USENといえばヒット曲、スマホからもヒット曲をー「スマホでUSEN」株式会社USEN 放送企画本部 本部長 沖 秀史氏 インタビュー
多チャンネル音楽放送の草分けであり、最大手のUSENが音楽アプリ「スマホでUSEN」をリリースした。音楽番組550ch以上が月額490円で聴き放題の「スマホでUSEN」は、USENが長年蓄積した番組企画・編成、BGM演出などのノウハウを活かし、ラジオ型配信のスタイルに徹底的にこだわったサービスとなっている。本サービスでコンテンツを統括する株式会社USEN 放送企画本部 本部長 沖 秀史氏に話を伺った。
(取材・文・写真 Jiro Honda、Yuki Okita)
「個人に音楽を楽しんでもらいたい」その先に見えたものが「スマホでUSEN」
——「スマホでUSEN」のサービスの概要についてお聞かせください。
沖:「スマホでUSEN」は、“USENを持ち歩こう”が一つのコンセプトになっています。これまでのUSENは50年ほど、据え置き型のチューナーで店舗や個人のお客様へサービスを提供させていただいていて、チューナーを導入する方は、40歳以上に多かったのですが、このスマホでUSENは、より幅広い年齢層がターゲットになっているんですね。
今、サブスクリプションなど音楽配信のプラットフォームがたくさん出てきて、充実していく中で、USENとして、音楽を聴く時間が減っている人たちに向けた新しい取り組みはなんだろう? もっとコンシューマーに音楽を楽しんでもらうには、どうしたらよいのだろうと模索し、議論していく中で「スマホでUSEN」というサービスにたどりつきました。そこに、我々の強みである各所に音楽を提供し続けたことで生まれた編成や切り口と50年間培ってきたノウハウを注ぎ込んだことになります。
——「スマホでUSEN」はいつ頃から構想されていたんでしょうか?
沖:一昨年くらいから、社内でやろうと盛り上がっていました。そして、去年の3月に新事業開発部門が立ち上がりまして、そこから急ピッチで開発を進めました。
——開発期間はどれくらいだったんですか?
沖:半年くらいです。まずは日程ありきで、一気にやるという感じでしたね。
——USENは過去に据え置き型以外のデバイスでサービス提供をしたことはあったんでしょうか?
沖:NTT東日本さんが提供しているタブレット端末があるんですが、そこに音楽放送を提供しています。
今後、有線放送はどのように進化していくべきか、ということは以前から議論していまして、会社が始まった頃はケーブルテレビのような線があり、それが衛星放送に代わり、IPv6マルチキャストでの放送というように徐々に進化していきました。しかし、目の前に巨大なビルがあって、パラボラアンテナを設置できないなど、ある条件下ではインフラの制限を受けるという状況を考えると、更に進化させていく必要があったんです。
タブレットであるということと、Android上のソフトウェアで動くUSENということでは、初めてのチャレンジであり、そこにチャンネル提供をしていくなかで、「Androidで音楽を流す」ということについては行ってはいたんですね。そして「その先にあるものは何か」と考えたときに、「やはりスマホだろう」という結論になりました。
——サービス開始当初は500chでしたが、現在のチャンネル数はどのくらいあるんでしょうか?
沖:現在は580chを超えました。年内には1000chを目指します。
——「スマホでUSEN」はいわゆるフリーミアムではなく、料金を支払ってスタートするんですよね?
沖:そうですね。無料のお試し期間は設定していますが、基本的には月額490円で聴いていただくサービスです。
毎月お金を頂くということは、事業戦略上、大事なんですね。USENは、昔からサブスクリプションのようなサービスをやっていましたし、それを今の形に合わせて作ったら「スマホでUSEN」になったという感じですね。
——490円というワンコインで収まる料金設定にされた理由というのは?
