レコーディングエンジニア 〜Kenji Nakai 氏スペシャル・インタビュー
国内でレコーディング・エンジニアとして6年間の活動後、’90年に渡米。以降、ロサンゼルスを拠点に活動されるKenji Nakai氏。レッド・ホット・チリペッパーズ、トム・ペティ、チープ・トリック、ボズ・スキャッグス、セリーヌ・ディオン、トム・スコット、 Chara、福山雅治、アンジェラ・アキなど、国内外を問わず多くの著名アーティストのプロジェクトに参加。コンサート・ミキシングやマルチ・チャンネル作品、ゲーム音楽などの制作にも積極的に取り組まれています。日米両国の現場を知るKenji Nakai氏に、アメリカの音楽制作事情や、ご自身の活動について伺いました。
2042 N Beachwood Dr. #14 Los Angeles, CA 90068-3413
E-mail:mixkenji@sbcglobal.net
プロフィール
Kenji Nakai氏
Kenji Nakai ディスコグラフィー(抜粋)
<USA>
Bill Champlin「Hip Li’l Dreams」/ Tom Petty「Wildflowers」/ Red Hot Chili Peppers「One Hot Minute」/ Scorpions「Eye 2 Eye」/ Cheap Trick「Woke Up With A Monster」/ Boz Scaggs「Some Change」/ Duran Duran「Thankyou」/ Celine Dion「Be The Man」/ K.D.Lang「Love Affair」/ Aimee Mann「I’m With Stupid」/ Tom Scott&The LA Express「Smokin’Section」
<日本>
Angela Aki「Kiss Me GoodBye」/ Shunsuke Kiyokiba「Shunsuke Kiyokiba」/ Chara「Junior Sweet」/ Masaharu Fukuyama「On And On」/ Green Bear「See Through」/ X Japan「Jealousy」/ Keiko Mizukoshi「Humane」/ Paul Raymond「Rising Sun」/ Hiroyuki Sanada「Summer Dream」
<Multi-Channel Project>
THX Ultimate Disc 2006「Cruise Control」/ Ridge Racer 6th「Cinematic Tracks」/ Final Fantasy 6th「Cinematic Tracks」/ Final Fantasy 12th「Cinematic Tracks」/ Amasia Landscape「Golden Vine/DVD-V」
<SoundTrack>
Jan Stevens「Scrub *Season 1,2,3,4,5」/ Robert Etoll「About Adam」/ Philip Giffin「Beethoven 3」/ Steven Seagal 「Under Siege 2」
<Concert Mixing>
Shanice「Japan Tour 2000」/ Tom Scott & LA Express「US Tour 1997」/ Tom Scott & LA Express 「Japan Tour 1997」/ Tom Scott & LA Express「PostGrammy Party 1999」
1. エンジニアの真の力量とは
——Nakaiさんは日米のスタジオの状況を両方ご理解されていると思われるのですが、まず一番の違いは何ですか?
Nakai:まず、チーフ・エンジニアの概念が違います。アメリカの場合、チーフ・エンジニアというのは基本的にメンテナンス・エンジニアなので、スタジオに所属しているいわゆるアシスタント以外のエンジニアはいません。要するにチーフ・エンジニアがメンテナンス・エンジニアで、その下に何人かアシスタント・メンテナンス・エンジニアがいるわけです。僕がよく使うウエストレイク・スタジオだと、メンテナンス・エンジニアは4人くらいいます。それ以外は全員アシスタントです。ただ、アシスタントでも自分で仕事を持ってきて、スタジオをブッキングしてエンジニアをやっていたりする人もいますが、レコーディング・スタジオが1st エンジニアをマネージメントすることはほとんどありません。
——つまりアメリカにおけるレコーディング・エンジニアとは基本的にフリーランスの商売であるということですか?
