サカナクション ニューアルバム『DocumentaLy』担当ディレクター ビクターエンタテイメントGMpV制作部 杉本陽里子氏インタビュー
『FOCUS』第3回目はサカナクションやN´夙川BOYSの担当ディレクター、ビクターエンタテイメント GMpV制作部 杉本陽里子さんです。「アルクアラウンド」のヒットでシーンの最前線へ、以後「アイデンティティ」「ルーキー」「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」と話題曲を連発し、2010年代を代表するロックバンドとなったサカナクション。待望のニューアルバム『DocumentaLy』や、12月14日に発売される初PV集「SAKANARCHIVE 2007-2011〜サカナクションミュージックビデオ集〜」を中心に、幅広い層に支持されるサカナクションの創作について、そして彼らを裏から支える杉本さんのお仕事ぶりを交えつつ伺いました。
1.
——まずは杉本さんご自身のことからお伺いしたいのですが、ビクターへは何年に入社されたんですか?
杉本:2005年新卒で入社して、今年7年目です。最初は出身地の大阪営業所で2年セールスを担当しました。その後2007年に東京へ転勤になりまして、宣伝を約3年やらせていただいて、2010年5月から制作部に配属されてA&R ディレクターです。
——杉本さんがビクターに入社されたときは、全部で何名入られたんですか?
杉本:4人です。
——ビクターともなると入社試験は何千人も受けるんですよね? それで合格は4人ってすごい倍率ですね。何次試験まであったんですか?
杉本:5次くらいまであったと思います。周りは早稲田、慶応、青学とか、東京の学生さんばかりでしたね。みなさん頭が良く見えました(笑)。
——大学はどちらだったんですか?
杉本:京都女子大です。地方や女子大出身の人が全然いなくて「大丈夫かな」と思っていたんですが、話してみると「私の方が真剣に音楽を考えているな。よし、大丈夫!」というような感じでした(笑)。結局、最終面接には10人残って、5人ずつ2組に分かれてグループ面接をしたんですが、私の前に座っていた面接官が高垣さんだったんですよ。
それで「この人があの有名な高垣さんか…」と思っていたら、手元に持っていた私のエントリーシートに赤い丸が付いていて、「採用したい人」って書いてあったんですよ(笑)。それを見て、「あ、私受かるんだ」と思いました(笑)。
——見えちゃったんですね(笑)。本当は見えるような持ち方はマズいですよね…高垣さん…(笑)。やはり学生時代から音楽に携わる仕事に就きたかったんですか?
杉本:そうですね。学生時代に京都の「ボロフェスタ」というライブイベントのボランティアスタッフをやったり、そのイベントを主催している団体が出している「SCRAP」というフリーペーパーの編集手伝いをするようになりました。それで周りにミュージシャンや音楽好きな友だちがすごく増えて、そこで注目していたバンドがメジャーへ行ったり、人気が出たりしているのを見て、その現場感というか、関西のロックシーンを伝えたいという気持ちになりました。それで就職するときに音楽ライターや音楽雑誌の編集をやりたいと思っていたんですが、ふと音楽雑誌を読んでいるときに、結局出来上がったものに対して「音楽をもっと良くしたい」とか「この音楽は最低だ」とか言うんだったら、いっそのことアーティストの側にいられる仕事に就けばいいんじゃないかと思ったんです。
あと、メジャーなレコード会社からリリースされるロックは、「産業ロック」とか批判されたりしますが、多くの人たちに受け入れられていますし、何故そういった音楽が受け入れられるのか? 必要なのか? ということも実際にレコード会社へ入って、人の動きやお金の動きを体感しないと分からないんじゃないかなって思ったんですよね。それでレコード会社を志望したんです。
2.
——昨年5月に制作部に異動されたとのことですが、やはり入社当初から制作志望だったんですか?
杉本:はい。A&Rか新人発掘の部署に行きたいというのは入社当初、もっと言ってしまうと採用試験のときからの希望でした。同期でも早くから制作へ行っている人もいたので、制作への異動も私の中では「やっと」という気分でした(笑)。でも、いざ制作に来てみたら「もっと色々な経験をしてくればよかったな…」という気持ちにもなりました(笑)。
——制作に配属されて、いきなりサカナクション担当というのはすごいですよね。
杉本:私自身、かなり驚きがありましたね(笑)。私は部署で一番若いんですが、サカナクションは部長が担当していたということもあって、そこに若いスタッフも入れて…ということのようです。
——制作で関わられる以前からサカナクションのメンバーとは面識があったんですか?