沖:いわゆるオンデマンド型と呼ばれる、ユーザーがアーティストや楽曲を選んで聴けるサービスは、980円というのが平均的なラインですよね。ですが、「スマホでUSEN」はチャンネルを選んで聴くという完全なラジオ型です。従って曲も途中から聴くことになるというところもありますので、価格は安く設定しています。とはいえ、あまりに安くしてしまうと事業としては厳しいですし、そんな中で、ワンコインだったら若い人たちにも気軽に聴いてもらえるんじゃないか、ということでこの価格に決まりました。
ドメスティックであることを生き様に
——「スマホでUSEN」での想定ユーザー層というのは?
沖:当初は30代をメインターゲットに20代〜40代を想定していましたが、USENというブランドは良くも悪くも、大衆に音楽を届けるようなイメージがあると思うんですね。ですので、妙にとんがって狭いところだけを攻めるようなカッコいい名前をつけるよりは、もっと皆さんに音楽を楽しんで頂きたいとか、知らない人にも聴かせたくなるような曲を見つけてほしいということで、結果的には老若男女あらゆる年齢層を想定するようになりました。やはり音楽好きだったり音楽に近い人であれば、年齢は問わないですし、各年代をターゲットにした番組もありますので。
楽曲情報やCDの購入ができる「Play」画面、特集などおすすめチャンネルの一覧「Pick up」画面、聴きたいチャンネルを探せる「Channel」画面
——これだけチャンネルがあると、どの年代の方も楽しめそうですね。
沖:そうですね。例えば60代に一番人気があるのはクラシックの現代音楽だったりするんですよ。我々は「演歌じゃないの?」と思っていたんですが(笑)、実際はそのようにイメージと違ったりしていて、我々も興味深いです。今までも、サービスを通じてお客様とは様々なコミュニケーションをとってきましたが、「スマホでUSEN」のようなインフラ制限のないお客様と向き合うことは、とてもエキサイティングですし、日々多くの新しい発見があります。
——そして、そういう発見をまた曲の編成などに随時フィードバックさせていくと。
沖:ええ。据え置き型の音楽放送で培ったノウハウは「スマホでUSEN」にも活用したいですし、逆に「スマホでUSEN」で得たマーケティング情報をお店への放送に活かすことで、両者が更に良くなっていくと思います。
——チャンネル数はどんどん増加されていますが、新しくチャンネルを作る際の具体的な基準やプロセスというのは?
沖:チャンネルをただ増やすだけでは意味が無いので、チャンネルごとに売りになるものが必要になってきます。例えば、年代別の番組は10年刻みのものがほとんどですが、1年刻みの番組があってもいいんじゃないか、とか、こういう利用シーンに合う音楽ってあるよね、とか、そういうアイディアをみんなで出し合って、チャンネルを作っていきます。
——アーティスト単体のチャンネルもありますよね。
沖:そこに関しても、我々としてはただアーティストのチャンネルがあればいいということではなく、今後は時期、タイミング、見せ方など今以上に戦略的に考え、アーティストをじっくり大切に取り上げていきたいと考えています。一番はお客さんに喜んでいただくことですが、やるからには「USENと一緒にやって良かった」とアーティストさんにも音源をご提供頂いているメーカーさんにも喜んで頂きたいですね。
——昨今「音楽×ストリーミング」ビジネスのキーワードはキュレーションやレコメンデーションになっていますが、そこにおいてはUSENさんは今まで培ってきたチャンネルが軸になるわけですね。
沖:楽曲に紐づけしたメタデータの利用もありかもしれませんが、我々としては、USENとして蓄積してきたノウハウによるレコメンデーションの方が僕ららしいんじゃないのかな? と思うんです。
——USENオリジナルのナレッジを使ってレコメンドしていくと。
沖:そうですね。現在の国内の音楽ビジネスでは、フィジカルを買う人がまだたくさんいるとか、iTunesなどの外資系配信サービスだと日本人アーティストの扱いが小さいとか、多分色々なことをメーカーさんは感じていらっしゃるだろうと思うんです。そういう状況において、USENはドメスティックであることを生き様に、日本人にしっかり腹落ちする独自のサービスとして展開したいと思っているんです。
——基本ラジオ形式で曲は飛ばせませんが、これからかかる曲が1曲だけじゃなく、たくさんわかるじゃないですか。この辺りは実はすごく新鮮な感じがして面白いなと思いました。
沖:番組を理解してもらうためにも、プレイリストを見せた方がいいと思っています。また、「スマホでUSEN」は気に入った楽曲がその場で買えるんですが、ファイルやデータで買うのではなく、HMVオンラインのフィジカル購入に導線を用意させて頂きました。
——ダウンロード販売する予定というのは?
