AIがアーティストになる日「AIが音楽を変える日」連載第6回
昨晩のことだった。私は痛めた足をかばうため、リビングのソファに寝そべって仕事をしていた。鈍痛を紛らわすべくテレビを何となくつけながら、この原稿のために集めた資料を整理していると、ちょうどNHKでAIがテーマの番組が始まり、私は身を起こした。「クローズアップ現代」の「世界を席巻!生成AI 共存のために必要なことは?」(12月12日)である。
ご覧になった方もいるだろうが前半は、亡き手塚治虫の「ブラック・ジャック」の新作をAIで作るプロジェクトの密着取材だった。
手塚プロを受け継いだ手塚眞さんを長として、大学の権威、プログラマー、グラフィッカー、脚本家たちが集い、挑戦していく様は怪我(と仕事)を忘れて見入ってしまう面白さがあった。
生成AIの画力の高さはもはや周知の事実とはいえ、膨大な手塚作品を学習させたAIが、いかにも手塚らしい新キャラを創造したことも興味深かったが、作家として目を瞠ったのは、プロット生成の場面だった。
400もの手塚漫画のストーリーと世界観を構造分解し、テキスト化してAIに学習させた熱意にも恐れ入るが、その結果、AIがわずかな指示語を元に瞬時に五つのあらすじをタイトル付きで提案するのを見て、映画監督でもある脚本担当の林海象さんは「すげーな、これ…」と唸っていた。
数秒、映し出されたあらすじを急いで読んだが、どれもそれなりに面白い。その一つに付いていた「機械の心臓」というタイトルに林さんはピンと来て、その機械の心臓はなぜ作られたのか、依頼者は何者なのか、なぜブラック・ジャックの元に来たのか、とAIに質問を投げかけ、2〜3行のあらすじをプロットにブレイクダウンしていった。その様子はNHKのサイトで一部、文章化されているので興味のある方は確認されたい。いずれ、編集者はAIをあんちょこにして作家や漫画家と打ち合わせするのではないか。
「音楽AIの連載なのに、いつ音楽の話が始まるのか」とここまで読んで訝る方もいるかもしれないが、私にとってこれは音楽の話だった。「漫画家AIが今これほどなら、アーティストAIはどこまでできるのだろう?」と番組を見るうちにつらつらと考え出していたからである。
アーティストAIについては連載で度々触れてきた。2023年の春、声の〝ミミックAI〟で超人気ラッパーの〝新曲〟を偽造した事件から、AI問題は音楽業界でも騒ぎになった(連載第0回)。一方、音楽生成AIによる作曲は現在、プロ品質に到達していないことも書いた(第2回)。プロに実用されつつあるのは完成曲の音質を整えるマスタリングAIと、声を差し替える音声合成AIだ(第4回)。
しかし、アーティストの楽曲を大量に学習させることができれば、楽曲丸々は無理でも、数小節ならそのアーティスト風のものを生成できるのではないか。そう見立てていたので、漫画と音楽でジャンルは違うとはいえ、やはり原理的には可能なのでは、と感じながら番組を凝視していた訳だ。
そのように見立てた理由はあった。先月(11月)、グーグル傘下のディープマインド部門からそれらしきものが誕生したばかりだったからだ。それはドリーム・トラック(Dream Track)と言って、9人の人気アーティストが参加したAIだった。
これを使うと、参加アーティストの声と作風に似た30秒のオリジナル・トラックを生成でき、ユーチューブのショート動画で流すことができる。九人と云えど、スポティファイで20億再生を誇るT‐ペイン、グラミー賞とアカデミー賞を獲ったジョン・レジェンドなど錚々たるメンツである。
その出来は相当なもので、2023年の春にはアーティストの声を真似るばかりだったアーティストAIが一年と経たずここまで進化したかと驚いたところだったのだ。
現在、声は肖像権が認められていない。また、欧米の著作権法は日本と違い権利者の許可なくコンテンツをAIに学習させることが出来ない(第2回)。だから、アーティストAIをビジネス化するには著作権上、課題があった。
だが、アーティストがAI会社と契約を結んだのなら話は別だ。グライムスは、自分の声を生成するAIでファンが作った曲でも、彼女と売上折半の契約を結べば配信できるようにした(第1回)。無断でなければいいのだ。グーグルはアーティストと契約すれば彼らのアーティストAIを作ってもよい。ドリーム・トラックAIに参加した人気アーティストたちも契約金と使用料を得たのは想像に難くない。ビジネス化できている。
この「ショート内限定。30秒」というのは絶妙だ。音楽業界はショート動画から売上を立てる意志が薄い。TikTokやユーチューブのショート動画は宣伝で、フル尺は音楽サブスクで聴いてもらって、そこで課金という流れだ。30秒ならアーティストに成りすましてストリーミング売上を掠め取る配信詐欺もほぼ不可能だ。
三大メジャーレーベルのうち、ユニバーサルはユーチューブと音楽AIに関するパートナーシップを結んだし、ワーナー・ミュージックの子会社もブーミー(Boomy.ai)と提携した。一方、ソニー・ミュージックの動きは慎重だ。
だが、いずれ全てのレーベルが、AIの著作権侵害よりもビジネス化を意識するようになるだろう。2023年の春には業界ネタに過ぎなかった声のミミックAIは瞬く間に広まった。先のNHK番組が「日本でも若者の間でAIカバーを作るのが流行している」と取り上げたほどだ。
ここまでは音楽ファンがAIで曲を生成する話だが、手塚治虫の膨大な作品を学んだAIと脚本家の林さんが協業したように、アーティストAIは当のアーティストにとっても、孤独な創作活動の素晴らしい伴侶になるかもしれない。
ただ、自分のAIを育てるには手塚治虫とまではいかずとも、それなりの作品数が必要だろう。私も物書きだから、同じように「もう一人の私」とブレストしながら新作のアイデアを練ってみたいのだが、その前に、AIに食わせる作品を随分たくさん書いておかねばならないのだろう…。
※「AIが音楽を変える日」は現在「新潮」(2月7日に最新号発売)にて連載中。Musicmanでは1月遅れで同連載を掲載していきます。
著者プロフィール
榎本幹朗(えのもと・みきろう)
1974年東京生。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。現在『新潮』にて「AIが音楽を変える日」を連載中。