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hideが導いた上場というステージ 株式会社エムアップ 代表取締役 美藤宏一郎氏、取締役 姉帯恒氏インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

左から:美藤宏一郎氏、姉帯恒氏
左から:美藤宏一郎氏、姉帯恒氏

X JAPAN解散後、事務所社長という立場からhideの活躍を支えた美藤宏一郎氏によって2004年に設立された株式会社エムアップが、この3月14日に東京証券取引所マザーズ市場へ上場を果たした。音楽業界出身ながら、IT業界へ転身し、たった8年足らずで上場するまでに事業を成功させた背景には、hideの「インターネットで音楽を聴く世の中になるよ」という当時の言葉があったという。今回は上場を記念して美藤氏と、ユニバーサルビクターでhideを担当し、エムアップ黎明期から会社を支えている取締役の姉帯恒氏に、hideとの深い繋がりから、配信時代の現ビジネスモデルに至るまで話を伺った。

株式会社エムアップ:http://www.m-up.com/

[2012年3月7日 / 渋谷区渋谷 株式会社エムアップにて]

プロフィール
美藤 宏一郎(みとう・こういちろう)
株式会社エムアップ 代表取締役


大学生時代にキョードー東京でアルバイト
1984年、ビクター入社
1990年、東芝EMI入社
1997年、hideのパーソナルプロダクション/ヘッドワックスオーガナイゼーション社長
2004年、エムアップ設立、代表取締役
2012年、東証マザースへ上場

 

姉帯 恒(あねたい・ひとし)
株式会社エムアップ 取締役


学生時代にアルファレコードでアルバイト
1988年 アルファレコード入社
1989年 エピックソニー入社
1991年 ビクター入社〜ユニバーサルビクターへ出向
1997年 hideを担当
2000年 ユニバーサルミュージックへ出向
2003年 ビクターへ復職
2007年 エムアップ入社、取締役

 

——まずは東証マザーズ上場おめでとうございます。2004年の会社設立からのスピード上場ですね。いつ頃から上場を考えられていたんですか?

美藤:上場を本気で考えたのは4年くらい前になるんですが、上場することでより信頼を得られるというのが上場の一番の理由なんです。

——美藤さん、姉帯さんはレコード会社ご出身だと伺っております。

美藤:はい。私は学生時代にキョードー東京でアルバイトを始めまして、卒業後にビクター音楽産業(現 ビクターエンタテインメント)に中途入社しました。東芝EMI(現 EMI ミュージック・ジャパン)へ移ってからはいろいろなアーティストを担当していたのですが、1997年にX JAPANが解散するときにhideが今後ソロでやっていくにあたり、事務所をやってほしいという話があったんです。

 その後hide本人に会ったときに、話していて非常に可能性を感じ、そこで思い切って事務所に転身したんです。それからはX JAPAN解散の翌年1月にシングル「ROCKET DIVE」をリリースして40万枚くらい売れ、5月にはシングル第2弾発売、アルバム発売、そしてツアーも予定されていて全てがこれからだ、というときに彼は亡くなってしまったんです。

——当時のことは私も鮮明に覚えています。まさにこれから、というときでしたよね。

美藤:そうですね。その頃はやっとミリオンが出だした時代だったので、hideも私も「ミリオンを出したい。ミリオンは夢だ」と言っていたんですが…。それまで誠心誠意やっていたので、hideのご両親にも葬儀やベスト盤など自由にやらせてもらえたんですね。築地本願寺で大規模な葬儀をし、亡くなる前からhideが骨髄バンクに登録していたこと、そしてボランティア活動をしていたことを発表したりしました。そして、亡くなる前にレコーディングしたhideのシングル「ピンクスパイダー」「ever free」が、それぞれ100万枚以上売れました。

——hideさんの生前の夢が叶ったんですね。

美藤:ええ。それから2〜3年はベスト盤やトリビュート・アルバムを出したり、横須賀にミュージアムも設立して、いい足跡ができたときに、私も40歳を越えたんですね。それで、今後どうしていこうかと思ったときに「自分は音楽業界ではもう通用しないな」と思ったんです。新しい才能をピックアップする若さがないと。そんなときに、当時勤めていた会社に新しくWEBセクションを作ることになり、代表の方から、「インターネットはチームでやるものだし、美藤はチームを作るのに向いている」と言っていただいて、音楽業界しか知らなかったんですが思いきって移ることにしたんですね。そのときに後押ししてくれたのが、hideの「インターネットで音楽を聴く世の中になるよ」という言葉だったんです。

