「第19回日本プロ音楽録音賞」特別座談会
上段・左から:佐藤 尚氏、若草 恵氏、中村 文俊氏、田中 幸成氏
下段・左から:梅津 達男氏、内沼映二氏、高田英男氏
テイチクレコード制作本部 プロデューサー
佐藤 尚氏
作曲・編曲家
若草 恵氏
オフィス インビレッジ レコーディングエンジニア
中村 文俊氏
オンキヨーエンターテイメントテクノロジー ネットワークサービス部 マネージャー
田中 幸成氏
日本ミキサー協会 理事長
梅津 達男氏
日本音楽スタジオ協会会長/日本プロ音楽録音賞運営委員長
内沼映二氏
ビクターエンタテインメント/日本プロ音楽録音賞運営副委員長
高田英男氏
今回で19回目を迎える「日本プロ音楽録音賞」の特別座談会が、昨年に引き続き開催された。座談会に参加したのは、日本音楽スタジオ協会会長/日本プロ音楽録音賞運営委員長 内沼映二氏、作曲・編曲家 若草恵氏、テイチクエンタテインメント 制作プロデューサー 佐藤尚氏、日本ミキサー協会理事長 梅津達男氏、オフィスインビレッジ 中村文俊氏、オンキヨーエンターテイメントテクノロジー 田中幸成氏、ビクターエンタテインメント 高田英男氏の7名。現在の音楽制作における音質やエンジニアの役割について、近年、大きな注目を集める高音質配信の現状と可能性、そして今年度の日本プロ音楽録音賞より新設される「2chオーディオ・ファイル賞」「新人賞」について、様々な角度から語っていただきました。
1. 音楽制作における音質
高田:始めに、「日本プロ音楽録音賞」の意義やこれまでの経緯を内沼さんにご紹介いただきたいと思います。
内沼:プロ録音賞は、レコーディングエンジニアの技術と音楽的感性、そして、社会的地位向上を目指して、20年前に「JAPRS録音賞」という名前で日本音楽スタジオ協会(JAPRS)が単独で始めました。そして、1回目は盛況のうちに終わったのですが、当時の日本オーディオ協会の会長である中島平太郎さんから「もう少し大きくやっていかないか」とご提案いただき、オーディオ協会と日本レコード協会、そしてJAPRSで新しい録音賞を作ろうということで、「日本プロ音楽録音賞」の第1回が94年に開催されて、今年で19回目となります。「JAPRS録音賞」を含めると、丁度20年目となるので、これまでにどのような変化を遂げてきたのか、かいつまんでお話したいと思います。
まず、95年の2回目には、主催団体にNHKが、協賛に日本民間放送連盟が参加されました。後にNHKは協賛として改めて加わっていただき、今でも審査会場などをご提供いただいています。その後、98年に後援に通商産業省(現 経済産業省)と文化庁が加わっていただきました。99年には、日本ミキサー協会、日本プロフェッショナルオーディオ協議会が主催に加わりまして、これで6団体の主催となったわけです。その99年から3年に渡り、私的録音補償金管理協会(SARAH(サーラ))の助成事業となり、2006年に主催団体として、演奏家権利処理合同機構MPNに加わっていただきました。
本日は、ハイレゾ、音楽配信等のテーマはありますが、レコーディングに関する忌憚ないご意見をいただければと思います。
高田:では、まず本日の一つ目のテーマとして、現状の音楽制作における音質についてお話を伺っていきたいと思います。
梅津:プロ録音賞の審査員として関わるようになって、時代の流れをとても感じます。最近は「演奏している形をどう表現するのか」という意識に変わってきたように思います。音源としてサンプリング音源は生に近い音源も使っていますし、ソングライターなど自分で演奏する人たちやバンドの個性を出すのに、どのような形を作るかと考えたときに、リバーブは非常に音を聴きやすくするんですが、自分たちの実在がちょっと擬似的になってしまう。そこでアンビエントと言いますか、部屋鳴りや空間の音を使うようになり、それをどのように混ぜるかというところで、コンプレッションをちょっと強くする傾向があるのかなと感じています。やはり音楽の存在の実感といいますか、演奏している形をどう表現するかが、これからの音の方向性なのかなと感じています。
高田:やはり音の質によって同じアレンジで同じミュージシャンでも聞こえ方が違うと感じることはありますよね。
梅津:そうですね。綺麗な音は意外と冷めた印象になってしまったり、物理的な音の良さの進歩と逆行している部分もあって、いかに歪みを使うかというのも、ここ数年盛んになってきたという印象を受けます。ただ、ここ1〜2年でそういったことも落ち着いてきて、日本独特の音楽に合ったような音作りが見られるようになってきたことは、とても良いことだと思います。
