第157回 音楽プロデューサー 河井留美氏【後半】
今回の「Musicman’s RELAY」は「晴れたら空に豆まいて」プロデューサー宮本端さんのご紹介で、在仏の音楽プロデューサー 河井留美さんのご登場です。大学時代から劇団員として演劇に関わるようになり、配給会社勤めで映画と、幅広くエンターテイメントの世界で活動していた河井さんは、フランスへの音楽留学を契機に、現在までマネジメントを担当するクレモンティーヌと出会います。以後、日本とフランスの音楽業界を行き来しながら、相互のアーティストの橋渡しをされています。また近年は文化交流事業「TANDEM」を通じて、日本のミュージシャンの海外進出へ尽力されている河井さんに、そのパワフルで奔放なキャリアのお話から、フランスにおける日本文化についてまでお話を伺いました。
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彦)
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第157回 音楽プロデューサー 河井留美氏【前半】
フランスの芸能界の真ん中に入る
ーー そのとき、クレモンティーヌさんは売れていたんですか?
河井:ちょうど「男と女」がすごく流行っていた時でした。それまで彼女が来日する時についてきていたのが彼女の親か姉だったのですが、私は彼女と何だか気が合って、アルバムが出る時に通訳として「一緒に日本に行こうよ」って話になったのです。そうしたらレコード会社さんとしても良いじゃないですか? 通訳が同行するのですから。そっちの方が楽でしょう?
ーー そうですね。
河井:その時のソニーミュージックの洋楽宣伝部長が、現人事本部長さんなのですが、1日10数本のプロモーションを一緒にやっているうちに「おまえ面白いな」って話になったんですよ。「大体フランスものをやっている奴って感じ悪いけど、おまえ本当に面白いな。お酒もいっぱい飲むしさ」って(笑)。それで「お願いがあるんですけど、私を雇ってください。彼女のマネジメントもするし」ってお願いしたのです。それまではフランスに学生ビザで滞在していたのですね。
ーー 就労ビザが欲しかった?
河井:そうですね。それもありました。そうしたら何と!承諾していただけたのです(笑)。それでソニーミュージックに何年か「業務委託」として雇ってもらっていました。ソニーミュージックは大きい会社ですから就労ビザも取れて。何年かはその契約の元働きました。契約終了後はフランスの音楽業界をちゃんと知りたいと思い。フランスの矢沢永吉さんみたいなロックスターがいるフランス人が経営するマネジメント会社の株を少し買って、そこで働き始めました。
ーー 結構大きい金額だったんじゃないですか?
河井:いや、小さい会社ですからそこまでではないです。ただメジャーなアーティストの会社ですから、TV局やラジオ局に出入りする機会も増え、それによってフランスの芸能界の真ん中に入ることができたのです。信用を手に入れたというか。そこから例えばシルヴィ・バルタンなど大物の日本ツアーにも関わる事が来出る様になりましたね。今でもその会社には参加しています。フランスと仕事をする時、フランスに基盤を持つ事は大切な事なのです。…お話ししていて思ったんですが本当に無茶苦茶ですよね、私の人生(笑)。
ーー いやいや(笑)。パワフルですよね。
河井:その頃にソニー・ミュージック インターナショナルのクレモンティーヌの担当者が変わり、ちょうどいろいろマーケットも変わり始めた時でもあったのですが、ずっとフランスに住んでいる私には全く理解ができずで、当時エピックで今ZEPPにいらっしゃる青木聡さんにいろいろ相談に乗ってもらっていました。葉加瀬太郎さんがセリーヌ・ディオンのヨーロッパツアーにゲスト出演した時は青木さんの計らいで、通訳として同行させてもらいました。警察に先導されながら通行止めになったシャンゼリゼ!忘れられない経験です。
そんな風に青木さんいろいろ相談させてもらっている間にエピックでクレモンティーヌのアルバムを作って頂ける事になったのです。その時思ったんです。「私はあまりにも日本の事を知らない。ちょっと日本にも行かないとだめだ」って。この会社(ポッションエッズ)を16年前に作りました。この会社の代表は樋口という人間なのですが、彼はもともと企業イベントのプロなんですね。
ーー イベント屋さんなんですね。
河井:六本木ヒルズで化粧品会社の新商品発表会をやるとか、アートナイト関係とか、音楽関係の人ではなかったのですけど、無印良品の仕事を通じて彼と知り合ったのです。
無印良品の方が、テレビでフランスのメトロで演奏するミュージシャンたちのドキュメンタリー番組を見て、「彼らとCDを作りたい」という話になったらしく、制作委託の話しが私に来たんです。で、1週間くらいメトロに乗って、面白そうなアーティストを探してCDを作ったんです。その後そこに参加したメトロのミュージシャンたちを呼んで、有楽町の無印良品の前で1ヶ月イベントをやろうという話しになり、そのイベントを制作したのが樋口です。
ーー ポッションエッズはエピックと契約するために作った会社なんですね。
河井:そうとも言えますね(笑)。当時、青木さんが担当していた「ライブ・イマージュ」にもクレモンティーヌも2年間出演させてもらっていますし、一番最初に日本の曲のフランス語カヴァーにトライしたのも青木さんのアイデアでした。確か中島みゆきさんの「悪女」でしたね。結局2年エピックにいて、その次に当時のEMIに移籍しました。
ーー あ、そんなに変わっているんですか。
河井:と言ってもソニーミュージックが一番長くて、その後EMI、EMIがユニバーサルと一緒になった時に、またソニーミュージックに戻ったんですよ。でも、キングからも1枚出していますし、エイベックスではディズニーの企画ものを出したり、色々やっていますよ(笑)。何せ1人のアーティストと20年以上の付き合いを続けていますから。
ーー クレモンティーヌさんはほとんど日本でレコードを出しているんですか?
