ソニーミュージックの新たな挑戦、逆転の発想から生まれた新機軸オーディション「Feat.ソニーミュージックオーディション」プロデューサー 梶望氏にインタビュー

インタビュー フォーカス

梶望氏

ソニーミュージックがおくる音楽トレンド創出オーディション「Feat.ソニーミュージックオーディション」が、2018年1月よりスタートした。

本オーディションのグランプリを受賞する条件は「音楽トレンドを作る」こと。トレンド作成に必要な予算、スタッフ、インフラ、ワークショップなどをソニーミュージックが全面バックアップし、アーティストのトレンド作りにソニーミュージックが“Featuring”参加するという新機軸のオーディションとなる。

楽曲やライブパフォーマンス、セルフプロデュース能力までもが審査の対象となる現代ならではのオーディションに総数1000組を越える応募が集まり、1次審査、2次審査を経て、ファイナリスト6組(あさぎーにょ、KID CROW、SUKISHA、ドアノブロック、葉山柚子、夜中出社集団 ※50音順)が決定。

ファイナル審査では、今回のオーディションのために開発された独自のアルゴリズムによる音楽トレンドランキング上で競い合う。

また、7月からは「GYAO!」「MUSIC ON! TV(エムオン!)」にて、ファイナリストに密着した音楽リアリティ番組「Feat.ソニーミュージックオーディション」が全12回にわたり放送中だ。

今回のオーディションで特筆すべきは、各ファイナリストに応援資金300万円が用意されている点。ファイナリストはこの応援資金から、様々な施策を行いながらオリジナルの「音楽トレンドを作る」ため日々、切磋琢磨している。

9月28日には1名の脱落者が決まり、10月9日にZepp DiverCity(TOKYO)で開催されるファイナル審査イベントに向けて盛り上がりを見せている中、今回Musicman-netでは宇多田ヒカル、MIYAVI、小袋成彬など様々なアーティストの宣伝プロデュースで知られ、本オーディションのプロデュースを担当する梶 望氏(ソニー・ミュージックレーベルズ[SML] エピックレコードジャパンオフィスRIA 部長)にインタビューを敢行した。

  1. 変化するアーティストとレーベルの関係
  2. 逆転の発想から生まれたオーディション
  3. 自己プロデュースの重要性
  4. 楽しい場所には楽しい人が集まる
  5. チャンスを広げる盛大な実験の場
  6. 戦略があってこその戦術
  7. 原点に振り返るために
  8. コンテンツ×リスナーを繋げるシンプルな考え
  9. 成功を生みだすヒント

 

変化するアーティストとレーベルの関係

梶 望氏(ソニー・ミュージックレーベルズ[SML] エピックレコードジャパンオフィスRIA 部長)

――今回のオーディションを初めて知る方もいると思うので、このプロジェクトが始まったきっかけを教えていただけますか?

:今年はソニーミュージックグループが設立50周年を迎えるアニバーサリーイヤーということもあり、様々な事業を展開する中の1つとしてオーディションプロジェクトも立ち上がりました。

プロジェクトチームには、SMLの各レーベルから1名ずつ代表者が選ばれました。僕はソニーミュージックグループに来て間もないですが「逆に客観的に見ることができるだろう」ということで、今回のプロジェクトを担当することになりました。

プロジェクトを進める議題の中で、オーディションを受ける人たちの目的(ゴール)がそもそも変わってきているのではないか? という原点の部分を見つめ直す話し合いが行われ、そこから今回の「Feat.ソニーミュージックオーディション」が発足しました。

――オーディションで優勝した人をレーベルで育成してヒットを作るような既存の流れが、いまの時代に求められていない、ということでしょうか?

:全く求められていないわけではないですけど、プラスαが必要ですね。これまではメジャーデビューが大きな価値を持っていましたが、そのステイタスへの憧れみたいなものが段々と薄れていって…そこに自分たちもあぐらをかいていられない時代が来たのを自覚したといいますか。

――個人が自由に発信してお金を稼ぐツールやプラットフォームが生まれている中で、そこにレーベルがどう関わっていくのかが見えづらくなっていますよね。

:今までは、メディアだったらテレビや新聞、ラジオなどで表に出なければ大勢の人に知ってもらうこともできなかったし、音楽をたくさんの人に聴いてもらうためにはレコード会社でレコードなりCDなりを作って、全国的な流通に乗せなければ届きませんでしたよね。