中村:確かに音の作り方は昔とかなり変わってきています。僕らの先輩方の作品は、音量をどんどん上げても聴ける音楽がたくさんあったんですよ。大きな音でも気持ちが良い。小さい音でもバランスがいい。でも、最近の曲は音量を上げられない事が多い(笑)。洋楽なんかを聴くと、言葉の違いは有りますが、J-POPと比べると差を感じる事が多いですね。海外の作品は、音量を上げてもちゃんと聴けるのが多いんですけど、日本の作品は昔に比べ少ない。この違いはいったい何だろうかと日々思いつつ、マスタリングも含めて調整しています。
梅津さんもおっしゃった通り、ハイレゾとは逆行するんですが、ちょっとローファイ的というか、現場では96kHzでレコーディングを行っていても、いざそれをミックスするときに、私の場合、Pro Toolsでやるのが主流になってますので、96kHzのままだとガッツが出てこない時が有るんです。ですから、若いバンドのロック系のものだと、わざわざ48kHzにコンバートしてちょっと空間を落として芯を出すみたいなこともやったりもします。
皆さんここ最近は音質を高めようといった動きが出てきていると思いますが、若者が聴くようなジャンルをやる場合は、機材面も有るのですがエンジニア的にコンプレッションも、リミッティングも強くしてしまうという現状がどうしてもあります。自分ではやりたくなくても、他と比べてもう一歩踏み込まなきゃいけないマスタリングを含めたレベルのつっこみに関しては、制作全体で上手く折り合いがつくようになったらなと最近思っています。
高田:作曲、編曲の立場から若草さんいかがでしょうか?
若草:編曲の立場からすると、デジタルになったからといって自分の中ではあまり大きな変化は感じなくて、若手のアレンジャーの方は音質にこだわったりすると思うんですが、私は割と生の録音が多いからだと思うんですが、ミキサーの方が私の音をどれだけ表現してくれるかの方が大事ですね。
一時デジタルに変わったときに、臨場感があまりにありすぎるのか、なさ過ぎるのか、変なところが非常に角張って出てきて、アナログのマイルド感というのか、先ほども話に出ましたアンビエントの部分とかがなくなってしまい、音がチープに聞こえてがっかりすることがよくありました。そのときに、努力していただいたのがミキサーの方々で、いかにアナログに近づけるかと言いますか、デジタルの良いところを生かしつつ、デジタルの悪いところをなるべく良くしていただけたので、そのおかげで私はあまり違和感がなくアナログからデジタルに変わってきているのかなと思います。
きっと、ミキサーの方によってアレンジも変わってくるんですよね。信頼しているミキサーさんと一緒だと、いつもなら書けないところまで書けたりすることがあるんですよ。逆に信頼できない方だと、自分のアレンジの粗が見えるというか、プレイヤーの限界が見えてしまう。そうすると「この程度で収めておこうか」となることが本当にあります。最初に内沼さんとお仕事をさせていただいたときのことは、今でもよく覚えているんですが、ストリングスの録音をしていたときに、内沼さんがいきなり私の出したいところを私以上にぐっと出してくれたんですよ(笑)。
私は非常にショックを受けて「こういう風にやってくれるんだ」と思いました。私はわりとミキサーの横にいることが多くて、自分のサウンドを細かく言う方なんですが、内沼さんの場合は、いきなり自分が思っている以上のことをしてくれるんですよ。アレンジャーの良さを引き出してくれるミキサーに出会えたことは、ものすごく私にとっては幸運だったなと思います。ですから音質もそうなんですが、私たちが書くものが、ミキサーの方によってものすごく変わってくる。プロになって35年くらいになりますが、それが一番感じたことですね。
2. デジタル技術の進化&普及による音質の変化
高田:では、制作の立場から音質について佐藤さんにお伺いしたいと思います。
佐藤:私がスタジオで制作の作業をやっている中で、音質はほぼ30年間変わっていないと思います。というのは、やはり生演奏やセッションが主体のレコーディングをやっていますから、デジタル化に関しては、記録方法の問題じゃないですか? 要するにスタジオで聴く音は私の中では、ほぼ30年間変わっていないです。
もちろんコンソールが変わったり、モニターが変わったり、そういう質感の変わり方はありますけど、生演奏主体ですと、実は私が30年前に仕事を始めた顔ぶれとあまり変わっていないんですよ(笑)。プレイヤーもミキサーもエンジニアもマイクも。そういう意味では大事な要素はほぼ変わってないんですね。ただ、別の側面で言うと、打ち込みの音楽が出てきて、打ち込みに関してはここ10年くらいで劇的に音源のクオリティも編集ソフトも上がってきているので、それは変わってきていると思います。
高田:音の質の善し悪しではなく、サウンドの聞こえ方によってCDの売上が変わったりするんでしょうか?
