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深刻化の一途をたどる会場不足 日本のライブ・エンタテインメントが初めて直面する危機 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏

インタビュー スペシャルインタビュー

中西健夫氏

「全然ブッキングできなくて、関係者は今みんな苦悩していますよ」。ディスクガレージの代表でありコンサートプロモーターズ協会会長の中西氏はライブ・エンタテインメントの現状に危機感を募らせる。2016年問題をはじめ、「会場不足」に悩まされるライブ市場だが、シュリンクの続く音楽産業において好調な成長を続けているだけに、影響は深刻だ。かつてない危機に直面し課題が山積する中、どう取り組んでいくのか、中西氏に話を聞いた。

(取材:Takuya Yashiro、取材・文:Jiro Honda)
2015年5月29日掲載

PROFILE
中西健夫(なかにし・たけお)
京都府出身。1981年、株式会社ディスクガレージ入社。1993年、同社代表取締役副社長就任。1997年、同社代表取締役社長就任。2012年、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長就任。

  1. 2016年問題 影響は全国的
  2. 会場不足の慢性化 需要に合わせた利用料の工夫を
  3. 次に迫る2020年問題への布石

 

2016年問題 影響は全国的

——2016年問題は以前から話題になっていますが、ACPC会長として中西さんはどのような所見をお持ちでしょうか。

中西:2016年に横浜アリーナとさいたまスーパーアリーナが、同時期に改修でクローズするという話はずっと前から聞いていまして、「同じ時期は厳しいね」と周りでも話をしていました。実際、横浜アリーナは半年間、さいたまスーパーアリーナは4ヶ月使用ができなくなります。それでまず困るのが、アリーナツアーはだいたい春ごろからスタートしますが、その日程を2016年は組めないんです。埼玉と横浜は関東圏なので移動にかかるコストも少ないため収益性が良く、特にこの両会場のゲインはライブマーケットにおいて大変大きいです。ですから、そのクローズ時期はライブマーケットの売り上げも単純に下がるでしょうし、そうなると各プロダクションも利益構造の部分まで含めて、改めて考えなければいけないでしょうね。音楽ビジネスにおいて、間違いなく影響が大きい半年間になると思います。

——改めて深刻な問題ですね。

中西:ここまで差し迫っていると、正直あまりやりようがないんですけどね(苦笑)。しかも、影響を受けるのは関東のプロモーターだけではなくて、ツアーの日程全体の問題になりますから、そのしわ寄せは当然地方へいってしまいます。ですから、これは全国的な問題なんです。

——2016年問題の中でも、やはり横浜と埼玉の両アリーナ分の打撃がかなり大きいと。

中西:そうなんです。これだけの動員が半年分なくなるわけですからね。著作権使用料の面から見ても、恐らく3%減ぐらいになります。3%というのは売り上げベースで計算するとだいたい80億円近くですから。当然、マーチャンダイズにも影響があります。

首都圏会場の改修状況

会場名 収容人数 改修期間
国立霞ヶ丘競技場 54,224 2014年9月〜2019年頃
日本青年館 1,360 2015年3月〜2017年春
渋谷公会堂 2,084 2015年9月〜2019年頃
横浜アリーナ 17,000 2016年1月12日〜6月30日
さいたまスーパーアリーナ 37,000 2016年2月中旬〜5月中旬
日比谷公会堂 2,074 2016年4月〜時期未定
中野サンプラザ 2,222 未定

 

閉館する首都圏会場

会場名 収容人数 閉館日
東京厚生年金会館 2,062 2010年3月31日閉館
SHIBUYA-AX 1,700 2014年5月31日閉館
青山劇場 1,200 2015年3月31日閉館
ゆうぽうとホール 1,803 2015年9月30日閉館

——代わりになる関東圏の会場というのはないのでしょうか?

中西:機能的に両アリーナの代わりになるような会場は中々ないんですよ。例えば、先日Mr.Chirdrenのツアースタートは前橋のヤマダグリーンドームでした。ミスチルぐらいになると大丈夫だと思うのですが、都心から前橋ぐらいまで離れていても、2日間しっかり集客できるアーティストって本当に限られるんですよね。新幹線の距離ですから、お客さんには移動費も時間も相当な負担となってしまいますし、関東圏内のかなり離れた場所で積極的に開催していくという風にはなりにくいでしょうね。

——横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナのありがたみが身に染みますね。

中西:だから両アリーナとも、改修前後のスケジュールが本当に混み合っているんですよ。さらに関連して日本武道館や代々木第一体育館、幕張メッセも同様に混み合っています。全然ブッキングできなくて、関係者は今みんな苦悩していますよ。音楽以外のイベントも社会全体で増えていますしね。

——会場の取り合いが起こっていると。

中西:そもそも、ここ3年くらいは会場そのものが本当に不足しています。昔ですと「土日にやらせてください」と我々もお願いしていましたが、もうそんなことを言っている場合じゃなくて、開催できる日程でやるしかない状況になっています。加えて、キャリアアーティストの増加にともなってお客さんの年齢も高くなってきていますから、どうしても土日に開催が集中してしまい、それも問題になっています。

 

会場不足の慢性化 需要に合わせた利用料の工夫を

——かつてこういう状況になったことはあったんですか?

