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異なる人々を、結び惹きつける魅力をもった人間を輩出したい — 京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 新設 — 京都精華大学准教授 安田昌弘氏 インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

ポピュラー音楽研究者/京都精華大学准教授 安田昌弘 氏
ポピュラー音楽研究者/京都精華大学准教授 安田昌弘氏

2006年にマンガ学部の設置で話題になったことも記憶に新しい京都精華大学が、今春、音楽コースを含むポピュラーカルチャー学部を新設した。
またもや日本初となる同学部には、細野晴臣をはじめ、佐久間正英、高野 寛、近田春夫、Bose(スチャダラパー)等、名実共に第一線の音楽家・ミュージシャンが教員に就任する。
そこで、今回はポピュラー音楽研究者であり京都精華大学准教授の安田昌弘先生に、学部設立の経緯や方針から、研究者として見た日本の音楽産業にいたるまで語って貰った。
(取材:Jiro Honda)

京都精華大学:http://www.kyoto-seika.ac.jp/
京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部:http://www.kyoto-seika.ac.jp/popularculture/
京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部ブログ:http://pc.kyoto-seika.ac.jp/

PROFILE
安田昌弘(やすだ・まさひろ)
ポピュラー音楽研究者/京都精華大学准教授  


1967年生まれ、東京出身。東京都立大学人文学部卒業後、渡英。レスター大学マスコミュニケーション研究センター(CMCR)において、『音楽産業のグローバライゼーションと日仏ヒップホップ文化の形成』をテーマとした論文で博士号(Ph.D.)取得。2009年フランスより帰国、同年、京都精華大学人文学部准教授に就任。
BLOG:http://www.djmagimix.org/
Wiki:安田昌弘

 

——今回は、Musicman-NETでは初めての大学へのインタビューとなります。

安田:こんにちは、京都精華大学の安田です。出来たてほやほやの学部です。よろしくお願いします。

——よろしくお願いします。それでは、まず京都精華大学がポピュラーカルチャー学部を新設された経緯をお聞かせいただけますか?

安田:京都精華大学にポピュラー音楽を教えるためのカリキュラムをつくる、という話が最初に出たのは五〜六年前のことでした。

当時僕はフランスにいまして、そのカリキュラムをつくるために、ポピュラー音楽を学術的に教えているイギリスやフランスの高等教育機関から学校案内を取り寄せたり、実際に訪ねて教員のお話を伺ったりしました。僕は日本の大学を卒業してからずっとイギリスの大学院で研究をしていたので、イギリスの大学にも知り合いの先生が多かったんですね。なので、普通ではなかなか聞けないような情報も集める事ができたんです。そんな風にして、自分なりのカリキュラムというのを組み立てて、会ってくれた先生に見せてフィードバックを貰ったり、マメに準備をしていました。

——安田先生自身は、前もってご準備されていたと。

安田:それで、日本に帰って大学に来てみたら、その案自体はお蔵入りになってしまったんです。詳しい経緯は分かりませんが。しかしその後、二年くらい前に、学部改編の流れの中で、マンガ学部から枝分かれするカタチでマンガやアニメション以外のポピュラー文化を扱う学部をつくろうという話になったんです。そこですかさず、一時は諦めたカリキュラム案をもう一度提案してみたんです。

——せっかく作成したカリキュラムですもんね。

安田:そうしたら、結局それが今回のポピュラーカルチャー学部新設の土台となりました。僕自身、イギリスの大学院では「パリと東京のヒップホップ文化の比較研究」という、少なくとも20年前の日本の大学院であれば考えられないようなテーマの研究をしていましたし、日本の大学でも、ポピュラー音楽やポピュラー音楽に纏わる政治・経済・文化・社会の問題に目を向けるような若い人がどんどん出てくれば良いな、と思っていました。一生懸命カリキュラム案も考えたわけですから、まあそう簡単には諦めきれないですよね(笑)。

——確かに(笑)。改めて「京都精華大学ポピュラーカルチャー学部」の特徴を教えてください。

安田:まず京都精華大学というのは京都市左京区にある大学で、学生運動最中の1968年に出来た大学です。元々は美術科と英語英文科しかない短期大学だったのですが、後に四年制となり、学部も英語英文科が人文学部に、美術科が芸術学部になりました。さらにその芸術学部から発展して先ほども出てきたマンガ学部とデザイン学部が出来ました。