佐藤:そこから先のいわゆる消費者のジャッジは、好きとか嫌いとか反応があるものの方が売れるんですね。反応があるということは、表現したものが正確に伝わったということだと思うんですよね。でも、それはミュージシャンの能力に影響することはありますね。要するにパフォーマンスを録音して世の中に出すときに最大限、ミュージシャンの伝えたいことが伝わるように作るのが我々の仕事なので、そこが大事かなとは思いますね。
高田:次は、高音質配信事業を推進されている田中さんにお話を伺いたいと思います。
田中:弊社の高音質配信サービスは、2005年8月にスタートしました。当時はまだiTunes musicが日本に上陸するかしないかという時期で、今ほどたくさんの音楽配信サイトはありませんでした。当時、「オーディオメーカーであるオンキヨーさんがなぜ音楽配信をやるんですか?」と、色んな方からご質問を受けました。いつもお話しているのは、我々オーディオメーカーというのは、その時々の再生メディア(LPレコード、カセットテープ、CD、MD など)に応じて、制作現場で出来上がった音を忠実に再生できる機器を作ることが使命であり、それで60数年間やってきたわけですが、2000年代半ばから音楽配信というのが1つのメディアとして独立しようとしていた時代なんですね。当時、ところが音楽配信は全て圧縮された音源でしたから、「果たして、圧縮音源を再生してそれは原音を忠実に再現していると言えるのだろうか?」という疑問があり、圧縮をしていない音源を配信する、原音質で配信するサービスを立ち上げたというわけです。
そして、サービス開始後、コンテンツを集めるべくレコード会社を始めとした原盤所有企業と交渉したんですが、なかなか音源を出してくれない。「低音質ならいいんだけど…」というような会話になるわけなんです。やはり配信のマーケットがまだまだ小さいということもあり、担当者の方は「音質よりも経済性重視なんです」というようなことをおっしゃるんです。しかしながら色々な立場の方にプレゼンしていく中で、共鳴してくれたのは、エンジニアの方々やアーティストの方々で、スタジオマスターの音源がそのままユーザーに届けられるなんてすばらしいことですねというご意見をいただきました。私どもの立場から言えば、原音に忠実に再生することというのは、音楽を作っていく過程で生まれた物語も含めてユーザーに届けることなのかなと日々思っています。
高田:「音楽制作の物語」というのはとても面白いですね。エンジニアのこだわりや制作のこだわりとか、全てのこだわりが積み重なって1つの物語となり作品に結実するということなんですよね。
田中:そうなんです。先ほど若草先生がミキサーによってアレンジが変わるとおっしゃってましたが、編曲する方の想いとか、作曲者の想いとかユーザーが理屈ではなくて、肌で感じていただける。高音質配信はそういう世界なのかなと思いますね。
高田:このテーマの最後になりますが、内沼さんのご意見もお聞かせ下さい。
内沼:音質に関しては先ほど梅津さんと中村さんのおっしゃった通りだと思います。そして、佐藤さんの30年間スタジオで聴いている音が変わらないというのは、とても面白いですね。当然、録音機器は変わってきましたが、私もアナログで録って聴いてということが基本になってしまっているんですよ。一番ショックだったのは、デジタル、特にレコーダーがPCM-3324になったときに「なんでこんなに音が違うんだろう」と思ったことなんです。エンジニアはアナログ時代の音をそのままの形で録音、再生したいという気持ちがあるので、マイキングやEQなど色々試行錯誤しても、アナログ時代のあの音にはなかなかならないのですが、結果的にはかなり時間がかかりましたが、アナログ時代の音を継承しているとは自分では思っているのです。
梅津:内沼さんがアナログの音が好きだというのはすごく理解できることなんですね。それと佐藤さんの言う30年間変わらないこの状況はいったい何なんだろうと考えたときに、1つは生の音楽を今でもきちんと制作されているということと、ミキサーの頭の中に描かれている音が根本的には変わっていないんじゃないかなという気がするんですね。表現する材料が変わっても、表現された音は変わっていないと。
中村:極端な話、スタジオでの作業は変わっていないんです。デジタルが普及してきて、レンジは確かに広がってきました。そして音質もよくなってきました。数値的には素晴らしいんですけど、ぐっと心にくる部分が少なくなってきたなということは感じるんです。そこをいかに、エンジニアは上手く引き出してあげるか、という部分が大事になると思います。
3. 高音質配信の再生環境、配信ビジネスの現状
高田:では、先ほど田中さんから高音質配信について少しお話を伺いましたが、再生環境はどの様になっているのでしょうか?
