「歌詞を味わう」体験をアップデートする 〜歌詞が浮き出る革新的スピーカー「Lyric speaker」インタビュー
音楽と同期して歌詞が表示される次世代型スピーカー「Lyric speaker」が各所から注目を集めている。Lyric speakerは、歌詞を自動で美しくビジュアライズする技術「Lyric Sync Technology」が搭載されたスピーカーで、楽曲の雰囲気や構成を自動解析したモーショングラフィックを作成し、歌詞を透過スクリーンに表示される。2015年にアメリカで行われた「SXSW」でアジア企業としては初となる「Best Bootstrap Company」を受賞し、現在、11月の一般販売に向けて予約受付中だ。
今回のインタビューではクリエイティブ・ディレクターのSIX 斉藤迅氏を中心にLyric speakerの開発メンバーに集まっていただき、開発の経緯や、日本各地のエキスパートたちを繋いだ今プロジェクトの意義、そして、日本の歌詞文化の活性化を支援する新プロジェクト「Lyric Culture Project」についてまで話を伺った。
- チームアップの指針は“「Lyric speaker」に面白みを見出してくれるかどうか”
- .Lyric speakerは、名器となりうる「魂」の通った製品
- 日本からのイノベーションを世界に発信していきたい
チームアップの指針は“「Lyric speaker」に面白みを見出してくれるかどうか”
——今回はLyric speakerのプロジェクトメンバーにお集まり頂きましたが、それぞれのご担当業務をお伺いできればと思います。
斉藤:SIXのクリエイティブ・ディレクター 斉藤迅です。Lyric speakerのプロジェクトリーダーであり、このLyric speakerを発案しました。
秋山:ウェブレッジの秋山です。弊社は第三者検証機関という、検証を専門にしている会社でして、今回Lyric speakerの検証を行いまして、私はその検証統括をしました。
百瀬:同じくウェブレッジの百瀬と申します。SIXさんの営業担当として参加しております。
廣井:キッコサウンドの廣井です。弊社は、ソフトウェアモジュールの一部分、ハードウェアのボリュームやバックライトですとか、そういったグラフィックスなどのハードウェアとモジュールを繋いでいる部分を担当させていただいておりまして、私はそのマネージメントをしております。
小沼:キッコサウンドの小沼と申します。私はソースコードとかプログラムを担当しております。
森田:ケイテックの森田です。弊社はいわゆる製造受託をやっているんですが、他のEMS(electronics manufacturing service)企業とちょっと違うのは、開発及び設計をやっているのですが、Lyric speakerでは機構設計に携わっています。
——ありがとうございます。まず、Lyric speakerのコンセプトから伺いたいのですが、出発点として「音楽の楽しみ方をアップデートできないか?」という想いがあったそうですね。
斉藤:はい。元々、僕たちはクライアント案件の中でのブランディングやクリエイティブを作るということをやってきたんですが、同時に自分たち発信で「社会をアップデートする何かに挑戦したい」と長年思っていました。僕自身すごく音楽が好きだということもあり、音楽鑑賞でここ最近物足りないと思っている「歌詞を味わう」という体験についてアップデートすることはできないか? と考えました。
そこで発案したのがLyric speakerで、音楽を聴きながら、歌詞をビジュアライズして見る仕組みを持ったスピーカーを開発して、色々なところに提供していったら、音楽体験がもっと楽しくなるんじゃないか? と。僕たちSIXはクリエイティブをやる会社ですので、具体的な技術に関しては、常にいろいろな会社とチームアップしながらやっていくわけですが、その中で最初にaircordという会社と開発をご一緒させていただきました。また、製品化する過程ではdot by dotのSaqooshaさんにテクニカルディレクターを担当いただき、製品化における技術部分をマネージメントしていただきながら進めていきました。
そして、次々にいろんな方々に参加していただいて、足りない部分を補いながらやってきたんですが、チームアップを行う上で、1つの指針になったのが、歌詞という部分を改良して音楽体験をアップデートするという点に面白みを見出していただける方々ということで、それが念頭にあり、協力関係が持てる方々を探していきました。
——ウェブレッジさんはLyric speakerの話を聞いたときに、率直にどう思われましたか?
秋山:ご紹介いただいたときに、もうプロトタイプが出来上がっていて、その場で見せていただいたんですが、本当にビックリしたというか、「凄いものを作られているな」と思いました。これを我々に検証させていただけるのなら、是非ともやらせていただきたいということで、ご協力させていただく形になりました。
——実際に検証をやり始めてみて大変だったところはありましたか?
秋山:我々は、プロダクトがお客様に届いたときに、いかに目的通り動くようにするか検証するんですが、まず、対象の製品を調べることから始めるんですね。そして、類似製品も全て調べて参考にするんですが、Lyric speakerは革新的なもので、過去に類似品が一切ないので、検証も手探りで本当に大変でした。
斉藤:ウェブレッジのお二人は音楽に興味を持っているのを感じましたし、秋山さんは最初の頃から発表会に観客の一人として来ていただいたり(笑)、「この製品をみんなで作っていこう」みたいなチーム感を持てたというのはすごく心強かったです。
——キッコサウンドさんは、どういった経緯でLyric speakerのプロジェクトに参加されることになったのでしょうか?
