ベネチア国際映画祭でグランプリを受賞した話題のCocco初主演映画『KOTOKO』がついに公開 〜 監督・塚本晋也氏インタビュー
シンガーソングライターCoccoの初主演映画『KOTOKO』が4月7日(土)より全国ロードショーを開始する。第68回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門最高賞(グランプリ)を受賞した同作品を手がけたのは『鉄男』『六月の蛇』で世界の映画界に衝撃を与えた映画監督、塚本晋也監督。塚本監督がCoccoと二人三脚で創り上げた同作に込めた想いとは? Coccoとの出会いから映画制作に至るいきさつ、また塚本監督ご自身についてもお話を伺いました。
PROFILE
塚本 晋也(つかもと しんや)
1960年1月1日、東京・渋谷生まれ。14歳で初めて8ミリカメラを手にする。87年「電柱小僧の冒険」でPFFグランプリ受賞。89年「鉄男」で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。主な作品に、「東京フィスト」、「バレット・バレエ」、「双生児」「六月の蛇」「ヴィタール」「悪夢探偵」など。製作、監督、脚本、撮影、照明、美術、編集などすべてに関与して作りあげる作品は、国内、海外で数多くの賞を受賞。北野武監督作「HANA-BI」がグランプリを受賞した97年にはベネチア映画祭で審査員をつとめ、05年にも2度目の審査員としてベネチア映画祭に参加している。俳優としても活躍。監督作のほとんどに出演するほか、、石井輝男、清水崇、利重剛、三池崇史、大谷健太郎、松尾スズキらの作品にも出演。「とらばいゆ」「クロエ」「溺れる人」「殺し屋1」で02年毎日映画コンクールほか男優助演賞を受賞している。他、テレビコマーシャルのナレーターとしても活躍。
——そもそもCoccoさんと映画を撮るというのは、塚本監督からのラブコールが実ってのことだったとうかがっています。
そうですね。初めて連絡させていただいたのは『ヴィタール』(2004年)という映画を僕が撮った頃だから、今から、もう9年くらい前です。でも、その前には、やはり片思いの時間があるわけです(笑)。さらに遡って僕の『バレット・バレエ』(1999年)の頃ですから。Coccoさんがデビューしたとき、歌ってる姿を見て感銘を受けました。さらに歌詞の内容がはっきり聞こえたことにびっくりしたんです。詩が鮮明でしたし、その世界観が驚くべきものだったんです。
——Coccoさんの歌は、塚本さんにすごく届くものだったということですね。
『バレット・バレエ』には、Coccoさんを意識したような女の子が出てきます。あの頃、Coccoさんの歌ってた「Raining」(98年)という曲がとても印象に残ってたんです。あの歌を彼女が作ったのは十代の頃と言ってました。そういう十代の少女の感情を役にいれこみたいなと思ったんですね。『ヴィタール』のときは、もっとCoccoさんをはっきり意識したキャラクターを造形しました。その時期、彼女は活動休止中だったんですけど、僕の書いた脚本を送って実際に読んでもらったんです。そしたら、その脚本に対してこの音楽を捧げますというかたちで、「blue bird」という曲をいただいて。それを映画のエンディングに使わせてもらいました。そこからですね、交流が始まったのは。「Coccoさんの世界に興味があるし、映画に出てもらいたい」ということを具体的に言いました。ただ、そこから『KOTOKO』の実現までには9年もかかってしまったんですけど。
その間に、CoccoさんがUstreamで流す企画で、いろんな映像作家に呼びかけて製作したオムニバス・ムーヴィー『Inspired Movies(インスパイアード・ムービーズ)』(2010年)(東日本大震災救援企画としてDVD化)に呼んでもらったんです。そのときに僕が作った「Cocco 歌のお散歩。」という作品を気に入ってくれて、そこから一気に話が進みました。
——ついにラブコールが実ったんですね。
でも僕の映画はいつもすごくたくさん時間がかかっちゃうんですよ。ましてや脚本ができてない状態からだと、想像がつきませんでした。Coccoさんが映画に割ける時間は大事な音楽の仕事がありますから限られていました。でも、これはビッグ・チャンスだと思ったので、一気に力を注いでいったという感じでしたね。
——では、準備ゼロの状態で映画に入られたんですか?
最初はそこから始めるのはちょっと無理かなとも思ったので、もともと僕が考えていた映画があるから、そこにCoccoさんに出てもらうという案もあったんです。でも、悪くはないんだけど、それって一番おもしろいものじゃないなとも思って。Coccoさんの世界に興味があって実現した話なわけだから、期間は短いですけど、そこにやれるだけアプローチしようと決めました。
——実際に監督として作品を作る上でCoccoさんと向かい合った印象はどうでしたか?