田中:再生環境の問題は、高音質配信サービスが普及するかしないかの大きなポイントを握っています。従来ならCDをプレーヤーに入れてスタートボタンを押すというものだったんですが、高音質配信の場合、PCの設定やネットワークの設定などパソコンの知識によって非常に個人差が出てしまいます。私どものサポートには、様々なお問い合せがあります。半分パソコン教室のような感じですね。年齢層の高い方も多いので、手取り足取りのご説明をしています。これがネットワークオーディオやPCオーディオとなると、さらに難解になってくるので、そこをいかにシンプルにできるかが1つの課題だと思います。
もう1つ、再生するソフトの問題もあります。ファイルフォーマットによって、あるソフトでは再生できるが、あるソフトでは再生できないというようなことがあります。今、e-onkyoではWAVファイルとFLACファイル、DSDファイル、それからサラウンドでドルビーTrueHDの4種類のファイルを販売しているんですが、実は、この4つのファイルを全て再生できるソフトは世の中にないんです。そのあたりも統一していかないといけないですね。
あと付帯情報ですね。ジャケット写真であったり、ライナーノーツであったり、アーティスト名や楽曲タイトルなどいわゆるメタデータと呼ばれるものなんです。今どのアーティストのどの曲が流れているのかというのはわかりますが、歌詞やライナーノーツはないですから。そのような情報を読みながら音を楽しみたいというニーズに答えられません。そのあたりの環境を整備しないと、大きく普及するには時間がかかるのかなとは感じていますね。
若草:私もそうですが、年齢層の高い方はやはりパソコンに弱いですし、ライナーノーツも欲しいので、確かにそのあたりが簡単になれば普及しそうですよね。
佐藤:配信はPCからオーディオ機器につないで再生するという聴き方なんですか?
田中:いわゆるPCオーディオと呼ばれる聴き方はそうですね。
若草:それはCDと同じクオリティなんですか?
田中:CD以上のクオリティです。96kHz/24bitとかそのあたりなんですね。あともう一つは、NASと呼ばれるミュージックサーバーに音楽ファイルを入れておいて、NASにネットワーク機器を直接つないで再生する、要するにPCレスで再生する、大きくこの2つでユーザーのみなさんは再生されていますね。
佐藤:ちなみに一曲いくらくらいなんですか?
田中:ハイレゾだと300〜400円くらいで、アルバムですと2,500〜3,000円くらいですね。ただ、CDよりも音質が高いという付加価値はあります。
佐藤:DRMはどうなんでしょうか?
田中:付いている曲と付いていない曲があります。やはりDRMが配信の普及の妨げになるというところがあって、この問題は非常に深い問題ですね。
佐藤:パソコンを買い換えたときに、ちゃんとデータを移せる人はそんなにいないと思うんですよ。
田中:そうなんですよ。それで曲を買い直したりするんですね。着うたでも同じ理論なんですが、着うただとみなさん抵抗が少ないんですね。ですが、パソコンだと非常に抵抗があります。
内沼:今現在のe-onkyoさんは、ビジネスとしてどうですか?