Nakai:そうです。フリーランス、ないしはマネージメントを持ってやる仕事であって、スタジオに1st エンジニアは所属しません。ただ、その構図の中で大切なのはメンテナンス・エンジニアがいわゆる技術屋さんではなくて、レコーディングも分かっているということです。だから、僕もアシスタントとして最初に仕事をしたスタジオはオーシャンウェイというスタジオなんですが、先輩エンジニアに学ぶのではなくて、そのメンテナンス・エンジニアに機材のこととかを学びました。日本ではまだチーフ・エンジニアがいて、1stエンジニアがいて、みたいな構図があると聞いていますが、それはチーフ・エンジニアにとっては恵まれている環境だなという気がしますね。そこが大きな違いだと思います。
——給料をもらえている、もらえていないという話ですね。
Nakai:アシスタントをやらずして給料をもらっている人はいませんし、アシスタントも正社員ではあるんですが、基本的には時給制です。つまり、売れ高と言うか、やったらやっただけもらえるということです。また、アメリカでは給与体系がしっかりしていて、労働に関する法律も厳しいので、ちゃんとしたスタジオでは8時間の基本給に対して、8時間以降12時間までは基本給の1.5倍、12時間以降は2倍の時給が支払われています。ですから、スタジオとしてもオーバータイムするとそこにそれだけお金がかかってくるので、クライアントにもオーバータイムをきちんと請求しますし、クライアントも文句は言いません。僕がいた頃の日本はその辺がうやむやでしたからね。
——今はもっと混沌としていますよ。
Nakai:これは良いことかどうか分かりませんが、アメリカだとアシスタントがいつの間にかスタジオから勝手にいなくなるんですよ。
——それはどういうことですか?
Nakai:大きなスコアリングのようなレコーディングは別にして、通常のレコーディングは1stエンジニアがProToolsもテレコも回します。3348だった頃は僕も自分で回しながら録りをしました。ですから、セットアップが終わるとアシスタントはいらなくなるんですよ。本当はそこで後ろから見ていて、どういうことをやるかを勉強しないといけないのですが、中にはそうじゃない人もたくさんいて、事務所でお茶や食事をしていたりすることがあります(笑)。
——アシスタントエンジニアの質ということであれば、日本人の方が勤勉ですか?
Nakai:そうだと思います。日本だとアシスタントにテレコを回してもらえるので、1stエンジニアをするのが楽です。ただ、僕が日本でリズム録りをする時には、自分で回すようにしています。アメリカではアシスタントがテレコを回して失敗したのは、それを許可した1stエンジニアの責任なんですね。スタジオの中で技術的な問題が何か起きたら、卓が壊れたとかは別ですが、基本的に1stエンジニアの責任です。そういう命令体系がはっきりしています。
リズム録りのときにはテレコを回すタイミングや、セッションの進め方が凄く重要です。だから僕がやらせてもらうときには自分で回しますし、プロデューサーも大体進行を任せてくれるんですね。最近では日本でもあるかもしれませんが、向こうではプロデューサーがいなくてもセッションを、エンジニアが進行させることが多いです。そうなると、言葉の使い方や曲によって進行の仕方を変えたりとか、そういう部分が重要になってきますし、それが分からないとなかなか大きな仕事は任せてもらえません。
——そこがエンジニアの力量になってくるのかもしれませんね。スタジオを仕切る能力というか。
Nakai:そうですね。よく「スタジオの空気を読んで、空気を変えて、空気を流していく」と言われるんですが、凄く重要だと思います。そこに興味を持って追求していくエンジニアは、その先プロデューサーの道に進んでいくと思います。それができないと頭打ちになってしまいます。プロデューサーは当然プロデュースのことが分かるエンジニアを雇いたいんですよ。冗談半分でよく言うのが、「現場でプロデューサーをプロデュースできるエンジニアじゃないといけない」と。
——サウンド面のクリエイトだけではなく、コミュニケーションのプロデュースもできないといけない。
Nakai:その部分の方がひょっとしたら大事かもしれないですね。というか、音なんて良いのは当たり前だという世界なんですね。ちゃんとしたプロジェクトになると、録っているときから落とし(TD)の音をしていないと仕事が来ないんです。つまり、後で手を加えるというのは基本的にナシなんです。特にドラムやリズムを録っているときは、これで歌を載せたら、楽器の数は少ないにせよ、それで完成するくらいのクオリティでないといけないんです。だから、自宅にスタジオを持ってるプロデューサーやアレンジャーでも、ちゃんとしたものを録るときは、必ず自分が信頼を置いているエンジニアを指名します。例えそのことによってバジェットがタイトになっても、そこは必ずやりますね。
——ミュージシャンに関してはどうですか?
