脳波で音楽をキュレーション 新しい音楽体験、感性選曲プロジェクト インタビュー
音楽・楽曲のデータ化が進み、クラウド上で数千万の曲を聴くことも可能な昨今、曲が多すぎて何を聴いていいか分からない”選択肢過多”の問題が浮上している。これに対し、音楽ストリーミングをはじめとしたサービスでは、レコメンデーションエンジン、アーティストによるキュレーション、プレイリストのシェア等、様々なソリューションが実施されている。
今回は、そこに対する新しいアプローチの一つとして”脳波”を切り口に、身体や感性に即して音楽を提案するというプロジェクトに注目。ウェアラブルガジェットやIoTが盛り上がりの兆しを見せる中、どんな新しい音楽体験をユーザーに与えてくれるのか。産業技術大学院大学の越水重臣教授をはじめ、感性選曲プロジェクトのメンバー小川宗紘氏、徳永康介氏に話を伺った。
(Jiro Honda)
“感性”に着目して脳波と音楽が結びつく
——この感性選曲プロジェクトは、どういう経緯でスタートしたのでしょう。
▲越水教授
越水:このプロジェクトが発足したのは2012年になります。我々の産業技術大学院大学は社会人を対象とした専門職大学院ですので、4〜5人のチームでプロジェクトをやるというのが修士2年の必修科目なんですね。それで当時はnecomimiが発売されたり脳波センサーの低価格化と小型化が進んでいた時期だったので、担当教員だった私が脳波センサーを使った面白いガジェットを作ろうというテーマを提示したことから始まりました。
——プロジェクトとしてはそこからずっと続いているのですか?
越水:リーンスタートアップとして1年という期限で取り組みまして、ベーター版アプリをAndroid向けにGoogle Playでリリースしました。2013年の2月には一般財団法人品川ビジネスクラブのビジネス創造コンテストで優秀賞を受賞して、その後一旦休止していたのですが、ウェアラブルムーブメントの兆候や、開発を手伝っていただいているリトルソフトウェアさんからの提案もありまして、今年(2014年)4月に再始動しました。
——そもそも”脳波”と”音楽”が結びついたのは何故だったのですか?
小川:まず、言葉ではなかなか説明できない、いわゆる記述化の難しい”感性”に着目しました。そこから、日常生活において何かに役立てられないかと考えていくうちに、”豊かな音楽体験”に貢献できるのではということで音楽に行き着きました。
——もともとみなさん音楽好きといったこともありますか?
小川:一般的な普通の音楽ユーザーという程度ですね(笑)。
徳永:周りにもやはり音楽を聴く友達が多くいるのですが、”みんなどうやって音楽を選んでるんだろう?”という音楽を選ぶ際の選曲の仕方に興味はありました。
——アプリの開発も自前なのですか?
越水:居眠り検知や飲酒検知といった脳波計を使った別の実験をしていたときに、リトルソフトウェアさんと知り合いまして、感性選曲のプロジェクトの展開の中で脳波センサーとアンドロイドのアプリを組み合わせる必要が出てきたので、そこの技術的な部分はお願いしてるという状況です。
個人の音楽体験や感性を、目に見える形で表現
——そのアンドロイドのアプリは、2014年7月にアルファ版がリリースされましたね。改めて、感性選曲というものを具体的に教えてください。
越水:簡単に言うとユーザーそれぞれの脳波に適した楽曲を選曲する、効率的かつ新しい音楽体験を提供するサービスですね。楽曲がデータ化され膨大な曲数から選曲するのがとても大変になっている現状において、脳波と楽曲を紐付けて音楽を整理しユーザーそれぞれに最適なパーソナルライブラリーを提供していこうと。
小川:現段階では一度楽曲をスマホに取り込んで、その楽曲をアプリ経由で聴く必要があるのですが、まずヘッドフォン脳波計を使って楽曲を聴き、おでこから脳波を拾います。脳波にはリラックスの指標であるα波と、集中の指標であるβ波があります。
徳永:センサーから一秒に一回出力されるその脳波の最頻値をアルゴリズムによって、横軸α波/縦軸β波の100マスある”脳内音楽地図”にマッピングしていきます。
▲脳内音楽地図イメージ
▲楽曲を100のマスにマッピングしていく
——楽曲を聴いたときに、どういう状態はどの位置に来るのですか?
越水:リラックスするとα波が高く、集中したりテンションが上がるとβ波の値が高くなります。
そして、とてもお気に入りの楽曲だとα波もβ波も値の高い”ゾーン”という位置に近づいていきます。リラックスしつつとても集中している状態ですね。そこは、スポーツ選手でいうゾーン状態/フロー状態といった心理状態に近いものです。
▲楽曲を聴いて脳波を測っている様子
▲値が最も高かった場所に楽曲が格納されていき、その人独自の脳内音楽地図が出来上がっていく(マスの中の数字は、そのマスに格納されている楽曲の数)
例えば、あるドラマの主題歌になった有名な楽曲を年齢も性別もバラバラな人達で聴き比べると、やはり当時リアルタイムで見ていたかどうかの思い入れや、親しみの度合いがそれぞれ異なるので、バラバラのデータがでるんですね。つまり、このサービスには音楽とその人の思い出や体験を可視化することができるという側面があります。さらに、聴く度に新しいデータに書き換えられますので、時間軸とともにその時々の脳波状態がデータ化されます。個人の音楽体験、感性をそのまま表現するサービスと言えると思います。
音楽の感性でコミュニケーションするサービスに
——レコメンド、選曲の方法はどういったものがありますか?