田中:ここ数年、2010年あたりからは右肩上がりになっていまして、2010年と2011年対比では、売上が倍になっています。近年は各オーディオ専門誌がこのハイレゾ配信をたくさん取り上げて、懇切丁寧に説明してくれていますし、再生機器の値段帯がどんどん下がってきているのが大きいです。例えば、USB-DACでも20数万円したものが、今だと69,800円くらいで購入できます。日本のオーディオメーカーのみならず、各メーカーが対応した機器を多く販売している状況が私どもの数字に繋がっているのかなと思います。
高田:ハイレゾを生かした音楽ビジネスが非常に身近になったという感じがしますし、実はビクターエンタテインメントもビクタースタジオというブランドを使って高音質配信を行います。先ほど佐藤さんが「元がアナログだったら聴いてみたいよね」とおっしゃっていたんですが、そういうことは現場が一番分かっているんですよね。これは元がアナログだとか、どういう風に録られていたとか。そういうこだわりをすごく意識した「VICTOR STUDIO HD-Sound.」というレーベルを立ち上げて、e−onkyo musicさんで配信する予定です。
今日のメインテーマである「音質が新たなビジネスを産む」ではないですが、ビジネスのパイを広げないといけないという時に、音質の価値が次の音楽ビジネスのパイを広げていく、1つのキーになる気がしています。そのためにはやはり丁寧にハイレゾの音を作って、それをお客様にできるだけ変化しないように届ける仕組みを作る。それが次に繋がっていくのかなと感じています。そういえば以前、内沼さんがエンジニアとしては「ハイレゾだろうとなんだろうと音作りは変わらない」とおっしゃっていましたよね。
内沼:ええ、それは変わらないですね。48kHzも96kHzも192kHzもやることはそんなに変わらないです。ただ、またアナログの話になってしまうのですが(笑)、アナログだけの頃っていうのは、まずジャンルによってテープスピードをどれにするか選択したり、あと、ロック系だったらバイアス浅めに設定してちょっと歪ませるとか、そういった工夫ができたのです。今はほとんどPro Toolsで録っているので、「後でどうにでもなるだろう」ということで、なるべく88.2kHz か96kHzで録っておいて、後でガッツが欲しかったらダウンコンバートさせるとか、そういう方法でやっています。
田中:よく「高音質の配信っていうのは96kHz /24bitじゃないとダメなんじゃないの?」と言われますが、私たちは48kHzが一番良いと制作の現場で決めたら、それが原音質だと思うんですよ。つまり、制作の方が「これが一番良い」と決められたものをそのままお届けするというスタンスです。
高田:制作の方で高音質配信に今後取り組む可能性はあるのでしょうか?
佐藤:私は「音質大好き人間」なので、すごく興味がありますね。テイチクというレコード会社は80年の歴史がありまして、膨大なマスターテープを保管しているんです。それらのお宝マスターを今後配信する際に、現存するメーカー保有の音源がどういうスペックのものなのかという問題があると思います。アナログのままのもの、44.1kHz・16bitのもの、48kHz、96kHzなど様々な形態で混在しています。もしこの先技術が進歩して、96kHz、192kHzがスタンダードになったとしても、メーカーが持っている一番大元のマスターが48kHzという事態になりかねないというか、これは確実に起こり得ると思うんですよね。そういう意味で、技術と音楽の本質的な関わり合いについて、今後はもっと違う見方しなきゃいけないんじゃないかなと思ったりします。
日本プロ音楽録音賞のあゆみ
- 1993年 JAPRS(日本音楽スタジオ協会)録音賞としてスタート。
- 1994年(第1回)(社)日本オーディオ協会(JAS)、(社)日本レコード協会の賛同を得、3団体が主団体となり、「第1回日本プロ音楽録音賞」がスタート。同時に、JASが主体となり、1877年12月6日にトーマス・エジソンにより蓄音機が発明されたことから、12月6日を「音の日」と制定し、授賞式を「音の日」に開催することになった。
- 1995年(第2回)主催に日本放送協会、協賛に(社)日本民間放送連盟が加わる。
- 1997年(第4回)審査委員長が菅野沖彦氏、冨田勲氏、淺見啓明氏の3委員長体制に。
- 1998年(第5回)後援に通商産業省(現:経済産業省)、文化庁、(株)音楽出版社が加わる。
- 1999年(第6回)(社)私的録音補償金管理協会(sarah)の助成事業となる。主催団体として日本プロフェッショナルオーディオ協議会(PAS)、日本ミキサー協会(JAREC)が加わり、主催6団体となる。