Nakai:やはり上手い人は多いし、層も厚いと思います。でも、いつも驚かされるのは、仕事への姿勢です。向こうだとスタジオ入りの時間ではなく、レコーディング開始時間でブッキングされます。ミュージシャンは、その時間までにセット・アップが全て終了していますし、ギャラのカウントは、それから始まります。なので、ほとんどのミュージシャンが少なくともブッキングされた時間の30〜40分前にはスタジオ入りしています。セッションの10分前に入って「あぁ、間に合った。」ということはまずあり得ません。また一流のミュージシャンでも機材の運搬は、そういう会社に頼んでもセット・アップは自分自身でやります。それともう一つ驚かされたのは、練習を欠かさないということです。以前、売れっ子ギタリストのマイケル・ランド−と仕事した時のことですが、スタジオでミックスが仕上がる間中、食事する時以外はずっとギターを手に練習をしていましたし、ベテラン・サックス奏者のトム・スコットとツアーに出た時は、彼は、夜のライブに備え、昼間、ライブ・ハウスに行って一人だけで練習していました。やっぱり世界の一流であることをキープするということは並大抵なことではないということを思い知らされました。
2. すべては模倣から始まる
——機材面に関してはどうですか?
Nakai:スタジオに関してはやはりProToolsがメインです。アナログを使うプロジェクトもあるにはありますが、非常にまれですね。ただ、キャピトルやオーシャンウェイ、ウエストレイクといった大きいスタジオに行けばアナログのテレコは普通に使えるので、全然珍しくはありません。
——ハーフインチも使いますか?
Nakai:人によっては使いますね。ロック系のものだと使うケースが多いです。面白いんですがアル・シュミットとかは、サラウンドものの時は、アナログで録って、2インチの8トラックをマスターにしているんですね。これって僕は重要なことだと思うんですが、音素材というのは音楽的・文化的財産なんです。大げさな言い方になりますが、それを後世に残しておくということも、レコード会社やエンジニアにとして社会的な責任があると思うんですよ。だから、バジェットとの兼ね合いは必ずあるんですが、その中でできる限りハイクオリティのものでマスターを残していくというのは、我々の責任だと思うんです。アル・シュミットみたいな人がそういったところに気を遣っているのは、非常に励みになりますし、エンジニアとしての社会的な責任をよく考えていると感じます。
——アメリカではプロになった後の方が勉強が大変だとよく聞きますね。一線にいる人たちは皆勉強家で、だから歳を取っても新しいテクノロジーに精通しているし、65才を超えてもなお現役であると。
Nakai:アメリカのエンジニアとしての職業寿命は日本よりも長いと思います。アメリカはシビアで、新しいテクノロジーが分からなかったら、分かる人を雇います。ただそれだけの話で、そのために絶えず勉強しなくてはいけないと。むしろアメリカではベテランの人たちが新しいテクノロジーをいち早く取り入れて、メーカーから、時にはエンジニアからアプローチして新技術の開発に積極的に関わります。
コンベンションに行っても、偉い人たちがずらっと並んで、我々が聞いたこともないような未来の話をしたりするのは勉強になりますし、向こうが負けていられないのと同じで、僕も負けていられないので頑張りますよね。もちろん、若い人たちも頑張っています。つまりトップの人たちが勉強するスピードが遅ければ、その下の人も勉強しなくなると思うんですが、現実はそのスピードがとても速いですし、上の方はどんどん高く昇っていくので、僕らもそれについて行かなくてはなりません。
——日本にいるときよりも競争の厳しさは感じますか? サバイバルしていく緊張感といいますか。
Nakai:そうですね。やっていることは同じなんでしょうけど、アメリカでは僕くらいの層って滅茶苦茶厚いんです。今はその中堅層における競争にどうにかひっかかっているので、そこから脱落しないように、もしくは人より一歩でも前に行けるように自分を磨くしかないと思っています。
僕はアメリカに行って一番良かったなと思うことがあって、それは一流のエンジニア、プロデューサーの人たちのアシスタントをずっとやれたことです。要するにできあがったものを見るんじゃなくて、アーティストとのやりとりやツマミの回し方も含めて、その過程を学べたので、それは良かったなと今でも思います。
——アシスタントは何年くらいされていたんですか?