杉本:宣伝ではラジオやCS、雑誌などの媒体を担当していたんですが、実はサカナクションの仕事が多かったんですね。ですから、メンバーとは交流がありました。サカナクションがちょうどブレイクと言いますか、『アルクアラウンド』という曲で注目をされて、オリコン初登場3位という段階のときに宣伝で関わっていたということもあって、その流れに一緒に乗っている感じと言いますか、共有できている部分があったかなと思うんですけどね。
——『アルクアラウンド』は何枚目のシングルだったんですか?
杉本:2枚目ですね。アルバムはすでにBabeStar時代も含めて3枚リリースしていました。
——サカナクションはBabeStar最良の成果ですね。
杉本:そうですね。BabeStar時代もアルバムのセールスが1万枚を超えていたりしましたから、社内でも注目をされていましたし、彼らが他社に行くということはまずないだろうなと思っていました。結果、ビクターレコーズでやれることになって、良かったなと思いますね。サカナクションがビクターレコーズに加わって一気に活気が出た実感があります。
——実はBabeStar発足時に高垣さんにお話を伺っているんですが、当時は新人をいきなり一軍にあげる余裕がなかったので、育成レーベルを作って、そこでの手応えを見てから上に上げていこうという話だったんですよね。
杉本:もともとボーカルの山口一郎君は18才の頃からうちの育成部門で育成しているアーティストだったんですね。サカナクションの前身バンドがそうで。その後、Babe Starからサカナクションとしてリリースしたとき、彼は26才ですから、その間だけでも8年くらいあるんです。本人は「寝かされていた期間」って言っていますけどね(笑)。「非常に長かった」と。
——杉本さんが最初にサカナクションと関わられたとき、彼らに対してどんな印象をお持ちだったんですか?
杉本:一郎君とは取材で会う機会が多かったんですが、インタビューとかに立ち会っている中で「非常に頭のいい人だな」と感じていて、かつアーティストとしても独特の哲学や感性、雰囲気を持っている人だなと思いました。
——今回、お話を伺うにあたって、山口一郎さんのインタビューなども結構読んだんですが、音楽業界の今後やバンドというスタイルの未来など、本来はレコード会社の社長やレーベルヘッドとかが言うべきようなことをおっしゃっていて驚いたんですよ。
杉本:確かに音楽の未来について毎日考えているような人ですね。時代のリーダーと言ったら大げさかもしれませんが、自覚を持って発言していますし、音楽的な部分でもきちんと結果を出してくれると言いますか、他の追随を許さない曲を作ってきますね。
——サカナクションはすごいスピードで進化している印象があります。杉本さんから見て彼らのより飛躍したタイミングはいつだとお考えですか?
杉本:正直いつとは言えないですね。彼らは日々成長していますから。こちらがついて行くのが大変なほどです。皆さんに彼らを知ってもらうきっかけとなった『アルクアラウンド』は、彼らの成長に周りの評価も付いてきた作品だと思うんですね。実際にオリコンチャート上位に入ったり、プロモーションビデオがたくさん流れたりしました。もちろん、そこからの意識の変化もあったと思うんですが、それも日々の延長という印象なんですよね。
——サカナクションの曲を聴いていると「2010年代のバンドが出てきた」と感じます。
杉本:同時代的に他にも素晴らしいロックバンドは多いですが、サカナクションはロックだけでなく、ポップスが好きな人、ダンスミュージックが好きな人、あるいは流行の音楽が好きな人に刺さりつつあるかなと思っています。
3.
——プロデューサーを別に立てているわけでもなく、アレンジも彼ら自身でやっていて、それで今回の『DocumentaLy』のような多彩なアルバムを作れるのは素晴らしいですね。
杉本:彼らはもともとギターロックをやっていて、今でもその頃の曲を聴くといい曲が多いんですが、今ひとつ受け入れられなかったという想いが一郎君の中にはあって、本当に受け入れられるものを考える中で、ロックとダンスミュージックの融合ということがコンセプトとして出てきたんですね。
彼自身の興味もロックから一度クラブミュージックのカルチャーに移って、そこから吸収したものをミックスしているということなんですが、「なんとなくこんな感じかな?」という曖昧な感触でやっているのではなく、一つ一つが実地調査に基づいたと言いますか(笑)、自分が実際に経験をしたものをそれまでの彼らの音楽的基礎と融合させて、その上で「自分たちなりの音楽とはなんだろう?」ということを常に考えているんですよね。
——決して小手先でクラブミュージックに接近しているわけではないと。
杉本:はい。いつもメンバー同士が話しているのを聞いて、印象に残っているのが「”なんとなく好きなもの”を”なんとなく”に留めないで、”なんで”好きなのかを考えていこう」という話なんですね。例えば、シンセでフレーズを一つ弾くにしても、それが別に綺麗な音である必要はない。汚い音であっても、それが好きならいい。ただ「”なんで”その音が好きなのか」まで考えて、音を選び取っていく。そこにはメンバー5人の感性があるし、好みもありますから、それをぶつけ合って議論していくのがバンドなんだという意識なんです。例えば、ある人を中心に「あれやって」「これやって」とやれば、その人の音で統一できるのかもしれませんが、彼らはそういうバンドじゃないんですね。
——そういったディスカッションを繰り返していくとバンドメンバーそれぞれが成長していきますよね。
杉本:ええ。しかもメンバーそれぞれの段階があったりもして、それがまたバンドとしての音に反映されている印象はあります。
——サカナクションのアルバム『DocumentaLy』の制作において苦労されたことはなんですか?
