レコーディングスタジオの未来と夢を託した「豊かな音楽空間」〜「バーニッシュストーンレコーディングスタジオ」リニューアル記念インタビュー
今年で満24年を迎えたバーニッシュストーンレコーディングスタジオが、9月19日にリニューアルオープンした。スタジオ1へ最新鋭のハイブリッドコンソール「SSL Duality SE」を導入、常設のアナログアウトボード機材の拡充や、ブースのレイアウトも大胆に変更し、中編成のレコーディングにも対応。スタジオ2もエンジニアの作業性を重視したモニタシステムにし、ブースはフルリニューアルした。また両スタジオともにレコーダーはAvid ProTools HDX2を採用し、プロの高い次元の要求に応えうるクオリティを提供するスタジオに生まれ変わった。クローズするスタジオも多い中、なぜ今リニューアルするに至ったか、また、リニューアルに込めた思いについて、株式会社バーニッシュ 代表 大崎志朗氏、レコーディングエンジニア 小寺秀樹氏、スタジオマネージャー 高橋孝典氏にお話を伺いました。
[2012年9月27日 / 世田谷区世田谷 バーニッシュストーンレコーディングスタジオにて]
プロフィール
大崎志朗(おおさき・しろう)
株式会社バーニッシュ 代表取締役
1964年生まれ、佐賀県出身。高校時代より、音楽業界に携わる。
音楽事務所や大手楽器店で勤め、22歳で株式会社バーニッシュを設立。
株式会社ロックダムアーティスツ 代表取締役 / 株式会社ウドー音楽事務所 取締役 / 社団法人日本音楽スタジオ協会 常任理事
小寺秀樹(こでら・ひでき)
株式会社バーニッシュ チーフエンジニア
1971年生まれ、岡山県出身。
1991年ジィーズにてレコーディングエンジニアのキャリアをスタート。
2009年バーニッシュのチーフエンジニアに就任。
「阿部真央」、「UNDERGRAPH」、「UNLIMITS」ほか、多くのレコーディングに携わる。
高橋孝典(たかはし・たかのり)
株式会社バーニッシュ ゼネラルマネージャー
1974年生まれ、愛媛県出身。
1998年バーニッシュ入社。
スタジオのブッキング、エンジニアのマネジメント、ライブ収録など、レコーディングに関するコーディネートを行う。
2012年ゼネラルマネージャー就任。
——クローズするスタジオも多い中、今回バーニッシュストーンを大幅にリニューアルされたわけですが、どういった経緯でリニューアルに至ったんでしょうか?
大崎:5年後から10年後の音楽業界の形を想像して「今ここだ」という判断です。バーニッシュストーンはオープンして24年になりますが、今後、この業界がどのようになっていくのかということを自分たちなりに予測して、必要なものを作っていこうと考えました。
確かに今の状況だけ見れば、明るくはありません。ご存じのようにCDの生産高は最盛期のほぼ半分以下の状態になっていますし、ダウンロード売上げについても前年比70%くらいの状況です。ただその中で、PCダウンロードの前年比が約30%増だということには期待が持てます。スマホやタブレットPCの登場でメディアの移行は、あと5年くらいで完了するでしょう。あわせて高音質化も進むでしょうから、スタジオとしていかに良い環境を提供するのかが、ビジネスを続ける上で必要だと思いました。
——音楽業界、そして音楽制作スタジオの未来を予測しての判断ということですね。
大崎:印象的だったのはMusicman-NETのプロ録座談会での佐藤さん(テイチクレコード制作本部 プロデューサー 佐藤 尚氏)の発言で、「スタジオの音は30年間変わっていない」と。もう一つは田中さん(オンキヨーエンターテイメントテクノロジーネットワークサービス部 マネージャー田中 幸成氏)の「制作の現場でこれが一番良い、と決められたものが原音質」ということ。要はオリジナルのクオリティをどこに定めるかですよね。そして、どれだけ高いクオリティで作ることができるかで、フォーマットの問題ではないと思います。
今回、私たちはコンソールも含めて、アナログを中心に組み立てました。デジタルはそんなに長い期間、同じフォーマットが続くものではありませんが、アナログは100年間変わっていない。もちろんデジタルもアナログも進化していますが、アナログにこそ基本があると思います。もちろんエンジニア的に見れば別の見解があると思いますが。
——今回導入された「SSL Duality SE」はレンタルスタジオにはまだあまり導入されていないものですよね?
