「0.27%」モデルからの脱却 〜 業界キャリア30年の音楽人が新天地で挑む、慣例を破る音楽ビジネスとは — ビクターエンタテインメント CONNECTONE制作部長 高木 亮氏
ビクターエンタテインメントが「つなげる音楽、つながる音楽」をコンセプトに、これまでにないビジネススキームを備えた新レーベル「CONNECTONE(コネクトーン)」を設立した。音楽文化の素晴らしさを改めて強くアピールする音楽集団を目指し、今の時代に相応しい契約形態やビジネスの枠組を追求するという。数多くのアーティストをヒットに導き、また「EMI ROCKS」を立ち上げ音楽ファンを熱狂させるなど数々の経歴を持つCONNECTONEレーベルヘッドの高木亮氏は、「『音楽最高だよ、楽しいよ!』と、もう1回真正面から吠えなければ」と語る。
PROFILE
高木 亮(たかぎ りょう)
早稲田大学商学部を卒業後、1985年に東芝イーエムアイ音楽出版株式会社に入社し、洋楽曲の獲得及びプロモーションに関わる。1993年、東芝イーエムアイ株式会社に入社、洋楽ディレクターとして、ローリング・ストーンズやスマッシング・パンプキンズなど、数多くの海外アーティストを手掛ける。2004年、同社の邦楽部門に異動。執行役員として、邦楽レーベル・ヘッド、社内アーティスト・マネージメント社長、新人開発部門等を兼務。2010年から、レコード会社としては初のロック・フェスとして話題を集めた「EMI ROCKS」を主宰、日本を代表するロック・レーベルとしてのブランドを確立。2014年、ビクターエンタテインメントに入社。現在に至る。
- レーベルの存在意義を見つめ直して辿り着いた想い
- 次世代アーティストとメジャー契約の溝
- 「0.27%」が示す現状とは
- 「究極の割り勘スタイル」で創り上げる新しい枠組み
- RHYMESTER、Awesome City Clubなど 集まる注目アーティスト
- リアルイベントで「レーベル買い」を目指す
レーベルの存在意義を見つめ直して辿り着いた想い
——ビクターの新レーベル「CONNECTONE」は業界のみなさんも注目していますよね。高木さんはEMIに長くいらっしゃったとお伺いしています。
高木:私は約30年間、EMIグループ(現 ユニバーサル ミュージック ジャパン)で働いてきまして、おおまかに言うと20代は音楽出版、30代は洋楽、そして40代で邦楽を担当してきました。EMIとユニバーサル ミュージックが統合して1年ほど経った頃でしょうか、自分の身の振り方を考えるタイミングがありまして、その時に一番最初に相談したのが斉藤さん(現ビクターエンタテインメント代表 斉藤正明氏)だったんです。その際、有り難いことに「すぐ(ビクターに)来い」という話を頂きまして、2014年7月にビクターに入社しました。
私自身、約30年振りの新入社員ということで(笑)、今までのキャリアを活かして新しいことにチャレンジしたいと考えましたし、斉藤さんからは「新しいレーベルをゼロから作ろう」というミッションを頂いたので、入社後すぐに新レーベル設立に向けて動きはじめました。
——お互い実現したいこともタイミングも、ちょうど合致したんですね。
高木:斉藤さんは20年以上も私のことを見てくれているので、なんとなく私をどう使うのがいいかをイメージしてくれたんじゃないかなと思います。昨年9月、ビクターのプレゼンテーションイベント「MUSIC STORM 2014」で対外的に新レーベルの立ち上げを発表しまして、いよいよこの4月に正式スタートとなりました。
——CONNECTONEは、その名の通り「つなげる音楽、つながる音楽」がコンセプトになっているということですが。
高木:音源売上が低迷している中でレーベルを立ち上げるにあたり、この時代におけるレーベルの存在意義、そしてそもそも自分は何をやるべきか、何が出来るのかということを根本から見つめ直さざるをえませんでした。結果、「音楽シーン全体の底上げに貢献するような音楽集団を作っていきたい」と改めて思いました。一発の大型ヒット、一人のスーパースターを目指すだけではなく、「音楽文化」の素晴らしさをもう一度強くアピールしていけるようなレーベルにしたい。こちらが売りたいものを一方的に押し付けるのではなく、アーティストとユーザー、ユーザー同士、そしてアーティスト同士のコミュニケーションの場、音楽の楽しさや素晴らしさを感じてもらえる場や機会を提供したい。さらには音楽文化を次世代へとつなげたい、そんな想いをレーベル名に込めました。
——やはりシーンの現状に危機感を持っていらっしゃる?