河井:お父さんがジャズ界の重鎮なので、フランス制作のジャズ、日本制作のポップスって順番にリリースできたんです。
ーー では、フランスではジャズ・ボーカリストという認識なんですか?
河井:そうですね。だからみんな日本での活動はあまり知らないですよね。フランスではジャズの小さいサークルの中でやっているだけなので。だから彼女ってジャズの知識はすごいですよ。
ーー やはりお父さんの影響が大きいんですね。
河井:クレモンティーヌの両親に会えたことは私の人生にとっても大きな出来事でしたね。もうご両親とも亡くなっちゃったんですが、彼女の家にはヨーロッパの余裕を感じますね。サロンにはピアノがあって、色々なジャズ・ミュージシャンが遊びに来ていました。それで生活に困っているジャズ・ミュージシャンを支援したりしているうちに、最終的に自分でレーベルを作ることになったんです。お母さんは絵に描いた様におしゃれな人でね。古き良き時代のパリの象徴の様な人たちでした。やたら人の出入りが多い家であるところも、皆の集会場の様なお寺育ちの私にはしっくり来たんですよね。
芸術に対して素晴らしい国・フランス
ーー フランスって芸術に対する理解というか思いやりがすごいですよね。
河井:舞台、文学、映画、アート全ての表現者はかなり優遇されていると思います。例えば舞台関係者には特別な制度もあり、年間507時間働けば次の1年ある程度の生活の保障がされるんです。しかも507時間と言っても、1コンサート8時間で計上されますからね。リハは4時間で計上されるというフォーマットがあるんです。世界でフランスにしか存在しない、表現者の権利を守る為の法律(笑)。
ーー ちなみに河井さんは自分が歌ったり、演奏したりということは興味がなくなっちゃったんですか?
河井:いや、今でも大好きですけど、ミュージックビジネスの方が楽しくなっちゃったんです。何が好きって、私は人が好きなんですよ。人と出会って「何かを始める」ことが好きなんだと思うんです。だから、何が起こるかわからないのに、こんなこと(TANDEM)をするんです。ちなみにこのミニフェスにもフランスの補助金が交付されてます。
ーー そうなんですか。
河井:フランス大使館、後援のAdami、フランスのJASRACにあたるSacem、その3団体が、日本で今のフランス音楽を紹介するイベントを援助してくれました。日本にはまだ芸術、特に、ポピュラー芸術に対する補助金が少ない様に思います。
ーー TANDEMはどのくらいやっているんですか?
河井:年間通じて2年間やっているんですが、全ての公演に対してフランス関係機関が何らかの補助をしてくれます。文化輸出に対しては寛容な国だと思います。今年はフランスと日本の友好160周年なので、関係各位の協力もありフェスにしてみることにしたんです。2020年の東京オリンピックの次は2024年のパリだし、両国で盛り上がりましょうみたいな感じで!
