日本人らしい視点で「音楽の記憶」を呼び覚ます 〜 サブスクリプションサービス「レコチョクBest」スタート
レコチョクは3月4日より、スマートフォン向けのサブスクリプションサービス「レコチョク Best」(アプリサービス)の提供をスタートした。「レコチョク Best」は月額980 円(税込)の定額で、J-POPを中心に約100万曲以上を、スマートフォンで聴くことが可能になる。通信圏外においても、一度聴いた曲は端末のキャッシュに保存され、一定の曲数を聴くことができ、14日間のフリートライアル期間も用意されている。「レコチョクBest」の概要と、新サービスに込めた思いを「レコチョクBest」の開発・制作にあたった 企画開発部 プロデューサー 鬼頭武也氏、マーケティング部 編成グループ アシスタントマネージャー 安部貴之氏、企画開発部 堀井瑠可氏お三方に話を伺った。
プロフィール
鬼頭 武也(きとう・たけや)
通信事業者、外資系レコード会社を経て、2009年10月にレコチョク入社。
主に新規デバイス・プラットフォーム向け音楽配信サービスの企画〜開発指揮、ならびに同社事業戦略の立案等を担当。
安部 貴之(あべ・たかゆき)
編集プロダクションや出版社で情報誌の編集をした後、2006年11月にレコチョク入社。
ケータイ/スマートフォン向けサイト「レコチョク」で編成に携わり、現在は同アプリのサービス企画・編成を担当。
堀井 瑠可(ほりい・るか)
銀行系システム開発会社の基盤運用に従事後、2011年5月にレコチョクに入社。
「レコチョク」で様々な企画開発案件遂行に携わり、現在はサブスクリプション音楽配信サービスの企画、
プロジェクト推進を担当。
——「レコチョクBest」の企画はいつ頃から始まったんですか?
鬼頭:サブスプリクションモデル自体は、KDDIさんと協業で「LISMO unlimited powered by レコチョク」(※)というサービスを展開させていただいているので、実は2年ほど前からやっていたんですね。レコチョクでやろうと思い立ったのは2012年の初夏頃で、ようやく端末環境が整ってきたことと、回線の問題もLTEが始まったので、足場も固まってきて、そろそろいけるんじゃないか、というところでプロジェクトがスタートしました。
やはり、お客様が音楽を聴かなくなっている、音楽にお金を払わなくなっていることに対して危機感を持っていました。これは新しい音楽の楽しみ方を提供しない限り、市場に限界感があると。今のままでは誰も飛びつかないし、音楽は聴き方の目新しさを提供しない限りは、よほどコアな音楽ファン以外はどんどん離れていくというのは自明の利ですから。
我々自身でサブスクリプションをやろうと思った背景には、SpotifyやPandoraなどのスマホ時代の新しい音楽サービスの存在がもちろんありましたし、お客様がいいなと思える新しい音楽サービスをきちんと提供することで市場を開拓していかないと、ますます音楽離れが加速すると思ったからなんですね。
——「レコチョクBest」はどのようなサービスなのでしょうか?
安部:「レコチョクBest」のコアコンセプトは“音楽は記憶だ”でして、そのコンセプトに基づいて、あの頃に聴いた、口ずさんだアーティストの楽曲や、さまざまなシチュエーションで聴きたくなるような楽曲を、いわゆる日本人らしい視点でお届けするサービスです。海外に類似サービスもあるんですが、日本人には響かない部分もあったので、そこに関してはかなりこだわりを持って作り込んでいます。
コンセプトを体現する特徴がいくつかありまして、日本人が心地よく音楽を楽しんだり、出会える仕組みをこのサービスの中では重点的に表現しています。これまでの音楽プレイヤーにもあったような歌詞表示サービスも追加しておりますし、ジャンル区切りではない、関連アーティストの見せ方、例えば“夏フェス”や“テレビ番組”のような日本人のライフスタイルに沿った形での関連アーティストの見せ方やタイアップ情報なども表示させて、楽曲名は思い出せなくても、ドラマのタイトルやCMの商品名から思い出せるようになっています。
また「ダイジェスト再生」という機能があるんですが、これはプレイリストやアルバム単位でいいとこどりで連続で聴いてもらうという機能です。フル尺で聴くと思い出せなくても、サビだけ連続して聴くことで、思い出の中に眠っていた曲が掘り起こされるんじゃないか、そこから広がるんじゃないか、と。
——まさに音楽の記憶を呼び起こす仕掛けがたくさんあるわけですね。
鬼頭:そうですね。その“音楽は記憶だ”というコンセプトの裏には、「Pandora」や「Spotify」といった海外サービスとの差別化ということも考えていまして、日本のユーザーに音楽を聴いてもらうためには、日本人ならではのコンテキストが必要だと思うんですね。「2,000万曲用意しました。好きに聴いてください」だけでは、日本のユーザーは音楽を聴いてくれないのではないか? とずっと思っていました。これは社内の議論でもあるんですが、欧米の方の音楽リテラシーって相当高いんだろうなと思うんですね。自分で音楽を発見して聴いていく、そういった文化や国民性があるので、ライブラリ共有サービスも成り立つと思うのですが、日本のユーザー、特にレコチョクのユーザーは、何か文化的な文脈があって、音楽ではないところでアーティストを知っていくことが多いんですね。