- 2001年(第8回)運営事務局をJASからJAPRSへ移行。
- 2002年(第9回)PASが主催団体から協賛に移行。
- 2003年(第10回)日本放送協会が主催団体から協賛に移行。審査員委員長を1人とし、淺見啓明氏就任。
- 2006年(第13回)主催に演奏家権利処理合同機構ミュージックピープルズネストが加わる。審査委員長に内沼映二氏が就任。
- 2007年(第14回)賛助としてサウンド&レコーディングマガジン、CDジャーナル、スイングジャーナル、ステレオサウンド、レコード芸術が加わる。授賞区分にはベストパフォーマー賞を加えた。
- 2009年(第16回)授賞区分に特別賞としてアビッド賞を加えた。
- 2010年(第17回)授賞区分に特別賞としてSSL賞を加えた。
- 2012年(第19回)顕彰区分に配信音源・USB音源を対象とする2chオーディオ・ファイル賞および新人賞を新設した。
4. 日本プロ音楽録音賞「2chオーディオ・ファイル賞」設立
高田:今年、日本プロ音楽録音賞で「2chオーディオ・ファイル賞」を新しく立ち上げました。
梅津:基本的に我々の業界で働いているエンジニアはフリーランスが多く、どうしてもポップスやバンドものが中心になってしまうんですが、そういったものを聴くユーザーは割と音源をダウンロードしてイヤホンで聴いているという現状がありますし、数年前からは配信で先行する楽曲も増えてきました、プロ録はこれまで、CDやDVDといったメディアに関して評価をしてきましたが、ハイレゾ配信という形も含めて、我々もCD以外のものに対して向いていかなければいけないのではないかということで今回新たに加えました。
どれくらいの応募があるかまだ未知数ですが、実験的なところで今回「ファイルでの応募」を受け付けます。我々がそれをどうやって評価するかという問題は当然あるんですが、実際に我々がその音源ファイルを聴くときに、エンジニアがどういったアプローチをしてその音楽を作っているかということが根本にあるので、どんなファイルでも受け付けます。
高田:今まではCDを再生して、一番良い録音はどの作品かと審査していたんですが、自分もハイレゾに少し関わって音作りをするようになり、やはり新しい音の世界というか、音楽を表現する手段があるなということを正直感じました。それが今ビジネスとして世の中に出始めている。そういう状況の中でエンジニアを顕彰していくことで、みんなで音の質を高めていく。そして、最初に中村さんがおっしゃったレベル競争ではなく、「ダイナミックレンジが広くて深い音」という世界も音楽にはあること、もしくは、ハイレゾという世界ではこういうパワーの出し方があるのではないか、みたいなことも含めて、広くプロ録として情報を出していきたいという思いがあります。
田中:ハイレゾ配信だからできることとして、まずCDの上位フォーマットが気軽に聴けるようになることもそうですし、あとは「産直音楽」とよく言われているんですが、スタジオで録音して、最低24時間以内に配信しようと思えばできるくらいのスピード感があります。例えば、向谷実さんとのプロジェクトでは、USTREAMで録音の模様を全国に放映して、48時間後にe-onkyoで配信するということをやったんですが、これは非常に評判になりました。
あと、この良い音をもっと若年層に聴いてほしいという想いがあるんですね。今、若い人たちは圧縮した音楽をヘッドフォンやイヤホンで聴いているだけなので、耳がその音に慣れてしまっています。つまり食べ物に例えるならば「一生カップヌードル食べるんですか?」ということなんです。やっぱり五つ星のフランス料理レストランでも食べてほしい。でないと舌ではなく耳が退化してしまいます。
では、どうやって若者たちにアピールしていくかということがこれからの課題だと思います。それはひょっとしたらiPhoneやiPadといったデバイスでも再生できるような環境を提案していくことかもしれない。今、ご存知のようにヘッドフォンが非常に売れています。ヘッドフォン市場は250億とか、300億とか言われていてオーディオコンポの市場よりも大きくなっていて、例えば2万円〜3万円のiPodよりも高いヘッドフォンを買っている方も多いんですね (笑)。ということはみなさん音に対して、悪い、良い、というのを感じていて、良い音の方が心地良いんだということも感じているんだと思います。そういう意味で高音質配信サービスがあるということを、従来のオーディオファンだけではなくて、「良い音で聴きたい」と思っている多くの音楽ファンに広げていきたいと思っています。
若草:現実的にヘッドフォンでしか聴いていない世代が多いということですか?
