インディペンデント・ディストリビューター「The Orchard Japan」発足、パッケージ/デジタル配信と独自の分析ツールでアーティストをサポート
1997年、アメリカにて創立されたインディペンデント・ディストリビューター「The Orchard(ジ・オーチャード)」が、日本へ向けたサービスを展開する「The Orchard Japan(ジ・オーチャード・ジャパン)」を開設した。
ディストリビューターとは、個人やレーベルの楽曲をSpotifyやApple Musicなどに自由に配信できるサービス。ジ・オーチャードは創立から音楽を主軸としたパッケージ/デジタル配信のディストリビューションを行っており、近年ではBTSやジョルジャ・スミスもヒットを出しているプラットフォームとなる。
日々台頭する新たなプラットフォームの登場で急速に音楽ビジネスの環境は変化しているが、ジ・オーチャード・ジャパンではどのようなサービス展開が行われ、日本の音楽ビジネスにどのような影響を与えるのか。日本オフィスのヴァイス・プレシデント 金子雄樹氏にお話を伺った。
- パッケージとデジタルの両方を大事するディストリビューション
- フォロー体制を整える“インディペンデント”・ディストリビューター
- 歴史の中で培われた独自の分析ツール
- 気づきから起きる次へのアクション
- 日本が抱える「聴き流す」文化の欠如
- 健全な動きのなかで“良い音楽”を共有するために
- なによりも「スピード感」を大事にするサービス
パッケージとデジタルの両方を大事するディストリビューション
――ジ・オーチャード・ジャパン設立についての経緯をお願いします。
金子: ジ・オーチャードは、1997年にインディペンデントのディストリビューターとしてニューヨークで創立され、2015年に米国のSony Music Entertainment(SMEI)の完全子会社となりました。
海外ではワーナーミュージックやユニバーサルミュージックも、我々のようなレーベルを持たないディストリビューション機能を持つ会社を買収している動きがあり、日本でもオフィスを作ろうといったところから開設に至りました。
――そういった拠点を全世界で展開しているのでしょうか?
金子:ジ・オーチャードは世界に40か国以上の拠点がありますが、私がジ・オーチャードに入る前から、日本に近い拠点のスタッフが日本のいくつかの方々と契約を締結してビジネスを行っていたので、実のところ拠点を置く前から(日本での)売り上げは発生しています。
その流れから、マーケティング等の部分でローカルの営業所があるのとないのとでは大きな違いがあることと、重要なマーケットということで日本に拠点を置くことになりました。
――どのようなサービスを提供していますか?
金子:簡単に言うとパッケージとデジタルの両方をディストリビューションします。それは日本に限らず、グローバルでのディストリビューションです。逆もそうですね、海外からのディストリビューションも受けます。
――各国のジ・オーチャードも同じような形態ですか?
金子:全く一緒です。全世界共通のビジネスとなります。
――ではジ・オーチャードの特色はどういったものでしょうか?
金子:ほかのコンペティターも同じような機能は持っていますが、ジ・オーチャードに関しては「パッケージとデジタルの両方を大事にしてディストリビューションしよう」といった動きがあるのが大きな違いかと思います。ただ、あくまでもディストリビューションなので、レーベル機能を持ってCDを製造したり、販売することはやっていないですね。
また、長い歴史の中で運用しているレーベル、ディストリビューターを海外で見たときに、“インディペンデント”のディストリビューターとしてはシェアがトップなので、それに見合ったサービスレベルをクライアントに提供することが可能です。
あとは先ほどもお話しましたが、全世界に40以上の拠点があって、私のようなスタッフがモスクワや台湾にもいてローカルでビジネスを行っているところですね。
フォロー体制を整える“インディペンデント”・ディストリビューター
――どの地域でジ・オーチャードのサービスが利用されていますか?
金子:地域にもよりますが、アメリカでも南アメリカが大きなシェアを持っています。
――それは、南アメリカにインディーズのアーティストたちが多くいるからですか?
金子:いえ、メジャーVSインディーズのような区切りは昔からありますが、我々はそういった垣根をあまり意識していないですし、私もそこの部分は注意して発言しようと思っています。
例えばジ・オーチャードの去年の実績でいうと、K-POPのBTSといった大型アーティストと契約しています。メジャーレーベルと契約するのがメジャーアーティストとするならば、我々はメジャーなアーティストも流通させているので、インディーズ・ディストリビュートではなく“インディペンデント”・ディストリビューターと言うようにしています。
――その契約には何かしらのルールや線引きがありますか?