小寺:そうですね。でも今回の改装にあたっては、色々と他のコンソールも検討しました。日本ではまだ数少ないモデルですが、すでにDualityを導入しているニューヨークの「GERMANO」「Jungle City」「The Cutting Room」などのスタジオを視察したりして、最終的に「やはり” Duality”で行きたい」と提案しました。
——実際に「Duality」を入れてみていかがですか?
小寺:音質で言えば、ミックスのときに迷っていたところが、すごくわかりやすくなりましたね。操作性に関しても、従来のSSLコンソールを踏襲していますので、直感的に触ることができます。個人的にSSLが好きというのも大きいですが。
——それに「ProTools HDX2」が合わさるわけですね。
小寺:HDXは、HDと聞き比べて明らかに音の解像度が違いますね。また実際に録ってみても、HDではピークだったレベルまで音量を上げてもまだまだ余裕があるというか、アナログに近い感覚でサウンドをコントロールできる感じがします。コンプレッサーでもEQでも処理能力が格段に向上していると思います。カメラに例えるなら、よりピントが合い、さらに色も256色から512色、あるいはそれ以上の色彩になったという印象です。
——情報量が増したと。
小寺:そうですね。DualityとProToolsHDXで、今までよりも単純に録るのが楽しくて(笑)。
——経営的な問題としては、投資額に見合うだけの回収はできるんでしょうか?
大崎:それが一番ハードル高いですね。まず最大の問題は、現時点でクライアントにこのスペックを求められているかということです。現状はエコノミーであることが優先されていますから。
でも我々は現在でなく、その先を想定しています。まずはこのスタジオを体感してもらって、「やっぱりこれだ」とか「これじゃないとワクワクしない」という感覚を持っていただきたいんですね。そこから本来の評価が出てくると思っています。ただ、そこまでもっていくのに3年かかるかもしれません。でも、クライアントは今の制作環境には満足はしていないんですよね。必要十分ではあるかもしれないけど、満足はしていないと思います。
——クライアントとは、アーティストとレコーディングエンジニアのことですか?
大崎:アーティストもレコーディングエンジニアもプロデューサーと呼ばれる方も含めてです。予算とか色んな制約があって、現実的な選択をしていると思います。そこに「ここで作りたい」というものを提供することは、私たちにとってのプライドだと思っているんですよね。
——なるほど。でも、そういう気持ちがあったとしても、なかなかここまでは踏み出せないですよね。
大崎:この計画を具体的に始めたのは2年くらい前なんですが、そこから2年先、つまり2010年に予測した現在のスタジオの状況が、予測とほぼ一致したんです。「2年後はここまで下がっているぞ」ということだったんですが、そのとき「このまま何もしなかったら未来はない」と思ったんです。ただ、そうはいっても2〜3年後でもかなり厳しいなと。でも4年後の2016年を考えたら、「メディアの移行が進んで音楽マーケットは今より良くなる」という予測が我々にはあって、ならば、そこに照準を合わせようと。うまく行けば画期的ですが、失敗したら非常識ですね(笑)。
——(笑)。2015年くらいまでは駄目だろうと予想しながら、これができるというのは本当にすごいです。
大崎:最終的には、例えば、Musicman-NETの榎本さんの連載とか、様々なものがボタンを押すきっかけにはなっていますね。やっぱりそういう市場の分析とか、日本よりもパッケージのセールスが先に駄目になったアメリカで、元気のいいスタジオを見たときに、あれは自分たちが望む未来の姿になりうる。と思ったんです。
——つまり、きちんと投資をしたアメリカのスタジオは蘇っている?
