株式会社ミュージック・オン・ティーヴィ ソリューションビジネスグループ本部長 金吉唯彦氏インタビュー
音楽チャンネル MUSIC ON! TVを運営するミュージック・オン・ティーヴィ(以下、エムオン!)が、中国第2位のメディアグループである上海メディアグループ(SMG)のデジタルチャンネルの一つ「星尚COOLチャンネル」と共同で、日本のアーティストのビデオクリップやライブ映像など、最新J-POP情報をオンエアする『流行櫻楽(リョウシンインユェ)』の放送を開始した。
中国で番組をオンエアする狙いやJ-POPのアジア進出の可能性、そして、アジアの音楽事情について株式会社ミュージック・オン・ティーヴィ ソリューションビジネスグループ本部長 金吉唯彦氏に伺いました。
http://www.m-on.jp/
——今回、共同で番組を作ることになった「上海メディアグループ」とはどういった企業なんでしょうか?
金吉:上海メディアグループは、北京のCCTV(中国中央電視台)に継いで、中国ナンバー2のメディアグループで、上海を起点に中国全土に放送サービスを提供しているメディアグループです。現在、中国のテレビのデジタル化は急速に進んでおり、2015年までには完全移行するスケジュールで進行中なんですが、日本と違うのは、チャンネルを無料で観られるということです。 視聴するためには専用の機材が必要なんですが、国に申し込めば無料で工事もしてくれるので順調にサービスが広がっているようです。
今回番組を放送する「星尚COOLチャンネル」は、ライフスタイル情報を中心に発信していて、F1層からの支持が厚いチャンネルで、日本や韓国の文化を紹介する番組もすでに放送されていますし、日本のコンテンツを扱うイメージの強いチャンネルなんです。
——放送を開始した『流行櫻楽(リョウシンインユェ)』の制作や編集はどちらで行っているんですか?
金吉:番組の内容はこちらで決めて、制作から最終的なパッケージは上海で行っています。日本の番組をそのまま中国で放送しようとすると、中国国内での制限があって、手続きがどうしても煩雑になるんですね。ですから、こちらからビデオクリップやライブ映像など素材を提供して、番組自体は中国で制作する方が色々と効率的なんです。
——各事務所やレコード会社は積極的に素材を提供してくださっているんでしょうか?
金吉:ミュージックビデオなどの著作権を我々が持っているわけではなく、放送権を一時的にお借りして放送しているわけですが、中国の商習慣や文化的背景の違い等から、良い印象を持ってもらえず借りられないこともあります。
——では、今後は権利を所有している日本の企業の理解を深める作業も同時に進めていかないといけないわけですね。
金吉:そうですね。そのためにもビジネスとしての成功モデルをきちんと作り、それを日本にフィードバックしていくことが必要だと思っています。
——中国の音楽市場、例えば、音楽配信などはどうなっているんでしょうか?
金吉:携帯もPCも音楽配信はありますが、マーケットと言うよりほとんどフリーダウンロードを利用している状況ですね。最近では音源に広告を付けて、ダウンロードされた回数に応じてレコード会社に収益をシェアしていくようなビジネスモデルあります。そんな中、急速に伸びてきているのが携帯のリングバックトーンなんですよ。まだまだ課題はあるものの、携帯電話は中国全土で普及していますし、リングバックトーンはコピーができないので、キャリア課金で買うしかないんです。
——そこが一番収益を見込めるところなんですね。
金吉:今一番堅いですね。2,000億円を越えるほどのマーケットになってきているという話ですから。その中でJ-POPがダウンロードされるようなポピュラリティをどうやって作っていくかということも、テーマのひとつではありますね。あとはマーチャンダイジングやパッケージの流通もゼロではないので、産業としてはそういったところから収益を上げていくことも大切でしょうね。中国の人たちは、すごく好きなものや共感できるものにはお金を惜しまない方が多いように思いますので。
——現状、J-POPは中国でどのくらい認知されているんでしょうか?