沖:もちろん考えてはいます。しかし想いとしては、フィジカル、デジタルという前に、とにかく音楽に触れ、音楽を買ってもらい、音楽を作っている人や、音楽を生業としている人たちにきちんとお金が回ることが大事だと考えています。それがまた良い作品を生む、という循環を作っていかないと、音楽自体がどんどん尻すぼみになっていきますし、私たちみたいにレコードやCDの二次使用を生業にしている者にとっては、ここが盛り上がり続けることが一番です。そういう意味で言うと、できる限り、きちんとお金がまわるとか、楽曲が売れるとか、ヒット曲が出るというメディアとしての側面にも我々はこだわりたいです。
——リアルの部分で言えば、ローソンHMVとの連携により、ライブチケットの購入にもつながりやすそうですね。
沖:そうですね、そういう仕組みはまだまだこれからですが、HMVオンラインはローソンチケットと連動しているので、その辺りは今後の広がりの一つとして考えられるのかなと思います。「スマホでUSEN」でアーティストを知り、コンサートに行きたくなるとか。
——話は変わりますが、このアプリは立ち上げ続ける、つまりまさにラジオ的な使い方をするものですよね。その使用において、スマホの電池消費の点はいかがですか?
沖:電池の持ちも悪くないと思います。「スマホでUSEN」ではマラソンランナー用のチャンネルも提供しているんですが、この間マラソン大会があって、そのチャンネルをずっと聴きながら6時間走り通したと、あるお客さんは仰っていました。
——なるほど。あと最近は高音質も話題になっていますが、音質面はいかがでしょうか?
沖:私たちのBGMとしてのノウハウなんですが、楽曲によってダイナミックレンジって実は全然違うんですよ。80年代、佐野元春の1stアルバムを聴いた後で、椎名林檎とかを聴いたら、音量が全然違いますから、音量を調節しないといけない。私たちはラジオ型にこだわっているので、実はそこに一工夫入れています。どの曲を聴いても、どのチャンネルに移っても、音圧が変わらないという、すごくテクニカルなことを仕込んでいます。
編成は人力、担当ディレクターの手腕が光るこだわりのプレイリスト
——「スマホでUSEN」のTwitterを見ていて、一般の方から「セットリストの更新ってどれくらいなんですか?」という質問があって、確かに気になるなと思ったのですが、編成はどのようになっていますか?
沖:番組によって様々で、週間で変えているものもありますし、例えば、ジャズとかでいくと、チャンネルコンセプトにあった曲の中から適宜出していくものもあれば、ずっと流れっぱなしというものもあります。ですから、一概にこのスパンで更新するなど言えないんです。これは有線放送も一緒なんですが、各番組とかチャンネルのコンセプトワークをきっちりとして、徹底的に議論して、それ用に選んだ楽曲というものがあるんですよね。多分今は1時間から、最大でも番組としては3時間くらいがMAXになっているので、何千曲の中から3時間のハコに絞り出していくということを定期的に変えていく。そんなイメージですね。
——各チャンネルに編成担当者がいて、そこにこだわって作っているんですね。
沖:そうですね。作っている人間も、有線放送の番組と同じディレクターを置いています。ですからジャズを担当しているディレクターは、お店用の有線放送のジャズも手掛けますし、スマホ用の個人嗜好を追及したジャズも手掛ける。そういうやり方にしているんですよ。つまり、サービスが倍になったようなものなので、みんなは「また仕事が増えた」と怒っていますけどね(笑)。
——(笑)。流す曲はUSEN用、スマホ用と分けて編成されているんですか?
