作曲家志望者向け講座「山口ゼミ〜プロ作曲家になる方法〜」開催記念 特別連載 第三回:プロ作曲家であり続けるためには
昨今、様々な音楽環境の変化に伴い、作曲家の在り方も多種多様になった国内音楽シーン。そんな状況の中、新しいコンテンツビジネスに対応したプロデューサーを育成する「東京コンテンツプロデューサーズラボ」が、2013年1月から作曲家志望者向けの講座を開始するという。今回は、「山口ゼミ〜プロ作曲家になる方法〜」と題されたこの講座(8日間のコース、第1回は1月21日)を主宰する音楽プロデューサーの山口哲一氏と伊藤涼氏のお二人に、講座の狙いや開設経緯等を伺った。
【第一回:何故、いま「プロ作曲家」なのか?】
【第二回:コンペに勝つ方法】
山口 哲一(やまぐち・のりかず)
プロデューサー
1964年東京生まれ。株式会社バグ・コーポレーション代表取締役。
SION、村上”ポンタ”秀一、村田陽一等の実力派ミュージシャンのマネージメントを手がけ、音楽プロデューサーとして 東京エスムジカ、ピストルバルブ、Sweet Vacationなどの個性的なアーティストを世に送り出した。
音楽における、ソーシャルメディア活用法の実践的な研究の第一人者でもある。プロデュースのテーマには、ソーシャルメディア活用、グローバルな視点、異業種コラボレーションを掲げている。
(社)日本音楽制作者連盟理事、『デジタルコンテンツ白書2012(経済産業省監修)』編集委員を務める。
著書に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本(ダイヤモンド社)』(共著:ふくりゅう)、
2012年10月25日リットーミュージックから『ソーシャル時代に音楽を”売る”7つの戦略』を出版。
Twitter:http://twitter.com/yamabug
ブログ:http://yamabug.blogspot.jp/
詳細profile:http://ht.ly/42reJ
伊藤 涼(いとう・りょう)
音楽プロデューサー
千葉県生まれ。2001年にアメリカ、マサチューセッツ州ボストンのBerklee College of Music卒業。帰国後、株式会社ジャニーズ事務所が運営するレコード会社、Johnny’s Entertainmentに入社。
近藤真彦、少年隊、Kinki Kidsの音楽ディレクターを経て、2004年にデビューしたNEWSのプロデューサーになる。2005年には修二と彰の「青春アミーゴ」をミリオンセラーに導き、その後も山下智久のソロシングル「抱いてセニョリータ」のヒット、テゴマスのジャニーズ初の海外デビューや、タイの兄弟ユニットGolf&Mikeの日本デビューを仕掛けた。
2009年6月にJohnny’s Entertainmentを退社し、同年7月に株式会社マゴノダイマデ・プロダクションを設立。音楽に関する企画運営をしながら、フリーのプロデューサー・作家としても活動する。
「ここにいたこと (AKB48)」、「走れ!Bicycle (乃木坂46)」の作曲者。
Twitter:https://twitter.com/ito_ryo
株式会社マゴノダイマデ・プロダクション:http://www.mago-dai.com/
——先日のトークセッションで盗作に関する感覚が変わってきたのではないか、というお話がありました。
伊藤:以前はCDをリリースすると必ずといっていいほどレコード会社に手紙が届いて、名前も聞いたことのない差出人から「あの楽曲は私の楽曲です」とか「あなたたちは盗作をしている」とか、ネット上でも「あの曲のサビは、この曲のパクリ」みたいな書き込みがかなり多かったのですが、最近は聞かなくなくなりましたね。これだけ楽曲が発表される今、メロディーが似ている楽曲なんてあって当たり前、もうパクリ疑惑を話題にするのも退屈ってことでしょうか。
山口:でも、ユーザーの気分が変わったからって、作曲をする側まで緩んだら困りますよね?