——確かにそうかもしれないですね。
鬼頭:もちろん検索窓を用意しているんですが、ジャンルや50音順、あと、今回かなり力を入れているのが編成の部分になっていまして、年代別でアーティストがまとまっていたり、テーマ、例えば“卒業”とか“桜”とか、日本人らしいテーマでプレイリストを作っています。いきなり文字を入れて検索するのはしんどいと思うので、まず、誰でも知っているアーティストのプレイリストを並べておきまして、その中には1〜2アーティストくらいは好きなアーティストがいるだろうということですね。
▲「レコチョク Best」アーティストBest画面
——「ベストプレイリスト」というものがアーティストごとにあらかじめ作られているんですね。
鬼頭:最初の段階では250アーティストを作っています。そこから好きなアーティストを選んでいただいてアーティストページに行きますと、そこで全曲聴けるようになっています。そこから関連アーティストというところに、音楽分脈ではない繋がりで色んなアーティストを並べていくんですね。ですから、いちいち文字を入力しなくても繋がっていき、新しいアーティストに出会っていただくというのが「レコチョクBest」の一番大きな特徴だと思います。
——オリジナルのプレイリストは作れるんですか?
安部:はい。比較的簡単に作れるようになっていまして、「プレイリスト画面」や「楽曲再生画面」から「+(プラス)ボタン」を押していただくことで、新しいプレイリストを作ることができます。とはいえ、自分で名前をつけてプレイリストを作るのは面倒だろうと思いますので、まずはバーッとザッピングをして、好きな曲を見つけたとき、とりあえず「☆」マークを押していただければ、お気に入りに勝手に追加されていくようになっています。今回の「レコチョクBest」で提供している楽曲もそうなんですが、iPhoneで言うところの「Music」アプリに入っているローカルの楽曲とも一緒に聴けるんですよ。
▲「レコチョク Best」アーティスト画面
▲「レコチョク Best」プレイリスト画面
——そこをもう少し具体的にお伺いできますか?
安部:「MY BEST」というのがいわゆる「マイページ」と言いますか、自分の作成したプレイリストが並ぶページになっているんですが、いわゆるサブスクリプションサービスで配信している楽曲たちなので、基本的にストリーミングで聴く形になります。そして、同じ「MY BEST」にある「お手持ちの楽曲」というところをタップして頂くと、本体の中に入っている楽曲も混ぜてプレイリストを作ることができるので、例えば、あるアーティストの初期の頃のCDは持っていないから、その分をレコチョクBestで補完して、全ディスコグラフィーを完成させるとか、そういった楽しみができます。
——それは便利ですね。ちなみに洋楽はどうなっているんですか?
安部:もちろん洋楽もフルラインナップと言うくらい充実しています。ただ、今回のコンセプトがJ-POPを中心にというところにありますので、洋楽はラインナップとしては多いんですが、相対的には邦楽を強めに打ち出しています。
鬼頭:洋楽アーティストも含めて、割と海外のサービスになくて我々がやっていることとして、アーティストの一覧も作っています。例えば、「ア行」のアーティストを探すとやると洋楽・邦楽関係なくアーティスト名がズラッと出てきます。CD屋さんの棚をバーッと見ているような感覚と言いますか。ジャンルによってもアーティスト一覧で見ることもできます。
——ソーシャルネットワークとの連携は?
鬼頭:聴いている曲をTwitterやFacebook、mixiに投稿する機能を付けています。プレイリストの共有に関しても、いずれ必要かなと思っていますが、その前段階として、いくつか仕掛けが必要だと思っているんですね。一度、アンケートでユーザーにプレイリスト共有サービスについてどう思うか聞いてみたんですが、そうしたら一言「いらない」と言われて終わってしまったんですよ(笑)。つまり受け取る方はプレイリストを押し付けられることをあまり嬉しいこととは思っていないんですね。これは結構重要なことだと思っていて、何か仕掛けがないとプレイリストの共有は迷惑でしかないんですね。
——誰からもらうかにもよると思うんですけどね(笑)。
鬼頭:それもありますね(笑)。ソーシャルグラフをどう作るかだと思うんですが、圧倒的なソーシャルグラフが無い日本においてレコチョクのユーザーと相性のよいグラフをどう作るかが肝かなと思っています。うかつに流行に乗っかって迷惑と思われかねない機能を作るよりも、ここは慎重に見極めながらやっていきたいですね。
——ラジオ機能を付加する予定はないんですか?
