すべてのアーティストや表現者へ平等な機会を — ディー・エヌ・エー SHOWROOM総合プロデューサー 前田裕二氏
ディー・エヌ・エーが手がける“仮想ライブ空間”「SHOWROOM」が注目を集めている。群雄割拠の動画ライブ配信市場において、サービス開始から1年を待たずして、既にアイドルが活動する上では欠かせないプラットフォームとしてのポジションを確立。先月には全面的にリニューアルを実施し、プラットフォーム利用を一般ユーザーにも開放、音楽業界との連携もスタートしている。勢いを増して展開するSHOWROOMについて、「ビジネスとしての可能性はもちろんですが、すべてのアーティスト、クリエイター、表現者みんなに平等に機会を提供したいという、自身の原体験に紐づく強い気持ちがベースにある心のこもった事業」と語るのはSHOWROOM総合プロデューサーの前田氏だ。筆者のまわりの業界関係者も「興味深い経歴を持つ注目の人物」と口を揃える同氏に、話を伺った。(Jiro Honda)
PROFILE
前田裕二 (まえだ・ゆうじ)
1987年生まれ、東京都出身。大学卒業後、外資系証券会社へ入社。ニューヨーク勤務を経て、2013年5月にディー・エヌ・エー入社、 SHOWROOMを立ち上げ総合プロデュースを手がける。
SHOWROOM
ディー・エヌ・エー
- ウォールストリートからIT/エンタメの世界へ
- 人の根源的な気持ちを基軸に
- エンタメの世界にも「機会の平等性」を
- とにかく配信者に寄り添う
- 音楽には特別な思い入れ、実経験に基づく運営
- クリアなユーザーメッセージ
- SHOWROOMは原体験に紐づく強い気持ちがベースにある、心のこもった事業
ウォールストリートからIT/エンタメの世界へ
——急成長している「SHOWROOM」総合プロデューサーの前田さんはどんな方なんだろうと、とても興味がありました。というのも、まだ若い上に、ディー・エヌ・エー(以下DeNA)創業者で現在取締役の南場さんが「絶対に仲間に入れたかった」と5年も追いかけていた人材だというエピソードを聞いていまして。
前田:新卒で外資系の証券会社に入社して国内で株式営業の経験を積んだ後、ニューヨークに移りました。その後はずっと、北米の機関投資家に対して、同様にアジア株を売るお仕事をしていました。学生の頃、DeNAからも内定を頂いていまして、その時はご縁がなかったんですけど、その後も南場からは時々カジュアルに連絡をもらっていて。具体的に「DeNAに来て欲しい」というのではないんですけど、「よう前田くん、元気?」といった感じで、半年に1回ぐらいかな、ずっとキープインタッチし続けてくれて。それで、ニューヨークに居る時にある事がきっかけで自分で事業をやろうと志し、資金など諸々の目処をつけ始めた頃に、相談も兼ねて南場に報告しに行ったんです。その時点では、自分がDeNAに入るとはまったく思っていませんでした。でも、そこで始めて「うちで一緒にやらないか」とお誘い頂きまして。色々話して行く中で決心を固め、2013年の5月に入社しました。
——株の仕事はとてもお好きだったらしいですね。
前田:株というものに出会った時から、向いているなと思いました。実は、幼少期から、お金に対して畏怖心というか、特別な感覚を持っていて、お金にまつわる仕事に非常に強い興味があった。あと、株というものは、人間社会の生活を全て反映しているところがたまらなく面白いんです。仕事とプライベートは分けたくない方なので、普段生活している中で感じるインスピレーションが仕事に直接つながるのが魅力でしたね。
人の根源的な気持ちを基軸に
——そんなまったく違う世界にいた前田さんが、SHOWROOMを立ち上げた経緯というのは?
