第83回 松浦 勝人 氏 エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社 代表取締役社長
エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社 代表取締役社長
今回の「Musicman’s RELAY」は石坂敬一さんからのご紹介で、エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社 代表取締役社長の松浦勝人さんのご登場です。大学時代にアルバイトをしていた貸しレコード屋では、同社でご活躍されている小林敏雄氏や林 真司氏とともに経営手腕を発揮。’88年にエイベックスを立ち上げてからは、数々の困難を乗り越えつつ、ミリオンアーティストを毎年輩出するなどそのめざましい発展ぶりは世に広く知られているとおりです。現在ではレコードメーカーとしての地位を確立し、さらにマネジメント事業や海外進出を強化し、総合エンタテインメント企業としてその規模を拡大し続けています。今回のインタビューでは、松浦さん自身のことから、エイベックスが成長するまでのターニングポイント、今年5月に新規事業として立ち上げたBeeTV、そして、今後の音楽業界の見通しまでお話を伺いました。
プロフィール
松浦 勝人(まつうら・まさと)
エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社 代表取締役社長
●生年月日:昭和39年10月1日
●経歴:
昭和63年4月 当社設立、取締役
平成3年3月 当社専務取締役
平成8年3月 当社商品事業本部長
平成12年6月 当社執行役員
平成14年8月 当社制作宣伝事業本部長
平成16年8月 当社執行役員
平成16年9月 当社代表取締役社長(現任)
平成17年4月 エイベックス・エンタテインメント(株)代表取締役社長(現任) / エイベックス・プランニング&デベロップメント(株)取締役(現任)
平成17年10月 エイベックス ネットワーク(株)(現:エイベックス・マーケティング(株))代表取締役会長
平成18年3月 (株)エイベックス&イースト代表取締役社長(現任)
平成18年11月 Avex China CO., Ltd. 取締役会長
平成19年6月 当社コンプライアンス委員長(現任)
平成20年5月 エイベックス・エンタテインメント(株)音楽事業本部長(現任)
平成20年11月 Avex Asia Holdings Ltd. 取締役会長(現任)
平成21年1月 エイベックス・マネジメント(株)代表取締役社長(現任)
平成21年4月 エイベックス通信放送(株)代表取締役会長(現任)
1. 社長業とは
--前回、ご登場いただきました石坂敬一さんとの出会いやご関係は?
松浦:業界に入りたての頃は全く相手にされなかったですね(笑)。何回名刺を出したかわからないです。その度に知らないふりをされていました、というのは大げさですが(笑)、石坂さんがレコード協会の会長になられてからは色んな所でお会いするようになって、普段はあまり話す方ではないですけど、ある時点から僕を認めてくださったのか、何回か会食したりしているうちに、ゆっくり話をするようになりましたね。その後、パーティーとかでお会いすると近づいてきて握手してくれるようになりました。それがここ2〜3年のことじゃないでしょうか。
--では、ここからは御社と松浦さんご自身について伺っていきたいのですが、社長業についてお聞かせください。
松浦:社長業というのは、当初どのような仕事をすればいいのかわかりませんでした。小さい会社の社長ならやったことがありましたが、色々な条件がある中での社長というのはやったことがなかったので戸惑いました。株主総会1つとっても、初めは何もわかりませんでしたが、3〜4年経ってやっとわかってきたのかなと思いますね。ただ、どこの会社でも同じなんでしょうけど、エイベックスは特に目立つ会社(存在)なので、何かトラブルがあったときに対する重責と、いつなにが起こるかわからないという恐怖心はいつも頭から離れないですね。
2. エイベックス・グループ代表の重責
--「avex way 1988〜2005」(2005年に社内向けに作られたavexのヒストリー書籍)というのを読ませていただいて、ドラマチックですごく面白かったです。ブログのタイトル「仕事が遊びで遊びが仕事」も社長のブログっぽくなくてユニークですよね(笑)。
松浦:あのタイトルの本当の意味は「24時間仕事」という意味なんですよ。要するに仕事も遊びもないということですから本当はきついんです。普通に読むと楽しそうに感じますけど(笑)。
--意外だったのは、avex wayに「いつもドキドキしながら毎日生活していて心が休まったことがない」というようなことが書いてありましたし、ブログにも「夜もぐっすり眠れなくて目が覚めてしまう」というようなことが書かれていたので、はたから見ていた松浦さんのイメージとはずいぶん違うなと思ってしまいました。
松浦:それは性格なんじゃないですかね。楽観的に考えられればいいんでしょうけれど、僕はいつも悩みを抱えているようなところがあります。しかも悩みがなければ、悩みを探しているんですよ(笑)。こういう性格なので物事に対して楽しいだとか、楽ちんだとかあまり思わないですね。
--今もあまり熟睡できないんですか?
