“自粛”という得体の知れない存在、アーティストの不祥事と作品の自粛について
アーティストの違法行為による逮捕により、関連作品の自粛が相次いでいる。社会全体としてコンプライアンス遵守の流れの中、同じような事態が起こるたびにこの“自粛モード”について賛否両論が巻き起こるが、関係者はどのようなことを考え、悩み、決断したのか? Musicmanは、CHAGE and ASKA所属事務所として同様の事態に当事者として関わった経験がある前ロックダムアーティスツ 代表取締役 大崎志朗氏に寄稿を依頼。大崎氏は自身の経験を踏まえて、現在の率直な想いを寄せてくれた。
有名ミュージシャンの逮捕により、映像作品、CD、配信、サブスプリクションなどの音楽作品の販売停止・回収の措置が取られています。マスメディアによる報道や、コンプライアンス遵守という社会の中、やむを得ぬ選択を迫られた関係者の方々の心中は察するに余りあります。私も過去に同様の事態に関わった者として、改めて自責の念を感じています。
私は2014年に逮捕されたミュージシャンの所属事務所であり、楽曲を管理する会社の代表として同様の経験をしました。
90年代後半以降、ミュージシャンの違法行為に関連して、一時的に商品の出荷停止などの自粛措置を取ることが多くなりました。そして2000年代に入ると新たな条例やコンプライアンス強化の観点から、違法行為に対する社会的な制裁の要求は強まり、自粛の流れが一段と強くなりました。
そして私が関わるミュージシャンが逮捕される事態が起きました。当時、私はCD、DVDなどの販売中止や商品回収、配信停止、取引先との契約解除などの措置について、関係する多くの方と相談し、共に怒り、共に悩み、断腸の思いで決断しました。
当時、自粛の判断を下したのは2つの理由からです。1つ目は「世の中に対し反省の姿勢を形で示すこと」です。違法行為自体は個人の責任ですが、グループや会社として、まずは世間に対して謝罪が必要だと思いました。連帯責任という言葉も浮かびました。また、一旦謝らなければ先に進めないだろうという日本人的な価値観もありました。
そして2つ目は「ほとぼりが冷めたら、また再開できるだろう」という安易な考えでした。今にして思えば、その場しのぎの安易な判断だったと思いますが、当時の状況では「販売を継続してさらなる批判を浴びるよりも、一度、頭を下げて時が過ぎるのを待つ」ことが最善の策だと考えたのです。
しかし僅か数日間でCDショップやレンタル店頭から商品が回収され、配信サイトからもタイトルが消滅する。ドラマや映画、そして音楽番組のランキングコーナーからは一切、ミュージシャンの名前や作品名が消え失せる。そういう現実を目の当たりにし、自分の判断がどれほど短絡的で、自分自身の身を守ることしか考えていなかったのかとショックを受けました。
ミュージシャンは法のもとで罪を裁かれましたが、その後、再び作品が世の中に公表されるまでには更に長い年月がかかりました。まだ公表されていない作品もあります。
そして作品を取り下げることで、ミュージシャンは作品から生じる収入を絶たれました。私の関わったミュージシャンはグループでしたので、他のメンバーも同様にダメージを受けました。
繰り返し申し上げますが、これらは法の裁きによるものではなく、「自粛という得体の知れない存在」から生じたものです。ミュージシャンにとって音楽作品からの収入を絶たれるということは、法の下に保障される生存権をも剥奪されたに等しい状況でした。
私は過去に、自粛という得体の知れない存在を何の抵抗もせず受け入れたことを悔い、そして恥じています。音楽を愛し、作品があるからこそ仕事があり生活をしてきた自分が、その作品を守る行為をしなかったこと、また多くのユーザーから作品を聴く機会を取り上げてしまったことを後悔せずにはいられません。
大崎志朗(前ロックダムアーティスツ 代表取締役)
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