廣井:最初、色々なパーツを繋いでいるモジュールの部分を、さらに強化していきたいとうことで、「見て欲しい」とお話を頂きました。ただ、我々もちょうど忙しい時期でしたので、最初はお断りしたんですが、斉藤さんが「30分でも良いからLyric speakerを見て欲しい」とスピーカーを担いで浜松まで来てくださって、ひと目見たら、本当にびっくりするくらい美しい製品だったので、瞬時に「是非やらせてください!」と逆にお願いしました(笑)。
——廣井さんに加わっていただいて心強かったですか?
斉藤:廣井さんはメーカーの中で、数々の名作楽器をつくってきていただいた方で、そういったしっかりとした「ものづくり」をたくさん経験されてきた方ですし、さらに、独立なさってからはMIDIをコントロールするBluetoothのデバイスを作られている中で、メーカーとしてだけでなく、その先のスタートアップとしての戦い方も熟知されていますので、これ以上ない強力なメンバーに参加頂けたと思います。
——森田さんのLyric speakerに対する第一印象は?
森田:Lyric speakerのお話を頂く前に、松本隆さんの「風街レジェンド2015」というコンサートに行きまして、そのときに詞を見せる演出があって非常に印象的だったんですね。Lyric speakerは、それと同じようなコンセプトでやっておられるので、「これは何かあるな。やらなきゃいけない仕事だ」と思いました。もうひとつは、関わっているメンバーの方々やチーム全体が、日本のものづくりが世界をリードした頃の雰囲気を持っていまして、「まだこういう人たちがいるんだな」と非常に懐かしい想いもありました。社内的には、ちょっと説得しなくてはいけなかったんですが(笑)、積極的に関わらせていただきました。
——「ものづくりの懐かしい雰囲気」とは具体的にどんな感じでしょうか?
森田:ワイワイガヤガヤやりながら、どんどん皆がアイデアを出していったり、何か決まった形というよりも、それぞれが自分の考えを持って進んでいくような所ですかね。ものづくりの楽しさを味わえるような環境ですよね。
斉藤:森田さんと初めてお会いしたときに、松本隆さんの話が出て、僕も大ファンですので、まず「風街レジェンド2015」に行けたのが羨ましいな、と思いました(笑)。僕も行きたかったので(笑)。というのはさておき、森田さんとも通じるものがあるというか、同じ面白さを見ながら作っていけるんじゃないかなと思いました。
Lyric speakerは、名器となりうる「魂」の通った製品
——今回Lyric speakerを作るにあたって、アイデアの端緒はどこにあったのですか?
斉藤:多くの人にある経験だと思いますが、たとえば、失恋したとき、たとえば、仕事が異常に大変な時、音楽に励まされながらなんとか乗り切る、そんなことってありますよね。僕もそういう経験があったのですが、その心に力をくれているのって、音楽のどこかというと、やはり「歌詞」なのだなということにある日気づきました。
そうしたときに、音楽は、これまでハイレゾというより音質の方を追求していくデバイスはたくさんありましたが、音楽のもう半分のところである「歌詞」の体験をもっと伸ばしていくものがあったら面白いと思いました。それがLyric speakerを着想したきっかけです。ですから、Lyric speakerは個人的に「こうなったら嬉しいな」というところから始まっているんです。
——斉藤さんご自身の理想を形にしたのがLyric speakerなんですね。発案から完成まで期間はどれくらいかかっているのですか?
斉藤:最初「歌詞が出るスピーカー」と書いた企画書を社内会議に出したのが、2013年の11月でしたので、3年くらいだったと思います。
——開発で一番苦労したところはどこですか?
斉藤:苦労はたくさんありますが、特に歌詞を気持ちよく見せるというところには、時間を費やしています。
——それは「Lyric Sync Technology」ですか?
斉藤:はい、歌詞をビジュアライズしてみせる技術で僕らは「Lyric Sync Technology」と呼んでいます。気を配って開発したところは、歌詞を気持ちよく見られるためには、そのタイミングであったり、どんな歌詞であれ自動で美しくレイアウトするなど、多岐にわたります。
——キッコサウンドさんはもともと音楽系のデバイスを開発していらっしゃったということですが、今回のLyric speakerの開発で感じたことは何でしょうか?
廣井:まずは、 Lyric speakerは、名器となりうる、楽器作りと通じる「魂」の通った製品だと感じました。多くの工業製品が、仕様書通りの機能が入ったら完成となりますが、楽器の場合は、そこに「魂入れ」と呼ばれる行為が入ってきます。
——「魂入れ」ですか?