松浦:1時間ごとに目が覚めるぐらいですかね。1度、あまりに眠れなくて入院したことがあるんですよ。そのとき起きた時間を自分で記録してみたら6〜7時間の睡眠で4〜5回起きていたんです。1時間ごとに看護士さんが見に来ていたんですけど、僕はそれには気がついていないんです。だから寝てないって言うけど、眠りが浅くて寝ている気がしないだけなんだなと。1年ほど前から針や整体を始めたんですが、それは割と効果がありました。
--ウェイクボードがお好きだということですけど、そういったことはストレス発散になっていいんじゃないでしょうか?
松浦:数年間ハワイに住んでいた頃はそういう気にもなって、ウェイクボードはやっていたんですけど、日本に戻ってきてからはいつ電話がかかってくるかわからないし、海や湖の上にいたらすぐ戻れないからほとんど行っていないですね。
--本当に24時間体制で仕事のことを考えてしまう性格なんですね。それは若い時からですか?
松浦:若いときの方がもっと考えていました。今は考えたくないと思う時間もありますけど…。
--では、話題を変えますが、エイベックスは学生時代の仲間が友達が友達を呼ぶような形で会社が出来上がっていますね。小さな規模だったらあり得ると思うんですが、会社が大きな規模になってもそれが続いているというのは本当に珍しいですよね。
松浦:同じ学年だったというだけで林(エイベックス・グループ・ホールディングス(株)常務取締役 林 真司氏)も小林(エイベックス・グループ・ホールディングス(株)取締役 小林 敏雄氏)も毎日一緒に遊んでいたというわけではないんです。たまたま貸しレコード屋でバイトしたら同じ高校の同じ学年だったというだけで、そこからなので。今も昔も一緒にご飯を食べに行くことはそれほど多くはありませんね。
--3人揃っては行かれないんですね。
松浦:そう言うと「仲悪いの?」と思われるんですけど、別に仲が悪いわけじゃないんですよ(笑)。僕はお酒を飲みますけど二人は飲まない。さらに、仕事の仕方や趣味も違う。性格も三者三様で、林は外向的な業務が担当で、小林は管理業務という違いもあります。ですから一緒にいるのは会社のイベントが多いですね。
--皆さん三者三様だからこそ、逆にバランスが良いんでしょうね。
松浦:そうですね。昔から役割分担がそれぞれ明確で、僕が指示をして、小林がそれを守って、林が中間に立つという形は貸しレコード屋で働いていた頃から変わらないですね。
--人との繋がりの中で知り合った方を要所要所に据えてらっしゃいますね。
松浦:それは会社設立当初、20〜30人だった頃の話です。レコード会社として成り立ってきた頃には、普通の採用になっていますね。
3. 数々のターニングポイント
--この20年の間のターニングポイントが「avex way」の中にたくさん描かれているのですが、その中でも松浦さんご自身にとって最大のターニングポイントを挙げていただくとどのあたりになるんでしょうか?
松浦:まず「レコード会社をやるか、卸の問屋でい続けるか」というときの選択ですね。このまま卸をやっていればそこそこ儲かって自由に楽しく暮らしていけたかもしれない。でもその状況だといつ潰れるかわからないし資金繰りの面などで悩んでいたかもしれない。しかし、レコード会社になるということを選択して大きくなった。大きくなったら、今度はやりたいこともやりづらくなり、行きたいところにも行きづらくなるということもある。そのぶん信用力は増すので資金面などでは困らなくなりました。きっと、どっちもどっちだったんでしょうけどね。
--当時、周囲の方は反対されたんですよね?
