その時、すぐ調べたのがポイントサービスの市場規模です。最近のデータだといくらぐらいでしたっけ?
服部:2022年度の楽天ポイント総発行数は6,200億ポイント。矢野経済研究所の調査によると、国内のポイントサービス市場は2兆1533億円(注2)でした。
(注2)2022年7月29日発表 矢野経済研究所「2022年版 ポイントサービス・ポイントカード市場の動向と展望」
榎本:楽天は最大規模のプレイヤーですね。僕が調べたのは昔だったのですが、日本の音楽ソフト市場規模が3,000億円前後で推移してますので、ポイントサービス市場から音楽へ流入する仕組みが楽天さんなら作れないかな、と当時、考えたんですね。
たとえば投げ銭というのはアイドルやEコマースには向いているのですが、ミュージシャンとはどこか相性が悪い。投げ銭が音楽でも上手くいった中国と違って、日本や欧米の感覚だと音楽では正直、下品に見える側面も否定できない。
だけどポイントを使ってお気に入りのアーティストを応援するのだったら、スマートに見えるものが創れるんじゃないかな、と。
翻って国外のポイントサービス市場を調べたら、日本よりもずっと規模が小さいんですよ。共通ポイントというのがあまり好まれないらしく、逆にスターバックスのようなブランド単位のポイントが上手くいっている。VISAがアメリカで共通のポイントシステムを作ってみたらしいんですが、うまくいかなかったという記事も読みました。
ですから、先ほどのファンダムの実装化を進める過程で、楽天ポイントを使って新人アーティストを応援する仕組みが回りだしたら、これはプラットフォーマーとしても世界初の仕組みになるんじゃないかと期待しています。
Rakuten Musicから音楽業界へのメッセージ
榎本:最後に音楽業界のみなさまへメッセージがあれば、お伝え下さい。まず音楽業界出身の服部恒さん個人としてのメッセージから。
服部:16年半、レコード会社にいて音楽業界に育てていただいて(●前編)、特にテクノロジーの変革期にいました。その中で「もっとアーティストのために何か貢献できたのではないか」と感じていました。「やり残しがある。もう少し業界に恩返しが出来たのではないか」と。
アーティストの素晴らしさ、レコード会社の凄さに今でも憧れがあり、尊敬があります。音楽マーケットの裾野を広げて、アーティストが活躍できる場をもっと広げたいという気持ちは個人的に強くあります。
今、在籍している楽天は非常に大きなプラットフォーマーで、そのリソースを活かして音楽業界全体に寄与していきたいし、アーティストの受け皿として最適なソリューションを提供していければ、と。レコード会社、プロダクションのみなさまからお力添えをいただきながら一緒に音楽に貢献できればと思っております。
榎本:会社として音楽業界に伝えたいメッセージはございますか?
服部:はい。楽天もいろいろな事業部がありまして、Rakuten Musicのみならず、楽天チケット、楽天ブックス等々いろいろな事業と協力関係を構築しています。しかし、オール楽天としてエンターテイメント・コンテンツに寄与できる部分はまだ、たくさんあると思うのです。
そのために我々も社内の連携を強化して、ぜひみなさまと手を携えてエンターテインメント市場を盛り上げていければと願っております。「イノベーションを通じて、人々と社会をエンパワーメントする」が私どものミッションです。
榎本:これからはパッケージ販売、サブスク、チケットだけでなく、アーティストのライフサイクル全体をエンパワーメントしていきたいということですね。本日は長時間、ありがとうございました。
著者プロフィール
榎本幹朗(えのもと・みきろう)
1974年東京生。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。