前田: 前職時代、中国のYY.incという企業がNSDQに上場するのを横目で見ていました。このサービスには、アーティストやパフォーマーといった「演者」とそれを応援する「ユーザー(視聴者)」がいました。当時はこのモデルがなぜそこまで大きなビジネスを生んでいるか、本質を理解できていなくて。それで、ユーザーの心理を研究すべく中国へ行って、サービスについてヒアリングしました。驚く事に、ヴァーチャルステージに登場する際に表示される自己表現アイテムとしての「車」に、日本円で80万円といった金額を平気で使う人がいるんですね。当初、その感覚がまったく理解できなかったんですけど、よく話を聴くうちに、現実世界では満たし得ない承認欲求をヴァーチャル世界で満たす、というコアが浮き彫りになってきて。ソーシャルゲームやSNSでアバター(分身)を着飾るのと似ているなと。そして、これは決して中国人特有の文化や性質が背景にあるのではなく、「認められたい、特別でありたい」という、程度差はあれ、人類共通の根源的な自己顕示欲がベースになっていると強く感じました。マズローじゃないですが、人は生理的欲求や安全欲求などのベーシックニーズが満たされると、次は社会的欲求や尊厳欲求を求めます。なので、そこを基軸にしたサービスを構築すれば、グローバル視座で大きな市場が作れると思いました。
それで、2013年8月に事業化が決定し、その年の11月にサービスインしましたので、3ヶ月ちょっとで世に出すことが出来ました。4月まではアメリカにいたので、けっこうバタバタでしたね(笑)。
エンタメの世界にも「機会の平等性」を
——すごいスピード感ですね(笑)。
前田:そうですね(笑)。事業立ち上げにおいて大きなエンジンにのひとつとなったのは、自身の原体験に紐づく、本事業へかける思いでした。先ほども少しお金に関連して触れましたが、幼い頃の経験から、「機会の平等性」ということに対して、強く思い入れがあるんです。人は、どういう生活環境に産まれるか、自分で選ぶことはできません。本人の意志とは関係の無い環境要因だけで、スキルやアウトプットの質・量が制限されてしまうことは、悔しい事です。でもそれって、跳ね返せる、というかむしろ、一見逆境に見える事が、バネになったりするんですよね。
僕自身、特にこれといって秀でた特殊能力があるわけではないんですけど、気持ちの強さだけは誰にも負けないと、信念を持って生きてきました。その気持ちの強さは、努力や労働時間(笑)になって表れますし、投入した努力の絶対量に応じて結果が出るということを、身を持って体感しています。ビジネスのフィールドでは、そこってかなり平等だと思っているんですけど、音楽をはじめとしたエンターテインメントの世界においては、アンコントローラブルな外部要因による影響が、とても大きい。むしろ、それで決められることがほとんどかもしれませんね。当然、そうやって世の中の人にとってプラスの価値が生まれる事もあるので否定するものではないのですが、僕が生きている間に、エンタメの世界にも機会平等をもたらせたらどんなに素敵だろうと、思うんです。所与の環境に関係無く、アーティストや表現者みんなが平等に機会を得られるプラットフォーム、努力すればスターダムにのし上がれる場所を作りたいと思ったんです。
——実は、もっとビジネス的な部分が根本にあるサービスなのかと思っていたんですけど、そういった人間的な思いがベースにあるサービスなんですね。
前田:そうですね。熱意を持てる物事に、まず向き合う。そして、逃げずに愚直に取り組む。そうすれば誰もがチャンスをつかめる仕組みを提供したいと思っています。誰かの号令やトップダウンで創出されるのではない、ボトムアップ型のコンテンツ生成、という世界観を、SHOWROOMを通じて世に問うていきたいです。視聴者と演者による応援と努力の連鎖が、価値あるコンテンツを創出すると考えています。演者さんがSHOWROOMでやるべきこともなるべく明確化しようと心がけていて、配信アカウントを作る(1分で完了する)、イベントに参加する、あとは頑張って沢山配信をする、この三つだけです。そこで努力をすれば、結果が出る設計になっています。
とにかく配信者に寄り添う
——そういう思いで立ち上げられて、現在実際に順調な成長を続けていますね。
前田:ユーザーサイドを見てみると、ユーザーさんはSHOWROOMの配信者に対して、「今日見にいくからね」、じゃなくて「今日“行く”からね」という表現を使っています。そうして自然と体感してもらっているように、SHOWROOMでは、仮想のライブ空間に、自分が一つのアイデンティーとして確かに存在している感覚を味わう事ができます。この感覚がもたらす演者との近接性が、ユーザーの高いエンゲージメント(参加および没入感)につながっています。
——演者、パフォーマーの現状はいかがですか?先日のリニューアルで、誰でも配信できるようにもなっていますよね。
前田:演者さんサイドを見ても、既にSHOWROOMの収入で生活する方、アルバイトをしなくてもよくなったという方、収入を原資にライブを行う方、等の成功事例が数多く出てきています。SHOWROOM上のイベントにおいても基本は努力に比例して勝ち上がる仕組みにしているので、頑張ってパフォーマンスした分が如実に結果としてあらわれています。演者さんにとって、SHOWROOMでの経験や収入が、日々より良いパフォーマンスをする為の一助となったりと、世の中の才能開花に確実に資する仕組みが回り始めているのを実感するのは、心から幸せなことですね。大げさかもしれないのですが、心底、生きがいを感じます(笑)。
▲9月のリニューアルで、ミュージックやスポーツなどカテゴリが拡充され、さらに一般ユーザも配信可能に。英語によるメニュー表示にも対応。