それがストリーミングのようなプラットフォームが台頭することによって、音楽ビジネスの在り様が変わっていく中で、会社全体としても、レーベルで働いている個人個人としても、レーベルのあり方をすごく考えている。要はアーティストにとって僕らは本当に必要なのか、というところですよね。

それはレーベルだけでなく、メディアも然りで、今ある音楽ビジネスをより良くしていくことを考えていかなければならないわけですけど、アーティストが良い作品作りをする環境があり、聴いてくれるリスナーの良い環境があれば、そこにビジネスは生まれていくと個人的には思っているので、今までと伝え方が変わったからといって未来は無いということではないんです。

 

逆転の発想から生まれたオーディション

梶 望氏(ソニー・ミュージックレーベルズ[SML] エピックレコードジャパンオフィスRIA 部長)

――その環境を作るための1つの方法として「Feat.ソニーミュージックオーディション」が生まれたと思うのですが、グランプリを受賞する条件が「音楽トレンドを作る」こと、と今までのオーディションにはない審査基準ですね。

:既存のオーディションは、審査する側と審査される側というヒエラルキーがあったと思います。でも「Feat.ソニーミュージックオーディション」では、審査するのが一般の人たちなので、審査員がいない。審査員がどこにいるか分からないソーシャル上のブルーオーシャンみたいなものなので、まずその概念が今までと違うところですね。

また、なぜ「トレンド」なのかという話ですが、これまで何十年も信頼されてきた既存のチャートは、僕ら世代にとって重要な指針だったとしても、10代の子たちはほとんど毎週チェックしていない現状で。

今はいろいろなところでステルスマーケティングが行われていることも知っているので、若い子たちはトレンドのチャートを追っています。Instagram(インスタ)であればハッシュタグで検索したり、TwitterやYahoo!のトレンドランキングをチェックしたり、常に世の中の今の流行だけは見ているぞ、と。

我々もプロモーションにおいて、音楽が売れるためにいかにトレンドのランキングの中で話題にしてもらえるかをひとつの指標にしていますが、トレンドチャートの中だけで戦うというのは、言ってしまえばネタとしての要素が強くなってしまう。

最近は、お笑いネタや時事ネタなどと一緒に音楽もネタのような形で入ってきますが、そうではなく“純粋に音楽のトレンドからマーケットを作れないか”という逆転の発想で、音楽や作品が主語になっているトレンドを生み出して、審査員であるソーシャル上の一般の方々から正当に評価されたものを独自のアルゴリズムでスコア化して競い合う。そういったオーディションを提案してみたら通っちゃって(笑)。

――(笑)。実験的であり、知見をためていくためのオーディションでもあるような印象を受けました。各ファイナリストに用意された応援資金は300万円と高額ですが、トレンドを作っている人たちが新しいマーケティング方法を生み出してくれることを期待してのものですか?

:はい。まさしくそれは1つの理由で、ビジネスにどう繋げていくのか、今は3つ考えています。1つは若い子たちのトレンドの作り方を我々の知見として吸収していくところ。

もう1つは、それによっていろいろなデータを得て、解析のノウハウを蓄積できること。

今回の音楽トレンドランキングについて説明すると、まずは主語が音楽でなければなりません。それぞれのアーティストにはフォロワー数などに差があるので、そこを正当に評価するには、それぞれのアーティストの成長曲線を僕らがある程度予測して、そこに対して上振れているか下振れているかによって加点します。あとはオリジナル楽曲であればあるほどスコアは高くなります。

それをどう評価していくかという知見自体が、今後のプロモーションにおける判断基準にもなり得るので、マーケティングツールの開発という要素もあります。

あともう1つは、その後の話になりますが、今回のオーディションのファイナリストたちは、これまでのオーディションで残ってきた人たちとは少し系統が違います。

もちろん正統派もいますけど、その人たちと新しい音楽ビジネスを作っていく流れは、今までの形とは違うものになると思っています。

ソニーミュージックからデビューしたいと思うよりも、300万円を使って「自分たちのトレンドを作って世の中にいかに承認してもらえるか」ということに対してモチベーションを高く持っているので、「ゴールがデビューすることじゃないってどういうことなの?」という議論にもなっていますけどね(笑)。

 