Nakai:日本も入れると10年間アシスタントをやりました。芸術というと大げさかもしれませんが、レコーディング・エンジニアリングやミキシングが芸術だとしたら、芸術は模倣から始まると思っています。色々な人を模倣して、その人の一部を取り込みながら自分の好きなスタイルを作り上げていくものだと思っています。ということは、そういう人たちのクオリティが高くて、しかも彼らとの仕事の機会が多ければ多いほど、自分も磨かれるし、引き出しの数も増えると思うんですね。
今はProToolsの一式を買ってしまえば、「あなたも明日からレコーディング・エンジニア」という時代になって、エンジニアになりたい人たちは以前よりもプレッシャーというか苦労は少ないと思うんですが、色々な意味で学んでいないと思うんです。「サンレコ」や「プロサウンド」から学べることは限られているので、やはり今良いとされている、もしくはベテランでずっと残っている人たちの芸を盗むというのが、僕はエンジニアリングの基本だと思うんです。そこからスタイルというのは自ずと生まれてきます。
——やはり現場にいることが一番であると。
Nakai:一番最初にオーシャンウェイで与えられた仕事のセッションが、デヴィッド・フォスターとバーバラ・ストライサンドでした。そのときに「やっぱりこの人たちは凄いな」と感じました。そのあとにライ・クーダーやジム・ケルトナーの仕事が入って、2つ目のスタジオへ移ったときに最初にやったのがチープ・トリックで、テッド・テンプルマンという大変有名なプロデューサーがいるんですが、彼のセッションのアシスタントをやったり、そういうところから学ぶことは非常に多かったです。ですから、若い人たちもそういう現場に出て経験をどんどん積んでいった方が良いと思っています。
——それは日本のエンジニアに対してですか?
Nakai:そうですね。何でもインスタントに考えず、少しずつ経験の中から学んで行くということも知って欲しいと思います。不思議に感じるかもしれませんが、アメリカの方がまだ良い意味での徒弟制度が存続してます。コップが飛んでくるような徒弟制度ではなくて(笑)。
——アメリカの方がそういう雰囲気が残っている?
Nakai:色濃く残っていると思います。中には一流のエンジニアの人の門を叩いて、弟子入りという人たちもいるみたいです。そして、その人の芸を盗むと。
——スピリチュアルな部分まで継承されている。
Nakai:時間がかかるとは思うんです。だからこそ、インスタントな考え方をしてはいけないなと思います。
——「急がば廻れ」ですね。
Nakai:そうですね。この仕事を始めて約20年ですけども、やっとレコーディングの仕方が少しだけ分かってきたかなという感じがします。これから自分のスタイルが見つかればいいかなと思っています。
3. 音楽を聴くことの重要性
——ロサンゼルス界隈のスタジオで活躍されている日本人はNakaiさん以外にいらっしゃるんですか?
Nakai:アシスタントの人は2、3人いますが、ほとんどいないと思います。
——Nakaiさんのように日本人でアメリカの音楽業界に飛び込んで来る人が増えて欲しいですか?