伊藤:そうなんですよ。なんか作る側まで緊張感なくなっちゃって、作家から送られてくる曲の中には「このAメロって数年前のヒット曲○○のまんまじゃん!!」みたいなことたまにあるんです。
山口:ディレクターにとっては笑い話では済まないですね。「どこまでならOKですか?」みたいに訊かれる事もあるけれど、この種の話は、法律論と言うよりは、最後はクリエイターとしての良識の問題だと僕は思っています。音楽に本気じゃ無い人は、結局、残っていけないから。
■『青春アミーゴ』制作秘話
山口:前回のトークセッションで聞いた『青春アミーゴ』の制作秘話がすごくいい話でした。
伊藤:なかなか皆に受け入れてもらえなかったって話ですよね。『青春アミーゴ』はデモの段階からかなり古臭い匂いのする楽曲だったので、今を時めくトップアイドル2人の大企画のテーマ曲としてはどうなの?っていう感じでタイアップ先であるテレビ局や当時勤めていたレコード会社のスタッフからも反対意見がほとんどでした。でも自分的には最初にこのデモを聴いたときから、この曲ならいける!!という確信があったので「70万枚は絶対に売る」と説得してまわりました。結果的に蓋をあけてみたら180万枚以上の売り上げを上げたので大成功だったんですけどね(笑)。
山口:みんなに反対されても、絶対これだって断言して、頑張る姿勢って、制作者として一番大事なんじゃないかと思います。
伊藤:勝負どころを見極められるかが大切ですね。
山口:勝負して、それがミリオンヒットに繋がったって、最高に痛快な話ですよね。こういう話は大好きです。ちゃんと場を与えてくれた、ジャニーズ事務所の懐の深さと、何よりも、OKを出された小杉理宇造社長が素晴らしいと思いました。
伊藤:何度もヒットの修羅場をくぐってきた方には、その勝負どころの空気が分かっていたんだと思います。
山口:伊藤さんにとっては、小杉さんがお師匠さんですよね?僕は音楽業界にフェードインして、後ろ盾もなく始めたから、師匠はいないんだけど、音楽プロデューサーとして一番、影響を受けたのは、キティの多賀英典さんですね。
伊藤:小杉さんと同世代ですよね。
山口:キティレコードの創始者で伝説的なプロデューサーです。20代後半に多賀さんのプロデュースワークを間近で拝見したのは大きかったですね。多賀さんが売り出そうしているバンドのマネージメントをやらせてもらって、その発想と行動力とピュアな心情に痺れました。
僕は、残念ながら、多賀さんのようなミリオンヒットは、いまだに出せてないですが、アーティストをリスペクトしつつ、クリエイターを大事にしながら、でもプロデュースとしての軸をぶらさない姿勢は、多賀さんから学んだことです。
伊藤:僕も同じことを小杉さんから学びましたね。それにヒットを作ることの素晴らしさを教えてもらいました。
山口:そういう日本の音楽業界の「善」の部分を下の世代に伝えていくのも、大事な役割かなと最近、思うようになりました。
——最終回なので、プロの作曲家になれた後の話もお伺いしてもよろしいですか。
山口:レコーディングに呼ばれたときの立ち振る舞いの話をしようとしたんだけど、伊藤さんが、最近、そもそも作家をスタジオに呼ぶことは、ほとんど無いんじゃないかって(笑)。
伊藤:ひと昔前なら作家先生にはスタジオにまでお越しいただいて、レコーディング中にもリアルタイムでメロディーや歌詞の修正を加えたり、アーティストの歌を指導していただく、なんてことがあったかもしれません。ですが、今は作家をスタジオに呼んでも、ああだこうだ言う奴は面倒くさいし、何も言わずに縮こまってソファに座ってるだけの奴なら呼ばなくてもいい、という風に作家の地位が低くなり、また作家に対する信用度がなくなってしまったように思います。レコード会社・事務所側と作家側の両方に問題があるんですけどね。