松浦:全員に反対されました(笑)。
--それは3,500万円づつお金を出して補償金を積まなければいけないというところですか?
松浦:そこは卸になるターニングポイントなんですね。卸というのは普通にレコードを輸入する卸と、日本に在庫を持ってお店におろす卸というのがあります。普通の卸は、注文を受けて発注し、入荷後に出荷するので店頭に届くまでに1週間かかります。しかし、僕たちの場合、ある程度の在庫については置くようにしたんです。そうするとバックオーダーなどは即日発送できる。そうするために7,000万円必要だったんです。
その後に偶然ですがHMVやヴァージンメガストアなど外資のレコード店の出店ラッシュが始まって、基本在庫は全部うちから取ってくれるようになりました。そこも1つのターニングポイントですし、ほかにもたくさんありますね。
--レコード会社になるときに不安はなかったのですか?
松浦:新興レコードメーカーでうまくいっているところは1つもないという現状の中、依田さん((株)ティー ワイ リミテッド代表取締役会長 依田 巽氏)以外の人には「レコード会社を立ち上げるというのは無謀だからやめろ」と反対されました。みんなから「やめとけ」とすごく言われましたけど、若かったので「失敗したらやめればいいじゃん」ぐらいにしか思っていなくて。
しかし、やり始めてからは常に色んなことを考えるようになりました。91年ごろは、10万枚売れる作品を年間で3枚リリースしないと会社は続かないと思っていて、ちょうどそのときに発売した「ジュリアナ東京」のコンピレーションアルバムや、TM NETWORKのカヴァーアルバムが10万枚以上売れました。また、イタリアのレコード会社に「こういう編成で作って欲しい」と言って作ったコンピレーションアルバムを日本で売るということもしました。このような作品を毎月出せれば、やっていけるのではないかと思いました。
--それはすごいですね。それが「SUPER EUROBEAT」シリーズですよね?
松浦:そうです。ところがVol.8まで「SUPER EUROBEAT」シリーズを出したころ、日本のレコード会社からイタリアのレコード会社にクレームが入るんですね。しかし、vol.5を出したころには、イタリアのレコード会社に制作を依頼せず、自分たちのオリジナルでやろうと決めていたのでその頃には全部切り換えたられたわけです。また、「SUPER EUROBEAT」に収録されているアーティスト名や曲名は知られていませんが、「SUPER EUROBEAT」という名前が貸しレコード屋では特に売れていたので、Vol.9からは、急に売る店舗が増えて、売上は逆に上がりました。僕たちはすごくついているんですよね。
--販売もご自身で行っていたのですか?
松浦:販売受託先については色んなレコード会社を回りましたが全て断られたんですね。「今、ユーロビートなんて売れないよ」って。ところがクラウンだけは向こう側から来てくれて、自分たちの会社で営業部門を持つまではクラウンに委託していました。
--従来の業界の常識とは全く違う発想でやられているので、業界の中の人たちはエイベックスがここまで伸びてくることを想像していなかったと思うんですよね。
松浦:想像しないでしょうね。でも、もう20年やっているので、業界慣れしてしまって、今では自分もそういう常識を逸脱したような発想に欠けているんじゃないかな、と思ったりもしますね。
4. 映像事業を新たな柱に〜BeeTV立ち上げ
--最近のエイベックスはもはやレコード会社ではなく、総合エンタテインメント企業として、映画の配給や携帯専用放送局のBeeTVなど、常に新しいことにチャレンジされていますね。
松浦:レコード会社は恐らくあと3年ぐらいで売上が今の半分ぐらいになってしまうと思うんです。少なくともそう思っておいたほうがいいかなと。今年度は3,000億切るか切らないかでしたが、来年はさらに減るでしょうし、今の半分以下になると想定しておくべきだと思います。もちろん、そうならないのがいいんですけど、もし、そうなった場合、どうしても別の柱だったり、別の流通方法が必要になってきますよね。
--その柱の一つが映像であると。
松浦:映像に進出したのは、音楽という1つの柱があったときに、もう1つすごく密接したところに映像という柱が作れれば安定した収益を得ることができると考えました。でも、僕らが映像業界に新たに参入しても日本の昔からの慣習でなかなか儲からないということがわかったんです。そうすると自分たちでBeeTVのような新規事業を立ち上げたほうが可能性があるのではないかと思ったんです。
--BeeTVは登録者数150万人が採算点だということですが序々に近づきつつあるのでしょうか?