Nakai:ぜひ、増えて欲しいです。
——でも意外に増えませんよね。
Nakai:アメリカのレコーディング・スクールとかで勉強している人は結構いるんですけどね。壁は英語と技術の二つだけだと思うんです。あと人当たりの良さもかなり重要だと思います。
——アメリカになじむのはなかなか難しいのかもしれませんね。
Nakai:そんなに簡単ではないかもしれません。野球の世界でも同じでしょうけど、日本でそんなに成績が良くなかった人が大リーグに行っても、なかなかうまくいかないじゃないですか? だからエンジニアの人も日本でうまくいかなかったからアメリカで・・・なんて考えるんだったら来ない方がよいと思います。
英語と技術、まあそれしかないんですが(笑)、この二つがカバーできれば何とかなります。あとは長くやることが大事ですね。長くやっていれば出会いもあるし、苦労もするし、良いこともあれば悪いこともあります。続けていくことは大切ですし、難しいことでもあります。僕もアメリカに来て以来、エンジニア以外の仕事はしなくてすんでいるので、それは非常に良かったなと思いますし、自分の自信にもつながっています。アメリカに行って最初の5年くらいはスタジオに所属していたので、滅茶苦茶忙しかったんですが、最初に日本へ帰るときは仕事で帰ると決心していました。それまではひたすら仕事に打ち込みましたし、その後、仕事で日本に帰ることもできました。結局、勘違いでも何でもいいので「やれる!」という思い込みが一番大事だったようですね(笑)。
——一昔前に言われていたことなんですが、日本のミキシングスタイルが足していく、いわゆるプラスのミックスで、アメリカのミックスは邪魔なものを省いていくマイナスのミックスだと聞いたことがあるんですが、実際はどうなのでしょうか?
Nakai:うーん、それは人によって全然違うと思います。ここからはあくまでも一般論として聞いていただきたいのですが、今の話はマイナスとプラスの違いではなく、基礎を固めて上にのっけていくミックスと、フォーカスを絞って行くミックスの違いだと思います。例えば、ボブ・クリアマウンテンなんかは、まず最初にざっとバランスを取るんですね。そこが滅茶苦茶早いんですが、ばーっと聴いてEQもかけずにバランスをとって、そこからEQをかけたり、色々なことを合わせていきます。ひとつずつ仕上げて行くのではなく、フォーカスのぼやけたものをどんどん合わせていくミックス、これがアメリカでは結構多いミックスで、日本の人たちがあまりやらないミックスですね。
日本のミックスはとても繊細なんです。それは一つのスタイルとして素晴らしいと思います。 ある意味で浮世絵的なミックスと云っても良いかもしれません。浮世絵ってどんな細かいところまでくっきり書かれているじゃないですか。それに対して、遠近法を使う西洋の絵画では、フォーカスの合っているもの、合っていないもの、ヴィヴィッドな色のもの、曖昧な色のものを置くことによって、絵ができてくる。つまりアメリカは奥行きで作っていくのに対して、日本のものは音量でバランスを取っているようです。その結果、日本のミックスには距離感がないように聞こえます。入っている音は全部聞こえるんですが、何を聴いたらいいのかわからなくなる。それで何を聴いたらいいか分からないミックスにはグルーヴが出ないんですよ。例えば、ポリリズムで色々なタイミングのパーカッションが入っていても、それを全部同じように聞こえるように出してしまうと、楽器の音色が違ったとしても、それだと本当のグルーヴは出ないんです。その辺の差は感じますね。アメリカだとそのグルーヴのバランスが見つかるまで延々やるわけです。
——アナログとデジタルの違いについてはどのように考えられていますか?