——hideさんは90年代にすでにそんなことをおっしゃっていたんですか。

美藤:hideは初めて会った1997年から、自分でホームページを作リ、ブログやBBSもやっていたんです。hideが亡くなる10ヶ月くらい前にイベントをやったんですが、青山近郊の5ヶ所のクラブでオールナイトで遊べるイベントだったんですね。そうしたらhideが「インターネットでオープニングを飾ろう!」と言うわけですよ。それで17インチのモニターを各クラブにおいて、ネット回線につないでリアルタイムで映像を流しました。ファンの子もよくわからないけど「すごい!」って盛り上がって(笑)。それがたった5秒くらいだったんですけど結構お金がかかったんですよね(笑)。hideに「なんでこんなことやるの?」と聞いても毎回「これからはインターネットの時代だよ」みたいなことを言っていたんですよ。その頃から「インターネットや携帯で音楽を聴く世の中になるから早くやろうよ」とうるさかったんです。

姉帯:hideが97年にロスでレコーディングしていたときに東京とFAXでやり取りをしていたんですが、突然「今後はメールで送って欲しい」と言われたんですよ。「FAXでは受け取らないよ」と(笑)。その時代はまだレコード会社でも各セクションにパソコンは1台という状況だったので、勿論今のようなメール文化はありませんでした。メールを送るにも、いちいちネットワークにつながないといけないですし、その間にメールが消えてしまったりして、FAXだったら15分〜20分くらいでできることを1時間くらいかかっていました。あのときはイジメかなと思いましたけど(笑)、今思えば我々への教育だったんだと思いますね。

美藤:それで、その言葉に賭けてみようと思ったんですね。もう一つは、一見hideのおかげで私はその世界では有名になったように見える。ただ100万枚のセールスはhide自身が作ったものですから、「俺じゃなくてもやれたな」と思ったわけです。そんなときに、hideが言っていたことを自分の手でゼロからやって、会社を大きくできれば、そして、そのときに「hideの言葉がここまで導いてくれた」という事が、10年経っても15年経っても「やっぱりhideはすごかったんだ」と改めて世の中に伝えることができる。それが私にとっての供養かなという気持ちで、2004年にエムアップを立ち上げたんです。そのときに絶対にメディアには出ないと決めました。ただ、もし上場したときは、hideの言葉があって、そういう気持ちでやってきたということを話そうとは決めていたんですね。それで今回初めてお話させていただくことになりました。

株式会社エムアップ 代表取締役 美藤宏一郎氏

——実際にネット事業を始めたときに、ビジネスの展望はあったんですか?

美藤:全くなかったんですが、2年後くらいに着うたが始まるという時期だったので、なんとかなるかなと思っていました。それでウェブサイトの制作とか、インターネットのプロバイダを使ったファンクラブから初めていきました。インターネットのファンクラブを始めたときに、年会費やクレジットではなくて、あえてプロバイダ課金にしたんです。

 当時はプロバイダ事業が勢いよく伸びていて、プロバイダの広告が重要視されていました。レコード会社もお金をかけて、Yahooなどに広告を打っていましたよね。あのときに、プロバイダ課金を利用すると告知を出すことができたんですよ。それで、興味を持ってくれる事務所がいくつか出てきて、一時期プロバイダ課金制のファンクラブを20サイトくらい作りました。おかげさまでファンサイト事業を始めて1年くらいでなんとか利益がでました。

——各社がなかなかビジネスモデルを作れない中で早かったですね。

美藤:そこでちょうど着うたがスタートしたんですが、最初、レコード会社は着うたを外部サイトに貸し出すことにあまり積極的ではなかったんですね。ただ、私はチャンスだと思っていたので、最高音質を売りにしたサイトを作りました。他社は着うたの長さを誇ったんですけど、うちは高音質にこだわりました。

 もう1つ、当時は「レコード会社直営」以外のサイトはカバー音源が多かったんです。ダウンロードしてカバーだったら騙されたと思うじゃないですか。なので、絶対にカバーは配信しないと決めて、最初は事務所だけから許諾を取ろうとしたんですよ。サイト名は、オリジナル音源だけを配信しているイメージを強く出すために「アーティスト公式サウンド」にして。3〜4ヶ月かかってサイト名の著作権も取れたんです。そうしたらドコモやKDDIが認めてくれて公式サイトをオープンすることができました。

——事務所の許諾だけで配信サイトができたんですか?