自己プロデュースの重要性

――ファイナリストの方たちは、こちらが思っているよりも堅実で戦略的で、そしてそれを経験から身につけていますよね。

:今日レコーディングしたら明日撮影して配信する、みたいにスピード感覚も全然違いますよね。それを僕らが定点観測することによって、今何が世の中に通用するのか、音楽がどう受け取られているのか、非常に勉強になっています。

YouTubeではあさぎーにょが圧倒的に人気ですが、Up Liveの世界では葉山柚子さんが、日本だけでなくアジア圏でも多くのファンを獲得していて、レーベルの力がなくてもそこで小さい規模ながらも音楽ビジネスが成り立っている。

この例えが正しいかどうかは分からないですが、仮に実体経済でのヒットがメジャーレーベルだとしたら、彼らはビットコインのようなオンライン上の経済圏でヒットしているという感覚で、それを僕らは看過していては駄目だと。

かつては、メジャーデビューという分かりやすいゴールがあるからオーディションが成立していたと思いますが、今回のオーディションを進めていくうちに「確かに彼らは普通のオーディションには応募しないよな」という感じがだんだんと分かってきて。

――あえてレーベルに所属しなくても、表現したいことは自分たちでできてしまう時代ですよね。

:宇多田ヒカルも自己プロデュース能力がすごく高いアーティストで、そういった意味では先駆けだと思っているのですが、今売れている人は、楽曲制作だけでなくミュージックビデオからステージまで、何から何まで全部自分でプロデュースする人が多いじゃないですか?

米津玄師、SEKAI NO OWARI、サカナクションなどもそうですが、そういう人たちが共感され、世間にアーティストとして認識されていますよね。

そのような流れもあって、アーティストとレーベルの関係もより対等になってきていると思います。では、対等であるためにレーベルは何を求められるかと言うと、自己プロデュース能力の高いアーティストが表現したいことを叶える環境をどれだけ提供してあげるかということ。

そういう意味で、今回のオーディションは「ソニーミュージックはフィーチャリング参加です! 我々はあなたたちのことは審査しません! あなたたちと一緒にオーディションで走ります」といった感じで、そのために必要なお金、人、リソースなどはお手伝いします、ということから「Feat.」と名付けています。

 

楽しい場所には楽しい人が集まる

梶 望氏(ソニー・ミュージックレーベルズ[SML] エピックレコードジャパンオフィスRIA 部長)

――プロジェクトごとに協力し合うチームのような関係ですよね。ソニーミュージックは手掛ける事業が本当に幅広いので、アーティストに提供できることも多種多様ですね。

:アニメやライブの事業もありますし、たくさんあるリソースをフル活用して可能性を探っていきたいですね。

話は変わりますが、僕の持論では、エンタメって楽しそうにやっている人のところに楽しい人が集まって、そこに野次馬が集まってさらに楽しくなるものだと思っていて、今回の企画は、ファイナリストも楽しくやってくれていますが、特にコアメンバーがすごくモチベーション高く面白がってやっています。今まで知らなかったものがいっぱい入ってくるので。

インスタのフォロワーを1週間で数千人増やす魔法なんて誰も持っていないので、それを目の当たりにすると、ある部分は僕らの一歩も二歩も先に行っていることを実感します。

――確かに、それを身近で体感できることは貴重な経験ですね。

:面白くやっていると周りから「手を貸しますよ」と声を掛けてくれる場合もあって。KID CROWがAIで曲を作りたいという記事から、「あの記事読んだんですけど…」といった感じでソニーやソニー・インタラクティブエンタテインメントのAIのチームが声を掛けてくれて。ビジネスは関係なく有志でやりますと言ってくれたり、そうやって仲間が増えていく感じってすごく良いですよね。

やはり会社が大きくなっていくにつれて全体が見えにくくなってしまうので、少しでも視野を広げて、相互のシナジー効果が生み出せるような、交流のようなものを今後やっていくような動きがあるので、今回の企画がそういうことの礎となれれば嬉しいです。

――新しい在り方が今回のオーディションを通して見え始めてきたと。オーディションが終わってからが本番みたいなところもありますね。

:たまった知見を何に活かしていくかということもそうですし、オーディションのグランプリ受賞者とB to CだけでなくB to Bでもビジネスをどう広げていくかも考えていきたいですね。

グランプリにならなくてもその人が面白い人であれば、何か面白いことやっていこうという想いもありますし、単に所属からのデビューだけではなく、新しいゴールをちゃんと作れたら最高ですね。

 

チャンスを広げる盛大な実験の場

――10月9日にはグランプリ発表を含めたファイナル審査イベントが開催されますよね。その直前に1名が脱落するのは、オーディションを盛り上げるための一環でしょうか?