安部:ラジオ機能も考えたんですが、今のところはまだないです。そこと混じってしまうとどうしても混乱してしまいますし、あくまで聴き放題をメインにしようと。
——フリートライアルはどうなっているんですか?
安部:フリートライアルは14日間用意しています。他のサービスと違うところはいわゆる課金登録をする前に14日間無料で楽しめるところです。そのまま気に入って頂いたりとか、せっかく作ったプレイリストがもったいないよねと思って頂いたお客様には、その後サービスにご入会して頂ければと思っています。
——「月980円」という価格はどうやって決めたんですか?
鬼頭:価格はゼロベースで議論しました。ただ、それまでよくあった月1,480円だとちょっと高くてお客様は獲得できないという考えもありました。色々なところでお客様のインタビューをとっても「1,480円は高すぎる」という意見が多かったんですね。ですから、お客様の財布にとっても優しく、かつ「海外ではもっと安いんでしょう?」と言われないような価格を念頭に置いていました。日本の音楽配信サービスって「待っていれば。いずれ海外のサービスが来て、安くなるんでしょう?」と変に思われている部分もありますので。
安部:お客様の予算の範囲内で、海外に比べても価格格差をなくし、海外のサービスが入ってくる前に、それにひけをとらないドメスティックなサービスをやろうということですね。
——決済方法はどのようになっているんですか?
鬼頭:「レコチョクBest」は色々なお客様に使って頂きたいと思っておりますので、決済方法はかなり多く手段を用意しております。いわゆるクレジットカードや携帯のキャリア決済に加えて、今回当社で初めてアプリ内課金も対応しています。いわゆるApple IDによる課金ですとか、Google IDでのウォレットでも課金ができる形になっていますので、クレジットカードをお持ちでない若い方から、Apple IDに凄くお金が貯まっている方でも、簡単に使って頂けるような形になっています。もちろんAndroidにも対応しておりまして、初夏にはPC版も予定しております。ちなみにiPhoneもAndroidもUIを完全に合わせてありますので、途中で機種変更されても全く同じ世界観、全く同じ操作性でお使い頂けます。
安部:同じIDでしたら、複数の端末でログインできますので、ある端末で作ったプレイリストを他の端末で同期させて表示することもできます。
——音質に関してはどうなんでしょうか?
安部:128kbpsと320kbpsを選択することができます。320kbpsを選択頂ければ、端末でも、またスピーカーから音を出していただけるとよりいい音で楽しんで頂けます。あと、端末の容量が許す限り、キャッシュという形で最大8Gまで一時保存ができます。曲数で言いますとざっと約1,600曲くらいはオフラインでも聴けます。
——ということは地下だろうがどこだろうが問題ないと。
鬼頭:そうですね。あと意図的にキャッシュした曲も選べます。キャッシュされている楽曲は「キャッシュ済みの楽曲」というところに入ってきますので、明らかに電波が入らないときはその曲だけ聴いていれば大丈夫です。
——レコード会社との交渉はいかがだったんでしょうか?
鬼頭:やはりレコードメーカーの方々はアラカルト配信の売り上げに影響が出ないか、危惧されていました。ですので、この価格でこういったモデルでやることが、市場を最大化できるという説明を、レコード会社の方々から何度もツッコミを受けつつ(笑)、3、4ヶ月に渡って行いました。やはりレコード会社さんによって市場の見方が違ったりするので、我々もレコード会社さんごとの市場の見方に合わせたデータを持っていってご説明しました。
——レコード会社からの新曲の提供状況というのは?
鬼頭:そこはアーティストサイドのご判断もありますので、そこは各社それぞれになっています。ですので、発売後少しタイムラグがあるケースもあるかと思います。
——新曲発売後、何日でというような明確なルールはないわけですね。
鬼頭:はい、そうなります。
——でも、サービス・インの時点から約100万曲揃えているんですよね。
鬼頭:そうですね。ジャンルを問わず100万曲を上回る曲数でスタートとなります。
——加入者数はどのくらいを見込んでいますか?