山口:僕がアーティスト側だったら、作曲家にはスタジオ現場に顔を出して、多少でも制作に関わって欲しいし、アーティストと接して触発されて、次にまた、良い作品を提供して欲しいって思うけどな。
伊藤:アーティスト、レコード会社や事務所のスタッフたちと作家が、良い作品作りの為にスタジオで意見をぶつけ合い切磋琢磨することがなくなってしまったんだと思います。
山口:コンサートでもよいから、アーティストの現場に行けることがあったら、そこでの立ち振る舞いは大切ですね。やはり人間的な信頼関係ができることが、その先の仕事に一番つながるしね。媚びたら逆効果で、クリエイターとしての矜持みたいなものは駆け出し作家でも持っていないといけない。ただ、一番偉いのは歌ってくれている人だから、だってユーザーのほとんどは歌手しか見ないからね。
伊藤:よく楽曲が決まり始めた作家さんにありがちなんですけど、自分が提供した曲を自分の作品のように語ったりブログで書いたりしますよね。でもアーティストが歌ってリリースされてこその作品ですから、作家さんはあくまで裏方。あまり勘違いして横柄な態度をとると「あいつ天狗になってるな!」って言われちゃいます(笑)。
山口:自分の曲を歌ってくれるシンガーは、彼女(彼氏)よりも大事(笑)って教えたいです。
伊藤:恋人よりも大事ですか(笑)?面白い考え方ですね。
——ところで、プロ作曲家はどういう目標をもてばよいのでしょうか?
山口:もちろん人それぞれでよくて、一発当てたら、田舎に帰って、悠々自適という目標でも良いと思います。ただ、ヒットが出せるようになったら、音楽をつくるって仕事より楽しい仕事って、滅多に無いから、自分からやめる人は少ないですよね(笑)。
伊藤:そうですね(笑)。
山口:最初は無我夢中で、求められることをやるしかないと思うんだけれど、少しずつ、自分らしさみたいなものを出していかないといけないですね。その人の「得意技」みたいなものを出して、確立していかないと。
伊藤:なんでも屋さんであることはクライアントにしてみれば重宝するかもしれません。でも、便利なだけの作家はいつか飽きられる。それよりも“これをやらしたら誰にも負けない”というアイデンティティをもってファンを作ることが大切。そうすればファンが仕事を持ってきてくれるようになるはずです。
山口:伊藤さんは、「日本で最初のフードミュージックプロデューサー」って称しているでしょう?好きなことと差別化が両立できていて、素晴らしいなと思います。ジャニーズエンターテインメントのディレクター時代に『ミソスープ』って曲に原点があるっていうのも、いい話だなって。
伊藤:テゴマスのデビュー曲である『ミソスープ』を作っている当時はフードミュージックプロデューサーになんかになろうとは夢にも思ってなかったですけど、なんかフリーになっていくつか食に関する音楽プロデュースをしたら面白くって。それで、なんとなく過去を振り返ってみると「そっか、そーいえばミソスープの頃から自分の中に“食×音楽”があったんだ!!」みたいに繋がったんですよね。
山口:素晴らしいセルフプロデュースだし、ブランディングだと思います。人それぞれで良いのだけれど、少しずつプロデューサー的に俯瞰ができるようになって、その人ならではという立場を確立するっていうのが基本だと思う。そういう意味でもセルフブランディングが大切になってきますよね。
伊藤:だから僕も、どうせだったらガッツリとセルフブランディングしようと思って「日本で最初のフードミュージックプロデューサー」って名乗っちゃいました!(笑)。
山口:そういう妄想癖のある人は大好きです。僕もまず、コンセプトを打ち立ててアーティストの個性を導き出すみたいなやり方をしてきたから。
——山口ゼミの将来像を教えてください。
山口:正直を言うと、やってみないとわからないところはあるんですが、どういう人たちが、どういうモチベーションで集まってくれるか次第というところはあるので。