——マンガ学部の時も話題になりました。

安田:そうですね。その四学部体制に、今年四月から新しく加わったのがポピュラーカルチャー学部です。まぁ噛み噛みの学部名ですが、暫くすると慣れます(笑)。

——早口だとキビしいです(笑)。

安田:ポピュラーカルチャー学部には音楽コースとファッションコースがありまして、それぞれの分野について、実技的な技能だけでなく、文化・社会的な批評力や政治・経済的な問題意識も身につけられるようなカリキュラムを用意しています。両方合わせて一学年120人程度を受け入れる予定です。

京都精華大学准教授 安田昌弘

——四年間の流れはどのような感じですか?

安田:どちらのコースも、一年生、二年生の間は実技を中心に手を使いながら基礎を学んでいきます。将来、実際にミュージシャンやデザイナーにならなかったとしても、プロデュースやディレクション、そして批評活動にはまず実技の経験が不可欠だ、という考え方ですね。

続いて、三回生になるときに、「つくる」、「届ける」、「考える」の中から自分の専攻を選び、第一線で活躍する先生方のもとでより専門性の高い知識を学んでゆくことになります。それと並行して、コースや専攻の違いを乗り越えて様々な学生が得意なことを持ち寄って、一年がかりでプロジェクトを組み立ててゆく演習などが用意されています。自分たちの発想を社会に発信してゆく練習ですね。ここではイベント企画やサービス開発、レーベルやブランドの立ち上げなど、色々な仕掛けを考えています。

ブロードバンドの普及で音楽市場は縮小してますが、一方で色々なことを仕掛けるのに経済的な元手がかからなくなってきています。でも急に何もかも一人でやれと言われても若い人にはわからないでしょう。その足がかりを与えてあげられればいいなと思っています。

カリキュラムの実際や授業の様子も含めた詳しい内容は出来立てホヤホヤの学部ブログの方でも紹介しているので、ぜひ見てみてください。

——大学発のレーベルというのは興味深いですね。

安田:授業の一環としてイベントを企画したり、フリーペーパーや配信番組を作ったり、レーベルを立ち上げることは考えています。全て学生を主体として、考えられる様々な形態を実験してみたいと思います。

ただ、授業単位での取り組みとなるので、継続的なかたちで学部としてレーベルなりイベントを行うかどうかは、ふたを開けてみないとわかりません。上手くいった取り組みは、それを企画した学生たちのものであり、卒業後のことも含めて彼ら彼女らが継続してゆくべきであって、僕たちはそのサポートをする、というような立ち位置が妥当だと思っています。

一方で、学生が制作した楽曲については、本人の意志を確認した上でクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを利用してデータベースに蓄積し、リミックスの素材にしたり、授業教材として使うことも考えています。京都精華大学では在学生・卒業生とクリエイターを探すクライアント企業をマッチングするセイカ・クリエイターズ・ボードというサイトを運営していますが、こういう動きとも連携して行きたいと思っています。

——以前Musicman-NETでもニュースにしましたが(※)就任される教員のみなさんは、細野晴臣さんをはじめ本当に第一線で活躍されている方々ばかりですね。どのような経緯で選ばれたのでしょうか?

安田:ぶっちゃけ、ほとんどコネのようなものはなく、正面からお願いしたんですよ。二年くらい前に新しい学部を構想する会議体が立ち上がって、ゼロからカタチをつくっていったのですが、ある程度方向性が決まった時点で、協力していただきたい方々の名前をリスト化して、ダメ元でアタックしました(笑)。そうしたらなんと、みなさん関心を持ってくださったんですね。びっくりしました!

——そうなんですね、てっきり元々繋がりをお持ちなのかと思いました。

安田:それと、音楽のほうで声をかけさせていただいた方の奥さんの友人がファッションのほうで声をかけさせていただいた方で、その方のお子さんと僕の子どもが同じ小学校に通っていたりと、へんな繋がりを感じました。世界は狭いというか、シンクロニシティ、ですかね。