ーー すごいですね。
河井:そうじゃなかったらできないですよ。基本5人未満で来日できるアーティストだけを招聘するのですが、それでも経費がかかりますからね。大使や文化参事官もすごく理解があります。お休みの日でも時間があれば、必ずコンサートを観に来てくれますし、この取材が終わった後も文化参事官がアーティストをお家に呼んでくれてパーティーしてくれるんですよ。
ーー 芸術に対して素晴らしい国ですね。
河井:文化の持ってる力をよく理解していますよね。フランス人はイメージ作りが本当に上手いです。
ーー 「フランスがかっこいい」というイメージは僕らが小さいときからすでにありましたよね。
河井:フランスはそのイメージを作りきったんですよね。ファッションに映画に食、よくわからないが「かっこいい」イメージですよね。
ーー クレモンティーヌさんの「天才バカボン」のカバーには驚いたんですが、フランス語ってまた全部おしゃれに聞こえちゃうんですよね。
河井:ですよね。あれは面白かったですよ。「バカボン」はCM 狙いではなくてあるCMで「バカボン」を歌ってるシンガーを探していたんです。ちょうどタイミングよく決まったんですよ。
ーー すごくタイミングが良かったんですね。
河井:クレモンティーヌってとてもラッキーな人で、渋谷系の片隅で一回当たって、カフェミュージックというブラジルっぽい音楽の流れの片隅で2回目、それでアニメカヴァーで3回目が来たんですよね。
質はすごく高いのに輸出が下手な日本
ーー フランスと日本という2つの国をよく知る河井さんから見て、日本の音楽業界の現状をどう感じていらっしゃいますか?
河井:日本国内のマーケットが大きいからでしょうが、フランスや韓国の様に音楽を「輸出」する事に重きを置いていない様な気がします。何十年も前から輸出しているアニメと漫画は完全に世界が認めた日本の文化になったと思いますし、和食と邦画もそうですよね。残念ながら音楽だけが少し出遅れているように思います。3年くらい前まではヴィジュアル系やアニソン系のコンサートは、どれもほぼ満席でしたが、このところ動員数が下がっているという話しはよく耳にしますね。
ーー JAPAN EXPOに何万人入ったというニュースはよく聞きますけど。
河井:はい、今でも動員数は増えていると思います。40代以下のフランス人にとってマンガとアニメそしてゲーム文化は生活の中にありますからね。そこに付随してくる音楽が何故か苦戦しているようです。日本語を学んでいる子供の数も増えているので言葉の問題ではないと思います。例えば日本でも人気のあるシャンソン歌手ZAZ(ザーズ)は、「フランス語で歌うこと」を武器にワールドツアーを行なっていますよね。ファンはマイノリティーではあるが各国に存在する「フランス&フランス語好き」ですから、日本の音楽も同じだと思うのです。
ーー 今、フランスで受け入れられている日本の音楽ってなんですか?
河井:私は毎日フランスの国営ラジオFIPや民間のNOVAを聴きながら仕事をしていますが、最近よくかかるのはコーネリアスや坂本慎太郎、SOIL&”PIMP”SESSIONS feat. 野田洋次郎、YMO。大貫妙子さんの曲もかかりますね。
話を戻しますけど、もしも輸出を強化するならば日本の音楽がもっと受け入れられる為に、SNSなどのメディアを使ったプロモーションを強化するとか、現地のアーティストとのコラボの機会を設けるとか方法はあると思います。日本にフランスファンがいる様に、今の20代のフランスのアーティストで日本に興味の無い子はいないですからね。喜んで協力してくれると思いますよ。現地メディアへの根気強いプロモーションを行う事も大切ですよね。一時のムーブメントで終わらせない為にも今はそういう時期だと思います。変に和楽器とかだけに逃げないで、絶対に通用するような人たちをしっかり紹介していく。フランスの若者は日本が大好きなんですから、情報が行き届けばきっと応援してくれると思います。
そう言えば、今年やっとカナダのフェスと、フランスのフェスと提携して日本人の出演枠をゲットしたので、ここにそういった日本人アーティストをブッキングしていきたいです。
ーー それは来年ですか?
河井:来年です。カナダのまさに「夏フェス」っていう名前のフェスなんですけど、北米で一番大きいんですよ。そこに枠をゲットしました。そこに出演すれば一気に1万人の前でライブができますからね。
ーー 空前の日本人気?
河井:今、フランスから来ている子たちも、日本のことは本当に好きですよ。なぜ好きかと聞いたら「ゲームの中に入っているような気がする」んですって。風景とか、彼らにとっては全てが面白いんですよ。みんなインスタグラムのストーリーに日本の風景を上げるんですが、それを見ると、そこですか?と言うくらい私たちには普通の事がエキゾチックに見えるらしいのです。
ーー 日本に来て撮ったストーリーですか?