松浦:約75万人(9/11現在)ぐらいですね。ですから今年中に100万人ぐらいは超えるんじゃないでしょうか。
--コンテンツも着々と増えていますね。
松浦:売り込みは多いですね。BeeTVもリスクが高かったんですけど、なんだかどこかで大丈夫な気がしたんです(笑)。
--BeeTV及び映像事業が今後CDの落ち込むであろう売上を補っていくところまではまだ達していないのですか?
松浦: BeeTVは様々なビジネス展開ができるようにしているので、CD売上が落ち込んだ分を補う方法であるとも思っています。
5. 成功の秘訣は上司がいなかったこと
--今、現時点でレコードメーカーと呼ばれるところでそこまで先を読んでいるところはあるんでしょうか?
松浦:なかなか難しいと思います。
--違う産業を見渡しても、エイベックスのような会社はないでしょうし、音楽業界にいた誰もが同じことをできた可能性が理論的にはあるはずなのに誰もできていない。それをやって見せた松浦さんは本当にすごいなと心から思います。
松浦:それは上司がいなかったからです。上司は依田さんでしたけど、依田さんは会社経営に力を入れていたので、音楽の部分に関しては全部信用してもらい、自由にやらせてもらいました。だからできたんでしょうね。
--でも上司がいなかったのは松浦さんだけではないと思いますので(笑)。やはり本当にすごいと思います。プライベートなことになるのですが、お子さんがお生まれになって何か変わりましたか?
松浦:実際あまり変わらないですね。生まれたときは変わったような気がしたんですけどね。特に変わってないですよ(笑)。
--そうなんですか?(笑) ブログを見ると近所の公園に連れて行ったりと、ちゃんとお父さんやってるんだなと思ったんですけど。
松浦:全くしないわけじゃないですけど、あまりしないですね。やはり僕があまり家にいないせいか、母親の方ばかりですね(苦笑)。
--では今後、お子さんを連れてキャンプに行くというようなことはあるんですか?
松浦:キャンプというか旅行は正月、ゴールデンウィーク、夏休みには必ず行かなきゃいけないのでそれはしょうがないかなと(笑)。
--お酒は一時期お辞めになられたということですが最近は?
松浦:減りましたね。減らしたというよりもそんなに飲めなくなってきました。飲まないようにセーブしています。歳をとったということですかね。
--(笑)。そうは言っても今年やっと45歳という年齢ですので、まだまだこれからだと思うのですが。
松浦:いや、僕はもういいんじゃないですか?(笑)
--何をおっしゃるんですか(笑)。ちなみに何歳のときに何をしたいというような目標はありますか?
松浦:個人的には50歳では辞めたいと思っていましたけど、辞められるかは全くわからないですね。仕事を辞めたら老けるとか言いますけど、たぶん僕は辞めたら辞めたで、また新しいことにチャレンジすると思いますね。
--本日はお忙しい中ありがとうございました。松浦さんの益々のご活躍と、エイベックスの更なるご発展をお祈りしております。
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也 山浦正彦)
松浦さんはとても物静かな方で、こちらの質問に対し1つ1つ丁寧に答えてくださいました。現在のポストに対して「なりたくてなった社長ではない」とおっしゃっていましたが、今回のインタビューでは大企業のリーダーとして社員やアーティストを守り、育てていこうという強い責任感を垣間見ることができました。また、音楽市場を主軸としながらも新たな事業を取り入れる、既成概念にとらわれない発想力、そして松浦さんの「物作り」に対する情熱がエイベックスの成功の原動力になっているということを強く感じました。今後も音楽産業に新たな可能性を示す強力な牽引役としてよりいっそうのご活躍を期待しております。