Musicman-NETでのインタビューにもご出演の永田純さんにしても、僕がフランスにいた頃よく遊んでいたミュージシャン(レ・ロマネスク)のマネージャーだった、というのが直接のきっかけです。ある日、そのミュージシャンに永田さんの本(『次世代ミュージシャンのためのセルフプロデュース・バイブル』)を紹介されて、一読して「この人や!」と思いました(笑)。永田さんの本が「つくる」、「売る」、「守る」の三軸で展開されていたのも、うちの学部の「つくる」、「届ける」、「考える」とシンクロしてる、と勝手に思っていました。一種の躁状態でしたね、今から考えると(笑)。

——それで今回のインタビューということですから、本当に繋がりってすごいですよね(笑)。

安田:本当にそうですよね(笑)。

——教員のみなさん同士の連携というのはありますか?非常に興味深いコラボレーションが生まれそうな気がします。

安田:錚々たるメンバーですから、なにか起こらないわけがないでしょうね(笑)。ただ、無理やりやってもぎくしゃくしたものしか生まれないので、自然にそういうことが起こることを期待しつつ、僕らとしてはそういうことが起こりやすい環境というか場を作れるように頑張りたいと思っています。良い動きが出来れば、京都の音楽シーンにとっても大きな刺激になると思いますし。

京都精華大学准教授 安田昌弘

——「音楽の学校」で考えると、専門学校やスクールも多くありますが、そういったところとの差異はどこにあるとお考えですか?

安田:端的に言えば、専門学校やスクールと大学の違いは、「応用力」を獲得できるかどうか、にあると思っています。それは先ほど説明したカリキュラムの内容からもはっきり分かることだと思いますが、専門学校と違い、大学教育の究極の目的は、卒業したらすぐ現場で使える技術を教えることだけではありません。その現場がなぜ今こういうカタチをしているのかを学び、そして10年後、20年後どうなるのか、どうなるべきなのかを想像できる感性を養うことが、もしかしたらそれ以上に重要だと思っています。

——将来的にかなり長いスパンで見た、根本・土壌の部分を磨くと。

安田:今流行っている音楽を量産する方法を一生懸命勉強しても、最初は役に立つかもしれませんが、三〜四年後には行き詰まってしまうでしょう。同じように、今音楽業界で常識とされていることを一生懸命身につけても、現実問題としてこの先どこまでそれが通用するのか分からないわけです。

今ある音楽や音楽ビジネスのカタチというのは、言ってみれば変わり続ける大きな流れの中の一部に過ぎないわけですが、それを見極めるには柔軟な感性が必要だと思います。それを教えたいと思っていますね。

——どんなことに関心、興味のある学生に学んで欲しいですか?

安田:前向きにはみ出してる人がいいですね。前向きに。先程も言ったように、今の音楽のあり方を絶対視するのではなく、もう少し広い視野でみたいと思っている若い人とできるだけ沢山出会いたいと思っています。はみ出すことが自己目的化してしまっている人も多いですが、そうではなく、今の世の中とか、今の音楽のあり方に疑問を持っていて、それを解決するために、がんばれば少しくらいは自分もなにかできるんじゃないかな、程度の控えめな自信(笑)を持っている人です。こういう人って多いようで少ないですね。

今の日本の社会って、若者に、できるだけ斜に構えることを強いるような社会だと思うんです。まっすぐにものを言うと孤立してしまうので、自分の気持をちゃんと伝えることよりも、みんなといっしょにそういうのをバカにするほうが居心地がいい。だから、みんなが斜に構えるわけですが、どうしてみんなが斜に構えるのかについて疑問を持つ人はあまりいないような気がします。

——あきらめを超えて、本当に前向きじゃないと日常への疑問は湧いてこないですよね。

安田:それから、音楽を楽曲としてだけではなく、文化として、人と人をつなげる社会的な行為として捉えたいと思っている人ですね。音楽というのは本来的に社会的なものだと思うのです。音楽は、ときに人の心を鷲掴みにしたり、揺さぶったり、溶かしたりしますが、それは音楽が人と人を結びつけるからだと思うんです。その上で、よく出来た楽曲というものは、その結びつきを幾重にも増幅して、繋がりを強めたり、思いもしなかったところまで広げたりすることが出来る。そういう音楽の魅力に敏感な人にぜひ入学して欲しいと思います。

——なるほど。

安田:今の話を聞いて少しでもピンときた人にはぜひ興味を持って貰いたいですね。実際の授業に近い内容のワークショップをするオープンキャンパスも年に数回実施しているので、実際に体験していただきたいです。

——もともと京都精華大学というのはどのような校風なのでしょう?