美藤:スタートできました。事務所が権利を持っている楽曲もたくさんありましたし、昔は配信という概念がなかったので包括契約をしていない会社がけっこう多かったんですよ。だから旧譜は相当数の許諾が取れました。

——それは事務所が原盤を持っていないと駄目なんですよね?

美藤:そうですね。あとはhideのおかげで他の事務所の方もよくしてくれたんですよね。そのおかげもあり「アーティスト公式サウンド」はしばらくして業界第2位になりました。ただ、そこに大手が参入してきて、会社の大きさの違いもあって、それでもう負けましたね(笑)。

 その頃に今の弊社の柱となる事業を始めたんですよ。エムアップには技術者がいないので、システム開発ができないので他企業と組むしかないんですが、私たちはアーティストやキャラクターなどの許諾を取ることが得意でしたので、新しい携帯コンテンツを制作する会社の中から一番いい会社を探して協業して、許諾を取ってきたものでサイトを作ってもらいました。中でもデコメアニメやマチキャラ、きせかえサイトが成功していたのでそちらを強化したんですね。そのおかげで、デコメアニメ、マチキャラなどでは業界1位を取ることができ、そこで初めて一人前のIT会社になれたかなと思いました。そこから社員も40人くらいに増えてきて、技術者も入って内製化も始まりました。

 そして、3年前に携帯のファンサイトを始めたんですね。携帯のファンサイト事業は5年ほど前から計画していたんですが、システムを綿密に作らなくては駄目だと思い、2年かけて徹底的にシステムを作り、独自の運営スタイルでスタートしたんです。

株式会社エムアップ 取締役 姉帯恒氏

——エムアップでは1人でいくつのファンサイトを担当しているんですか?

美藤:システム化したことで一人だいたい5〜6サイトですね。

——運営もエムアップが行っているんですか?

美藤:事務所の方にはテレビ出演等の情報更新はお願いしていますが、システムや特設ページ、試聴機能はこちらで作りますし、取材をして写真やコメントはこちらで載せます。あとは、デコメなどを社内で作れるので、オリジナルのものをファンサイトで配信しています。

——つまり事務所との共同運営ということですね。

美藤:そうですね。事務所のホームページにもメディアの出演情報を出すじゃないですか。私たちは携帯のファンサイトを作るときに、PCサイトの制作も受けて、システムを組み込みます。

姉帯:1つの管理ツールで、PC、携帯、スマートフォンの更新が一括できるようになっています。もちろん、携帯だけ更新とか、PCだけ更新ということも簡単にできます。

美藤:そのシステムを2年間かけて作って参入したんですね。参入したらどんどん依頼がきました。更新作業が本当に楽ですし、弊社独自のノウハウを活用することによって、退会率を低く抑えられるのが一番の特徴だと思います。

——そして、着うたからファンサイト制作に戻り、さらに会社が伸びたんですね。

美藤:そうですね。着うたをやり、デコメで成功して、ファンサイトに戻り、今はデコメなどのバラエティ系と、ファンサイトを中心にやっていこうと思っています。事業の柱を1つにしないで、総合力で勝負をしていきたいと考えています。ファンサイトでは楽曲配信もやりますし、CDやDVD、グッズの通販サービスも行っていて、ワンクリックで買えるようにしているんですよ。

——通販サービスでは在庫管理も社内で行っているんですか?

美藤:はい。共用ですが配送センターを府中・国立に持っています。今、レコード店が減っていますし、地方ですと全ての作品はレコード店に置いてなかったりするんですね。また、大手通販サイトでは発売日に届かないこともありますから、私たちはファンサイトで購入予約をしてくれれば発売日当日に必ず届きますよ、というサービスを始めました。

それもあってか、凄く売れてます。人が集まるファンサイトをしっかり作り、運営し、きちっと予約システムを組み込んで、商品にはオリジナルの特典を付けて、コールセンターもきちんと対応すればきれいに回るんですね。ですから以前までの売上が10万枚だったものが、11万枚になったりするんですよ。

——そんなに売れるんですか?!