鬼頭:「レコチョクBest」として自社の枠組みでの展開と同時に、例えば、キャリアさんとの協業など、他社のサービスと「レコチョクサポート」というパートナーシップを組んで、「レコチョクBest」は後方支援のサービスとして提供していきますので、この二つの枠組みでユーザー獲得を目指していきます。「レコチョクBest」単体としては、まず100万人のユーザーを確実に獲得することを目指して運営していきます。
——「レコチョクサポート」の具体例を教えてください。
鬼頭:例えば、NTTぷららさんの「ひかりTVミュージック」との協業ですね。現状、「レコチョク Best」は、レコチョクを知っていて、「レコチョクBest」を目的に探して来ていただくユーザーさんにサービスを提供する、いわゆるインバウンドの販売モデルなのですが、一方弊社はリアル店舗等があるわけではないので、例えばお店に来たユーザーにご案内して使っていただくというようなアウトバウンドな営業は難しいんですね。そういうコンシューマーに対するリアルな営業部隊がいるわけでもありませんので。
ですが、NTTぷららさんと協業することにより、家電店にいらっしゃった弊社のサービスを知らないユーザーさんにも「ひかりTVミュージック」全体の枠組みの中で接点を作ることができます。弊社が用意しているサービスに親しみがなくても、ひかりTVミュージックというブランドをかぶせる事によって、刺さりやすくなるということです。こういう、ユーザーセグメントと販売販路等が全然違う企業さんと組むことによって、全体の中で市場を作るというのがブランドコンセプトになっています。
——ちなみに「レコチョク」というブランドはそのままという感じですか?
鬼頭:そうですね。我々が提供しているサービスのクオリティって、得てして提供しているものよりも低く見られてしまう傾向がやっぱりありまして、実際はスマホ向けにも、現状ですでに320Kbpsの高音質で提供しているのですが、その事実をあまり知られていなかったりするんですね。そういった「日本の音楽業界発のサービスはイマイチ」みたいな色眼鏡もある中で、もう一度、高いクオリティでとても便利なものを提供することによって、後ろ向きなイメージをひっくり返したいという思いも少なからずあります。
ですから、この「レコチョクBest」は海外のメイン・ストリームのサービス以上のものを作るというのは大前提でしたし、「レコチョクBest」は価格やサービスでも、ある意味パンドラの箱を開けちゃうようなサービスになっていると思っています。
——海外サービスを含めて、ズバリ競合はどこになりますか?
鬼頭:やはりSpotifyですかね(笑)。そういう海外のサービスを研究した上で、日本人向けに機能をかなり最適化しているので、コアな音楽ファンからライトユーザーまで楽しんでいただけるものになっていると思います。
とはいえ、サービスのブランディングや価値もそもそもが全然違うものだと思いますので、そことの競合というよりは、まずはユーザーが音楽を聴くためのメディアが空洞化しているという状況を何よりも優先的に改善していかなければならないと思っているんですね。その「空洞化」が一番のライバルと言えますね。
——今後の課題は何でしょうか?
鬼頭:先ほどお話したソーシャル部分はこれからかなと思いますね。我々もまだ回答を見いだすことができなかったので、そこは今後の課題になるかと思います。
堀井:あとは再生までのスピードの向上でしょうか。
安部:ただ、アプリの安定感は相当こだわっているので、落ちることはまずないですね。
堀井:2、3ヶ月はその安定性の部分に時間をかけましたので。
鬼頭:サブスクリプションとアラカルト両方サービスを提供する会社って、世界でも我々くらいしかないかと思うんですが、その両方のサービスを使って頂くお客様を育てていくのが一番の肝だと思っているんですね。サブスクリプションでバーッと聞きつつ、やっぱり好きなアーティストはアラカルトで買いつつ、サブスクリプションに戻って来て、みたいな、その循環をどうデザインするかが、我々が今後本当にやらなくてはならない部分なのかなと思いますね。
——ただ、「レコチョクBest」のようなサブスクリプションサービスが誕生してしまうと、アラカルトで購入して頂くのはなかなか難しいんじゃないですか?
鬼頭:そこが結構面白い部分で、音楽を聴きたいためだけに音楽にお金を払う人と、アーティストが大好きで貢献する、グッズを買う流れでアラカルトダウンロードを買ってくださる御客様も相当数いらっしゃいます。それと文化として「私、新曲をいち早く買ったんだ」というコミュニケーションで盛り上がることってまだまだ多分にあると思っています。
ただ、聴かせるだけだと限界があるのかなとも思います。着うた、着うたフルは着信設定という「音楽を聴く」こと以外の楽しみを提供することによって、裸の音楽配信に付加価値を付け、市場を花開かせることに成功したわけで、逆にそういった新しい楽しみがある商品開発をしない限り、市場は作れないと思っていまして、今やっているアラカルトは裸の音楽商売なので、やはり限界感があります。ですから、もう少しデコレーションさせて「音楽を買う」という意味を進化させなくてはいけないと思っています。商品は商品で進化させつつ、サブスクリプションも進化させつつ、その合わせ技で一番お客様が音楽、もしくはアーティストに親しみを持てるようにしていきたいですね。