『Inspired movies』では、Coccoさんに自由に泳いで遊んでもらいたいなというものがありました。あるときは天女だったり、あるときは人魚のようなイメージです。だけど、『KOTOKO』では、Coccoさんの切実な痛いような魂に触れたいと思いました。ぐっと彼女自身に斬り込んだ、生々しいものにしたいと思ったのかもしれない。
——実際、オリゾンティ部門グランプリを獲得したヴェネチア映画祭をはじめとした各国の映画祭や、日本での試写会での反応も、驚きが大きかったと思うんです。特に日本ではトップクラスのポップ・シンガーとしてのCoccoさんのイメージもある。もちろん、彼女の歌をずっと聞いてきた人には、彼女の歌がうわべだけのものではない鋭さや深みを持つものだということはわかっていたとは思います。でも、これだけの強烈な表現の映画になるとは思っていなかった。そのことに塚本さんもCoccoさんも、まったくためらいはなかったんですか?
これは表現しなくてはいけないことだという信念みたいなものが途中から自分の中で出てきたんです。だから、あれだけやれたのかもしれないですけどね。Coccoさんの強い後押しもありました。
——そうなんですか。最初にテーマを決めていたわけじゃないんですね。
なかったですよ。Coccoさんの話を聞いてインスパイアされたもので脚本を作っていくうちにある日、姿を表したテーマです。自分にとってもとても大切なテーマでした。
——クランクインの直前には、東日本大震災もありましたが、震災の影響も大きい中で、撮影を敢行されたそうですね。劇中のCoccoさんの、母親役としての感情の振れ幅や行動には、そこだけ取り出してしまうと衝撃的に見える部分もありますけど、今の日本の「自分の大切な人を守らなくちゃならない」という気持ちが強くならざるを得ない時代が表れているように思ったんです。
そうですね。お母さんって、当然ですが、自分の子供を守ろうとする気持ちはものすごいものです。それに今、震災があった状況の日本を考えると、『KOTOKO』は決して変わった人の話しではないです。今の状況では琴子はきわめてまともな女の人です。
——獣に近いかたちでの強い母性を描いているんだなとも感じました。激しさの表現も躊躇ないですけど、子供に注ぐ愛情という面でもまったく躊躇ないですからね。
Coccoさんの表現というのは、そこだと思うんですよね。外敵が来ると自分の子供を食べちゃう動物とかいるらしいんですよ。心配するあまりの行動ということなんですけど、彼女にはそれに近いかたちの愛情を感じました。
——そうした実際のCoccoさんと役柄の琴子の重なり合いには、ドキュメンタリー映画ではないかとすら思える印象もあって。
Coccoさんと琴子がイコールであると見えるようにして、観客には映画の世界に入っていってもらうことにしてます。もちろん、Coccoさんにインタビューをして作った物語ですが、本当のこともあれば、完全なフィクションもある。あたかも本当にあったことのように信じられるというレベルまで一緒に脚本を練っていったので、彼女にとって琴子は偽りのある人間ではないです。だから、気持ち的にはドキュメンタリーな感じですが、表現としてはまったくの劇映画なんです。
Coccoさんにとって演技って本当の感情を冷静に呼び起こしてかたちにする作業なんじゃないかと思いました。脚本が終わった時点でCoccoさんは自分の中に琴子というキャラクターを作り上げていたんで、その時点でどこのシーンを演じても琴子そのものになりきっていました。
——ご自身が演じられた田中というキャラクターはとても重要な役ですが、最初から登場することになっていたんですか?