安田:先程も言ったように、京都精華大学は、学生運動の盛んな時代に、新しい教育のあり方を提唱して生まれた大学です。ですので、良くも悪くもそういうノリがまだ息づいていますね。建学精神は「自由自治」で、キャンパスには門も塀もなく、ひとつの形にとどまらない、という哲学から校歌や校章のようなものもありません。今の大学ではほとんど見かけなくなった立て看板もあるし、ビラも貼り放題で、そのビラをかたっぱしから剥がす自由を謳歌する人もいますが(苦笑)。

——校章もないんですか。

安田:あと、昼休みは学生が勝手にフリーマーケットを出していたり、晩にはドラム缶風呂が出現したりします。僕は赴任してまだ数年なので、実際に見たわけではないのですが、色々な「伝説」を耳にします。それでも最近は随分大人しくなったようで、「何もしない自由」を謳歌する学生もいます(笑)。

——本当に色々な学生さんが集まるんですね(笑)。

京都精華大学准教授 安田昌弘

安田:去年度まで私は同じ精華大の人文学部で教えていたのですが、熱い学生たちも多いですね。というより先生方が熱いので、熱が伝染る(笑)。自分のゼミの課題をこなすためなら他の単位は落とせ、とかそういうノリの濃ゆい授業をする先生が多いです。学生にとっては災難かも知れませんが(笑)、それがきっかけで学ぶことの面白さに目覚める学生も少なくありません。偏差値的な尺度で言えば、色々な理由で今まで勉強してもいいことがなかった人たちが多いのですが、四年間でかなり変わりますね。自分たちで読書会や討論会をしたり、先生を巻き込んで自主ゼミをしたりと、慣れてくると裏メニュー続出です(笑)。

——自主的に学ぶようになるというのは素晴らしいですね。

安田:もう一つ、どうしても触れておきたいのが、ものをつくるときの学生の本気具合です。例えばこの春休みは、ジャパンエキスポという日本のポップカルチャーの見本市に参加するために、学生を連れてフランスに研修旅行に行きました。3ヶ月くらい前から準備をしていたのですが、マンガのワークショップや芸姑の伝統のレクチャーといった企画を学生がどんどん提案して、フライヤーやポスターや、挙げ句の果てにはこのプロジェクト限定の「校章」なんかも、びっくりするくらいのクオリティのものが普通に出来上がってくるんですね。さすが制作系の学部がある大学は違うなぁ、と思わされます。大学の紹介ビデオなんかも、映像をやっている学生や音楽をやっている卒業生が作ってます。 

https://www.youtube.com/watch?v=MTUZ5JLVZkI

こういう熱さをどんどん混ぜあわせていく場をつくって行きたいと思っています。

京都精華大学准教授 安田昌弘

——ポピュラーカルチャー学部からは、どのような人材を輩出したいとお考えでしょうか?

安田:これからの音楽シーンを引っ張っていく人ですね。もちろん、必ずしも大手からCDデビューをしなければダメ、ということでは今やないと思います。それから、音楽以外の面白い分野ともどんどん繋がっていって欲しいです。せっかく同じ学部にファッションコースと音楽コースがあるのですし、それに大学自体、マンガやデザイン、ファインアート等の様々なコースがあるので、どんどん人脈を広げていって欲しいです。

——安田先生の個人的な想いとかはありますか?

安田:学部としては、「世界で活躍する人材を輩出する」っていうやや恥ずかしめのモットーがあるんですが(笑)、僕個人としては、もう少し具体的に、国や民族や人種や性別や世代や趣味や階層の垣根を超えて多くの人に長く口ずさんでもらえる音楽をつくったり、届けたり、考えたりする人を育てたいと思っています。

ただなんとなく「世界で通用する」、なんて言っても捉えどころがないし、下手するとクールジャパンとかソフトパワーとかいう国益優先の政治やビジネスの道具として消費されるだけでしょう。そうではなくて、もっと身の丈レベルでの対話から、異なる人々を結びつけられる、異なる人々を惹きつける魅力やカリスマ性のようなものをもった人間を輩出したいです。英語で「popular」というのは「people」の形容詞形なんですが、その意味ではポピュラー音楽というのは、「人々の」音楽と言うこともできます。ブロードバンドが普及した今の時代、これまででは考えられなかった世界との結びつき方が可能になっているはずです。

