自分を動かし続ける「プレゼン」と人生を豊かにする「著作権」を学ぶ 〜タワーアカデミー「音楽ビジネス基礎コース」開講 プレゼンテーション協会 代表理事 前田鎌利氏×東京谷口総研 谷口元氏
“5G時代の音楽エンタメ人材育成”をテーマにタワーレコードが運営する教育事業・タワーアカデミーが、10月より音楽業界への就職を志す人や、ビジネススキルの向上を目指す人を対象として総合的な技術習得を目指すプログラム「音楽ビジネス基礎コース」を開講する。
「音楽ビジネス基礎コース」では、音楽に関わるどの職種でも求められる技術の習得を1講座計4回でまとめ、業界人として必要不可欠な素養を身に付けられる講座を通じて、業界即戦力の人材を輩出することを目標としているが、多くのビジネスパーソンが身につけなければならないベーシックなスキルとして「プレゼンテーション」と「著作権」の2講座を設けた。
今回は各講座を担当する一般社団法人 プレゼンテーション協会 代表理事 前田鎌利氏と㈱東京谷口総研の谷口元氏に、テーマとなる「プレゼンテーション」「著作権」について、そして講座に対する意気込みまで話を伺った。
業務を通じて身につけたそれぞれのスキル
――前田さんはプレゼンテーション技術をどうやって身につけたんでしょうか?
前田:僕は最初、光通信に入社し、携帯電話の販売からキャリアをスタートして、その後J-PHONEに転職しました。そのJ-PHONEがVodafoneに買収されたとき、経営戦略室に入り、中長期計画を作るときに、一緒にお仕事をしたのが野村総研やベインアンドカンパニーなどのコンサルティング会社で、仕事を通じてプレゼンテーションの作り方を学ぶようになりました。そうこうしているうちにソフトバンクがVodafoneを買収し、今度は孫正義さんと仕事をする機会が増えて、孫さんの資料を作る機会も頂きました。
――プレゼンテーションに関しては、アドバイスする人はいたけれどほぼ独学ということですか?
前田:ベースは野村総研さんなどですが、ソフトバンクに行くとソフトバンク流というのがあって、それもミックスしたものです。そもそも5歳からずっと書道をやっていまして、大学も東京学芸大学の書道科を出ました。本当は書家になりたかったんです。でも大学4年のときに阪神・淡路大震災があり、1月17日以降、大切な方たちと連絡が取れなくなったんですね。当時、携帯電話がまだ普及してなかったので、そういったデバイスを多くの人が持っていてくれれば…等と色々思うところがあり、書やアートや教育の道ではなくて、通信の道に行こうと舵を切り、結果、プレゼンと出会いました。
――ちなみに書の経験はプレゼンにいかされているのでしょうか?
前田:そうですね。書の中で、余白や文字の配置といったことは重要な要素なのですが、プレゼンテーションにも同じような要素がたくさんあるので、活かされていると思いますね。
――谷口さんは著作権に関する知識やスキルをどのように身につけられたんでしょうか?
谷口:一応、仲間内では谷口=著作権という認識なんですが(笑)、法律家ではないので著作権法そのもののことというよりは、著作権を使ったビジネス、広く言うと権利ビジネスやコンテンツビジネスが私の持ち味かなと考えています。
キャリアのスタートはソニーミュージックの著作権を扱う部署、現ソニー・ミュージック・パブリッシングでの仕事で、現在持っているスキルは当時の優秀な上司や先輩から授かったものです。そういった意味では人に恵まれていたのだと思います。
自分は洋楽担当だったのですが、当時のトップや直属の上司も含め、みなさんグローバル感覚のある人たちで、最初から全世界に向けた感覚で色々なことを教えてくださいましたし、実践しているのを間近で見させてもらった8年間でした。その次に、エイベックスグループに転職しまして、そこでもグローバルな感覚をお持ちの人たちに恵まれて、海外に向けた仕事の機会もいただきました。
ですから、権利ビジネスという観点から言いますと、日本のマーケットで権利を使ってどんなビジネスが起きているかではなくて、世界の中の日本としてどうなっているのか、海外に行くにはどう心を切り替えないといけないのかということを自然に身につけることができたと思います。
いい曲を作るだけでなく、いかに伝えるかが重要
――現在、谷口さんは大学で授業もされていますから、(産業能率大学経営学部教授として)一般の方々より人前で話す機会やプレゼンされる機会も多いと思うんのですが、もし前田さんに教えを請うとしたらどんなことを学びたいですか?