最初出る気は全然なかったんです。『鉄男』(1989年)とかでは、どんなに商品価値が下がろうが僕が絶対に出ると自己顕示欲で決めていたんですけど(笑)。でも今回は、最初はまったく考えてなかった。ただ、Coccoさんに「塚本がやって」と言われましたし、少人数でファミリーのような雰囲気で作っていった映画だったし、結果的に、役の上の田中と監督の塚本とカメラが三者一体になってKOTOKOに近寄ってゆくというシンプルな構図になりました。Coccoさんだけに集中したかったということもあり、他の俳優さんに気をかける余裕がなかったですし、いろいろ考えたら、これが一番シンプルでいいなということになりました。
——田中にはコメディ・リリーフ的なところもあって。
キートンの時代から変わらないギャグというかね。ただコケたりとか(笑)。観客がちょっと我慢の限界みたいなところで出て来て、ニコッとさせるというかね(笑)。
——鋭く激しい表現が続く中で、ふとした優しさを感じさせてくれますし。
田中の登場については、みんな本当にいろいろ理由をつけて解釈してくれるんですよね。
——たくさん印象的なシーンがありますが、ポスターにも使われている雨の中でCoccoさんが踊るシーンはやっぱり素晴らしいです。
Coccoさんと映画を作りたいと長い間思っていたときに、どういう映画になるとしても雨の中で踊るというシーンを撮りたいというモチベーションだけはあったんです。雨の中で、翼が折れちゃったような濡れた鳥が踊ってるというイメージでした。
そういう意味でも、やりたいことの羅列で出来た映画なのに、そのシンプルな羅列が全部過剰に有機的に作用しあったという、たぐいまれな感じですよね。
——暴力とか血とかそういう激しいイメージにもっと圧倒されてしまうのかと思っていたら、見終わってしまったら結局、物語そのものが一番残ったという感想を持ちました。
それはありがたいですね。とてもシンプルな物語ですけど。一瞬で作った、一瞬でしかできない成り立ちの映画の割には、とても普遍的なものになったと思います。
——エンディングにもいろいろな解釈があると思いますが、私はとても好きです。
あのシーンは僕と息子のエピソードがもとになっているんです。この壮絶な映画に、あのシンプルなラスト・シーンを作るのが、今の自分の気持ちとしてはすごく合点がゆくという思いがあったんです。
身を呈して琴子を生きたCoccoさんに、エールを送るというか、そういう気持ちでいました。
——そういうお話を聞くと、あのラスト・シーンの持つ意味がより深く感じられます。
だから、『KOTOKO』は自分にとって新しかったんです。今までの映画は自分の頭の中でひとりで脚本を書いていたもの。今回は、自分と違う、自分がすばらしいと思える人の脳と葛藤して、一本の映画にしてゆくというドラマでしたから、ものすごくダイナミズムを感じました。
震災に対するテーマというもの直接的に考えて作ったわけではないんですが、今の時代は大事な人を守るのが難しくなってきているので、そのことを自覚しなければいけないという警笛みたいな感じになるといいんだなと気づいたんです。震災は本当に大変なことですけど、大きな戦争とか、これからもっとすごい災害や災難が来るかもしれない。突然来ますからね。その感じは予定調和ではないですから。安穏として平和な感じに忍び寄っているおそろしい影というか。そういう時代の映画だと思うんです。
あとはお母さんへの感謝ですね。自分の身を挺して母親が子供を守ってくれているということに対して、「ありがとうございます」という気持ちを、映画を通じて捧げているような感じがしたんです。
(2012年4月4日 公開)
インタビュアー
松永 良平(まつなが りょうへい)
1968年生。ライター/翻訳。音楽雑誌を中心にインタビュー、連載記事を担当。インタビュー単行本に『20世紀グレーテスト・ヒッツ』(音楽出版社)、翻訳小説にテリー・サザーン『レッド・ダート・マリファナ』(国書刊行会)あり。編集担当書籍に、中川五郎&永井宏『友人のような音楽』(アスペクト)、朝妻一郎『ヒットこそすべて〜オール・アバウト・ミュージック・ビジネス』(白夜書房)、小野瀬雅生『ギタリスト大喰らい〜炎のロックギタリスト大全』(P-Vine Books)。CD解説執筆、企画監修も行う。
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日本映画初の快挙!ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門最高賞受賞
Cocco初主演 塚本晋也監督作品
『KOTOKO』
琴子は世界がふたつに見える。ひとつに見えるのは歌っているときだけだ。琴子には幼い息子・大二郎がいる。彼を守りたい。しかし予測できない恐怖に満ちた毎日に、琴子の心は安らぐ瞬間がない。そんなある日、田中と名乗る見知らぬ男が琴子に声を掛けてくる。琴子の歌と歌う姿に魅了されたという田中と一緒に暮らしはじめ、世界はひとつになると思えたが…。愛する息子を守ろうとするあまり、現実と虚構のバランスを崩していく 女性の慟哭と再生を描く。
『鉄男』『六月の蛇』の鬼才・塚本晋也、稀代の表現者Cocco。強烈な個性のアーティストふたりが作りあげた、壮絶で巨大な愛の物語。日本映画初の、第68回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門最高賞(グランプリ)を受賞。監督:塚本晋也 製作:塚本晋也 企画:Cocco 塚本晋也 原案:Cocco 脚本:塚本晋也 音楽:Cocco 美術:Cocco 撮影:塚本晋也 林啓史 照明:林啓史 特殊メイク・特殊造型:花井麻衣 編集:塚本晋也 整音・音響効果:北田雅也 スチール:天満眞也 助監督:林啓史 藤田奏 制作:斎藤香織 製作:海獣シアター 制作協力:シーオーダブルシーオー 配給:マコトヤ