USTREAM Asia 代表取締役社長 中川具隆氏インタビュー
米USTREAMと株式会社ソフトバンクが、アジアでの事業展開を目的とした「USTREAM Asia」を今年7月に設立した。ソフトバンクは、USTREAM Asiaに約18億円を出資し日本での本格的な事業展開の足がかりとして日本法人を設立。日本語版やiPhone向けサービスの提供を開始し、すでに日本でも急激な成長を見せている。
今回のインタビューでは、USTREAM Asiaの代表取締役社長に就任した中川具隆氏に権利処理への取り組みや、メディアへの影響、そしてソフトバンクの狙いと今後の展望について伺った。
——まず、USTREAMの成り立ちについてご説明していただきたいのですが。
中川:USTREAMはアメリカで3年前に立ち上がった、まだ新しい会社です。元々はアメリカの陸軍士官学校で友達だったジョン・ハムとブラッド・ハンスタブルが一回違うビジネスを始めたんですが一度別れて、再度、動画配信のビジネスを始めようということで、元々彼らの友人でハンガリーの投資家であり、開発者であったジュラ・フェヘルと3人で始めた会社です。
——会社ができて3年ということですが、USTREAMはここ最近で急激に成長したという印象があります。
中川:そうですね。爆発的に伸びるきっかけになった理由の1つは、ツイッターやフェイスブックのようなソーシャルストリームを上手く取り込んだことです。去年から動画窓の右にそれらが流れる機能を取り込みました。その次がiPhoneです。iPhoneの登場でスマートフォンというものが認知されるようになり、その中でUSTREAMが公式のアプリケーションとしてライブ配信などのサービスをスマートフォンの世界に持ち込んだことです。ここで、2段目の火が付きました。
——本当にロケットみたいな加速度ですね(笑)。
中川:ええ(笑)。日本おいてはライブに特化した動画配信サイトという今までとは違う新しさや将来性があると、ソフトバンクの孫正義社長が非常に気に入りまして、孫社長自身がツイッターにはまっているということもありますが、ツイッターとの連動性が非常によいこととiPhoneでもサービスが行われているということもあり、ソフトバンクがアメリカの本社に出資を決め、その後USTREAM Asiaの設立に至りました。
——出資額は約18億円とのことですが、それはビジネス的にソフトバンクにとって有益な未来像が見えたからこその出資ということでしょうか。
中川:USTREAMは個人放送局的な意味合いもありますし、iPhoneのアプリケーションもすでに40万ダウンロード以上されているんですね。40万ダウンロードということは、40万人が個人放送局になれる可能性がある。つまり40万チャンネルできてしまうということであり、それだけの放送局を全部抱えているのと基本的に同じことなんです。それを十数億というテレビ局一局の十分の一以下の値段で買えてしまう。USTREAM Asiaに関しては、ソフトバンクグループが60%の株を持っていますので、アジア圏をマジョリティーに入れるということは非常に大きいですね。
——USTREAMの実際の収益構造はどうなっているんですか?
中川:主な収入源は広告です。2番目はライブ番組の有料課金ですね。3番目がライブ配信のためのインフラのOEM提供で、USTREAMという名前を出さずに企業サイトを運営されている方に直接使っていただくことです。バックボーンインフラの切り売りみたいなイメージです。
——USTREAMスタジオを作り、そこからのライブ配信も行っているそうですね。
中川:汐留と渋谷とシダックス渋谷店でもやらせていただいていまして、それに触発されてか、色々な業種から問い合わせをいただいておりますが、それよりも、個人企業でスタジオをやられている方が、ただ撮るだけ、制作するだけではなくて、配信までできるというところに非常に魅力を感じてくださっているようで、ライブ配信に必要な機材、配信の方法など問い合わせはかなりいただいています。
——そういったスタジオを使って今後USTREAM Asia主導で色々と企画を立てていくんですか?