金吉:J-POPに関して、一部のアーティストの知名度はありますが、ほとんど知られていないような状況ですね。
——例えば、韓国のK-POPも同じようにあまり認知されていないんでしょうか?
金吉:K-POPの注目度は高く、J-POPとの間には非常に大きな開きがあります。ただ、L’Arc〜en〜Cielや浜崎あゆみ、倖田來未など、中国でライブ開催の経験のあるアーティストは認知されていると思います。
——K-POPはどのような戦略でそこまで浸透したんでしょうか?
金吉:中国は経済が大きく発展していますから、海外との交流イベントも各所で行っているんですね。そういったとき、中国から日本のアーティストに出演依頼がくる場合、「来週来てください」といった急なオファーが多いので、対応できないことが多いんです。
——そこは感覚が全く違いますね。
金吉:でも、韓国は同じような要求があっても対応してくるんですね。ですから日本も中国で認知度を上げるには、そのくらいの柔軟さはまず必要ですね。それから、韓国は、自国のマーケットが小さいので、アーティスト開発の段階から常に外への視点を持って育成し、グローバリズムを持ってビジネスを仕掛けていくという戦略の下、10年前から中国を含むアジアに対する振興に国を挙げて力を入れています。
さらに韓国は、ローカライゼーションの上手さもありますね。例えば、日本で活動するんだったら日本語をしゃべり、日本のカルチャーに染まって、日本人とほぼ同じように活動していく……そのたくましさが日本にも必要だと思うんです。
中国はこの10年で大きく変化してきていますし、我々の産業を取り巻く環境も変化してきています。今後、中国経済がさらに整備され大きく成長したときに、このままではJ-POPの入る余地がなくなってしまうので、業界全体としても海外進出の気運が高まってきている今がギリギリのタイミングだと思い、我々も踏み切ったところはあります。
——海外展開を本気で考える時期がきているという実感は確かにありますよね。
金吉:10年前に同じことを話しても「トラブルの話しか聞かない」、「みんな失敗して帰ってきている」、「まずは日本で商売を成立させないと…」、「そんなことができるのは売れているアーティストだけだ」と言われていましたよね。実際今まで、J-POPのオフィシャルな情報を中国の各家庭に放送することは、なかなか難しかったという状況もありましたしね。
——番組を放送することで中国でのJ-POPの認知度が上がった場合、ライブイベントを企画するなど次の展開は考えてらっしゃるんでしょうか?
金吉:ライブは平行してやらないといけないと思うんです。情報を送り込んでいくだけでは、実感、体験に繋がらないので。
——単発で終わるわけにはいかないですよね。色々組み合わせてマルチに展開していかないと。
金吉:今、特に上海でクラブシーンが盛り上がっていて、上海だけでもかなりの数のクラブがあるのではないでしょうか。そこに来ている若者がとんでもなくお金を使っているんですよ。日本のバブルと似たようなものですね。
——では、魅力的なコンテンツを提供すれば十分に勝算はあると。
金吉:そうですね。人が集まるところを上手く利用すればリスクなくプロモーションしていけると思うんですね。そこに放送やライブなどを組み合わせていくことで、もっと認知度は上がると思います。クラブに来ている人たちもクラブミュージックばかり聴いているわけではありませんからね。とにかく目の前でパフォーマンスしたり、そこで片言でもいいから中国語をしゃべってみるとか、そういう地道なことを繰り返していくことも必要かなと思いますね。
——確かに地道にやっていくしかないと思うんですが、そこまでの体力が日本企業にあるかが問題ですよね。
金吉:音楽はもとより、例えば一般企業と上手く組んで、マーケティングなり販促活動のサポートをしていくなど、今後の展開は色々考えられると思います。マルチに展開することでコスト部分も含めて中国に行きやすい環境を作ってあげる。そして「行って良かった、また行きたい。」とアーティストに思ってもらうことも重要だと思うんですね。
——そういった下地作りをエムオン!が担おうとしているわけですね。