中西:ないと思います。

——では、日本のライブ・エンタテインメントが初めて直面する危機的状況なんですね。

中西:さらに、渋谷公会堂や日本青年館などの中堅クラスも閉館や建て直しがありますからね。Zepp DiverCityが一昨年、豊洲PITが去年できましたが、全然足りないですよね。両方ともライブハウスですし。

——中西会長は、会場の利用料金について、需要と供給のバランスを考えて平日を安く、土日を高くすることを提案していましたね。

中西:ええ。それをまず豊洲PITでは実践しています。平日をすごく安く、土日を高く。客層が若ければ平日でも入りますし、若年層がターゲットでチケット単価が安かったとしても、会場費を安く抑えられれば、収支においてバランス良く実施できますよね。これは民間施設であればドラスティックに実施可能だと思います。休日と平日の差額を設けることで、需要と価格を比例させて、集中を避けて全体的に利用を促すというのは、どの産業でも普通に取り入れていますからね。会場の利用料金については、休日と平日で3倍ぐらいは違っていいんじゃないのかなって思いますけどね。

——なるほど。ちなみに海外でこういう状況に陥った都市やマーケットはあるんですか?

中西:恐らくないと思いますね。例えば、ニューヨークは会場がすごく多種多様ですし、民間でしっかり運営しているんです。経済規模が違いますし、エンタテインメントに対する理解度も深い。企業にとってスタジアムを持つことが1つのステイタスですし、ブロードウェイだけみても、いくつも会場がありますから。

——日本のライブ・エンタテインメントも成熟を求められているのかもしれませんね。

中西:今、我々が働きかけているのが、長期的ヴィジョンに立って、東京オリンピック・パラリンピック後の有効活用も含め、新しい会場の設計段階から携わらせていただきたいということですね。

——その辺りに関して、政府官公庁としては、公的機関が施設を作った末にその後の運用で赤字になった場合にどうするんだといった、慎重な動きがあるようですが。

中西:やはり責任の話になるので、なかなか難しいですよね。ですから我々としては、例えば、東京オリンピックで新しい会場を作った後の運営は全部民間に委託するなど、半官半民でやらせていただけないかと提案しています。もし、委託後のことを我々に任せていただけるのであれば、あらゆる方面に対して、きちんと有効活用できるヴィジョンはあります。

——ACPCとして陳情もやってこられた?

中西:もうかなりやってきました。陳情疲れするぐらいに(笑)。

——新しい会場を作るとなったときに、その権限はどこにあるんですか?

中西:そこもだいぶややこしいんですよね。我々もどこに話をしに行けばよいのか分からないときがあるぐらいで。基本的には都だと思うのですが、オリンピックあってのことなので、国も含め全方位に対してWin-Winの関係にもっていけるよう動いています。

 

次に迫る2020年問題への布石

——オリンピックが近づいたら近づいたで、また色々ありそうですね。

中西:本当にそうで、次は2020年問題があるんですよ。恐らく、また一斉にオリンピック仕様に改築・改修という話になって、クローズが重なる時期が発生しそうなんです。でもネガティブなことばかり言っていても仕方がないので、我々に理解がある企業の方々とタイアップして新しい会場ができないかとか、そういう民間レベルでの話も積極的に各方面へ働きかけています。

——官民両方に対して働きかけを行っているんですね。

中西:いずれにせよ、仮に何か建物を作るとしても、最初にひとこと伝えることができるかどうかによって全く違うわけです。ワンアイディア入れることができるか、そういう布石を色々な所で打っています。音楽業界以外にも広く接点を持って、積極的にネットワークを張り巡らせて、色々なところと話が繋がるようにしています。

——デベロッパーのトップみたいな事をなさっている状況なんですね(笑)。

中西:ええ。いつの間にか(笑)。

——でも、そういう試みでどこか一ヶ所でも成功すれば続くでしょうね。

中西:モデルケースになると思います。今アメリカやヨーロッパでは、会場に対する概念がどんどん変わってきていて、例えば、フットボールスタジアムを作る際のテーマが「”ノン”フットボールスタジアム」なんですよ。ただフットボールのためだけじゃない、街そのものを作ろうと。ドイツがワールドカップで成功したのは、サッカースタジアムの中に市役所やミュージアムも併設して、日頃から普通に人が集まる場所を作ったからなんですよね。そういう発想で、日本でも縦割り行政を越えてやっていってほしいですし、そこにアイディアを入れさせていただきたいですね。

知識やアイディア 共有してチャレンジ——まさに、今度発足するスポーツ庁が会場に併設されていたら素晴らしいですよね。でも、やはり、その縦割り行政を越えるのに皆さん苦労されている?

中西:いや、出来るはずなんですよ。だから、我々もただ要求や文句を言うばかりの非生産的なことはもうやめようと決めたんです。公的機関の中にもすごく理解を示してくださる方、協力してくださる方がたくさんいらっしゃるので、サジェッションをいただいて、最適な形で動いていく。

 例えば、「ライブ・エンタテインメント議員連盟」といったようなものを作って、きちんと政治家の先生にもご協力をお願いして、我々の産業の透明性を理解していただきながら、社会貢献を含め活動をしていく。そういったことに取り組むべき大事な時期だと思います。ACPCでも、すでにCSR活動として、宮城大学で寄附講座を行うなど積極的に実践しています。

 2016年問題はどちらかというと、もう業界みんなで乗り切る覚悟を決めた問題です。それよりも2020年に向けて、どういうものをどこまで作れるかのチャレンジが大事だと思います。改めて、関係者みなさんで知識やアイディアを共有して、積極的に取り組んでいければと思います。