「音楽を聴くためのオプション全てを提供する」アマゾンジャパン デジタル音楽事業本部 事業本部長 レネ・ファスコ氏インタビュー
2018年9月よりアマゾンジャパン デジタル音楽事業本部 事業本部長にレネ・ファスコ(René Fasco)氏が就任した。Amazon Musicのディレクターとしてドイツ、オーストリア、スイスにおける事業責任者を担当していたレネ・ファスコ氏は、Amazonの音楽配信事業への進出を引率し、2015年に提供を開始したPrime Musicや、定額制音楽配信サービス Amazon Music Unlimitedのローンチに携わった。今回はレネ・ファスコ氏の就任を記念して、1周年を迎えたAmazon Music Unlimitedの現状や、日本の音楽配信市場のこれからについて話を聞いた。
Prime Musicがストリーミングのタッチポイントになる
――Amazon Music Unlimitedはこの11月で1周年を迎えましたが、当初想定されていた成長軌道と比べていかがですか?
レネ・ファスコ(以下 レネ):当初期待していたよりもかなり高い成長を遂げており、そのパフォーマンスには大変満足しています。3年前の2015年11月にPrime Musicを始めましたが、多くの人がPrime Musicでストリーミングを経験してから、Amazon Music Unlimitedにスイッチされているというのが現状です。日本の音楽業界でストリーミングのリーディングカンパニーの1つとしてAmazon Music Unlimitedは着実に育っていると感じます。
――Prime Musicが、ストリーミングというものに対するタッチポイントになっているんですね。
レネ:そうですね。日本はストリーミングサービス自体を経験したことがない方が多いので、Prime Musicは非常に重要なサービスです。Amazonのお客様は音楽以外にもたくさんいらっしゃいますし、そのPrimeメンバーにストリーミングを簡単にトライしてもらえる意義は大きいです。
カタログの充実を目指すAmazon Music Unlimited
――残念ながら日本では、10代、20代の一番音楽を聴く層でもサブスクリプションサービスを使っている人があまり多くはありません。
レネ:先日「NOW PLAYING JAPAN」というイベントに参加したのですが、ゲストの方は2,000人ぐらいいる中で「ストリーミングサービスを使っている人?」と訊いたら、10人ぐらいしか手が挙がらなかったのでビックリしました(笑)。
――(笑)。これからAmazonのストリーミングサービスが日本で伸びていくには何が必要だと考えていらっしゃいますか?
レネ:まずPrime Musicの成長に一番重要になるのは、ストリーミングというサービス自体の認知を上げていくことだと思います。ストリーミングとは何かを知らない方が多いので、やり方や利点をしっかり情報として出していくのが大事だと思っています。
Amazon Music Unlimitedはカタログのセレクションを増やすことが重要だと考えています。トップ・アーティストでもストリーミングに楽曲を提供しない方がまだ多くいますが、今後いかに幅広いセレクションを提供できるかというのが、Amazon Music Unlimitedの成長の鍵になってくると思います。
ドイツのデジタル売上がフィジカルを上回った理由
――レネさんがお仕事をされていたドイツは、この半年でストリーミングの売り上げがフィジカルの売り上げを上回りました。日本とドイツの音楽マーケットは似ていると言われていますが、なぜこの逆転現象が起こったと思いますか?
レネ:おっしゃったように海外の市場の中では、ドイツが一番日本の音楽市場に似ています。ドイツの場合、上半期にある特定の出来事がきっかけとなって逆転したということではなく、この上半期に恐らく臨界点のようなものに達したためにこの逆転現象が起きたのだろうと考えています。いきなり起きたのではなくてずっと熟していたものが今年パッと開いたのでしょう。
ドイツはアメリカやイギリスの2年後くらいを走っている感じだと思うんです。テクノロジーに対する向かい方や、新しいものに対して保守的な文化ですので。日本ももう少し時間はかかるかも知れませんが、確実にドイツと同じ道を進んで行くのかなと思います。
――ただ、日本はドイツ以上にパッケージが強い市場でもあります。そんな日本市場に対してどのような見方をされていますか?