杉本:アルバムを出すまでにシングルを3作出そうという課題と言いますか、目標があったので、それが結構大変でした。ロックバンドにおけるシングルって、すごく独特な存在だと思うんですね。しかもシングルって昔みたいに売れない時代ですから。そんな中でも「これだ」といった曲を示していかなければいけないですし、数字的にも売れなくてはいけませんから、色々な施策も絡めたりしました。例えば、シングルを買った人がライブの先行予約ができるとか、スタッフ側でも色々考えました。
——なぜそこまでシングルにこだわったんですか?
杉本:ロックバンドがシングルトップ10に入っていくことってあまりないことじゃないですか? でも、サカナクションがそこに入ることによって「世界が変わる」という我々の思いがあって、敢えてそれに挑戦していたんです。
——でも『エンドレス』はシングルとして出なかったんですよね。
杉本:そうなんですよね(笑)。年明け1月から『ルーキー』(3月リリース)のプリプロをしていたんですが、実はそのときに『エンドレス』のワンフレーズは生まれていたんですよ。私も狭いスタジオの中で聴いた瞬間に感極まったくらい、いいメロディだったんですが、『ルーキー』という曲には合わず、一旦お蔵入りさせたんですね。でも、一郎君はそれを大事にしていて、最終的に8ヶ月かけて『エンドレス』という曲に着地させました。
——8ヶ月というのはすごいですよね。執念すら感じます。そして『エンドレス』は『DocumentaLy』というアルバムの核になっている曲ですよね。
杉本:そうですね。その間に震災があったり、一郎君の体調の問題など本当に色々なことがありましたからね。そこを乗り越えての『エンドレス』という曲ですから、一郎君の思い入れも相当あったと思います。
——また12月14日にはサカナクションの初PV集『SAKANARCHIVE 2007-2011〜サカナクション ミュージックビデオ集〜』がリリースされますね。これはどのような作品になっているのですか?
杉本:これまでに制作されたサカナクションのPVを時系列に収録しまして、その他に一郎君の原案からできたPVと、1時間以上の特典映像が入っています。今まで発表してきたPVも全てDVD用にリマスタリングや画質調整をしましたので、観応え、聴き応えのあるものになっていますし、封入の特典も充実しています。
——山口一郎さん原案のPVとはどういったものなんですか?
杉本:アルバム「DocumentaLy」の12曲目「ドキュメント」という曲のPVです。
——「ドキュメント」は1日で完成させたという曲ですよね。
杉本:そうです。もともと「ドキュメント」のTDのときに、その音に合わせながら一郎くんがiPhoneで自分の写真をスライドショーでめくっていて、その姿を一郎君自身がハンディカメラで撮っていたんですね。それがものすごく面白くて、本人も「これをミュージックビデオにしても良いくらいだよね」って気に入っていたんです。
それで、この映像を原案として前から一緒にミュージックビデオを作ってみたかった監督に頼んでみるのはどうかと、今回、山口保幸監督に原案を見せて依頼をしました。そんな経緯だったものですから、監督はいるんですけど一郎君本人が編集も全部立ち会いでやろうという話になりました。
——山口一郎さんは映像の編集にまで立ち会ったんですか。
杉本:はい。実は幕張メッセ ワンマンをやった後に、そのビデオの編集をやるっていう強行スケジュールで…(笑)。
——えっ!? ライブをやったその日に、ですか?
杉本:その日に、です。本当にレコード会社として無理をさせてしまっているなって部分が多いんですけど…。
4.
——作品やライブその他全てのコンセプトワークはサカナクションが中心なんですか?
杉本:そうですね、まず彼らありきです。特に一郎くんの、今回はこういうテーマ、コンセプトで行きたいというヴィジョンがあって、それをメンバー含めて全スタッフでミーティングして共有し、そこから進んでいきます。
——ツアータイトルなど、説明がないと伝わりにくい名前が多いように思うのですが、大変ではないですか?