Nakai:アナログを使えばこうとか、デジタルを使えばこうということではないと思います。大事なことはアナログの効果が良いとされているのなら、そのアナログの効果を耳で知っていることだと思います。そして、それを今のデジタル技術を使って再現することが大切だと思います。もしくはそれがエンジニアとしての技術レベル・理解だと思います。
例えば、いわゆるデジタル臭い音しか聞いていない人が、NEVEを使ってもアナログの音にはならないんです。逆にアナログの音を知っている人がデジタルを駆使するとかなりアナログのニュアンスは出るんですね。音楽は聴く芸術だと僕は思っているので、まずは聴くところから始まると思うんです。味の分からないシェフにおいしいものが作れないのと同じで、いい音を聴いていない、いい音を知らないエンジニアにいい音は生み出せないというのは、間違いなく事実だと思います。そのために僕は家でも色々な音を聞くようにしています。
——仕事以外でもかなり音楽を聴かれるんですね。
Nakai:そうですね。日本にいるときにあるエンジニアから「プロだからうちでは音楽は聴かない」と云われたことがあって、そのときは「プロってそういうものなのかな?」と思ったんですが(笑)、そういう環境にいるとやはり勉強不足になります。だから、新しいものや良いものが流れていたら、すぐに聴こうとする姿勢が大事だと思います。クラシックのコンサートを観に行くというのは音楽的に云々ということに加えて、生音の倍音が空気を伝わって来る感じを耳や肌で覚えるというところも大事なんです。それを再現するための技術だと思うんですよね。でも知らなければ目標がないわけじゃないですか?
——どれがおいしい味か分からない人に再現はできませんものね。
Nakai:逆に言えば、どれがおいしいか分かっている人だったら、試行錯誤していけば、それ近づいていくことが可能なわけです。
4. ゲーム音楽の可能性
——アメリカの音楽業界の現状について伺いたいのですが。
Nakai:アメリカの音楽業界は今調子いいですね。これは音楽業界をどのように捉えるかによるんですが、レコード会社には厳しい状況かもしれません。以前とは流通の媒体が変わってきたため、固定メディアを使ったディストリビューションという形では売り上げが減っているだけで、音楽関連業界も含めて言うと、アメリカは過去10年くらいの中で一番伸びています。
どう変わってきているかというと、音楽をメインにではなく、付加価値として使ったゲームや映画、TVでの音楽の需要は増えているということです。それと同時にコンサートにおいての観客動員数や売上高も過去最高です。
——そんな中、やはりレコード会社は厳しいと。
Nakai:レコード会社は大変だと思います。レコード会社の中でも今まで出版や版権の管理を手掛けているところもあるので、そこを上手く使えば、何とかなると思うんですが・・・。映画の世界も同じなんですが、歴史的にアメリカはインディペンデントのプロダクションが多いんですね。アメリカのメジャーリリースの映画は、そのほとんどがインディペンデントなんです。要するにユニバーサルや、パラマウントといった大きな映画スタジオが直でやっているものは数としては少なくて、ほとんどがディストリビューションをやっているだけなんです。
レコード会社の強みはディストリビューションを持っていることで、それを生かしたビジネスをやらないと、将来は益々厳しくなると思いますし、今まで通りのビジネスモデルを続けていっても先行きは暗いかなと感じます。ただ、インターネット配信がどのくらい定着して、クオリティー的にどのように変わっていくかが勝負でしょうけど、レコード会社は配信によるディストリビューションにもっと力を入れて、インターネット配信業界みたいな横のつながりができればいいんじゃないかなと思います。
——アメリカでも配信の比重は大きくなっているんですか?
Nakai:大きいですね。
——配信の影響で、ミュージシャンやエンジニアのギャランティーやスタジオ代が下がったということはあるんですか?
Nakai:それは変わらないです。むしろ一番安い頃、2001〜2年くらいのいわゆる9.11直後より戻ってきた感じはあります。
——配信は今後どのようになっていくとお考えですか?
Nakai:配信は今後ますます音質が良くなると思います。今現在もONKYOがやっている「e-onkyo music」ですと最高で24bit/96kHzまで出せます。データ転送時間の問題もありますが、それは時間が経てば解決されると思いますし、音質に関して、これからは聴く側の選択になってくると思います。
——SACDやDVD-Audioといった新しいパッケージに関してはどうですか?