高木:当たり前に音源を買ってもらえる時代は終わりましたので、全てを一旦リセットして、新しいパラダイムを創り上げていかなければいけないと思っています。これまでとは全く違う形のファイティングポーズで取り組まなければいけないですよね。
例えば、今年のグラミー賞で年間最優秀アルバムを獲得したベックの「モーニング・フェイズ」は一般的には地味な印象のアルバムかもしれませんが、本当に素晴らしい作品ですよね。ああいう作品が年間最高のアルバムに選ばれるところに、アメリカの音楽文化の懐の深さがある。一方で、今の日本の音楽シーンはいささか偏ったものになっている気がするんです。理想論ばかりを語っていられないのかもしれませんが、CONNECTONEではビジネスとスピリットの両面をギリギリのところでせめぎ合わせながら、志高く運営していきたいと思っていますし、そうすることが成功につながるのではとも考えています。
▲今年2月に発売されたベック約6年ぶりとなるフル・アルバム「モーニング・フェイズ」
次世代アーティストとメジャー契約の溝
——CONNECTONEでは「圧倒的なオリジナリティ」を持つアーティストを扱っていくということですが、高木さんの考えるオリジナリティとは?
高木:言葉で説明するのは中々難しいんですけど、聴く人に何らかの「ひっかき傷」を残せるアーティストじゃないとやる意味が無いなとは思っています。通りすがりに耳にしただけで「これ誰?」って思わせるだけの何かを持っていること。そもそも音楽に100%のオリジナリティを求めること自体ナンセンスなのかもしれませんが、少なくとも既存のシーンとは明確に一線を画する新しい何かを持っているアーティストを発信していきたいと思います。
——それは楽曲のオリジナリティしかり、アーティスト自身の在り方もそうでしょうか?
高木:アーティストの意識がどんどん高くなっているじゃないですか。良い音楽を作る、良いライヴをやるというのは当たり前で、プラスアルファとして「音楽家としてのアティテュード」そのものを伝えることも大切な時代になっていますよね。海外だとレディオヘッドやU2に代表されるように、メジャーなアーティストでも相当刺激的なことをやっていますし、国内のアーティストたちもそういう動きにかなり感化されてきていると思います。今までのメジャーのやり方に幻滅している若いアーティストも多いと思いますし、「面白いことを当たり前に面白がれるアーティスト」たちと付き合っていければと思っています。
——確かに今の時代はアーティストも、ビジネスをはじめ自身の見せ方も理解していて然りという流れになっていると思います。
高木:自分の人生がかかっているわけですから、ともするとアーティストの方が自覚的なのかもしれません。アーティストとメジャーレーベルとの契約形態って、何十年も変わっていないところもありますよね。一方では、インディーで活躍していてそれなりの収入もあったアーティストが、メジャー契約した途端に生活が厳しくなるというような事が起きているわけです。メジャーのシステム自体が疲弊してしまっているところは有りますよね。
——メジャー契約をするメリットを、アーティストも感じにくくなっている。
高木:「一緒に頑張ろうよ、大きな夢を見ようよ!」という精神論だけで口説いてもなかなかサインしてくれませんよね(苦笑)。CONNECTONEでは、「飛距離ではなく、打率を追及」ということを目指しているんですが、契約アーティストとなるべく長くビジネス・パートナーでいられる工夫をしていきたいと思います。
「0.27%」が示す現状とは
——アーティストとそういう関係を築く為にも、常にアーティストのことを考えなければいけない?