レネ:強調しておきたいのが、Amazonはストリーミングだけでなくダウンロードもやっていますし、もちろんパッケージ商品も扱っています。我々がやりたいのは、お客様が「こういった風に音楽を聴きたい」と考えたときにその全てのオプションを提供することです。音楽の聴き方を決めるのはあくまでもお客様であり、我々の仕事は「聴きたい」と思ったどの方法でも、Amazonが提供できる環境にしていくことです。
――食いつぶし合うのではなく、多様な音楽の聴き方を提示したいと。
レネ:その通りです。Amazonは全てのお客様の要望に応えたいのです。
アーティストにも魅力的なサービスに
――各ストリーミングサービスはユーザーだけでなく、アーティスト向けのツールの提供なども積極的に行っています。
レネ:もちろん我々のサービスはお客様だけでなくアーティストの方もターゲットにしていかなくてはならないと思っています。そのためにアーティストにとっても魅力的なストリーミングサービスにしていかなければいけないと思いますし、そういった意味では色々なレーベルや事務所、アーティストの方と密な関係を構築しているところです。
幸いなことに音楽業界・レーベルのパートナーの方たちとは、長く良好な関係を構築できていると思います。Amazonでは書籍に続いて音楽事業が大きな部分を占めるカテゴリになっており、音楽に関する事業は15年ぐらいやってきていますので、その関係性を今後も生かしていきたいと思っています。
アーティストがファンとの繋がりを深められるようなツールの提供にも注力しています。例えば、スマートスピーカー「Amazon Echo」などのAlexa搭載デバイスで、リスナーが聴きたいアーティスト名や楽曲名、アルバム名を話しかけるだけで曲を簡単に探すことができます。またアーティストが楽曲の制作秘話や自身の想いを語る音声コンテンツ「Side by Side」は、ファンとアーティストを結びつけ、アーティストの方々の音楽をより身近に感じていただける一助になっていると思います。
AIスピーカーとサブスクリプションサービスで音楽を家族や生活の中心に戻す
――AIスピーカーと音楽ストリーミングサービスとの相乗効果についてはどのようにお考えでしょうか?
レネ:Amazonでは音楽事業部とデバイス事業部がかなり密に連携を取り合っています。最近ではスクリーンが付いた「Echo Spot」など、いろいろなタイプのスピーカーが発表されています。「Echo」が一般に買えるようになって7-8ヶ月ほど経ちますが、Amazon Music Unlimitedのユーザーの29%が「Echo」を含めたさまざまなデバイスの音声機能「Alexa」を利用して音楽を聴いています。
音楽は再び家族や生活の中心になれると思いますし、AIスピーカーのようなデバイスの普及や進化が鍵になるのではないかと考えています。実際「Echo シリーズ」の登場によって、またたくさん音楽を聴き始めたという方も増えているんですね。ですから音楽業界にとっても、こういったデバイスの到来は非常に良いチャンスになると思います。
先ほど触れた「Echo Spot」の機能の1つに歌詞表示機能がありまして、スクリーン上に聴いている楽曲の歌詞が流れるように表示させることができるのですが、まさにそのような体験がシナジー効果の良い事例じゃないでしょうか。
――音楽がテクノロジーとどんどん密接になっていきますね。
レネ:ドイツやアメリカ、UKと同様に、日本のユーザーもAIスピーカーというデバイスを楽しみ始めているのはとても嬉しいことです。最初は音声で何かを指示することが恥ずかしいと感じるかもしれませんが、そのハードルを越えると「こんなに便利だったんだ」とみなさん気づかれます。
Amazonのテクニカルチームはアメリカに拠点を置いていて、そこで様々なデバイスやアプリが開発されているんですが、日本チームは日本の文化をしっかり踏まえた上での体験を提供していかなければならないので、今後はさらにアメリカのテクニカルチームとの連携が重要になってくると思います。
――日本にいらして日も浅いかと思いますが、日本の音楽業界にどのような印象を持ちましたか?
レネ:まず、昨年の日本レコード協会の調査結果では聴かれている音楽の8割以上が邦楽だとあり、その割合の大きさに驚きましたし、音楽ファンの情熱、音楽に対しての気持ちの強さは日本特有かなと思いました。また、演歌からJ-POP、アイドルと本当に幅広いジャンルがありますが、ここまでの多様性は他の国では見たことがないですね。ですから音楽サービスを提供する側からすると、非常にやりがいを感じる市場だと思います。
――日本は他の国に比べると、デジタルやストリーミングに対して抵抗感がある人がまだ多いですが、日本の音楽業界に望むことはありますでしょうか?
レネ:望むことというよりも、これは双方努力しなければならないことだと思っています。我々はストリーミングサービスが世界で広がり続けている理由を理解してもらう努力をしなければならないですし、提供できる価値を伝えていかなければならないと思っています。まだしばらく時間はかかるかもしれませんが、音楽業界のみなさんと共通のゴールへ向かっていきたいと思っています。