姉帯:レコード会社もなかなか売りづらい時代と言いますか、お店は商品が置ける場所も限られていますし、なかなか取り扱ってくれないじゃないですか。そんな中でも売れることが事務所やレコード会社の方にも認知してもらえたかなとは思います。

——エムアップはデコメやファンサイトのほか、電子書籍も販売されていますよね。

美藤:電子書籍に関しましては、最初はあまり積極的ではなかったんです。そんな中、伊集院静さんが去年、10年ぶりに断筆を解かれたんですが、電子書籍を出したいと考えられていたようで、人づてで突然会社にいらしたんですよ。せっかく来ていただいたので、こちらも井上陽水さんの楽曲と伊集院さんのエッセイを融合させた電子書籍の企画を作りましたら、非常に評価してくださって、一緒にやることになったんです。そこで「デジタルブックファクトリー」というレーベルを作り、伊集院さんも「男の流儀入門」の電子書籍版をシリーズで出してくださっています。

株式会社エムアップ 代表取締役 美藤宏一郎氏

——お二人のようにレコード会社やプロダクション出身の方が他業種で成功し、上場する例はあまりないですよね。

美藤:そうですね。ただ、当時は誘っても誰も来てくれなかったんですよ。それこそ姉帯くらいのもので(笑)。

姉帯:音楽業界から他業種に行くのはやはりちょっと勇気がいるじゃないですか。なかなか思い切って行けないんですよね。しかも、美藤さんは怖いって評判だったし(笑)。

——それは他業種でやっていく自信がない、ということなんでしょうか?

美藤:いや、自信がないというよりも「エムアップは大丈夫なのか?」と思うんじゃないですかね。ただ、うちの会社は事務所やレコード会社出身者だからこそできる仕事をITでもちゃんとやっていける、そういった方と一緒に仕事をしていきたいと思っています。

——今後もメーカー出身者やプロダクションにいた方を入れたいと。

美藤:はい。どんどん入ってもらいたいですね。いきなり100人は無理ですが(笑)、今後会社が伸びていきましたら、プログラマーも必要ですし、デザイナーも必要です。そして運用者としても同じだけ社員が必要です。もちろんある程度の勉強はしていただかなくてはいけないんですけどね。あともう一つ言うと「俺は携帯のことは良くわからない」というような人は駄目ですね。やはりそこでチャレンジしてもらいたいです。

——今までお話を伺ってきてエムアップはCDやDVDの売上に対してすごく貢献されていますよね。

株式会社エムアップ 取締役 姉帯恒氏

姉帯:そうですね。我々もレコード会社出身ですし、弊社は元メーカーやプロダクションの社員が多いですから、メーカーやプロダクションの方から信頼もしていただけますし、レスポンスが早いんですよね。私たちが音楽業界にいたときにも、IT企業からいろいろな技術を提案されるんですが、分厚い資料と専門用語で説明されても理解できないんですよね。でも私たちだったら技術をどのようにビジネスに繋げるかを分かりやすくレコード会社や事務所の人に提案できるのと、私たちが元々は音楽業界にいた人間という安心感を持っていただけたらと思っています。

美藤:本当に恩返しですよね。今回上場して、私どもの会社を分かっていただけたら、お付き合いをもっと広げていって、私たちだからできることや私たちが得意なものをご提供させていただき、ビジネスを拡大するお手伝いができたらと思います。

——そういう意味ではエムアップは音楽業界が接しやすい会社ですね。

美藤:そうであってほしいですし、そう理解をしてもらえれば光栄です。

——音楽はいつも隣りにいるということですね。

姉帯:私たちの根っこはそこだと思います。

美藤:同じDNAを持っている会社だということを強く言いたいですね。私たちは決して上に行くのではなくて、その下を支える、お手伝いをする会社ですということを理解してもらえたら嬉しいです。

——手掛けるビジネスの理念が共存共栄なんですね。本日は有意義なお話をありがとうございました。エムアップを始め、美藤さん、姉帯さんの益々のご活躍をお祈りしております。