高木:もはやそうしないことの方が不自然になりました。昨年9月のコンベンションでは、「0.27%」という数字を掲げてプレゼンしました。2013年にリリースされた邦洋合わせた新譜のアルバム1万3012枚の内、デビュー3年以内のいわゆる新人アーティストで、現在のヒットのバロメーターであるところの5万枚以上のセールスをあげた作品が、たったの35枚しかない、つまり「35/1万3012 = 0.27%」ということなんです。これには、もちろん洋楽のブレイクアーティストたちも含んでですよ。私自身、この数字には愕然としました。
——改めて数字にすると、いかに今ヒットを作るのが難しいかが分かりますね。
高木:もちろん契約形態やかけたコストにもよりますが、おそらくほとんどの会社では5万枚ぐらい売らないとペイしない契約条件になっているのではないでしょうか。自戒を込めてですが、レコードレーベルはこの「0.27%」という非常に低い確率のヒットを目指している状況なんですね。でもほとんどのアーティストは5万枚に届かないわけですから、だいたい2年後には契約が切れることになってしまう。万馬券狙いでヒットを狙っていくだけでは、これからは駄目だなと改めて思いました。音源だけでは成り立たないという話にも繋がってくるんですが、このままではレコード会社が5年後、10年後に存続すること自体相当厳しくなると感じます。
「究極の割り勘スタイル」で創り上げる新しい枠組み
——資料によると、CONNECTONEでは契約において「ジョイントベンチャー型」と「権利・収益相互乗り入れ型」、「レーベル・事務所 兼任型」の3タイプで行っていくということですが。
高木: CONNECTONEは「一人勝ちではなく、割り勘」というのをキャッチコピーの一つにしています。例えば、CONNECTONE 第一弾新人アーティストとして先日4月8日にデビューしたAwesome City Club(オーサムシティークラブ、以下 ACC)の場合は「ジョイントベンチャー型」でやっていて、マネージメントのタイスケさん、出版のフジパシフィックミュージックさん、そして我々の間で「究極の割り勘スタイル」で取り組んでいます。音源はもちろん、ライヴやグッズや著作権等、アーティストから発生する全ての売上と経費と損益を三等分して、ガラス張りで共有しながら運営しています。同じ帳簿を共有するわけですから、お互い自社が少しでも有利になるように努力するといった不毛な小競り合いにエネルギーを使わずに、ステークホルダー同士同じ目線で話ができています。
▲Awesome City Club 海外メディアでもピックアップされるなど、WEBを中心に幅広く注目を集めている
——アーティスト、プロダクション、レーベル、出版社が、それぞれ対等な立場で、常に責任を持って一緒に進み続けると。
高木:このモデルは、他の事務所さんも面白がってくれる気もしていますので、ご一緒できるところがあれば是非お話ししていきたいですね。
——音源を中心としないレーベルとも言えますか?
高木:CONNECTONEで新人を立ち上げるにあたってこだわりたいのは、音源、ライヴ、グッズ等、アーティストの全てのビジネス、ライツに何らかの形で関わっていくことです。従来ファンに最初に手にとってもらっていた音源は、今や下手をすると最後にお金を払うものになってしまっていますよね。ライヴへ行って、グッズを買って、それでもまだアーティストのことが好きだったら音源を買うといったように。なので、私たちが新人をやっていく上では、音源単体でビジネスを考えるのではなく、そのアーティストの全てに関わり、全体像を常に意識して進めていきます。山はどこから登ってもいいと思いますし、それがレコード会社目線ではなく、ユーザー目線でビジネスをするということだと思っています。
——例えば、Tシャツでデビューということも考えているそうですね。
高木:何がアーティストにとって最適なのか、成長プロセスを継続的に考えていきます。Tシャツでデビューというのは例えですけど、ファッションがアーティストを伝える重要な要素で、Tシャツがそのアーティストを一番雄弁に物語るものであれば、Tシャツを1発目として出すのもありという発想ですね。
RHYMESTER、Awesome City Clubなど 集まる注目アーティスト
——少し具体的な話ですが、Awesome City Clubと契約する際はどんな感じだったんですか?
高木:おそらくトータルで十社を超えるレーベルや事務所が手を挙げていたと思います。最終的にはバンドが、事務所はタイスケさん、レーベルはCONNECTONEの第一弾新人というところにアドバンテージを感じてくれたようで、我々と一緒にやることを選んでくれました。タイスケさんのスタッフにも、たまたま私のEMI時代の同僚がいたり、そういう巡り合わせもあって、とても面白いプロジェクトになっています。
——RHYMESTERの移籍も話題になりましたね。
高木:CONNECTONEというレーベルを伝えていく上でも、理想的なアイコンになってくれると思います。RHYMESTERは、HIP HOPファンは勿論のこと、アーティストからも非常にリスペクトされていますから。ライムスがいるということで、さらに人が集まってきてくれると非常に期待しています。