:300万円から家賃を支払おうとする人も出るだろうなと思っていたら、本当に出て(笑)。ほかにも機材車買って終了とか、そういうことになりかねないので「ちゃんと真面目にトレンド作ってくださいね」ということも踏まえて、競い合う要素は作らないといけないので。

――なるほど(笑)。これまでのオーディションの最終審査とは趣向が違って面白いですよね。観客も何かが起きることを期待していると思います。

:僕らはオーディションという形で観客も参加して楽しんでもらえる場を提供しているってことですよね。今回のオーディションがなければ、恐らく知ることができなかったこともたくさんあっただろうし、僕らにも、参加してくれているファイナリストにも、いろんなチャンスが周りから新たに生まれているので、そういったチャンスを広げることに意義があると思います。

――オーディション終了後には数値的な指標みたいなものはあるのでしょうか?

:数値的なKPIは設けてはいないので、次の音楽ビジネスを作るヒントが1つでも作れたらそこで達成という感じはしますね。僕らの持っている既成概念に、新しい種を芽吹かせるかが大事になってくるので。

それと、僕らが普段行なっているレーベルビジネスは、当然、強く結果を求められるので、周りも巻き込みづらくなってしまうし、なかなか冒険もできないのですが、オーディションはある部分すごく責任がありつつ、ある部分では無責任でいられる側面があって。

だからこそ気軽にトライできるというか、せっかくそういう場があるんだったら盛大に実験してみるのが良いんじゃないかと。上手くいけばビジネスに転換すれば良いですし、そういうことも含めていろいろな選択肢があり、自由さがありますね。

それこそ、KID CROWのAIによる作曲支援システムも、このことをきっかけに社内でビジネスが広がってくれれば、それはそれで役割を果たしていると言えますし、既存のレーベルビジネスに固執している人たちに対して新たな気づきのきっかけとなることができれば、レーベルや会社全体にとってもすごくプラスになります。

――今や音楽を聴くスタイルは様々ですし、トレンドを掴むことがとても難しいと実感しているので、そういった情報を共有する場所もできてくる気がします。

:全員がお茶の間で知っている…というようなことよりも、ひとりひとりに深くささっていった結果10万人を熱くしていればそこでビジネスが成り立つというのが昨今のヒットのパターンなのかなという気もしています。

ただ、ストリーミングが主体のサービスになっていくと、単価が下がってしまうので、リスナーの分母を増やしていかないと。今までと同じようなビジネスでは収入が得られなくなってしまう。

なので、僕らが今後目指すべきは海外だと思っています。YouTube等の動画サービスであれば国外でも見ることができますし、海外に広げていくためには絶対にソーシャルの力が必要になってきますよね。

今の海外の若いリスナーは国境も言葉も関係なくなってきていて、宇多田ヒカルのファンも若い子たちを中心にUSですごく増えてきています。そういう意味で言うと、ソーシャルでのコミュニケーションや広げ方のノウハウは国内外を視野に入れてためていかなきゃいけないと思います。

今回は国内のプロジェクトですが、海外のソーシャルも取り込んだ実験的なプロジェクトというのは今後もやっていきたいですね。

 

戦略があってこその戦術

――アメリカでは10代のSNS離れ、スマホ離れが始まっているといった調査結果も出てきています。こちらが海外に出て行こうとしている瞬間に、海外では新しい動きが出てき始めて、いたちごっこの様になっている面もありますよね。

:次のトレンドや新しいプラットフォームが生まれるスピード感は、今のマーケットの特徴だと思いますね。それに対して僕らが陥りがちなのは、新しいプラットフォームが流行っているから使わなければいけないというような脅迫概念にとらわれてしまうことですよね。

僕がセミナー等で登壇する際にお話しさせていただいているのは「あれは全部戦術ですから」と。まずは戦略があって戦術があるべきなのに、戦術でしか語られないから上手くいかないんです。手段が目的になってしまったら本末転倒です。