——動画のライブ配信で個々のユーザーから収益を上げる、というサービスは日本では中々根付いてきませんでしたが、流れが変わりそうですね。
前田:はい。演者さんに対する直接的支援が成立する流れを必ず根付かせます。僕らは、とにかく演者さんに寄り添うことをすごく心がけています。例えば、「今日は久々にゆっくり5〜6時間寝れるな・・」という時でも、何時間か睡眠時間を削って配信を見たり(笑)、どんなに忙しくても、きちんと演者さんの配信を見るようにしています。SHOWROOMを使ってもらっている演者さんにはとにかくハッピーでいてもらいたい。配信者にとってSHOWROOMを利用する意味や価値の向上を追求したい。そんな思いで、四六時中何か改善できる事がないか考えて、色々な施策に取り組んでいます。こうして、運営がいちヘビーユーザーとしてちゃんと配信を見ている、期待をかけているという想いをダイレクトに伝えてゆく事も、人間くさいですが、とても重要な事だと思っています。また、演者さんに寄り添うという概念が根底にあれば、そこから自然と最適なUIやUXのデザインも出来上がってくると考えています。
音楽には特別な思い入れ、実経験に基づく運営
——前田さんはバンドをやられていたと伺ったことがあるのですが、演者の気持ちが分かるというのは、やはりそういう経験も関係していますか?
前田:あると思います、自分自身も音楽に対しては特別な思い入れがありますので。音楽との初めての触れ合いという意味では、歌手をしていた母親と一緒に幼少期にカラオケによく行っていたのが原体験かもしれません。その後、兄の影響で小学校高学年の頃に楽器(ギターとドラム)を始めました。ギターはまずアコギをもらったので、まず基本的なコードを覚えて、ゆずや19の曲を駅前で歌っていました(笑)。ドラムについても、兄が購入したドラムを兄以上に使い倒し(笑)、ハイスタとかグリーンデイをやったり。中学・高校の時はその流れで、メロコア、パンク、ミクスチャーとか。それで、大学生の時はELLE GARDENやWeezerみたいな感じのバンドをやっていたんですけど、ある日メンバーが突然メイクをしようと言い出して(笑)。僕は最初乗り気ではなかったんですけど、いざやってみると反応が如実に変わり、マーケティングも一気にやりやすく…ちょっと不本意だったのですが、これが時勢に乗るということかと(笑)。その後しばらく、ビジュアル系バンドとして活動していました。就職活動の最初の頃は、ふざけた髪型してたなーと記憶しています…(笑)。こういった経験も、SHOWROOMの運営に活きていると思います。ファンの心理、そして何より、パフォーマーの気持ちが理解できるという点が大きいです。
——演者として経験がある人が手がけているということで、サービスの説得力がありますね。
前田:才能があっても、バンドと生活、例えばアルバイトとのバランスが保てなくなって悪循環にはまってしまう人達を沢山見てきました。特にビジュアル系には多かった。このバンド、せっかく才能と技術、パッションがあるのに、なんてもったいないんだろうと。それがすごく残念で、そういう状況が変わらない限り、本来世に出るべき才能が十分に見出されないなと思っていました。この経験からも、才能のある人が環境要因に左右されず世に出て行けるような、平等なプラットフォームを構築したいという思いは強固になりました。
クリアなユーザーメッセージ
——SHOWROOMは、当初すごくアイドルにフォーカスして始まった印象があります。
前田:例えば、初めからいきなり何でも揃ってる百貨店と打ち出しても、お客さんが戸惑うかなと思ったんですよね。そこは自分が買い物に行くべき場所なのだろうかと。なので、例えばですけど、「SHOWROOMは革靴屋さんです。革靴においては他のどこのお店にも負けません」という状態を作りたかった。ユーザーメッセージが青空みたいにクリアな状態ですね。その後、靴を買いにきたビジネスマンが帰りがけにカバンも見れたら嬉しいかな、という感じで、徐々にコンテンツを広げていこうと思っていました。なぜアイドルかと言えば、ニューヨークから帰ってきて、たまたまアイドルのライブを見て、「こんなにファンの熱量が高いコンテンツがあるのか」と軽く衝撃を受けて。ある分野で成功事例を生み出せば、それが信頼となって、コンテンツの横展開をした時にもやりやすくなる。なので、ユーザーのスティッキネスが高い分野であるアイドルにフォーカスをして始めました。
現在SHOWROOMでは、多くの著名なアーティストさんやタレントさんにもご出演いただいています。トップコンテンツを揃えることによってサイトのブランドが強くなると同時に、多くの方に視聴していただけるようになってきています。そこから、まだこれから、というセミプロの方の配信も見てもらうという流れもどんどん作っていって、新規ファン獲得に向けた自己アピールの機会をもっと提供していきたいです。
——今やアイドルにおいてSHOWROOMは欠かせないプラットフォームになっていますし、先日はソニーミュージックとも提携しましたね。
前田:ミュージックジャンルにおいては、自分達だけで拡大するのは難しい上に時間もかかる部分もあると感じたので、コンテンツパートナーとして提携させていただいています。トップコンテンツの拡充もそうですが、テールコンテンツにおいて圧倒的なヴォリュームを出すには、それに適った仕組みが必要なので、才能のある方を集めるのに長けているソニーミュージックさんのノウハウをお借りしたいと思いました。
SHOWROOMは原体験に紐づく強い気持ちがベースにある、心のこもった事業
——他の音楽会社と提携する予定は?
