講座とオーディションを融合、次世代の音楽人を養成する新形態の「ソニアカ」がスタート 音楽スクール「ソニアカMUSIC MASTER」インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

松浦晃久氏

ソニー・ミュージックエンタテインメントが昨年9月に開催した講座フェス「SONIC ACADEMY(ソニアカ)」に続き、より深く実践的な知識を学ぶことができる音楽スクール「ソニアカMUSIC MASTER」と「ソニアカ WEB トレーニング」を開講する。オーディションも兼ねているこの講座を通じて、新たな才能の発掘も視野に入れており、現役プロデューサーの審査、受講後の音楽活動のサポートなど、他にはない充実したバックアップ体制も用意されている。「可能性を見つける機会として、役に立ててもらえれば嬉しい」と語る講師の1人、サウンドプロデューサー / アレンジャーの松浦晃久氏と、コース解説委員を務めるソニー・ミュージックレーベルズ プロデューサー灰野一平氏に、ソニアカを通して伝えたいことや開講の経緯を伺った。(取材/文:Jiro Honda、Yuki Okita)

2015年3月12日掲載

SONIC ACADEMY オフィシャルサイト / Twitter / Facebook / YouTube
松浦晃久オフィシャルサイト / Wiki

  1. チャレンジングな「講座フェス」から見えた新たなニーズ
  2. 仕事への覚悟から煮詰まったときの対処法まで!〜松浦氏のパーフェクトアレンジコース
  3. 音楽の「プロフェッショナル」としてどうあるべきか
  4. ソニアカは産業全体としても文化としても意味のある取り組み

 

チャレンジングな「講座フェス」から見えた新たなニーズ

——まず、昨年9月に行われたソニアカフェスはいかがでしたか?

灰野:最初はこの手のものに本当に需要があるのか半信半疑の部分もありましたが、いざやってみると非常に好評でした。実際に仕事をしているプロの方も受講していただいたり、本当に幅広い方々に参加していただきました。やはり第一線で活躍されている方が講師として自分のやり方をオープンにするという機会は少ないですし、いわゆる音楽スクールの授業とは少し質の違うものを提供したいというのが当初からの狙いだったので、そこはすごく上手くいったのかなと思います。

 一方、反省点としては、90分という時間ではやはり伝えたいことが限られてしまうことですね。フェス形式でのソニアカは門戸を広げる役割として非常に重要ですし、これからも継続して行う予定ですが、もっと詳しくスキルを身に付けたい方に向けてということで、10回の講座をセットにしたスクール形式での開講にいたりました。

松浦 灰野
▲左から松浦氏、灰野氏

——松浦さんは昨年のソニアカフェスでも講座を担当されていましたね。

松浦:それこそ時間が90分と短く、技術的に深く解析するのはちょっと難しかったので、どちらかというとプロとしての音楽制作の向き合い方、マインドの話が中心になりました。今回は時間も増えるので、より具体的に解析や解説ができると思います。

受け継がれてきた制作ノウハウ、次の世代へ——ソニーさんから講師の依頼がきたとき、最初はどのように思いましたか?

松浦:これまでも色々なところから講師のお話を頂いたりすることはあったんですけど、自分が作ることに一生懸命だったのでお断りすることが多かったんですね。でも、ソニアカはタイミング的にたまたま自分の気持ちと合ったので、お受けしてもいいかなと(笑)。

——その気持ちというのは?

松浦:今はデバイスやテクノロジーが進歩して、人と人があまり出会わなくても制作物ができあがる時代になっていますよね。その方が効率的かもしれないけど、作品を作る上でのコミュニケーションは乏しくなっている。人とのやりとりを経験しないままクリエイターがどんどん育っていくと、もちろんそうして良いものを作ってる人もいますが、後が続かなかったり、面白くなくなったりすると思うんです。僕自身はこれまで、音楽制作の現場に色々な技術を持った人が集まって、みんなが才能を出し合う環境で音楽を作って、様々なことを身に付けてきたけど、時代が変化していく中で僕が経験したことや受け継いだものは、大きく考えると音楽を通じた歴史の一部だと考えるようになったんです。なので、僕も先輩から頂いたものをちゃんと自分の言葉で次の世代に受け渡す義務があるのかなと思うようになって。

 

仕事への覚悟から煮詰まったときの対処法まで!〜松浦氏のパーフェクトアレンジコース

——まさに文化の継承ですね。松浦さんは人に教えることはどのようにお考えですか?