中川:基本的に我々はプラットフォーマーに徹したいと思っているんですね。放送局ではなくて東京タワーのような電波塔になりたいと思っています。ですから、一つ一つのコンテンツや番組にUSTREAM Asiaとして関わるつもりはありません。配信される方が、まず自分たちで楽しんでいただくことを一番に考えています。
——あくまでも最初の流れを作るときのお手伝いする立場であると。
中川:ええ。そのときに足りない部品があれば、こちらから供給できますよ、と。配信するときに、うちのインフラを使っていただければ良いですよというのが基本スタンスです。ただ、日本においてはUSTREAMの知名度はまだ低いですし、せっかく波が来そうな気配もあるので、ブームを作るためにイベントの仕掛けをしたり、配信のお手伝いをさせていただいたりはしています。
——具体的にはどのようなイベントを仕掛けられているんですか?
中川:大きなところではソフトバンク自身のイベント等ですね。今までUSTREAMでは、同時接続数のべ5,000〜8,000人で「すごいイベントだ」と言われていたんですが、ソフトバンクのイベントや決算報告会では同時接続数が1万を越え、のべ10万人を越えるような形になってきますし、毎日放送と一緒にやらせていただいた高校野球のライブ配信ではUSTREAMだけで、4日間のべ80万人を越える方に来ていただきました。
——技術的には、何千万人が同時に見てもなんの問題もないんでしょうか?
中川:日本だとネットワークの線の太さに制限がありますので、全てのネットワークを使っても同時に見られるのは何百万人単位だと思うんですが、ワールドワイドでしたら問題ないですね。
——やはりその技術力が日本法人を設立するまでになったということですか?
中川:全ての相乗効果だと思います。サービス自身をワールドワイドにやっているということで、日本国内だけでやられているサービスよりは、配信のためのコストが桁違いに安くできているというメリットはありますし、海外のコンテンツを買わなくても見れてしまう。また、日本のアーティストの方が世界の人に見てもらいたいというときには、すぐにお使いいただけるインフラになっています。
それから、個人で放送局ができるというような簡便さですね。iPhoneやアンドロイド端末が一台あれば、パソコンを使わなくてもライブ配信できてしまいますし、それを持ち歩いてWI-FIですぐに配信することもできます。ですから、間口が広いということがこのサービスの利点だと思うんですが、逆にテレビ局が使用しているハイエンドなカメラを直接繋ないでハイビットレートで流すということもできます。
——既存TV局に与える影響についてはどういった予想をされていますか?
中川:今はまだ「ライブで配信する」という面でバッティングしてしまうと思われているんですが、5年前の「放送と通信の融合なんて夢だ」と思われていた頃から考えますと、テレビ局の方もインターネットに慣れてきていると思いますし、随分変わってきたなと感じますね。今はテレビ局の方もインターネットを非常に勉強されて、技術者もインターネット業界からずいぶんテレビ局の方に移られてらっしゃいますし、番組の中でもいろいろな形でインターネットは使われています。番組でUSTREAMを取り上げるという形だけでなく、現時点ではプロモーションメディアとして番組告知や発表をUSTREAMで行っていて、テレビでの視聴を盛り上げるためのメディアなりツールとしてUSTREAMをお使いいただいてます。
——アメリカではラジオ局がカメラを置いて放送の様子を配信するのがウケているという話もありますよね。
中川:そうですね。ラジオ+映像まで流している場合もありますし、音だけで流している場合もあります。電波だと全米はカバーできなかったりですとか、そういう意味で使われている場合もあります。日本でもJ-WAVEさんはUSTREAMを積極的に取り入れています。本当にサイマルみたいなことができてくると広告を両方で入れて、広告価値も高めることができますので実収入も増えてくると思いますし、そういうWIN-WINな関係が作れると面白いなと思いますね。メディアの特性としては、テレビよりラジオの方が乗りが近いですよね。
——もともとラジオはリクエストハガキの時代からテレビに比べれば双方向性があるメディアですから、ツイッターでコミュニケーションがとれるUSTREAMは近いものがありますよね。先ほどのお話ではないですが、例えば、USTREAM上にラジオ局を作ってしまうことも可能なわけですよね?
中川:そうですね。ただ、トーク番組のような番組ならいいんですが、そこで音楽かけてしまうと、放送通信とインターネットは権利処理の仕方が違いますから、色々な課題があります。
——その権利関係についてはこの先どのように考えられていますか?