では戦略はどう作るのかと言えば、曲があってリスナーがいるわけなので、その曲をリスナーに届けるための戦略やビジョンがあって、そのビジョンを成立させるために手段としてソーシャルを使う。それはテレビ、ラジオ、新聞、何でも良いですが、その戦略が見えていないと戦術が活きてこない。

実は我々よりもファイナリストの方がそこを理解している。リスナーと自分をダイレクトに繋げることがそもそも戦略なので、その手段として何を選択するのかというのを一番理解しているわけですよ。

それにその先にあるユーザーの動きは2カ月ごとに変わってしまうので、僕らも水はけを良くしながら吸収しようとしています。

――ユーザー側も、そのスピード感で取捨選択することが普通になっている。

:「ユーザー自身のシチュエーションやモードと周りの環境がフィットしているどうかで、ユーザーが取捨選択する情報が変わってくる」

 その中で選択されることってすごく大変ですよね。そこをちゃんと理解していかないと、これからの音楽ビジネスを作っていけないだろうなという気はします。

――そういう時代だからこそ、承認欲求もより強くなっているのでしょうね。

:今回のオーディションでプラットフォームを限定しないようにしたのは、いろいろな方法が多様化している中でみんなが何を取捨選択して自分たちの承認欲求を満たすのか、そのプロセスを僕らは定点観測できるからです。

YouTuberオーディションのように限定したほうが楽ですけど、限定しないおかげで、毎日が発見、毎日が事件(笑)。

――これまでのトップダウンではない方式だからこそ、みんなが楽しんでできる文化祭的なノリといいますか。

:きっかけが50周年というタイミングでもあったので、文化祭に近いかもしれないですね。そういったお祭り感のノリもすごく大事にしています。

 

原点に振り返るために

梶 望氏(ソニー・ミュージックレーベルズ[SML] エピックレコードジャパンオフィスRIA 部長)

――個人の持つライブラリの量がここまで増えてしまうと、エバーグリーンな楽曲は生まれにくいのでしょうか?

:恐らく今の若い子にとって荻野目洋子の「ダンシングヒーロー」もTRFの「EZ DO DANCE」も、米津玄師の「Lemon」も括りとしてはどれも“新曲”なんですよね。

例えば、YouTubeの中でレコメンドされたのがエバーグリーンな曲だったとしても、初めてその曲に出会ったのであれば、その子たちにとっては時代に関係なくその曲が本人にとっては新曲になる。

音楽ビジネス的に言うと、聴き継がれている曲が日の目を浴びるチャンスが広がるという見方もできますし、そういう曲を今後も残していくためには過去の名曲を超えていけるようなものを作っていかなければいけないし、その高みを目指していかなければならない。

だからこそ、売れるものと売れないものがハッキリしている。昔は最初からお金を掛けてマーケットを既成事実的に作ることもありましたが、今はそういった右向け右のようなプッシュ型のものは通用しなくなっています。

オーディションの話に戻すと、そういう意味でも審査員側がリスナーであることはすごく大事だと思っています。最近では映画『カメラを止めるな!』のように、ファンが熱く語ってくれるようなオーガニックなヒットの形も出てきていますが、でもそれって「元の自然なヒットの形に戻っただけじゃないか?」と。

――エンタメ全体が原始的なところに回帰している。

:リスナーの立場に立ってみて、ではどうすれば音楽に目を向けてくれるのか、それを伝えたくなってくれるにはどうしたらいいのか、リスナーはどういうモチベーションで何を広げたいのか、など、僕らは原点に戻って考えなくてはならない。

だから、今回のオーディションでそれを一生懸命勉強しています(笑)。昔は学校での昼休みの会話だったものが、ソーシャルなものへと移行していますしね。

 

コンテンツ×リスナーを繋げるシンプルな考え

――梶さんは「余白と文脈が同時に作られることが大事」とおっしゃっていますよね。

:語られることはすごく大事ですね。「バチェラー」(恋愛リアリティ番組) では「次はこの人たちどうなるの⁉」みたいに、普通のドラマを見ているよりも、素人だからこそ次が気になっちゃいますし。1から10まで全部展開が分かるものはあまり広がっていかない。

――そのバランス感覚を見極めることは、すごく難しそうですね。

:そうですね。でも、すごくシンプルなものだと思っていて、要は聴き手とコンテンツを繋げるだけですよ。

それを考えるためにはいろいろな知識・情報が必要になるので、オーディションを通して僕らも勉強して、そこから得た知見を違うアーティストで繋げるときに、戦略や戦術の中でも役立てることがあるかもしれないということでもありますよね。