河井:そうです。「彼らにとって、ここが日本の魅力なんだ」って結構衝撃ですよ。みんなが傘をさして歩いているのも面白い。フランス人はあまり傘をささないですからね。電線に感動する人も多いです。今回来日しているアーティスト達は全員決していい条件で招聘できていないんですが、どうしても日本に来たいんですよね。そして、必ずと言っていい程全員PVを撮って帰ります。私がフランスに住み始めた90年代前半日本はお金持ちの国というだけでしたが、今や違うんです。かっこいい国なんです。だから音楽ももうちょっとだと思うんですけどね。
ーー 日本人もフランス人みたいに上手く見せることができれば…。
河井:そうですね。やっていることの質はすごく高いのに、アピールが上手くない気がします。謙虚過ぎてね。
ーー そこを上手く届けようと河井さんは奮闘されているんですね。
河井:そうなんですけど、何度も言いますが日本って国内マーケットがまだ大きいから、国内だけで成り立っちゃうんですよね。お隣の韓国は逆じゃないですか? 韓国はマーケットが小さいからすぐ外を見たけど。
ーー 日本は国内だけでやっていけちゃいますからね。
河井:そうですよね。今はね!例えば、今回のTANDEMに出るCalogero(カロジェロ)はフランスで年間60万人動員するんです。本人の希望でアジアツアーを行なったのですが、全行程を12人で回っているんですね。日本のアーティストがヨーロッパツアーをする場合、渡航者数も多い様にも思います。もし海外に行くならもっとコンパクトにして行く方が、チャンスは広がると思います。
ーー 甘やかされている?
河井:シルヴィ・バルタンだってそんなに多くのスタッフは来ないですよ(笑)。Musicman-netさんは私なんかより全然詳しいと思いますが、今、日本も国内マーケットは小さくなっているから、外に出していく事って大切じゃないでしょうか?
TANDEMをもっと広めて日本のミュージシャンが外に出る機会を作りたい
ーー TANDEMに対する日本の音楽業界からのアプローチはあるんですか?
河井:ないです。
ーー ないんですか。
河井:ないですよ。
ーー レコード会社の人がたくさん集まってもいい場面ですよね。
河井:そうなんですよ。でもいらっしゃらないですね。フランスのプロモーターが日本に来ているというのに(笑)。
ーー 洋楽に興味がないというか、フランスの音楽に興味がないんでしょうか?
河井:フランスの音楽に興味を持たなくていいんですよ。「自分のところのアーティストが外に出るチャンス」と思っていただければいいんです。重要なのはそっちだと思うんです。私、今回連れてきたフランスのアーティストを買って欲しいとは思ってないですもの。
ーー ちなみに今のフランスではどんな音楽が人気なんですか?
河井:若者には圧倒的にラップですね。この間、家にクレモンティーヌの19歳の息子とその友達が泊まっていたんですが、ずっとラップをBGMにしているんですよ。「なんでラップなの?」って聞いたら、「あなたたちの世代が親から『ロックはダメ』って言われたのと同じ」だって(笑)。これからはラップが昔で言うところのロック的な存在になるんだと。TANDEMにも出ていたソピコという男の子がいるんですが、23歳のラッパーなんですよ。フランスでは大人気で、ギター1本でラップをやるんですがこれが面白いんです。
ーー ギターってアコギですか?
河井:アコギです。私たちの方が古いのかもしれないとちょっと思いましたね。ラップっていうと、ターンテーブルのイメージですけど、それだけではないという。
ーー 日本のミュージシャンが、ヨーロッパ、特にフランスで認められるとすれば、それはどのようなアーティストだとお考えですか?
河井:やはり上質なことが大切ですね。自分のスタイルがちゃんとあること。
ーー モノマネじゃないってことですね。
河井:そうですね。もちろん、みんな何かのマネなんですが、それにしても衣装も含めスタイルがきちんとあることが大切です。ちょっと変な方がいいのかも知れません。ちなみに「ワールドミュージック」ってフランスから火がついたんですよね。だからフランスには海外の音楽を受け入れる土壌があるんです。今、韓国人のジャズシンガーが結構フランスで話題ですが、韓国政府がしっかり補助しています。
ーー そういう意味では、日本はまだまだ発展途上ですよね。
河井:内に向いているように感じます。私はTANDEMをもっと広めていきたいんですね。先ほども言いましたが、これって別にフランスのためにやっているわけじゃないんですよ。私、日本人ですから、日本のミュージシャンが外に出て行ってくれる機会を作れたらいいなと思っています。ですので来年もTANDEMを続けて行きます。