中川:著作権管理団体の方たちとは、JASRACだけでなく、他の2団体とも話し合いを重ねてきまして、先日、包括的な利用許諾契約を締結しました。これで、ユーザーは、この3団体が管理する楽曲を演奏することや、演奏に合わせて歌う映像などを配信できるようになります。ただCDをかけるとき、インターネットの場合は、原盤権、隣接権の部分が非常に厳しいので、実演者、演奏家とその曲に関わった人全てに個別に許諾を得ないと使えないんですね。ですから、正直言いましてCDをかけるよりも生で実演していただいたほうが権利処理は非常に易しいです。
——USTREAMは番組に対してどのようなチェック機能があるんでしょうか?
中川:今は24時間365日の監視センターがアメリカとハンガリーにありまして、常に目視チェックはしています。まだ日本において監視センターは正式に立ち上がってないんですが、現状、我々でその役を担っていまして、ついこの前もNHKのラジオでアニメソングの特集があったときに、それをそのままUSTREAMで配信した人が現れたので、すぐ落としましたし、画面上に現れる暴力的なものやセクシャルなものに関してはアメリカでもハンガリーでもわかりますから、ほぼ間違いなく止めることができます。マンガとか静止画系であってもけっこう厳しくて、マンガの中でも下着が見えるともうそれは落としてしまいます。
もう一つ、全てのチャンネルのトラフィックを追っていまして、急激なトラフィックの立ち上がりにはアラートが鳴って、すぐにその画面に切り替わるようになっています。急激に視聴者が増えた番組は人気コンテンツか、怪しいことをやって増やしているのかどちらかの可能性があるので確認して、人気コンテンツの場合はそのネットワークを補強する対策をする必要があるのかないのかを判断し、補強の手だてを考えます。また違法コンテンツだった場合はすぐ落とします。また、USTREAMのライブ動画の右上に「通報」というボタンがあるんですが、これはお客さんが見ていて、違法だと思ったらボタンを押していただきます。いたずらで通報している場合もあるので、ある一定の人数から同じ番組に対して通報があると、落とすということにしています。その上で解析にかかるということですね。
——USTREAMの番組情報は常にサイトをチェックしてないと分からないんでしょうか?
中川:これは我々の強みでもあり弱みでもあるんですが、USTREAMのトップページで番組を探される方は非常に少ないんです。他の色々なサイトと比べても極端に少ないんですね。どうやって番組を見にくるのかというと、全体の3分の1以上の方がツイッターなんです。自分がフォローしている人からの紹介、つまり実生活でもそうですが、テレビでいいよって言われるよりも、友達から薦められるもののほうが興味が持てるように、ツイッターで自分がいいと思ってる人から薦められると見てしまったりするわけなんですよね。
——ソーシャルネットに動画が付いているという風に考えたほうがいいんじゃないか? というくらいUSTREAMにはツイッターの存在が大きいですし、ツイッターがなかったら面白さが半減してしまいますよね。
中川:そうなんです。昔って家庭でもテレビを見ながら家族で話をしていたと思うんです。 『三丁目の夕日』の世界じゃないですが、プロレス番組を見て家族みんなで盛り上がったり、テレビがあまり普及してなかった時代は街頭テレビとか、テレビのあるお家にみんなで集まってワイワイ言いながら見ていた感じが、今USTREAMを使って実現できていると思うんですね。
今は家庭で40インチ、50インチのテレビを見ていても家族間の会話ってあまりないですよね? でもUSTREAMの場合は動画を見ながらその横でツイッターに打ち込んで視聴者間で会話をしたり、映像の向こう側の配信者とも話ができるわけです。そこで視聴者は映像を見ながら「音がちっちゃいよ」とか「もっと画面に寄って」とかつぶやくことで、配信者が反応してくれることがまた嬉しいんですね。
——YouTubeとの違いは、USTREAMは編集されていないけれど、長時間配信できるということと、ライブが同時配信できるということですよね。