——確かにどこにいても「誰か、何か」と結びつく方法は大幅に広がりました。

安田:そういう意味では、もはやなにがなんでも東京で、ということでもないのかもしれません。むしろこれからは、自分でイベントをしたり、レーベルをつくったり、著作隣接権が整備されればウェブラジオを作ったりと、地域社会や地域文化に寄り添った音楽、音楽ビジネスのあり方、というのも考えられます。

レコード産業が現在の形になる前、戦前の日本では京都や大阪や奈良にも沢山のレコード会社や映画会社がありました。それに戦後も京都は先鋭的なポピュラー音楽を数多く発信してきたという歴史もある。別に京都に限りませんが、そういうリソースを活用できる才能もニーズがあると思っています。日常生活という点から考えるなら、ゲーム音楽や音楽アプリ、駅の発車メロディや音環境デザイン、家電やスマートフォンの操作音にいたるまで、ちょっと耳を澄ませば、音づくりの才能を発揮できる現場はどんどん増えています。

——ファッションコースや、他学部との連携についてはどのような展開を予定していますか?

安田:同じ学部にあるファッションコースとは密接に連携することになると思いますし、そういう科目もたくさん用意しています。それを通して、ファッションとか音楽とかいうあたりまえすぎる分類を超えたなにかを提示してくれる学生も出てくればいいと思います。

大学全体でも、学部間の風通しを良くしようという気運が出てきているので、学部を超えた連携というものも今後少なからず出てくると思います。将来はアニメーションコースの学生の作品に音楽コースの学生がサウンドトラックをつけるとか、音楽コースの学生の楽曲に映像コースの学生がPVをつけるとか、こういう連携も広げて行きたいと思っています。

——やろうと思えば、可能性はたくさんあると。

安田:ただ、授業の一環として展開できるものと、なかなかそうはいかないものがあるので悩ましいです。学生それぞれ限られた時間の中でプライオリティがあるので、単位にならないものとなってくるとなかなかうまくいかなかったりします。ですから、まずは自然なカタチで教員同士、学生同士が連携プロジェクトを立ちあげてゆくのをサポートしていけたらと思います。

——「バード・カレッジ (アメリカ)」と「ユトレヒト芸術大学 (オランダ)」が交換留学先海外協定校となっていますね。

安田:これは、既存の海外協定校のなかから、音楽コースのある大学に改めてアプローチして決めました。現在、欧米やアジアでさらに協定校を拡充する方向で調整を進めています。期間として、確かに1セメスター(半年)の交換留学では、短いとも思っています。実際、やっと慣れたくらいのところで帰国になるんじゃないかな。

だけど、それでも行くのと行かないのとでは全然違うでしょうね。半期だけでも外国で生活して、勉強して、遊んで、言葉が通じないことや向こうの学生の授業への取り組み方の真剣さも含めて、たくさんのカルチャーショックを受けて帰ってきて欲しいと思っています。そしてそこで得たものを、もったいぶらずに同級生と共有して欲しいと思いますね。

京都精華大学准教授 安田昌弘

——安田先生ご自身は、どのようなことを指導されるのでしょう?

安田:僕は文化社会学が専門なので、「届ける」と「考える」が主な指導領域ということになります。まずは一回生向けの文化産業研究概論という講義があります。この講義では音楽産業、ファッション産業にとどまらず、出版や放送、映画、ゲーム、ネットなど、大量複製・大量流通技術の登場とともに様々な業界が形作られてきた歴史や現状、相互関係などを分析しながら、これからの音楽ビジネスやファッションビジネスのかたちを考えていきたいと思っています。

二回生向けの実習では、講義の内容を踏まえつつ、音楽を紹介するメディアを実際に企画・制作します。まあフリペや配信番組を作ったり、ウェブ雑誌を立ち上げたりとかです。制作物は実際に配布・公開します。ユーザーからのフィードバックをもらいながらブラッシュアップしてゆくというプロセスを通じて、メディアを運営する際に考えなければならない点やいろいろな戦略を身につけてもらおうと思っています。最終的には、自分たちが立ち上げたメディアを広報媒体にした音楽イベントの実現を目指します。実際に手を動かして身体で理解する部分を、理論的な分析作業と上手く統合したいと思っています。

——お話しを聞いていると僕も学びたくなってきました(笑)。安田先生が文化社会学やポピュラー音楽を研究することになったきっかけというのは?