田中:多いです。CDプレーヤーすら持っていない世代がたくさんいます。ケータイだけで聴いているとか。
若草:ショックですね、それは(笑)。最初からイヤホンで聴いている人たちには、本当の音を提供してあげなくちゃいけないという使命感がありますよね。
田中:それは感じます。イヤホン世代の若者たちが社会人になって、例えば音楽制作の立場になったときに、彼らはどんな音作りをするのでしょうか。音質という面で、日本の音楽産業の衰退に繋がってしまいます。ですから我々、提供側は本当の音を提供していかなくてはいけないのかなと思います。そのためにジャズやクラシックというジャンルだけではなく、ポップスやダンスミュージックもどんどんハイレゾで提供していく必要があると思います。逆に若い人たちはコンピュータに対する抵抗が低いですから、すんなりと受け入れてくれるのかなと思っています。
5. 「プロ音楽録音新人賞」設立
高田:最後のテーマになりますが、今年度、これも新しく「プロ音楽録音新人賞」を新設しましたので、その背景を内沼さんにお伺いしたいと思います。
内沼:プロ録も20年経ちまして、優秀なエンジニアをなるべく多く表彰したいと、今まで色々な賞を試みました。この20年間、当初は30代くらいのエンジニアの方からの応募がたくさんあったんですが、20年経つとかなりベテランの域という方ばかりになっているのですよ。つまり応募作品も最初の頃の人たちがずっと応募して、この20年で常連化してしまっているということをすごく感じていたのです。そこで、年齢制限を設けた新人賞を作って表彰するのはどうかと思って委員会に提案しましたら、全員賛成してくれまして今年から1人ないし2人、新人賞として表彰しようと思います。そこで問題になったのが年齢制限をいくつにするのかということなのです(笑)。
一同:(笑)。
内沼:我々がエンジニアとしてスタートしたのは、現在よりかなり早く、20代中頃からエンジニアをしていました。今回の新人賞も、30歳くらいまでかなと思っていたら、現状を見ると30歳でMIXまでやっている人があまりいないのですよ。ダビングをするのが20代後半からという現状を鑑みて、年齢制限を「35歳以下」として、若いエンジニアにもどんどん参加していただきたいなと思っています。
梅津:本当にフリーのエンジニアがこうやって活躍できるようになったのは、ここ十数年だと思うんですよね。私たちが始めた頃というのは企業、レコード会社の中の組織に所属してエンジニアをやっている形ですから、当然その年齢を重ねれば管理職になっている。ということで現場を離れるとか、当然多かったと思うんですね。そういう形で以前は若いエンジニアが多かったと思うんですが、今はそういった点ではフリーの人が多くなったので、管理職をしながら、または管理職を離れて、ずっとこの職業をやれるのでどうしても常連さんができるという状況になっていますね。
高田:制作サイドから見て、若いエンジニアに対してどのようなことを期待されていますか?
