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【前半】身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて 日本屈指のマスタリング / カッティング・エンジニア 小鐵 徹(JVCマスタリングセンター)インタビュー

インタビュー フォーカス

ビクターのマスタリングは“有機栽培のマスタリング”

——1973年のカッティングの第一歩から、時代がとにかく変わってきたじゃないですか? 小鐵さんはじめエンジニアの皆さんが洋楽と遜色ないカッティング技術を身に着けた後、そこからCDになるわけですよね? その頃から、マスタリングの重要性は日本でも意識されるようになったと思います。「マスタリングをしっかりやらないとCDの音が良くならないんだ」と。

小鐵:ところがCDの始めの方というのは、アナログレコードは「アナログからカッティングするわけだからロスがあるだろう。そのロスを補うためにマスタリングするんだ」って考え方をする上の人が多かったんです。そういう考えがあるもんだから「CDになったらカッティングをしないんだから、立ち会って操作する必要はない」と。「CDの場合は、トラックダウンしたマスターのままでよろしい」という考えだったんですね。

そういう時代が少し続いたときに、また「外盤の方が格好良いじゃないか」という話になった。それで「やっぱりCDでもマスタリングしなきゃいけないんじゃないか?」という考えが出てきたわけです。当初はまだ本格的なマスタリングというのはされてなかったんです。

——CDが出たばっかりの頃はフラットだったんですか?

小鐵:もうフラット。よく「リマスター」ってあるじゃないですか? 当時のものってレベルも低かったですよ。と、言うのはトラックダウンしたマスターそのものをマスターにしているから、そのレベルのまま、素材のままなんですよ。そんな事情があるので「リマスター」によって音質がすごく変わることがあるわけです。

当時はトラックダウンした素材をそのまま工場に持って行ってしまうんですよ。たまに「CDのマスタリングしてくれ」って言ってくる人がいたんですけど、それをやると「余計なことするな」と会社に怒られたもんです。そんな時代があったんです。

——では、少し遅れてCDのマスタリングというものが確立されていったと。

小鐵:そうですね。聴き比べると、やはり外国のCDの方が格好良いわけじゃないですか? それでようやく、CDにもマスタリングが必要だということになった。ですから、アナログのときと同じ流れですよ。

——ちなみにビクターの卓はオリジナルだったんですか?

小鐵:ええ。オリジナルにする少し前は、世界的に有名なイコライザーだとかリミッターを買ってきて使うという時代があって、それが何故変わったかというと、あるとき、レコード事業部長が視察に来まして、カッティングの課長が「これは今、世の中で一番良いものなんです」と説明したんです。そうしたら事業部長が「ビクターのオリジナリティはどこにあるんだ」と言ったんです。「こういう買ってきたものを使うのは誰でもできるでしょう」と。それからですよ。自分たちでイコライザーやリミッターを作って、オリジナルのコンソールを作るようになったのは。

小鐵 徹氏(JVCマスタリングセンター)

——それは良い判断だと思われましたか?

小鐵:当然、自分たちで作るリミッターやイコライザーも、当時市場に出回っていたNEVE、Sontec、GMLだとか、そういったものを雛形にしているわけです。で、「それプラスアルファの良い物を作ろうじゃないか」ということでした。そのために、エンジニアと我々カッティング・エンジニアとで、その都度試聴会をして内容を詰めていきました。僕はそのほうが良いと思っています。アメリカのスターリング・サウンドとかバーニー・グランドマンみたいな世界的に有名なスタジオだって、そういう方式をとっています。買ったままではなくて自分でプラスアルファする。それは一つのオリジナリティですし、他は真似できないじゃないですか。

よくお客さんから「ビクターのマスタリングはどんなマスタリングですか?」って質問を受けるんですが、僕は「ビクターのマスタリングは“有機栽培のマスタリング”です」と答えます。「野菜に例えると、化学肥料をバーっと巻いてできたものと、土にこだわって作ったものでは食べたときに何か違うでしょう? まず香りが違う。一口噛んだときに歯ざわりとか風味が違う。マスタリングも全く同じです」と。ビクターは色んな機材を手作りしています。ケーブルだって、とっかえひっかえして最上のものを使っている。そういうところが有機栽培とよく似ていると思ったんです。

有機栽培の場合、土台となるのは土ですよね。スタジオで土に相当するのは電源だと思っているんです。その電源についてもCSEだとかシナノを使って、ピュアな電源にしています。そのピュアな電源を各ユニットに供給するにも、電源ケーブルが必要で相性というものもある。「これが良いから全部良い」ということにはならない。そういうものをとっかえひっかえしているんですよ。もう気が遠くなる作業ですし、こういうことって際限がないです。世の中に出ているものを全部持ってきて聴き比べるのは不可能じゃないですか? だから「現状、今の状態が一番良いですよ」と言っている。でもこれは完成品ではないんですよ。

——ビクターが総力をあげてやることですよね。

小鐵:そうですね。まずトップから、そういう考え方になる。きっかけは事業部長ですよね。上の方から変わっていった。もっと突き詰めて言うと、ビクターのずっと昔の偉い人たちは「原音探究」と言っていた。玄関に石碑があったと思います。見ました?

——さっき見させていただきました。

小鐵:石碑は結構古びていますが、そこにある「原音探究」という言葉はビクターの基本精神ですね。

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