安田:ジャーナリストにでもなろうと思って、甘いですけど(笑)、留学した英国の大学院に、たまたまポピュラー音楽研究の先生がいて、ものすごく感銘を受けたのがきっかけです。それまでも音楽は好きでしたが、大学院でそういう研究ができるんだ、というのがすごく衝撃的だったんです。それでその先生にべったりくっついて勉強してました。この先生の本はのちに日本語訳して出版することになります。

博士課程では、先ほど触れたように、パリと東京の音楽業界関係者200人くらいにインタビューをして、音楽産業の中でのヒップホップ文化の位置づけ意識について比較研究をしました。

——具体的にはどのような研究内容なんですか?

安田:「正しい」ヒップホップ文化について、ファンやミュージシャンの意識というのがあると思うんですが、その間に入るレーベルやメディアや流通部門でも、中を細かく覗いてみると関係者一人ひとり意識とか距離感が違うわけです。日本語ラップと聞いただけで拒否反応を起こすA&Rも、J-POPといっしょに紹介しようとする雑誌ライターも、US Rapと同じ棚に並べようとするバイヤーもいます。そういう拮抗関係を通してミュージシャンとファンが繋がっているわけです。その繋がり方を、パリと東京で比較してみました。

——フランスと日本の若者文化の違いというのはどんな感じなのでしょう?

安田:日本の若者で言うと、今の若者は自分志向で他人との繋がりを求めない、というような意見をよく耳にしますが、僕はそうは思っていなくて、むしろ彼ら彼女らは、僕たちが若かったことに比べてもずっと強く他人と繋がりたいという気持ちを持っていると見ています。僕はいま40代半ばですが、僕らより上の世代だと、テレビの人気番組なんかがあって、特に意識しなくても共通の話題があったはずです。でも、今の若者たちをとりまく環境は、簡単にそういう共通の話題を与えてはくれません。これは最近の社会学ではよく指摘されていることですが、僕らの世代に共通の話題を提供していたテレビは、それこそ僕らが中高生くらいだった時期から段々と、テレビの裏側を見せることでしか視聴者の気を引くことができなくなっていきます。お笑い番組にディレクターが顔を出したり、企画会議が番組になったり、どう見てもクサい青春ドラマがクサさ故に人気になったり……。

裏を読んでツッコメなければ翌日学校で話題を共有出来ませんから、みんな必至で「裏読み力」を身につけるようになります。最終的にはスタジオのタレントが視聴者の代わりに取材VTRを見ながらツッコミだすようになり、ついに「テレビおもんない」ということになっちゃったのが今だと思うんです。

——普通に「隙」があると誰でもツッコミを入れる時代ですよね。逆にその「隙」に気付かなかったら、気付かないことにまたツッコまれたり。

安田:こうして考えると、今の若者は裏を読み、斜に構えることを前の世代から引き継ぎつつ、それまではかろうじて斜に構える共通の対象であったテレビさえも失いつつあることになります。繋がりたいと思っているのに、つながるやり方は斜に構えることしか知らない、という非常に危なっかしい綱渡りを彼ら彼女らはさせられているのです。若者たちがテレビや音楽から離れていっているとしても、その原因を全て若者たちの行動パターンの変化に見出そうとするのは表面的過ぎる。若者たちは裏を知りすぎたのです。大人たちは裏を教えすぎた(笑)。だからこれは、僕ら大人にも責任があるのです。僕らも当事者意識を持たないといけない。

——フランスの若者たちはどうですか

安田:フランスの若者は随分素朴に思えますし、もっと素直に青春を楽しんでいる気がしますね。もちろん、若者の生活にとって、テレビがそもそも日本のような重要さを持っていないということもありますが、それよりも自分が経験した色々なことについて、屈託なく他人と共有しようとします。まあただのおしゃべり好き、っていう見方もできますが(笑)。テレビを見続けなくても、パソコンの前に座り続けなくても、街に出れば面白いことはたくさんあるし、お金がなくても無料のイベントはどこかで必ずやっているし。日本は娯楽が高すぎるというのもあるかもしれません。テレビ、ネットは基本的に無料ですから、日本の若者にとってはテレビからネットに並行移動するのが一番合理的なのでしょう。

——フランスにおける問題点というのは?