金吉:そういうことです。「エムオン!って中国でなにしてるの?」と訊かれたときに「放送をやっている」というのは非常にわかりやすいんです。この最初の入り口が無いとなかなか話にならないんですが、今回『流行櫻楽』という入り口を持ったことで、今後の展開がしやすくなりますし、放送の影響力をどうやって使っていくのかという今後のテーマが見えてきたように思います。
——また、韓国の放送局とともに「2010 Mnet Asian Music Awards(MAMA)」という音楽授賞式も開催されましたよね。
金吉:韓国にMnet(エムネット)という音楽専門チャンネルがあるんですが、そちらとの資本関係が10年以上前からあります。もともと韓国は日本の文化が開放されていなかったので放送することもできなかったんですが、文化が開放されたとき、J-POPが韓国にドッと入っていくに違いないという思惑で資本提携したところ、蓋を開けてみたらK-POPがどんどん入ってきてしまって(笑)。
——思惑と全然違いましたね。
金吉:ただ、日本のマーケットの中でK-POPはどんどん成熟していくので、J-POPを韓国に送り込むというよりも一緒になって何かを作ったり、韓国の業界とのパイプをどんどん広げていったりすることで、日本のユーザーのニーズをさらに掘り起こすことができるんじゃないかと思い、今までも色々な形を模索しながら協力してきました。2010年のMAMAは、初めてイベント自体を共同で制作しようということになったんです。
——これも上手く育っていけば韓国だけではなくてアジア全体を盛り上げるイベントになるかもしれませんね。
金吉:MAMAはエムネットが母体で作っているイベントなので韓国のアーティストが中心になっているんですが、昨年は日本からCHEMISTRYとPerfumeが参加し、それぞれ受賞しています。今回はマカオで開催したんですが、ローカルの若者達が押し寄せてチケットも即完しました。今後は、日本のアーティストも含めてもっとアジア各国のアーティストが参加するイベントに成長できればいいと考えています。
——ちなみに韓国国内の音楽市場はどのような状況なのでしょうか? 日本と同じようにパッケージの売上は落ちて、違法ダウンロードが配信市場を圧迫しているんでしょうか?
金吉:韓国は配信がずいぶん整備されて、違法ダウンロードサイトはかなり姿を消したようです。有料でダウンロードされる環境は、日本よりも整備されていると思いますね。CDの商品価値も落ちているわけではなく、ファンの人たちにとっては、相変わらず重要なアイテムですので、配信とCDセールスが両立しているようです。
——韓国はビジネスの展開が上手いですよね。日本の音楽業界はビジネス的にどうも上手く機能していない印象があります。
金吉:最近「日本は技術で勝ってビジネスで負ける」と言われていますが、音楽もそうですし、コンテンツ産業そのものも本当にそうだと思っているんですね。先ほども申し上げたように、J-POPやミュージックビデオのクオリティは非常に高いんですが、上手く浸透させていけない状況があります。
そもそも「音楽産業はどうやって今後のビジネスを作っていくのか?」というのが大前提のテーマだと思うんですね。CDのセールスが落ちてきたとはいえ、音楽ユーザーがいなくなってしまったわけではなくて、音楽の聴き方が多様になっただけにすぎないので、時代の転換点をとらえて、海外展開で新たなビジネスを組み立てていくことも、方法論のひとつとして真剣に考えなければいけない時代に突入しているんじゃないかなと思います。
——その一環としてアジアへの展開があるということですね。
金吉:日本の音楽産業には、まだまだパワーがあると思うんです。そのパワーで産業全体としても、将来のビジネスの有り方を考え、実行して行かなくてはならないフェーズにあるのではないでしょうか。
——やはり単独ですと中国やアジアでは動きづらいじゃないですか。日本の企業も手を組むというか、色々なネットワークが生まれればいいですよね。
金吉:成功モデルがひとつでもあれば続く企業はたくさんあると思いますし、格段に音楽業界全体がアジアに進出しやすくなりますから、とにかく成功モデルを一度作りたいと思っています。
——まずは実際にブレイク・アーティストを生み出すことに注力するということですね。
金吉:その通りです!
-2011.2.28 掲載
関連リンク
関連リンクはありません