金子:契約書を交わすので基本的には我々が契約したいと思った方で、先方ももちろんジ・オーチャードを使いたい、契約したいという双方向での合意の上なので、我々の知らないところで誰かがアップロードして販売しているという形態ではありません。
契約して頂いた方と相互にフォローし合って、我々がサポートをして販売を促進していくといった動きになります。営業部隊もありますし、日本の作品を海外に売りたい場合は我々ジ・オーチャードのスタッフがプッシュし海外のジ・オーチャードのリソースを動かします。もちろん海外に訴求するだけではなく、日本のお客さんにとって良いものを日本に届けるサポートも行っていきます。
K-POPのアーティストに限らないですが、K-POPのアーティストは国際的な展開を積極的に行っていますよね。そういった方たちは英語圏ではこういうものがウケて、英語圏以外ではこういうものがウケないだろうというのがわかっているわけです。そこにジ・オーチャードの提供する分析ツールが有効に働いたと思います。
歴史の中で培われた独自の分析ツール
――メジャーのレーベル、アーティストがジ・オーチャードのようなディストリビューターを利用することでどの様なメリットを感じているのでしょう?
金子:私は以前小売業で働いていましたが、いわゆるディストリビューションのメーカーに近い立ち位置でいろんな方と話をしていると、「これをやりたい」と思ってもその上のチーフ、マネージャーに承認をもらい、さらにその上に承認をもらったが最終的にダメだったとか、場合によってはポリシー上できないといったスピード感の遅さに悩みを抱えているようでした。その部分でまず我々は、「一ついただければすぐにお客様に届けますよ」というスピード感はあります。
またダウンロードやストリーミングが幅を利かせている中で、パッケージはすごくわかりやすいですよね。例えば売り場に、あるCDが三枚あったとしてそれを三人のお客さんが買っていったら、そのCDがブランクになって無くなる。
それがデジタルになるとアルバム単位じゃなくて曲単位の動きになっていくので、何がどう売れているかというのは最終的にアルバムランキングや、シングルチャートではなくもっと細かい単位で把握する必要があるわけです。
ジ・オーチャードではそういった細かいデータを見ることができますし、昨日、一昨日に何が起きたかといったところまで分析できることが強みになっています。
――流通を行うだけでなく、色々なデータが集約された分析ツールが用意されている。
金子:そうです。契約していただくと提供されるツールがあり、我々が契約しているデジタルのサービスプロバイダ、例えばアップルやアマゾンで何がどう売れているかが事細かに把握できます。
――そういったデータはアーティストやレーベル側も知りたい部分ですよね。
金子:そうですね。そのようなリクエストを20年ぐらいの歴史の中で培ってきたと思います。自社にエンジニアもいるので、何か必要なものがあればすぐに付け加えることや改修する動きも行っています。
気づきから起きる次へのアクション
――ジ・オーチャードにはプレイリストのような機能は持たれていますか?
金子:持っていません。サブスクリプションのプレイリストに入れる/入れないという意味で言うと、営業が「入れて下さい」とお願いするファンクションがあります。特徴というほどでもないですが、ディストリビューターのあるべき姿として、そういう営業の機能を持っています。
それとジ・オーチャードで取り扱うアーティストであれば、全DSP(Digital Service Provider)との契約があって、我々の方でショートURLを発行してそれをTwitterやFacebookにポストすると、アップルではここ、Spotifyならここ、というのが表示できるページを作ることができます。
そういった機能を提供したり、動画、YouTubeの宣伝用の切り出しや、楽曲サンプルの切り出しなども簡単にできるようになっているので、例えばツアーに行ってお客さんに検索してもらったりすると、Spotifyのユーザーだったら簡単にSpotifyのリンクにも行けるし、試聴リンクも発行できたりします。
――開設以前から売り上げが発生していたとのことでしたが、すでに日本の音楽が海外でも聴かれている事例があったのでしょうか?