▲RHYMESTER 移籍第一弾両A面シングル「人間交差点 / Still Changing」が4月29日にリリースされる
——早くも注目のアーティストがCONNECTONEに集まってきていますが、最近は、アーティスト及びその音源をユーザーへ伝える手段はますます多様化しています。
高木:楽曲のヒットは私たちのビジネスの根本で、それは今も昔も不変だと思います。ですが、音源だけを純粋に聴く環境は確実に減ってしまっていますし、もう多くの若い子はYouTubeで最初に音楽に接触している時代ですから、ルックスやファッション、映像、コメント、アティテュード、その他色んな導線があっていいと思います。ただ、そのアーティストの魅力を凝縮したイントロダクションを何にすべきなのかは、やはり大事ですよね。例えばACCだと、バンド自身が創ってきたDIYな方法論や、女の子のメンバー2人の抜群のルックス等、色んな魅力をもっているのですが、やっぱり一番の武器は彼らの音楽そのものなんです。凄く良いアルバムが出来たと思いますので、聴いてもらえたらこっちのものだと信じて、音源を聴いてもらうことに専念しています。
リアルイベントで「レーベル買い」を目指す
——今のユーザーは、例えるなら、スプーンですくって、さらに口元まで持っていくところまでやってあげないと食べてくれないですよね。目の前にあったとしても手を伸ばさない。音楽に関わるみなさんが、音楽をどうやってユーザーの口元まで持っていくのか、注目しています。
高木:仰る通りで、そこまで持っていくのが本当に大変ですよね。ただ、やっぱりアーティストの強みをどれだけ純度を下げずにお客さんに伝えていけるかが勝負だと思います。デジタル時代で沢山の選択肢がある時代に、Aという売れているアーティストがいるのに、A’やA’’を出しても売れないですから、ここだけは絶対に負けないという強みを意識して、まずは数百〜千人に対して口元まで持っていければ、その先に数万人のファンがいるのかなと思っています。
——コアなファンをまず作っていく。
高木:コアファンを掴んでクチコミで広がっていくのが理想です。CONNECTONEのレーベルロゴはターンテーブルを模してはいるんですけど、もう一つ同心円状にクチコミが広がっていくイメージを込めています。「このアーティスト面白いけど知ってる?」というクチコミがぐるぐる回っていって、最終的には万単位のお客さんに届くことを目指していきます。
▲CONNECTONE ロゴ
——今後はアーティストを積極的に増やす予定ですか?
高木:1年に2アーティストくらいは増やしていきたいです。現在は、RHYMESTERとACCの他に、3組の新人と契約しました。
年内にはCONNECTONEのライヴ・イベントも開催する予定です。前の会社で「EMI ROCKS」というレーベル・フェスを立ち上げたことがあったのですが、イヴェントを通じてスタッフやアーティスト同士の連帯感や信頼関係を強めていくことの大切さを学びました。レーベルの究極の理想って、「レーベル買い」をしてもらうことだと思うのですが、アーティストとスタッフがリスペクトし合って、未来のアーティスト達が契約したいと思ってくれて、音楽ファンがCONNECTONEの出すものは信頼して買ってくれる、そんな場が作れたら最高です。
音楽人と繋がって産業を盛り上げる——海外への展開はいかがでしょうか?
高木:例えばサッカーでは香川、本田といった選手が当たり前に海外で戦っていますよね。音楽の世界も遅まきながら、やっとそのフェーズに入ってきている感じがします。特に若いアーティスト達は特別な気負いも無く普通に世界とのつながりを意識していると思うので、海外での活動は自然なこととしてやれる体制を作っていきたいです。
——ビクターにおいて、CONNECTONEはどういうポジションを期待されていると思いますか?
高木:ビクターは音楽好きで、真面目で良い人が多い会社だと感じます。あと比較的人の出入りが少なかった会社なんだなとも思います。新参者の私には、「何か“やんちゃ”をやらかさないかな」と会社が期待しているような気が勝手にしていますので(笑)、やんちゃであり続けることを意識しながら、新しいスキームを確立していきたいですね。
——業界で長いキャリアをお持ちの高木さんのような方が、今改めて尖ったことをやられるというのは、同業の方にも良い刺激になるかもしれませんね。
高木:尖っているのかどうかは、これからの頑張り具合と結果次第だと思いますが、やっぱりもう一回拳を振り上げなくちゃということは意識しています。音楽を生業にしている人間が、暗い顔をして下を向いているようでは失格ですよね。「音楽最高だよ、楽しいよ!」と、もう一回真正面から吠えないとダメかなと思っています。CONNECTONEをどういう人が面白がってくれて、どういう人に怒られてしまうのか(笑)、これからのリアクションが楽しみです。
——最近、音楽に関わる刺激的なニュースは音楽会社以外からくることが多いので、CONNECTONEの動きにはこれからも期待しています。
高木:有難うございます。30年間この業界にいても、ヴァイブレーションは合うはずだけど未だ出会えていない方とか、ご挨拶できていない方が沢山いらっしゃると思うので、これをきっかけに、まさに「Musicman」の方々と繋がって、一緒に音楽業界を盛り上げていければと思います。