中川:本当にそれに尽きますね。ライブであるということと時間制限なし。放送と通信って技術的な特性も違いますし、メディアとしての特性もやはり違うと思うんですよね。ですからどちらかが流行ってどちらかが廃れるということでもないのかなと思います。昔の話で恐縮ですが、映画という産業があってテレビが出てきたときに映画業界は「テレビなんかに俳優を一人も出すな」と守りに入った。でもテレビは自分自身でテレビ俳優を作った、というところで袂を分かったわけですが、それでテレビだけが流行って映画が完全になくなったかというとそういうことはなくて、映画も一時落ち込みましたけどまた盛り返してきてますし、やはり違うメディアだと思います。
インターネットで動画を配信する場合、例えば1つの番組で1千万人が観る番組は基本的にないわけです。1つの番組は1万人かもしれないし10万人かもしれない。ただチャンネル数は無限にありますので、総和でいうとテレビと同じような視聴者数を誇るようになるかもしれません。ただ、ある特定の地域に対して人数あたりのコストは電波の方が圧倒的に安いです。インターネットがいかに安くなっても、そこは電波には勝てないんです。テレビは安く大量にはけ、なおかつ時間編成されていることによって、エッセンスを凝縮させることができます。これに関しては作り込み過ぎと批判されることもありますが、やっぱり作り込んだものが見たいという方もたくさんいます。生でだらだら5時間も8時間も流すと面白という人もいる反面、とても全部観る気はしないという方もいらっしゃいますから。
——音楽業界人やミュージシャンにとってUSTREAMにはどういった可能性を広げてくれるとお考えでしょうか?
中川:アーティストを売り出すのにあたって、昔は決め打ちでお金を使っていたと思うんですが、今は一人に対してかけられる予算が限られている中でどうやって売り出していくかを考えたときに、通常のライブ活動だけではなくて、上手くUSTREAMみたいなものを絡めていくと波及効果で何倍にもなる可能性はあると思います。単に路上ライブだけだとそのとき見てくれる人は数十人だったり限られますが、今はその様子をUSTREAMで見て、その人たちがツイッターでつぶやく。場合によってはそれを孫社長が見て、つぶやくとすると38万9千人のフォロワーがいるので(2010年6月17日時点)、そのつぶやきが雑誌1誌よりも影響力があるわけですよ。
——それは今まででは想像がつかなかった世界ですよね(笑)。
中川:そうですね。今一番多い問い合わせは、ライブを有料課金できないかというお話です。ちょっと昔の感覚ですと、会場に来させることがアーティストの命で、インターネットで聴かせるなんて邪道だ、みたいなことを言われてたんですが、近頃はアーティストの考えもだいぶ変わってきたように思います。また、事務所やイベンターも、今まではある程度見込みでライブ会場を押さえていたと思うんですが、インターネットを上手く使うと、だいたい読める数字の会場だけまず押さえてしまって、もし入りきらなかった人たちに対してはネットで有料配信することでカバー可能なんですね。
——有料課金のシステムはもうじき完成するのですか?
中川:今アメリカの方では度々トライアルはやっていまして、非常に良い反響を得ていますので日本でもやろうと思ってます。大きなイベントで仕込みたいなと思ってますので、多分秋口になると思います。
——音楽のライブというのは大きな会場でもせいぜい数万人しか見られないわけですよね? でもビッグアーティストのライブは見たい人が世界中に何千万人もいるわけで、それが有料課金できるとなったらものすごいビジネスができてしまいますよね。逆にインディーズ・アーティストにとってはどうやってUSTREAMの視聴者を集めるかというのが課題になるかもしれませんね。
中川:ついこの間もビクターの新人発掘系ライブイベントの番組をUSTREAMスタジオでやったんですが、インディーズの方とプロである程度名前の知られている方と、歌だけ聴くと遜色ないんですよ。そこにあるのは有名か有名でないかだけで。USTREAMの番組配信も知名度がないだけに1,000人以下の人にしか見ていただけないので、これからどうやって火を付けていくかが重要になると思いますし、USTREAMを通して無名の人を有名にしていく一翼を担えるようになったら、また面白い展開になると思っています。
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