金子:ビジネスを始めてわかったことですが、日本では知られていないだけで、既にヨーロッパでツアーをしている人たちが結構いるんです。そういう方々は当然実績もあるので、各地域の私のような立場の人に伝えると「あぁ知ってる、知ってる。そこでツアーをやってたよ」となり、人と人とのぬくもりのあるコミュニケーションの下で一丸となって「プロモーションをしよう」となる。
なぜ積極的にプロモーションサポートをするかと言うと、これからもどんどんヒットを出したり、ジ・オーチャードを使って良かったと思ってもらう人を増やしたいという意識がすごく高いからです。我々のサービスを使ってくれて、相互合意の上で応援する体制がある、そこは仕事をしていて特に楽しいところですよね。
――そういったプロモーションの流れから、ローンチに合わせたアーティストとの連携が行われる予定は?
金子:まずはディストリビューションとしてあるべき姿を提供します。それはデジタルをストレスなく上げられる環境、パッケージをストレスなく流通させる環境を整えることが最優先となります。
その上で先ほどお話した分析の部分で、各アーティストが色々と気づくはずなんです。我々が気づくこともありますし、それを気づかせたりといった中でアーティスト、レーベルが次へ次へとアクションを起こしていく。
そのアクションを起こす動機というのが我々の提供する分析ツールですが、それを使って「成功しました」となったときに、初めて利用者がジ・オーチャードと契約して良かったと感じてくれると思います。
そこからどんどん横展開をしていけば、我々のビジネスは大きくなっていくと思っていますし、必ず使って良かったと思っていただける自信のある内容になっています。
日本が抱える「聴き流す」文化の欠如
――日本ではサブスクリプションやストリーミングサービスの成長が緩やかですが、ディストリビューターの立場からはどのように思われますか?
金子:日本でデジタルストリーミングが海外と同じように浸透していくのかというと、そこは国ごとのカルチャーの違いが大きいですよね。これはあるときに気づいて調べてみたら「なるほど」と思ったのですが、一時期浸透率が悪かったドイツ、イギリスですらラジオの普及率の利用者数がまた年々増えています。
だからこそ音楽番組が機能しているんですが、日本ではご存知のようにテレビですら音楽番組が無くなってきています。そしてラジオも基本的に喋りがメインとなるので音楽を「聴き流す」カルチャーからすごく程遠いところにある気がしています。
そういった複雑な事情が絡み合って昨今のデジタル事情があるのかなとも思うので、必ずしもユーザーのデジタルへの意識が高い、低いということでもないですし、上手くやっていけばストリーミングも普及していくと思います。
――作り手側とリスナーとの間にギャップのようなものが生まれているような気がしています。
金子:アーティスト、レーベル側はユーザーに新しいものをどんどん紹介したくて新しいアルバム、新曲を作っていくと思いますが、例えば「90年代の音楽を聴きたい」「J-POPが興隆していた頃の音楽を聴きたい」といった人たちに対して、一時期はラジオ番組、テレビ番組が担っていたパートをストリーミングに求めつつあるユーザー層が結構いるんです。
そういう人たちは、言ってしまうとこれまで数年から数十年、音楽に対してお金をかける行為自体をしていなかった人たちで、このような人たちが音楽に触れ始めていることで、すごく可能性を感じています。
でもそこだけでは難しいので、まずはライトユーザーを育てて、向こう三年ぐらいで音楽を毎日聴くような人に育てあげてから「じゃあ新曲も聴いてもらおう」と、これまでになくロングタームで見る必要があるのかもしれません。
健全な動きのなかで“良い音楽”を共有するために
――なかなか根深い部分ですよね。
金子:我慢が必要な時期だと思いますが、意外に気づきにくいだけで実はレーベルの中に答えがあるのではないでしょうか。
今話したことをいわゆる新譜、旧譜と二つに分けるとすると、デジタルではまだ基本的にフロントのビジネスに注力していると思うんです。一方歴史のあるパッケージは各レーベルにカタログの部署とフロントの部署がわかれていて、それぞれで商品企画をしているので、同じことをデジタルでもやるといいのではないかと思います。
――たしかに、一見対極なものに見えますよね。