松浦:難しい質問だなぁ(笑)。正直、音楽って学校として成立するのが最も難しいものの一つだと思うんです。決まりきったメソッドで教えられる、身に付けられるものではないでしょ?僕なんかは素敵なミュージシャンに出会ったら、もうその人のアタマを開けて、脳の中を見たいって思う(笑)。「この人のアタマの中どうなってるの?」って。でも実際音楽を作ったり演奏したりする上で一番知りたいところって、結局そこなんですよね。だから、その「アタマの中身」を上手に見せてあげることができればいいなと思います。

——そこから何を感じとれるかが大事になりそうですね。

松浦:例えばどんなに才能と技術に恵まれているピアニストでも、その人が音楽家として解放されて自由に音楽を楽しめるようになるには何十年という時間や努力が必要になるものなんです。それこそジャズなんて60歳になったって本当の意味でマスターなんてできないと思うし。そういう現実や、音楽を仕事にする「辛さ」をまず知って貰いたいというのはあるかな。しかも、その「辛さ」はいつか終わってラクになることなんてなくて、死ぬまでずっと続くよっていう(笑)。

——覚悟の部分も伝えると。

松浦:こういう講座に来る人って自分を疑っている人が多いと思うんです。若い人は特にそうで、何かを成し遂げたわけでもなければ、始めたばかりだし、自分の作品がどれくらい通用するものなのか、自分が音楽家としてやっていけるのか、そういうことを含めて不安がいっぱいだと思います。それで、じゃあ僕らに自信があるのかっていうと、やっぱりないんです(笑)。だけど、ないからこそ続けられるし、そこが重要なんですよね。人類すべてが素晴らしいと思う1曲が作れるならいいけど、そんなのできるわけないし、音楽ってそういうカテゴリーのものではないですよね。人の数だけ音楽が存在して人の数だけ好みがある。だから「これでいいのかな?」って思いながら、少しでもいいものを作り続けようとすることは不安だろうけど決して間違っていないよと伝えたい。そこも含めて、次の世代の人々にはどんどん育って欲しいと思っています。

音楽スクール「ソニアカMUSIC MASTER」インタビュー

——今回の講座ではどのような内容を予定されていますか?

松浦:そういったもやもやした不安な気持ちの中で、いざ作品と相対したときにどうアプローチすればいいか、どう乗り切っていくか、ということが中心になると思います。より具体的なトライの方法や、煮詰まったときのヒント、例えばどうしようもなくなったら一旦ソファで寝てみようとか(笑)。

——(笑)でもそういう、現場ならではのヒントは沢山あるんでしょうね。講義では実際に受講される方のデモ音源も使われるということですが。

松浦:そうですね、僕の作ったものを解析したり、みなさんのデモテープをピックアップしてその場でアプローチしたりと、両方やってみようかなと思っています。

 

音楽の「プロフェッショナル」としてどうあるべきか

音楽スクール「ソニアカMUSIC MASTER」インタビュー 松浦晃久氏、灰野一平氏

——松浦さんはアレンジャーとしてだけでなく、プレイヤーやプロデューサーなど様々な顔をお持ちなので、色々な視点からのアプローチが学べそうですね。

松浦:やはりアレンジするにしても、結局色々な知識が必要なんですよ。エンジニア的な知識も必要ですし、プレイヤーとして、そして歌そのものに関しても分かっていないといけません。例えば、ある楽曲が音楽として最も相応しい形で成立しているならば、なぜそういう風に成立しているのか、誰の技術によってそうなっているのか、という部分まで正確に把握できていなければプロの仕事ではないんですよ。歌詞ひとつとっても、メロディーにどういう歌詞が載るかによって、リズムのアレンジは全く変わってきます。