廣井:これは以前所属していたヤマハの先輩たちが使用していたローカル用語ですので、一般的な言葉ではありませんが、製品に機能を入れたら終わりではなくて、テスターやプレイヤーさんからフィードバックを受けるのはもちろん、それ以前に開発者自身が試してみて、感じて、少し直して、また試して、と納得するまで何度も繰り返すことで、楽器としての完成度を高めていきます。ちなみに仕様書はあとで開発者が書き換えていましたけど(笑)。
——(笑)。
廣井:もちろん正式な開発スケジュールに、この「魂入れ」をタスクとしては入れてもらえませんので、こうした行為のための時間は、開発メンバーがやるべきことを必死で片付けたうえで、自主的に捻出する必要があって、この情熱は作り手が本当に製品を愛していて、「良いもの作りたい」「パフォーマーやユーザーに使ってもらって喜ぶ顔がみたい」と思う気持ちからあってこそ初めて生まれると思っています。
Lyric speakerの開発メンバーを見ればわかりますが、土日も夏休みもこの製品のことしか頭にありませんし、実際、休みなしにブラッシュアップを続けています。多くの工業製品、あるいは楽器でさえ、最近はそうした「魂」が感じられることが少なくなってきましたが、Lyric speakerにはその「魂」があるんじゃないでしょうか。
日本からのイノベーションを世界に発信していきたい
——SIXさんは東京、キッコサウンドさんは浜松、ウェブレッジさんは福島、そしてケイテックさんは仙台と、日本各地の会社さんが共同作業をされているのがLyric speakerプロジェクトの大きな特徴かと思いますが、そのメリットはなんですか?
廣井:浜松は楽器とオートバイの街ですから、音関係の特殊なエンジニアはたくさんいるんですが、Saqooshaさんのように、グラフィックに長けたアーティスト的エンジニアや、斉藤さんのような発想で商品を発案できる人が身近には中々いませんので、浜松だけでチームを組もうと思っても難しいんです。ですからLyric speakerのように、日本各地にいるエキスパートたちが集まるプロジェクトは、これからの開発の形という意味でも、新しい方向性を示したプロジェクトなんじゃないかなと思います。
斉藤:その分野のエキスパートが集まり、地域に関わらずチームアップしていくのは、高いレベルのものづくりを目指していく上で、ひとつのとてもいいやり方だと思います。浜松の楽器作りのバックボーンで支えられたキッコサウンドさんの技術力、宮城でじっくりとものづくりをなさってきているケイテックさん、そして、福島でテスターという専門性を高めているウェブレッジさんと協力して制作させて頂けたおかげで、東京というひとつの都市にいるメンバーだけでは達成できなかったレベルを目指せていると思います。
——先日の会見で発表された「Lyric Culture Project」についてお伺いしたいのですが、どういった思いでこのプロジェクトを始められたのでしょうか?
斉藤:Lyric speakerも「Lyric Culture Project」も、「Feel the true power of music/歌の力のすべてを」をコンセプトにしています。これは歌詞に込められたメッセージを聴くことで、「音楽の力」と呼ばれているものを味わい尽くしたい、という気持ちでやっています。そして、「歌詞を楽しむ」という音楽の楽しみ方を、スピーカーという形だけに留まらず、もっと広げていくきっかけとして、この技術を期間限定ですが無償で提供して、色々なライブやYouTube動画の制作に使っていただけたらと思っています。
——すでにアーティストサイドから問い合わせは来ていますか?
斉藤:アルバムを出したときのプロモーション動画として使いたいですとか、多くのお問い合わせ頂いています。
——海外のアーティストや企業からLyric speakerも含めて、「うちで協力させて欲しい」みたいな引き合いってあったりしますか?
斉藤:海外のオーディオメーカーさんからも、この技術自体をオーディオに組み込みたいというお話など受けています。
——最初Lyric speakerの存在を知ったのが、SXSWでの「Best Bootstrap Company」受賞だったんですが、そのことに対して率直なご感想は?
斉藤:こうやって歌詞をビジュアライズして、歌詞をもっと味わうと、もっと音楽が面白くなりませんか?というのが僕らの提案だったわけですが、それに共感していただけたということは、やはり音楽をもっと楽しみたい、という気持ちは世界共通なんだと思いました。
——海外の人のLyric speakerに対する反応はどんな感じでしたか?
斉藤:まず、とても「クール」だと言ってくれました。その中で「音楽の進化の別の形がここにあるかもしれない」ということをおっしゃってくれました。例えば、ハイレゾだったり、サブスクリプションだったり、そういう進化が多い中で、歌詞にフォーカスするのも一つの形かもしれないと、評価していただけました。
——最後になりますが、Lyric speakerに興味を持っている音楽業界の方々や、アーティストへメッセージをいただけますか?
斉藤:僕自身、元々は洋楽やインストゥルメンタルのファンで、歌詞を中心に音楽を楽しむ派ではなかったのですが、あるとき、歌詞に着目して音楽を聞いてみると、音楽がより深く、より意味深いものとして、もっと楽しめるものなんだと気づきました。
世の中の大多数の人は、歌詞に耳を傾けながら音楽を聴くことって、そこまで意識的にやっていないと思うんです。でも、歌詞に耳を傾けてみると、ふとした瞬間に、頭でリフレインしたりして、音楽が毎日をちょっと勇気づけてくれたり、彩ってくれる存在になると思うんです。「座右の銘」ならぬ「座右の歌」みたいな感じで。Lyric speakerをきっかけに、そんな「歌詞を味わう音楽の聞き方」に興味を持ってもらえたらと思います。