沖:そうです。システムも許諾いただいている楽曲も全く違います。
——スマホ、つまり配信では流さないでほしいというアーティストもいるということですね。
沖:いますね。あとはまだ契約が締結できていないレーベルのものは当然流せません。有線のほうは日本レコード協会さんとかと契約しているので、そういう意味では流せない曲ってほとんどないんです。例えば、ランキングの番組を作るとき、USENでは普通に作れるんですが、スマホ用になると、ランキング1位のアーティストの曲が流せない、みたいな事態が現状起きてしまいます。これはおそらく他社さんも苦労されているところだと思います。そのためにも「スマホでUSEN」の価値をさらに高めて、ご理解を深めていただけるようにしたいですね。
——そもそもの話なんですが、USENの楽曲セレクションのシステムというのは、どういう仕組みなんですか?
沖:それは非常に簡単で、人力です。楽曲とメタデータみたいなものが詰まったサーバーがありまして、そこで検索して、該当する楽曲を聴きながら選び、チャンネルにあったコンセプトワークで作るわけですね。そのコンセプトワークのできた100曲を、これは番組によりますが、例えば、並べることに価値があるとか、その流れを聴いてほしいというものについては、1曲ずつ並びを決めていきます。ただ、ランダムで流れていることが支障にならないチャンネルであれば、その100曲を番組に対して登録しておけば自動的に流れます。そこも単に100曲の中からシャッフルするんじゃなくて、Aという100曲と、Bという100曲をそれぞれ何%の割合でシャッフルさせるとか、そういうロジックもシステム上に組み込まれています。これによって何ができるか、例をあげると、有線放送でジャズのスタンダードという番組があるんですが、ここってやはり30分に1回くらいは歌があった方が良いんですよね。ですから、10%くらいの割合で100曲の中からボーカルものを流す、みたいなそういった指令が出せます。
——ラジオのDJに近い感じですね。
沖:そうですね。でも、人に紐付いているのは課題でもあります。頭の中にある知恵が資産みたいなものなので。それだけにディレクターを育てるのには結構苦労ましたが、苦労した甲斐もあり、今や優秀な選曲ディレクターが何人もいます。
——ディレクターは今、何名くらいいらっしゃるんですか?
沖:だいたい25名ぐらいです。
——では、お一人でいくつもチャンネルを担当しているんですね。
沖:ええ。これは相当大変です。「スマホでUSEN」の他社にはない強みとして、有線放送にはトーク番組などアーティスト本人が稼働していただける番組もあるんですね。それで収録スタジオも渋谷にあって、そこに3つくらい声ものが録れるスタジオがあるんです。そこで有線放送用の番組を収録して、その素材を「スマホでUSEN」用に編集できます。他社さんは音源だけ調達しているため、そういう生ものってないので、それが「スマホでUSEN」独自のウリかなと思っていますし、アーティストの方のプロモーションにも一役買っていると思っています。
——よりラジオっぽいですね。
沖:ですからディレクターはそれぞれ、選曲する番組も持っていますし、それこそアニメの声優さんを招いた番組の録音をして、キューを振って、みたいなスタジオワークのスキルも高く、仕事は多岐にわたっています。
——老若男女、誰もが知っている御社がこういうサービスを行うことによって、世の中でもっと音楽を知る機会が増えていったらいいなと思います。
沖:ありがとうございます。なんといっても「スマホでUSEN」という、すごくベタな名前ですしね。こういうサービスでひらがなの“で”が付いているサービスなんて他にない(笑)。
——一発でUSENって分かりますよね(笑)。
沖: USENは50年この商売をやってきまして、会社的にも「Link to Next 50 Years」をキャッチフレーズに、新しいUSENファンをどう獲得していくか? にチャレンジしています。
——今後は、このアプリにおいてどのような展望を持っていらっしゃいますか?
沖:私たちとしても、ユーザー目線から見ても、提案できるチャンネルがもっとあると思っています。そして、今ある番組をさらに進化させていく、より磨きをかけていくということでいうならば、やはり多チャンネル化をもっと進めていきたいです。加えて、USENからヒット曲ってよくありましたが、「スマホでUSEN」からヒット曲を早く出したいです。「スマホでUSEN」で音楽が広まることによって、ヒット曲作りに貢献できるようになりたいですね。