大崎:景気はいいと思います。数社は。おっしゃる通り、投資をしたところが勝ち残っているんでしょうね。
——現状、このバーニッシュストーンの設備に対して「これだけいいんだから、きちんとした対価を払おう」と言ってくれているお客さんというのは…。
大崎:いないとは言いませんが、まだ少ないですね。ただ、手応えはあります。
小寺:とにかく新しいバーニッシュストーンに来ていただければ分かって頂けると思っていますし、今、日本のスタジオでバーニッシュストーンが一番のポジションにいるという自信はあります。
大崎:時計の針が元に戻ることはないですから、過去の良かった時代のやり方には戻れません。でも、今よりも少しでもいい方向であったり、活気が良くなるということは絶対に意味があると思っているんです。
——すでに先日スタジオのお披露目をなさったわけですが、そのときの反応や評判はいかがでしたか?
小寺:みなさん「すごいな」というような印象を持っていただけたと思います。アウトボードに関しても、改装する前と比べて、ラックの数で言うと、3倍くらいの量なので、笑われちゃう感じで(笑)。
——あれですね(笑)。
小寺:アウトボードに関しては、今までスタジオで持っていた機材を、できるだけコントロールルームに常設しようという目的でラックの数を大幅に増やしました。常設にすることでエンジニアが思い立ったらすぐに使える環境を作りました。
また、ブースに関しては、もともとライブ感が持ち味でしたので、それをさらに前面に出すことと、メインブースをシンプルなレイアウトにして、より広く使えるようにすることで、中編成のストリングスが録れるようにしました。ストリングスが録れるスタジオが減っている中で、バーニッシュストーンでストリングスを録れるようにしたいという個人的な思いもありました。
——金魚鉢も取り払われましたね。
大崎:そうですね。ガラス面を減らしたことで、音響的にも随分コントロールしやすくなりました。
——2stも金魚鉢をなくしていますね。こちらの評判はいかがですか?
大崎: 今回の2st改装コンセプトは、レコーディングエンジニアの作業性です。彼らが一番、集中できる空間にしたいと考えました。使っていただいた方には、それが伝わっていると思います。
今の制作現場は、すごくレコーディングエンジニアに負担がかかっています。そして決してベストではない環境で仕事せざるを得ないシーンが多くあります。スタジオワークに関わる人たちが減って、いわゆるディレクターのいないプロジェクトも多いですし。
——そんなのしょっちゅうですよね。
大崎:レコーディングの作業内容によっては、アーティストがいなくても進められるじゃないですか。でもレコーディングエンジニアは最初から最後まで存在しますよね。エンジニアがいなかったらレコーディングは進まない。
——エンジニアのために生まれ変わったわけですね。
大崎:まさにそうですね。
——スタジオマネージャーの立場としては、これだけの改装をしてもらっちゃったわけですから(笑)、そのプレッシャーってすごく大きいんじゃないですか?
高橋:それはありますね。ただ、今回の改装で勝負させてもらえる環境になったとも感じています。それに、改装を進める中で若いスタッフたちが「スタジオをもっと良くするには?」という意見をどんどん主張するようになってきて、ときにぶつかりながら話し合っているシチュエーションがすごく増えました。スタジオも変わりましたが、スタッフの意識もすごく変化していて、そういった若いスタッフの意気込みは、とても頼もしく思っています。
——実際に予約や問い合わせの状況はいかがですか?