前田:今のところ具体的な予定はありませんが、可能性としては当然捨てておりません。
今後の音楽業界との取り組みにおいては、「業界の入り口」になれたら良いなと思っています。具体的には、SHOWROOMで配信することと、オーディションに応募することを、イコールにしていきたいですね。オーディションで履歴書やデモを送るという、送る方も送られる方も様々なコストがかかる行為自体を、リプレイスできないかと考えています。業界の方には、効率的に才能を見い出すプラットフォームとして、時々覗きに来ていただく。アーティストの方には、「音楽業界の人に自分を見てもらいたいなぁ」という漠然とした思いをクリアにするプラットフォームとして、日々配信を通じてアピールしていただく。
——こういった今までなかった新しいサービスは、ユーザーの楽しみ方もそれぞれですよね。ユーザーが、ギフティングでお金を使いすぎるのではないかといった懸念に関してはいかがでしょうか。
前田:おっしゃる通りで、以前、高額アイテムが制御不能なくらい飛び交って、僕らからしても「これはちょっと…」ということがあったんですね。それを受けて、ユーザーの課金が行き過ぎないように、制限するシステムを既に組み込んでいます。
サービスの運営についても、みなさんのご意見を真摯に受け止めて、ご指摘をいただく都度にプロジェクトチームで深く話し合いをして、改善に取り組んでいます。現在は新しい文化を産み出す過渡期であり、痛みを伴う時期であると認識しています。
——そういう時期は、社内的なチームマネジメントも大変そうですね。
前田:楽しいという気持ちが勝つので大変という感覚は大きくないです。ただ、チームメンバーのモチベーションの源がどこにあるのかを理解して、SHOWROOMという船の一員として皆毎日ハッピーに航海ができているかどうかを担保するのが自分の役目だと思っていまして、難しい事ですが、そこには常に注意を払っています。Webサービスとはいえ、やはり人間が作るものなので、泥臭いかもしれないですけど、何よりも、誰が作っているかと、作り手同士の関係性が大切だと思っています。僕自身、人間関係は鏡だと思っているので、どんな時もまず、自分から人を好きになることを心がけています。って言ってみたものの、そういう理屈を超越して、なんかもう本当にチームメンバーが大好きなんですよね。熱血教師っぽくてちょっと恥ずかしいですが(笑)。でも大好きな仲間と志同じくして一つの夢を追うことができて、すごく幸せです。あとはシンプルに「当たり前の事を愚直に頑張れば成果に繋がる」ということ背中で語るべく、毎日渋谷のスタバで午前4〜5時頃まで悶々と頑張っています (笑)。
——体調には気を付けてくださいね(笑)。SHOWROOMが順調に成長している理由を垣間見た気がします。最後に、今後の展望を教えてください。
前田:繰り返しになりますが、目指している世界は、仮に何かしらのハンディキャップがあったとしても、努力次第でスターダムに到達できる、という世界観です。SHOWROOMから見出された才能が世の中で花開くといった、演者さんの成功、スター発掘装置としての事例をどんどん多く産んで、増やしていきます。そして、それは日本にとどまらずグローバルに展開していきます。
SHOWROOMは、ビジネスとしての可能性はもちろんですが、すべてのアーティスト、クリエイター、表現者みんなに平等に機会を提供したいという、自身の原体験に紐づく強い気持ちがベースにある、心のこもった事業です。我々の手で本気で世界を変えていくという思いで、これからも毎日、真剣勝負をしていきます。