——全体が分かっているべきなんですね。

松浦:運もあるけど、中々売れない、世に出れない人がいたら、それが何故なのかを冷静に分析する必要があります。アマチュアでもたまたま運良く自分のエモーションをパーンと音楽にはめられた人は、きっとその音楽はみんなに伝わるので、デビューはするんですよ。でも、何故そうすることができたかは説明出来ないかも知れない。プロだろうがアマチュアだろうが、音楽はそもそも制限のない自由なものだから、誰がやってもいいし、上手くなければいけないということもない。ロジカルである必要もない。だけど、多くの人に音楽を伝えることができなければ、それはプロになれないということになります。そして、プロはどうすれば多くの人に伝えることができるか、分かっていなければいけません。そう考えると、きっと僕らは、偶然や埋もれている何かをプロフェッショナルに繋げていく役割を担っているんですよね。

——ヒットにはプロの緻密な仕事があると。

松浦:今は、いい音楽が必ず売れるという法則がないのと一緒で、音楽だけじゃなくてその人に付随するバリューで仕事が振られるケースもあって、仕事を得る理由も無くす理由も、必ずしも作っている作品に比例しないという状況があります。でも、だからこそいい音楽を一所懸命作って、それをコンスタントに世の中に出していくことが大事なんだと感じています。チャンスを逃さないためにも、クオリティをコントロールして作り続けることができるかどうかは、プロとして重要な要素の一つですからね。

灰野:我々も、ともすれば商業的過ぎるという批判を時々頂きますけど、売上を目指しつつも高いクオリティを追求するというのは諦めたくないですよね。両方のバランスをきっちりとっていきたいからこそ、ソニアカを始めたとも言えると思います。

 

ソニアカは産業全体としても文化としても意味のある取り組み

——作り手としてのプロ意識というところでは、先ほど、テクノロジーの進化に伴う変化の話がありましたが、マーケットにおいても音楽の価値が変容してきていますよね。その辺りについてはどのように思われていますか。

松浦:現在、世界ではSpotifyのようなサービスが広がっているけど、それが音楽産業の最終的な形かというとまだ分からないですよね。個人的には、もっと別の形のモデルがいつか産まれるだろうと思います。

 今は悪いスパイラルに入ってしまっていて、制作の予算が下がり続けて、その範囲内で最善の作品を作ろうとすると、自ずとDTM中心の音楽になって、音楽の多様性が失われる方向にある。でも、音楽そのものがなくなるということはまずないし、音楽を聴きたいという人がいなくなることもありません。こういう状況で、まだみんな答えが無い中で、このソニアカは色んな音楽の作り方や聴き方、楽しみ方を広げていく1つのトライなんだと思います。それは産業全体としても文化としても、意味のある取り組みだと思います。

——みなさんの取り組みから、新しい流れが産まれることを期待しています。

松浦:今ではある分野の音楽において大先生になっている方がいるんですけど、彼とは最初近所の小さなスパゲティ屋で出会ったんです。それで、たまたま話をするようになって「音楽を作ってる」と言うので聴かせてもらったら、それがすごいんですよ。だから「君は絶対ちゃんとやった方がいいよ」って言って、ちょこっとアイデアを伝えたところ、成功しちゃったというエピソードがあって。

灰野:まさにそれをスパゲティ屋じゃなくて、ソニアカで起こしたいんです(笑)。

松浦:正直、音楽の才能の有無を自問することなんて本当はどうでも良くて、そんなものが自分の中にあるかすら考えたくも無いんだけど、もし「音楽で生きていくことができる可能性」を見つけることができたら、そのことこそが才能だと思うんです。だから、自分の中にその可能性があるのかどうか悩んでいるようだったら、ぜひ参加して欲しいですね。僕の頭の中がどうなっているのか少しでも感じてもらって、自分自身の可能性を見つける機会として、役に立ててもらえれば嬉しいです。

——ソニアカで学んだ人が世に出て、一緒に仕事をするといった機会もあるかもしれないですね。

松浦:そうなったら本当に最高ですよね(笑)。