金子:そうなんです。恐らくいろんなフロントビジネスをやっていった上で、「やっぱりカタログの活性化をしよう」とか「ボックスにして売ろう」「新聞広告出したら売れた」という風にパッケージでやっていたのが、単純にデジタルに入れ替わっただけだと思います。歴史は繰り返すじゃないですが、人対人でバズが起きるという健全なものが我々のツールを見ていくと簡単にわかるわけです。
そして、その次に待っているのは売れている人たち何人かをピックアップして、さらに売り上げを上げるにはどうしたらいいか。「ヨーロッパでこの人がすごく売れている」となって素通りだったものを我々がピックアップして、「もうちょっとプロモーションしない?」と提案できる。
その経緯も色々と聞いていくと、メーカーからの強引なプッシュ、メディアでの強引な露出ではなく、例えばユーザーがSpotifyでプレイリストをたまたま聴いて、「この曲いいな」と気に入って自分のプレイリストに入れるという健全な動きなんですね。
――「今ここで聴かれていますよ」というのが瞬時にかつ、健全な流れの中で生まれた熱量みたいなもので確認できる。
金子:そうです。(ジ・オーチャードの)本社と話をしていて、日本のコンテンツに対して、彼らは「すごくやりたいよ」って言うわけです。じゃあ「最初に何が大事?」「何をすればいいの?」って聞くと、「まず音楽を聴かせてくれ」と。その行動はすごく健全で、その音楽をシェアするファンクションも社内ツールにあるんですが、そこも非常に健全な動きになっています。
その行動が最終的にシェアトップのインディペンデントなディストリビューターであり、大手アーティストも抱え込めるような十二分なバックエンドシステムとサービスを提供しているところに繋がっているのかなと思います。
――まずは良い音楽であることが一番重要と。デジタルの分野は数字上のデータを見ただけでは血が通ってなさそうなイメージに見えますけど、実際は血の通ったコミュニケーションが取られているわけですね。
金子:そうですね。その一つはSpotifyだと思います。Spotifyのブランドは音楽好きがどんどんキュレーションして、盛り上げて行くことによって上がっていったわけですよね。
それは素敵なエンジンがあるとか、ものすごく優れた分析の何かがあるというより、人が聴いて良いと思ったものを試聴機展開のようにやっていて、そこからユーザーを掴んでいく草の根的な動きをきちんとやってきたからです。だから我々も「ただ提供します」「プラットフォームで見て下さい」ではなく、聴いた上で「こういう人はこんなことをやっていましたよ」というようなことをどんどんシェアします。
そこの透明性は確保していきますし、不都合な情報は隠しますということではなく、全部出していくことでネガティブな現象は起きないと思っています。それに、ある程度の自由がかなりの精度で担保されているので、それを持って実際に「素のままで使ってみませんか?」とクライアントさんに伝えていますね。たとえば日本語のままで海外でも売ってみる、とか。
なによりも「スピード感」を大事にするサービス
――以前とはアグリゲーターの役割が随分変わって来ている印象を受けました。
金子:こうやって話をしていくと、段々レーベルと間違えられるようなサービスだと思われることもありますが(笑)、それは素晴らしいことですよね。
ユーザーが必要とすること、もしくは今後のビジネスに必要とすること、あるいはメジャーが持っているけど我々が持っていなくて、我々も持つべきだと思っているものを貪欲に取り入れているがゆえの結果だと思います。
だから権利、原盤権とパッケージを製作する製作費は出さないだけで、なんならそれも出してしまえばもうレーベルの一つになってしまうぐらいの機能を考えていますし、いろんな部隊がいます。例えばYouTubeの管理部門でも数十人いて手厚くケアをしているので、見事だなぁと。
――本当にすごいサービスですね(笑)。これからの音楽市場の主流になる可能性も十分にありますね。
金子:ありがとうございます。最初のうちは絵空事で考えていましたが、これから大きなビジネスが待っていそうだなと。
本社は大きな会社ですけど、彼等がとにかく気にするのは「スピード感」なんです。それは厳しいアメリカで20年以上生き残ってきた彼らならではの自負であり、彼等の経験則がそう言わせているんだろうなと、そういうところもすごく居心地がいいです。
実際にもう少ししたら、何人かの方の「実際に使っています」といったアナウンスもできるでしょうし、そうしたら当然成功事例も示せるので今後の展開にご期待ください。