佐藤:生のセッションをずっと仕事で録ってきた私からすると、プレイヤーが演奏する空気や緊張感とか、そういったものを知っている若手のエンジニアが非常に少ないと思うんですね。だから、そういったこともどんどん勉強してほしいです。私が前にいた会社はレコーディングスタジオがある会社だったので、そこには若手のエンジニアが何人もいたんですけど、自分が同録をやるときには若いエンジニアに見せてあげたりしていたんですね。いわゆるセッションにもっと触れて、技術だけではなく音楽の感性もどんどん磨いていってほしいなと思っています。
若草:私自身のことを言うと、編曲という1つのスコアを書くときに、80%しか書かないんですよ。それで、あとの20%というのはミュージシャンの力やミキサーの力をお借りする。それで100%の作品を作るんですね。ですから、私にとってはミュージシャンの方やミキサーの方がものすごく大事なんです。ですから、エンジニアの方には作品を一緒に作っていくという意識を持ってほしいですし、特に新人ミキサーの方にはそういう意識を持ってほしいと思います。
佐藤:私もディレクターとして「今度、この人にやらせてみようかな」と思いながら、段々締切が迫ってきて、外せないから「やっぱり内沼さんお願いします」みたいなところはどうしてもあるんですよ(笑)。昔みたいに時間をかけて色んなことができない現状もあるので、若い人たちは大変だと思うんですが、色々なスタジオへ行って、たくさんの若いアシスタントを見ていても「この人だったらできるな」とか、それは大体分かるんですよね。
若草:人間のあたたかさ、音楽のあたたかさ、みたいなものをこちらはアシスタントのときから分かるんです。「この人は分かっているな」と。それで「この人を使ってみたら面白い音ができるんじゃないかな」と思って、私があえて新人を使うときって大体正解なんです。
佐藤:努力していてくれれば、こちらはきっと分かりますよね。
若草:そうですね。会話も含めて積極的に作品作りに参加してくれると、きっと一緒にやりたいなって思えてくるのかなと思いますね。
中村:初めてレコーディングに行くスタジオだと「今回はこういう風に録りたいから、いつもここではマイクは何を使って、どこに立てればいいと思う?」というようなことを、アシスタントによく聞いているんですね。そうすると答えられる人と答えられない人がいて、そこでその人がその後、残るか、残らないかがイメージ出来るんですよ。あとMIXしていても「もっと面白いリバーブにしたいんだけど、何か知らない?」みたいな事をふるんですけど、そのときに「これはどうですか?」とかアイデアを言ってくれる人はちゃんとエンジニアになっている事が多い。昔ってそういう部分で、制作サイド、コントロールルーム内が、アシスタントも含めて、分業はしているんだけれど一体化していたんですよね。
若草:まさにスタジオ内が一体化してましたよね。
中村:エンジニアがチョンボしたところをアシスタントがフォローしてくれたりとか… (笑)。ただ、今は場所によって完全に分業しているので非常に難しいです。
若草:自宅でやっているからっていうのもありますよね。
中村:そうですね。ですからオペレートさせても演奏の流れは聞いていなかったり、「このブース、ここで録ったらどんな感じ?」って聞いても、何年もそこに居るのに「分かりません、やってみてください」という(笑)。
一同:(笑)。
中村:そこで制作に一歩踏み込んで、分からないながらも入ってくれる人っていうのはやっぱり伸びてきてくれます。ですから、良い意味でコミュニケーションも含めて制作の中に入ってきてくれる人が増えてくれるともっと良いかなと思います。
梅津:僕も全てスタジオで教わったんですね。残念ながら、自分で覚えられることってほとんどなくて、人の真似をすることから始まり、色々と覚えてきました。スタジオって音を録るところでもあるんですが、人を育てるところでもあると思います。例えば、制作の人にとっては、打合せや曲を作るところから始まって、アレンジを頼んで、ミュージシャンを集めて、やっと出会えたところがスタジオだと思うんですよ。我々はそこからの参加なんですが、色々な人と繋がる場だったりするわけです。
残念ながらスタジオがどんどん減っている現状で、このスタジオもそうですけれど、ビクターとかソニーとか、企業のスタジオは本当に大切にしてほしいですし、今頑張っているスタジオができるだけ長く続くようにと願っています。もう1つ、中村さんのようにフリーでエンジニアをやっていても、中村さんはアシスタントをちゃんと雇うんですね。そういう機会があるということが若手には貴重な経験になりますので、制作の方たちやミュージシャンの方たちにも、若いアシスタントが現場に居られる形を作っていただければ、そこから何かを伝承できるのかなと思っていますね。
内沼:物理的な録音テクニックは経験を多く積み重ねれば理解できます。皆さんもおっしゃっているように、大事なのはやっぱり感性なんです。これはいつも言っています。例えば、今、オーケストラを録れる若い人ってなかなかいないのですが、昔の数多いオーケストラのサウンドを聞いて、そのオーケストラの違いを自分の感性として持ちあわせて、自分の引き出しを多くすると絶対にできるようになると思います。今の日本には色んなジャンルがありますが、その雰囲気をパッと醸し出せるようになるために、多くのジャンルの音楽を聴いて感性を磨いていって欲しい思います。
高田:本日はお忙しい中、長時間ありがとうございました。