難しく考えすぎて「インスタで何かやろう」みたいに戦術に陥りがちですが、その「何か」が見えていないのであれば、別にインスタを使わなくてもいいんですよね。そしてその「何か」の答えは戦略の中にある。

結局はリスナーが喜ぶか喜ばないかですよ。今はリスナーがマーケットを決めているので、リスナーが喜べばそのプラットフォームは盛り上がるわけだし、戦略上にうまくのればそのコンテンツは広がっていく。

リスナーが使っているプラットフォームの中で、面白い打ち出し方ができる「何か」とは何か、それを戦略にそって考えていったほうが、可能性が広がっていきますよね。

なぜならベクトル(ビジョン)さえ決まってしまえば、それに向かっていろいろなリソースを用意すればいいだけなので。その中で上手くいく、いかないはありますが、必ず1個は上手くいくものが見つかります。そうすると絶対前に進んでいく。

 

成功を生みだすヒント

梶 望氏(ソニー・ミュージックレーベルズ[SML] エピックレコードジャパンオフィスRIA 部長)

――みなさんも成功を追い求めているわけですしね。

:僕自身ラッキーボーイと言われることが多いのですが、全然そうではなくて確率論の話なので。

セミナーでよく話しますが、1個の課題があったときに大抵は1個の回答しか持とうとしなくて、そこで可能性がないと諦めちゃうことがたくさんあるんですよ。

僕はそこで複数の回答というか、視点を変えた回答というのをなるべく広く持とうとします。仮に1個の課題に対して100通りの回答を用意できたとして、99が失敗してても1つの正解があったりもするわけじゃないですか。その成功したものがいいマーケティングだとするならば、成功事例には何かしらポジティブに働いているヒントが絶対にあるはずなので。

もちろん、全部駄目なときもありますけど、20個でも100個でもいいのですが、用意する回答が増えれば増えるほど1個ぐらい正解が残る確率が高くなるという、そういった確率論だけの話なんです。

その確率論も悪く言えば「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」みたいな話になりますけど、下手な鉄砲じゃなくて鉄砲は鉄砲で同じベクトルを向いていないと駄目ですよね。そこで戦略とかビジョンとかが大事になる。

――ちゃんと根拠を持たれた上で回答を用意している。

:でないと1個成功すると、あとは上手くいかなかったということになりますけど、なぜ上手くいかなかったかという知見も自分の中に溜まるわけです。

その知見があると、次の違うケースがきたときに「これは前のケースでははまらなかったけど、このケースだとはまるかもしれない」という、自分の中の引き出しが増えるので、そこでまた前に進むことができる。

一見ラッキーに見えることでも、実はラッキーの裏側には涙ぐましい水面下のバタ足があるわけです(笑)。とても面倒くさい作業ですけど、それをベースにやっている人とやっていない人とではものすごい差が開いちゃいますから。

あと、自分の中に全部回答があるわけではなくて「こういう課題があったら誰だったら助けてくれそうかな」とか、全然違う業種の人でも、もしかしたら解決のキーマンになってくれるかもしれない。自分のブレーンになってくれる人が何人周りにいるかというだけでも、その確率って無限大に広がっていきますよね。

――異業種をどう音楽に転換できるか、発想力を問われるときでもありますしね。

:そうですね。成功事例には何かしらポジティブに働いているヒントが絶対にあるはずなので、どんどんシェアしていったほうが良いかなと。

そのヒントを活用できるかどうかはその人次第なので、それを糧にぜひ新しいことにチャレンジしていって成功してほしいです。そして次の成功へのヒントを僕に教えてほしいです(笑)。


ソニー・ミュージックレーベルズ EPICレコードジャパン 部長
梶 望

1971年静岡県生まれ。中央大学理工学部卒業。95年(現)日本コロムビア入社。96年(当時)東芝EMI入社(その後、EMI MUSIC JAPANへ社名変更。ユニバーサル ミュージック合同会社に吸収合併)。宇多田ヒカル、AI、今井美樹、MIYAVI、GLIM SPANKYなどの宣伝プロデュースを担当。17年、宇多田ヒカルのレーベル移籍に伴い、ソニー・ミュージックレーベルズに入社。