杉本:ええ(笑)。そこがこだわりのポイントです!
——(笑)。彼に一所懸命ついていくと。
杉本:結構大変ですけどね(笑)。自分もサカナクションというバンドや一郎君と出会ってすごく変わりましたから。
——杉本さん自身が、ですか?
杉本:はい。私は元来フワッとしている人間なんですが、彼らが理路整然と物事を進めたり、常に精度を上げていくところを見ていて、自分もそうありたいなって思いますね。「今度はどんな面白いことを言うんだろう?」と気になりますし、彼らとコミュニケーションをとる中で、私の提案したことが「それいいね」って採用されたらやはり嬉しいです。そのためには「サカナクションで次こういうことやったら面白いんじゃないか?」と常に考えるようになりました。
あと、最近は「メジャーレーベル」というのをすごく意識するようになりました。やはり、たくさんの人に届けないと意味がないと思うんですね。そこでお金をもらって、そしてまた次の大きなビジネスに徹して、アーティストをどんどん広めていくというのが私たちの一番の目的なので、例えば、すごく才能があって惹かれるものがあってもアーティストがそこに対する意志のない人であれば、一緒にやるべきではないなと思っていて、責任感とまではいかないですが、自分がメジャーなレコード会社にいる意味っていうのは、今は結構考えるようになりましたね。
——その辺りは山口一郎さんの考え方に近いですね。
杉本:「山口イズム」が乗り移っているのかな?(笑)
——では、杉本さんの今後の目標はなんですか?
杉本:アルバム『DocumentaLy』の初回限定盤にドキュメンタリーDVDをつけたんですが、密着映像を私が撮っていたんですね。DVDはその映像とメンバーがパソコンに向かってセルフで撮っている映像で構成されているんですが、とにかくずーっと彼らを撮っていました。アーティストとのビデオカメラ越しのコミュニケーションって、結構疲れますし、最初はみんなカメラがあることを意識していたんですが、最後のほうではカメラがあるのが当たり前になってきて、すごく面白かったんですよ。
——あの映像は杉本さんが撮っていたんですか。
杉本:はい。私はレコード会社の音楽のディレクターとしてビクターに入社したわけですが、映像を撮ったり、編集したり、あとUstreamなどのインターネット中継と、仕事が多岐に渡ってきています。昔からそうなのかもしれないですが、自分が想像していたよりはやることの幅が広いんですね。ですから、今後はトータルプロデューサーみたいなところを目指していくのが絶対いいんだろうなと思っています。
——作品を作ること全般に携わるプロデューサーみたいな感じでしょうか?
杉本:そうですね。そうなるとマネジメントに近いのかもしれないですね。最近だとインディーズの方はマネジメントが全部やっていらっしゃいますし。
——レコード会社のディレクターからマネジメント会社を立ち上げた人も多いですよね。
杉本:その気持ちはすごく分かります。私はサカナクションの他にN´夙川BOYSというバンドも担当しているんですが、N´夙川BOYSにはリンダちゃんという女の子がいるんですね。この子はルックスもすごく良くてモデルもできる人で、自分が生まれ変われるならこの子になりたいっていうぐらい可愛い子なんですけど(笑)、そういう子を介していると、例えばファッション誌での展開とかまた別の世界が広がるんですね。もちろん全て音楽から始まっていきますが、そのアーティストを介して色んなカルチャーに接する形でトータルプロデュースをしていけるようになったらいいなと思っています。
(2011年12月7日 公開)
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彦)
インタビューを終えて
希望されていた制作、しかもいきなりサカナクション担当と、プレッシャーのかかるところを、持ち前のバイタリティーと柔軟な発想でお仕事をされている杉本さんはキラキラして見えました。与えられる仕事だけでなく、常に次を考えて、音楽だけに留まらず多方面に動かれている杉本さんの姿は、サカナクションというバンドと印象が被るような気がしました。正に「チーム・サカナクション」の姿です。また、アーティストとスタッフがともに刺激し合う関係があるからこそ、サカナクションは絶えず新鮮な音を紡ぎ出しているのではないでしょうか。12月14日に発売される彼らのPV集も楽しみです。
Recording Engineer / 浦本雅史
エンドレス ミュージックビデオ
Director / 志賀匠 北澤”momo”寿志
『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』ミュージックビデオ
Director / 田中裕介
ルーキー ミュージックビデオ
Director / 島田大介
アイデンティティ ミュージックビデオ
Director / 北澤”momo”寿志
アルクアラウンド ミュージックビデオ
Director / 関和亮