越水:現段階での選曲方法は、マッピングからの再生が一つ、脳波を測りながらそれに近いものから選ぶといった、いわゆるその時の脳波の状態にあわせての選曲がもう一つ。あとは雰囲気を表す言葉によって選ぶというのが三つ目になります。
▲選曲方法1 マッピングから選曲
▲選曲方法2 脳波を測りながら選曲
▲選曲方法3 雰囲気や状態から選曲
——開発で苦労した部分は?
▲徳永氏
徳永:やはりアルゴリズムの部分ですかね。あとそもそも脳波と音楽をどうやって結びつけるかには苦労しましたね。「自分だけのライブラリーを作る」という考えに辿り着いてからは、そこを目指す開発をしてきました。今後、”感性”をキーワードに、脳内音楽地図をシェアしたりなど、身体に呼応したプレイリストということで、パーソナルな感性を表現するコミュニケーション型の音楽サービスになれればと思います。現段階では個人データがベースですが、将来的には集積したビッグデータを活用・解析し、クラウドと関連させながらプラットフォーム化させて選曲・レコメンドするシステムを構想しています。
越水:データが蓄積されていくと、そのうち楽曲で脳波を誘導するといったこともできるんじゃないかと思っています。可視化されたデータと音楽で脳波をコントロールする、例えば、テンションの上がっている状態からリラックスした状態にして、寝つきを良くするとかですね。
▲楽曲を使って脳波をコントロールすることも!?
——この技術自体、音楽産業はもちろん色々な企業さんとコラボレーションできそうですね。
越水:おかげさまで、既に複数の企業さんから一緒に何か出来ないかということで、お声かけいただいていますね。
小川:脳波センサーデバイスが前提となっているアプリなので、そこが若干ハードルになっているのですが、脳波センサーの価格もリーズナブルになっていますし、やっと日本にもウェアラブルガジェットが浸透しはじめていますので、そういったハードがこれから盛り上がっていく中で、”身に付ける”デジタルサービスの価値観は変わっていくだろうと考えています。
越水:現状我々が利用しているニューロスカイ社製のチップで脳波を計測するには、身体の2ヶ所に接触させなければいけないんですね。耳たぶでリファレンスという基準となる電極をとりながら、もう一つの電極をおでこにあてるという形になっています。
徳永:形状としては、脳波遷移の視認性や違和感の無いリスニングスタイルを考慮して設計を行っています。
脳波利用の可能性は始まったばかり
——開発するときに、中心となった考え方などありますか?
▲小川氏
小川:UXデザインにおいては、ユーザーの価値観に着目するKA法に基づいたプロセスで開発を行ってきました。音楽ユーザーが何を望んでいるかを把握する為に”音楽体験”の定性的調査を実施しました。コアな音楽ユーザーを含むある程度カテゴライズされた何人かをサンプルとして、インタビューや行動調査を重ねました。そこから見えてきたことは、音楽を生活にうまくとりこめているユーザーは、”選曲”、”効果”、”感性”、”個性”といった音楽体験のサイクル(下図)をうまくまわすことができるんですね。自分に合った選曲を行い、高い効果を得て、感性を磨き、音楽をキーに自分の個性の表現に成功している。ですが、そこまで音楽には精通していないけど、普通に音楽が好きといういわゆる一般音楽ユーザーは、このサイクルを連続的にまわすことが難しいんですね。従って、この設計を元に一般ユーザーをアシストするツールとして設計を行いました。特に感性の記述化というのは非常に難しいので、その部分でお役に立てればと思っています。
▲音楽に精通していないとこのサイクルを上手にまわすことが難しい
一方、ユーザーの事をきちんと考えつつビジネスとしても成立させなければならないので、最終的にはその両方を満たすサービスを目指しています。ベンチャーキャピタルの方に外部レビュアーとして来て頂いて、アドバイスを頂いたりもしています。脳波を使ったビジネスもちょうど各所で立ち上がり始めているところなので、こういう技術やサービスを投資家の方にも、もっと知っていただきたいです。
——音楽産業に対する新しいアプローチの一つと言えそうですね。
徳永:“身体に対して音楽が選ばれる”という状態になったら面白いですよね。とにかく、まずはひとりでも多くの方に使っていただきたいです。
小川:より精密な脳波の測定に関してはまだ改善の余地があるのですが、脳波を使った新しいアプローチということで、身体ベースでキュレーションするというひとつの価値感を音楽産業に提示できればと思います。データが集まって、もしそれを様々な方が利用するようになれば、ひょっとしたら音楽をクリエイトする方法も変わるかもしれません。脳波データを指標として音楽マーケティングに利用すれば、音楽の作り方や市場への落とし込み方も変わってくるでしょうし、従来にない新しい音楽PR、音楽制作、マーケティングアプローチの方法が考えられていくと思います。
越水:もし興味がある企業さんやモニターを希望されるメディアさん、ユーザーさんがいらっしゃいましたら、ご連絡いただければと思います。これから、この新しい体験をぜひみなさんに試していただきたいですね。