谷口:プレゼンは本当に重要ですよね(笑)。大学の授業でも常々学生に言っているのが、プレゼンの大切さなんです。どんなに立派なビジネスプランを生み出しても、それを伝えなくては意味がありません。それがいいものなのだと伝えることも含めて、ビジネスプランを作るということなのだと話しています。僕は「職人信仰」と言っているんですが、日本人って「いいものを作っていれば、世の中は絶対認めてくれるはず」と信じ込む傾向があると思うんです。
音楽業界も「いい曲を作れば売れるはずだ」とか、口には出さないですが、そう信じ込んでいる人は結構多いです。クリエイターや制作担当は、何を目指すかというと「いい曲を作る」という方向に舵を切るんですが、「いい曲ってなんなのか?」「誰がいい曲と決めるのか?」ということは理論的には言えなくて、みんなに「いい曲だ」と思ってもらえるように仕向けないといけない。つまり伝えることが大事なんです。本当に自信を持っていい曲を作ったんだとしたら、「いい曲なんですよ」と伝えることも同じぐらい重要なのだと気づくべきなんですね。コンテンツビジネスって、コンテンツを作って終わりではなく、伝える環境、コンテクストビジネスまで含めないといけないと思います。
前田:自分で「これは売れる」と思って作る曲と、「これは絶対にユーザーが求めている曲だ」と思って作るのでは、作り方が違うと思うのですが、売れるということを考えると後者なのですか?
谷口:そうですね。でも、「それが自分の作りたいものなんです」と言える人間じゃないとプロじゃないと思うんです。
前田:なるほど。例え売れても、それが、自分が作りたくないものだったらプロではない?
谷口:個人的にはそう思います。僕は勝手に「家」理論と言っているんですが、作曲家や音楽家、政治家とか、「家」がつく人は職業じゃなくて生き方だと思うんです。音楽家という人は。自分が作った曲が売れるから作るんじゃなくて、売れなかったとしても結局作っちゃうんですよね。その「作っちゃう」というレベルで言うと、「売れるために」とか「売れるから」じゃなくて、「作りたい曲を作ってしまう」と言うんですかね。その「自分が作りたい曲」がイコール「みんなが欲しがる曲」である。あるいは「みんなが欲しがる曲」が「自分の作りたい曲」なんだと言い続けられる人が、音楽家が職業になり得る人だと思います。
前田:それって全てのミュージシャンができるわけじゃないですよね。選ばれた人だけなんでしょうか?
谷口:どうでしょうね。本来プロのミュージシャンや作曲家の方はできているはずなんですが、これを掘り下げていくと「プロって何なの」という話になるんですよね。すごく失礼な話になってしまうかもしれないですが、どんな人でも一生のうちに1曲はいい曲が作れると思うんです。でも、それがコンスタントに作れたり、自分がいいと思うものと世の中の欲しているものがリンクし続けることができるのが、本当の意味でプロの音楽家だと思います。
そもそも音楽業界って、「売れるから作る」のではなくて「好きだから作っちゃう」クリエイターと、それをビジネス化する人たちとのコンビネーションが重要だと思うんですが、それが上手くいっているのが欧米だと思います。日本は、ビジネス側の人間もクリエイター寄りになる傾向にあって、関係性が欧米よりウェットになるんですね。幸いなことに日本の音楽マーケットってそこそこ大きいので、それでもビジネスが成立しちゃっている。逆に言うと「それって稀有なことなんだ」と気づかないと、一歩海外に出たらその関係値ではうまくいかない。そこで初めて気づくのかなと思いますね。
――クリエイターはクリエイトするのは得意でもプレゼンテーション、世の中に出すことは苦手という人が結構いて、それをサポートするのがレーベルだったりするわけですよね。でも、欧米と日本の比較で言うと、欧米はアーティスト自身がお金払ってスタッフを雇うのに対して、日本はレーベルに所属するとアーティストはスタッフを選べないじゃないですか?
谷口:その通りですね。
前田:つまりマネジメントする人が違う人だったら売れたかもしれないというケースもあるということですか?
谷口:あるのかもしれないですね。でも、そこの部分のためにプレゼンする能力ってみんなが持たないといけないところなんだろうなと思いますね。
国や企業文化で変わるプレゼンテーション手法
――プレゼンテーションの世界において、日本のスタンダートとグローバルのスタンダードって異なったりするんですか?
前田:日本の、というよりも、まず企業によって色がありますね。プレゼンテーションって企業文化に左右される部分が大きいんです。例えば、AmazonはWordの文化で、マイクロソフトはやはりPowerPointと、同じ外資系でも全然違います。また、社内向けプレゼンテーションと外向けにお話するのでもまた違います。Amazonであっても外向けでWordではモニターに資料を写しても聴衆に理解いただけないのでそれはスライドを使いますし、シチュエーションと用途が何かでまた変わってきます。トヨタだったらA41枚、ソフトバンクは社内であっても社外であってもパワーポイントと会社によって文化が違います。
また、海外はきちんと書いてないと理解しない文化で、日本はどちらかというと書いてないことを質問して、聞かれたことに答えてくれたら腹落ちして「いいんじゃない?」という文化なので、書いてない方が通りやすいんです(笑)。でも書き過ぎるとツッコミどころ満載で時間切れになってしまうのであえて書かずに削ぎ落として、書いてある内容は目に入ってくるものだけでシンプルにして、なるべく喋っている言葉を聞かせるようにしないと寝ちゃうんですよね。
逆に海外ではそれだと淡白すぎて「これ何?」「つまらない」って雰囲気になるので、言いたいことをびっしり書かないといけない。ですから海外と国内では資料の作り方を変えないといけません。
――それはアジア圏と欧米圏でも違いますか?