伊藤:ぜひ「金と名声が欲しい!!!」みたい勢いのある作曲家に集まって欲しいですね。
山口:ヨコシマな野心も大事です。「成功してやる!」という根性は必要。ただ、一人の力は限界があるから、コウライト(Co-Writing)を組んでいく作業は挑戦したいですね。合宿形式などで、テーマを決めて、それぞれが得意な部分を持ち寄って、作曲家ユニットをつくっていくみたいな試みです。
伊藤:僕もヨーロッパでコウライト・キャンプには何度か参加しています。20〜30人が集まって、小さなチームを作り3、4日間ほどスタジオに籠って曲を作りまくります。スポンサーに出版社やレコード会社がついていて、キャンプ期間中に楽曲が決まったりしてエキサイティングでした。一度はスポンサーにビール会社がついているキャンプがあって、夜はパーティーしまくりでした(笑)。もちろん、世界中から作家が集まるので、音楽性や制作スタイル、文化や言葉の違いで思いっきりケンカとかもするのですが、それがまた人間味があって面白い。出来上がる音楽もいろいろなスパイスが入っていて、ごちゃごちゃだったりケンカしてたりもするんだけど、いい意味で想像しえなかったケミストリー(化学反応)が生まれたりもするんですよ。
山口:J-POPはフォーク、ニューミュージックの系譜の上にあるので、シンガーソングライターの個性、いわば「手ぐせ」を過大評価してしまう側面もありますね。それが、日本でコライティングが広まっていない一つの理由だと思います。
伊藤:「手ぐせ」を評価することは別に悪いことじゃないと思うけど、それだけになったら面白くない。作る側もいろいろと幅を広げて“選べる”という環境を作ることが大切。そうすれば音楽の作り方だけじゃなく色々な知識やコネクションが増えて、音楽人としてもチカラをつけることになる。もちろんコウライトが苦手という人もいます。そういう人は無理してやらなくてもいいと思う。でも、やりもしないで分かったような気でいる作家がこれからの音楽業界を勝ち残っていけるとは思いません。音楽ソフトの進化などで多くの人が音楽制作をできるようになった。でも、それももうピークを迎え、使う側が飽きてきてしまっている。今まさに当たり前のコトしかできない作家は淘汰される時代に来ています。
——2013年の音楽シーンはどうなりそうですか?
山口:ソーシャルメディアが音楽に与える影響については、数年前から語られているし、もしかしたら僕はそのプロパガンダの一人かもしれませんけれど、2013年は、まさにソーシャルメディアと音楽が一体化する元年になると思います。
伊藤:それは、どういう意味ですか?
山口:クラウド化とスマートフォン・タブレットによる常時接続が広まっていくことで、楽曲の伝わり方が変わっていくということですかね。Spotifyなどのストリーミングサービスが日本でも始まるし、ソーシャルメディア上のクチコミで音楽が広まっていく環境が整い始めます。
2013年は音楽とインターネットの不幸な歴史が終わって、プラスの相乗効果がでてくる節目の年になると思っているんですよ。ベテランアーティストの活躍も嬉しいし、アイドルブームも面白いけれど、ユーザーが音楽に触れる機会が増えていく中で、もっともっと新しい才能と楽曲が出てき欲しいなと願っています。
伊藤:そうですね。僕らはいま音楽市場における歴史のターニングポイントにいると思います。そういう時にこそ新しいアーティストや楽曲が生まれ時代を切り開いていく、それを一緒に感じられたらいいと思います。
山口:僕はキャリア的にも世代的にも「新旧の融合」がテーマだと自己定義しています。ソーシャル時代の視野を持ちながら、「コンペに勝つ」ためのスキルが手に入り、超一流のサウンドプロデューサーや、第一線の制作ディレクターと接することができるのは、とても貴重な機会だと思います。「山口ゼミ」を、若い才能に活用してもらいたいです。