Nakai:音楽タイトルということでは、アメリカでもいまいち盛り上がっていないですし、難しい問題だと思います。個人的にずっと考えているんですが、DVD-Vのフォーマットでオーディオ・オンリーみたいなものを作るべきだと思うんですね。なぜかというとDVD-VのかからないDVDプレイヤーは世の中にないわけですよ。それこそPS2とかでもかかりますし、DVD-VだからといってそこにVideoを入れる必要はないんです。曲が始まったら固定の歌詞カードが出るとかにしておけばいいわけで、何故それを誰もやらないのか不思議でしょうがないんです。値段もCDと同等かそれ以下に設定すれば、そこそこ売れるんじゃないかなと思うんです。
ユニバーサルプレイヤーがあれば何でもいいんだという話になるんですが、現状で言えば、これからユニバーサルプレイヤーを買う人たちよりももうすでDVDプレイヤーを持っている人の方が多いはずです。あと重要なのはDVDプレイヤーを持っている人たちは映画を観る人たちなので、今後サラウンドのシステムが浸透していくと僕は信じているんですね。そうするとDVD-Vの音オンリーでもステレオ、サラウンドを供給できるので、音楽の楽しみ方が新しい方向に向いていくと思うんです。そのためにはタイトルをもっと作って、カタログ化するところから始めないといけないと思うんですよね。それはぜひとも期待したいですね。
——最後に、Nakaiさんが今後取り組んでいきたいことは何ですか?
Nakai:僕が今、非常に興味があるのがゲーム音楽なんです。ゲームをクリアするとムービーシーン、アメリカではシネマチックと言うんですが、映画みたいなシーンがあるんですね。今までは、そこは普通にサラウンドだったんですが、ゲーム中は、プロロジック2と言って、エンコード/デコードを必要としていました。それがXBOX 360やPS3だと常時サラウンドが可能なんです。しかも、DVD-Audioと同じようにデスクリートでできるところまで来ています。
今の若い人たちはヘッドフォンで聴くことはあっても、スピーカーを2つ並べて、その真ん中で聴くということがまずないじゃないですか? ところがゲームをやるときは画面があってスピーカーが2つ並んでいる状態なんです。つまり、今、僕が考える彼らの現実的に良い音響環境は、彼らがゲームをやっているときなんです。そこでクオリティの低いものを流せば、彼らの音楽や音質に対するクオリティも下がってしまうので、僕はそのクオリティを上げたいんです。
話は違いますが、ゲームの世界は音楽の世界よりもビジネスモデルが確立されているので、契約も明確ですし、仕事が凄くしやすいんですね。今までに「ファイナル・ファンタジー IX」に始まり、「Romancing Saga」そして「ファイナル・ファンタジー 12」のクロージング・テーマであるアンジェラ・アキの「Kiss Me Good-Bye」、その後に「リッジレーサー6」などもやらせてもらいました。
——確かにゲーム音楽のクオリティは格段に上がりましたよね。
Nakai:しかもサラウンドなので非常によいかなと思います。それプラス内容的にも生のストリングスを録音して、それをそのままオーディオストリームとして出しているので、エンジニアとして映画音楽の仕事をやるための登竜門にもなるんじゃないかなという気がするんです。また固定媒体が売れていない中で、ゲームのサントラは非常に良く売れていますしね。
——ゲーム自体があれだけ売れるわけですからね。ちなみにギャラは良いんですか?
Nakai:もちろん良いものもあればそうでないものありますが、プロジェクトに興味があれば僕はやるべきだと思うんです。また「安かろう悪かろう」を許してもらえない業界なんですね。彼らはマーケットが世界で、相手はEA(エレクトロニック・アーツ)やマイクロソフトなどで、今までは日本のゲームのクオリティが断トツだったんですが、少しバランスが崩れつつあるようで、今はお互いのクオリティに追いつけ追い越せという状態なんです。ここはナムコさん、スクウェア・エニックスさん、コナミさん、セガさんといった国内メーカーさんに頑張ってもらいたいなと思いますし、その中で少しでもお役に立てればいいなと思っています。
——本日はお忙しい中ありがとうございました。これからも日米を股にかけてのご活躍をお祈りしております。
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