前田:比較的アジア圏は、日本と同様に書いてないことを聞いてくるスタンスが強いですね。以前、中国で講演したんですが、中国の方って反応が薄いんですよね。あまり笑わないですし、頷かないですからウケているのかどうかもわからない。終わってから「すごく良かった」と言われたりするんですが、リアクションがなさすぎて怖かったです(笑)。
あと、書籍の中でもポジティブな内容は青で、ネガティブな内容は赤でと、「シグナルの効果を使いましょう」と書いているんですね。世界共通で「青は進め」で「赤は止まれ」なので理解してもらえるんですが、中国では赤がポジティブなんですよね。株価の変動指数を見ていても、日本ですと緑だと上がっている、赤だと下がっているという指標なんですが、中国では逆なんですよね。そういった文化の違いはありますね。
――今回の講義の中でプレゼンを教えてもらうわけですが、プレゼンにも色々なケースがありますよね。例えば、谷口さんのように大勢に向けて喋る場合もあれば、上司の決済をとるためのプレゼンもありますが、そこに共通するものは何ですか?
前田:上司や少人数の場合はインタラクティブにやりとりしやすいですが、1対30人とか大人数の場合でもインタラクティブ性はなくしてはダメなんですよね。どんなに大人数でも1人と対話しているようにとか、誰かにお話するようにすると響くんですが、無視して一方的だと誰にも響かないものになってしまうんですよね。
谷口:でもクラスに170人もいると、どうしても一方的に喋ってしまうんですよね。
前田:僕の場合、結構ワークをいっぱいやるんですが、グループにして話をさせることが増えてくると、当然、授業に参加する意識が出てきますし、何グループか分けていくとコンタクトポイントが増え、必然的に参加するようになりやすいので、一方的に話す時間を抑えつつ、ワークを授業に入れたりします。
あとはなるべく歩き回る感じですね。一箇所に留まるとみんな寝ちゃうので、いかに寝かせない90分・60分を作れるかというところですね。学校で1時間の授業をやるとき、平気で100枚とかスライドがあるので、1枚のスライドをじっと見させるのはまずなしにして、とにかくワークするか、見てないと追いつかない状況にさせるかということで引きつけつつ、インタラクティブに話をしにいく感じですね。
一緒に考えながら学べる講座に
――谷口さんと前田さんは今回90分枠で4回講義をされますが、講義の中でどのようなことを伝えたいですか?
前田:プレゼンテーションって、あくまでツールなのでそもそも「自分が何を伝えたいか」ということがないと、どんなにいいツールを持ったところで伝わらなかったりするわけですね。ですから、まずは自分が何を伝えたいのかということをしっかり探すということも授業を通して考えてもらいたいです。
それを見つけたら、自分の武器としてプレゼンテーションというツールを1つ持ってもらうと、色々獲りに行くことができるんですよね。獲れるとどうなるかというと未来が変わると思うんです。例えば、誰かに決裁をもらったとか、それによって会社のスタンスが変わったり売り上げが伸びたり、逆に「自分がこれやりたい」と宣言するわけですから、プレゼンテーションって自分を動かし続けるツールにもなるはずなんですよね。最近よく「プレゼンテーションはリベラルアーツの1つだ」と言っているんですが、そんな武器を持ってもらう、そういう講座になると思います。
そもそも音楽業界の人で自分がやっている講座を習いにくる人って今まであまりいなかったと思うんです。そういう意味では今回どういう授業内容にしていくかというのが僕自身も楽しみですし、僕自身も学びながら一緒に考えていけることにワクワクしています。
谷口:「音楽著作権」という5文字見ただけで、「面倒臭そう」とか「どうせ難しい話なんでしょう?」と思われるかもしれませんし、著作権って自分のためにあるものではなくて、権利者を守って自分を攻撃するものだと思われがちだと思うんですね。
もちろんそういった側面もありますが、著作権ってそんなに難しいことではないですし、実際に自分たちの身の回りに起きている中に、著作権ってどう生きているのか理解していくと、著作権は権利者のためばかりではなく、自分のためにも活きてくるものだということがわかってくると思います。
特定の権利を守っているものだとしても、それをお借りして自分の人生が豊かになっているということを考えると、そこはリスペクトするべきだと思いますし、「あなたの人生を豊かにするために使ってくださいね」「でも使うにはちょっとしたルールがあるんですよ」と置き換えて考えてもらえるようになってくれればと思います。もちろん直接的・間接的に音楽ビジネスに携わっている方々に来ていただくのは嬉しいんですが、一般的に、著作権という言葉に抵抗感があるような方々にもご参加頂き、一緒に学んでいけたらと思っています。