高橋:「使ってみたい」という反応が非常に多いですね。やはり、まずエンジニアの方々が「面白そうだな」と興味を持って頂いてる、そういう手応えがありますね。
小寺:きっと楽しんで帰ってもらえる環境になったと思っています。今回、僕たちがやりたいと思ったことを色々とやらせてもらいました。あとはアーティスト、プロデューサー、エンジニア、ディレクター、たくさんの方々が楽しいと思ってもらえる、来てくれるスタジオになればと思いますね。そして、ここからレコーディングの現場が変わってくれれば本当に嬉しいですね。
——変わっていってほしいですね。
大崎:今回のリニューアルには大きなリスクやハードルがありましたが、どうして実現できたかというと、本当に色々な人たちが協力してくれたからなんです。とにかく、手間を惜しまず、労力をかけて、ありとあらゆる良い状況を作ってくれました。僕はそこから皆さんの期待とともに、未来や夢を感じました。「何とかこのスタジオを成功させてほしい」というみなさんの気持ちは、24年前、このスタジオを作ったとき以上に感じています。現在、スタジオの業界は厳しい現実にありますが、でも何か可能性を感じている。今回の改装はそういう新しい可能性を作っていくきっかけにしたいと思います。
——すばらしいですね。スタジオの話となりますと、どうしても現状後ろ向きのものが多いですが、そういった前向きな意見が聞けると大変心強いです。
大崎:どこに行きたいのか、何をしたいかというのはもう明確に見えているので、とにかくそこに向かっていくということです。それが先ほど話したように、5年後、10年後の予測と連動しているんです。もし、景気がすごく良い時代だったらやらなかったかもしれない。でも、今こういう閉塞感がある時代だからこそ、どこに行きたいという目標を明確に見つけることができた。今だからこそできたと思います。
——リニューアル後の価格に関しては、どのようにお考えですか?
高橋:料金の設定は据え置きにしています。ただ、従来のように事後に値下げの交渉に追われる形では結果的にパートナーシップが築きにくいと感じていて、たとえば会員制というわけではないですが、年間契約や長期契約をいただくなど、ユーザーとの関係性に応じて特別価格でご利用いただけるよう、お互いにメリットが生まれる設定を考えています。
——ここ何年もスタジオ業界は価格戦争になっていたじゃないですか。「あそこは1日○万円でできた」とか。
大崎:その結果が何を産んだかと言ったら、何も産まなかったですよね。でもクライアントは私たち以上に厳しい落ち込みの中にいるわけですから、みんな必死なわけです。だから今度はみんなで良い方向に持っていこうという、流れの一端にいられたらいいなと思います。
——スタジオというのは元々、格好良い場所だったはずじゃないですか。
大崎:そうですね。憧れの場所だったはずですよ。
——それをまたバーニッシュストーンが格好良い場所に戻してくれそうだと期待しています。最後になりますが、これを読まれているアーティストやエンジニア、クライアントにメッセージをお願いします。
高橋:「まずは一度使ってみてください」ということに尽きると思います。すごくテンションの上がるスタジオになったと思います。すこしでも良い制作環境を求めている、クリエーターの方々にぜひ使ってもらいたいですね。
小寺:なかなかうまく言葉で説明できないというか、使ってみないとわからない感覚的な部分での良さがたくさんありますので、とにかく使ってもらって体感してほしいですね。
大崎:明るい未来は、確実に近づいていると信じていますし、これからの基準となり得るものを作ったと自負しています。「ここで音楽を作りたい」「パフォーマンスをしたい」という空間になったと思いますので、ぜひ利用してください。
バーニッシュストーンレコーディングスタジオ 1st
▲1st コントロールルーム 70inchディスプレイ
▲最新鋭のコンソール SSL Duality SE
▲アナログアウトボードはこの豊富さ
▲奥がボーカルブース 手前はサブブース
▲中編成の録音が可能なメインブース
▲ボーカルブースからの景色
▲メインブースは6-4-2-2のダビングも可能
▲中2階には隔離されたアーティストルーム
▲開放間のある専用ラウンジ
▲階段を降りると1stの入り口
バーニッシュストーンレコーディングスタジオ 2st
▲2stコントロールルーム
▲両サイドのアウトボードにアクセスしやすい
▲左側アウトボードデスク
▲右側アウトボードデスク
▲音響面、遮音性ともに改善されたブース
▲コントロールルームの後方のソファも広々
▲2st専用ラウンジ
▲奥がアーティストルーム
▲リゾートを思わせるアーティストルーム
▲ヤマハ誕生前の古い古いオルガン
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