安田:もちろん、高止まりの若年失業率であるとか、移民家庭の世代間のアイデンティティの問題、もはや多数派になりつつある離婚家庭の子どもたちのケアや「家族」という単位のぐらつきなど、フランスにはフランスの若者問題というのがありますが、最近の僕の関心はこのようなところです。もちろん、日本の若者が全てこうだと言っているわけではありませんし、テレビを目の敵にしているわけでもありません。むしろ、日本のテレビは面白すぎたとさえ言えるかもしれません。ただ、テレビ離れが進んでいる今は、日本の若者の現状について色々なことを考える契機なのではないか、と、テレビ放送開始60周年記念番組などを見ながら思ったわけです(笑)。 

京都精華大学准教授 安田昌弘

——ポピュラーカルチャー学部の将来的な理想のカタチというのは?

安田:将来的な展開は色々妄想していますが、今はとにかくカリキュラムをさらに調整・改善しながら、最初の卒業生を出すことに注力したいと思っています。これからも折りにふれ注目して貰えたら嬉しいですね。

——現状の日本の音楽産業・音楽業界を取り巻く状況についてはどう思われますか?

安田:ビジネスですから、日々回し続けなければならないというのは当然です。ただ、恐らくその場その場で対症治療をしていたのではそろそろ間に合わなくなっているのではないでしょうか。僕が言うのもおこがましいですが、そのときに、鍵になってくるのは商品ではなく、文化としてのポピュラー音楽の側面のような気がします。商品ではなく、音楽として文化に根付かせることが出来るかどうか。その辺りを包括的に一から考えないといけない時期に差しかかっているような気がしますね。

権利や契約でがんじがらめにしないで、ついでに風営法も見直して、もっと気軽にカラダ全体で音楽を聴く機会を若者に与えるべきだと思いますよ。これはメジャーとかインディーとか関係ない話で、僕はむしろ国とか地方とか公共レベルでお金を出すべきだとさえ思っています。江戸時代の藩主も、地元の結束を高める為に祭りを奨励したじゃないですか。お役所だってもっと懐の広いところを民衆に見せるべきですよ(笑)。

——今後についてはいかがでしょうか?

安田:予言者ではないので分かりません(笑)。ただ、若者文化がある種の袋小路に紛れ込んでしまっている状態の中で、大学を始めとする教育機関・研究機関が担うべき積極的な役割というのもあると思います。

——これから音楽に携わる人間には、どのような要素が必要になってくるとお考えですか?

安田:これまでの音楽ビジネスは、砂場でお城作りの一番上手な人を見つけてきて商売していました。要するにスタービジネスです。これからの音楽ビジネスは、砂場作りの一番上手な人を見つけて商売することになると思います。

——「上もの」ではなく「下地」だと。

安田:つまり、プラットフォームビジネスですね。ヴィジュアル系のライブでのファンサービスもAKB48の総選挙も、楽しい砂場づくりですよね。ヴィジュアル系やアイドルポップは、好き嫌いが分かれる傾向が特に強いジャンルなので、それが邪魔してなかなか客観的に見えづらいですが、そういう共通点があると思います。

今後はあからさまな商業主義やファンに対する迎合主義みたいのを嫌うジャンルでも、プラットフォーム的な発想は必要になってくる気がします。一番わかり易いのはライブとかフェスという特別な空間にそういう仕掛けが持ち込まれていることでしょうか。あるいはネット空間でも、「歌ってみた」や「踊ってみた」的な、ユーザーが主体的に参加する余地を用意しておく。こういうのはリミックス文化とも接続すると思います。初音ミクのピアプロとか、再び注目を集めるようになってきたクリエイティブ・コモンズの活動なども気になりますね。

もっと突き詰めれば、「楽曲」というカタチではなく、よりインタラクティブな「ゲーム」や「アプリ」として自分の才能を発揮してゆくミュージシャンというのも十分考えられると思います。ギターの速弾きはいいからスクリプト書け、みたいな時代はすぐそこです、たぶん(笑)。いや速弾きも大切ですけど(笑)。

——(笑)。有望な人材の輩出を期待しています。

安田:大学は山奥ですが(笑)、京都に来た際は一度遊びに来てください。お待ちしています。

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