Billboardは何故「共感性」の高いチャートを追求するのか Billboard Hot100 リニューアル&新チャート解析サービス — Billboard Japan 礒崎誠二氏
Billboard JAPANがチャートのリニューアルを実施、あわせて新しいチャート解析サービス「CHART insight」をローンチした。Billboard JAPANでチャート・ディレクターを務める礒崎誠二氏は「ユーザー動向とフィジカルチャートの乖離は無視できない」と、シングルセールスに対する共感性が下降している現状に警鐘を鳴らす。グローバルチャートの老舗が「共感性」に拘る理由とは、その真意に迫った。
PROFILE
礒崎誠二(いそざき・せいじ)
株式会社阪神コンテンツリンク ミュージックエンタテインメント部 東京クラブ 統括マネージャー
1992年、キティ・エンタープライズ入社。1996年、同社退社後、原盤制作、著作権管理、商品流通管理等、多岐の業務に携わる。2006年、阪神コンテンツリンク入社。Billboardの国内ブランディング、マーケティング等を手がける。
YouTubeデータ合算 自然な流れ
——リニューアルした新しいHot100では、YouTubeのデータが合算されることがトピックになっていますね。
礒崎:このグラフ(下図)からも分かるように、ユーザーがどういう音楽を聴いているか、シングルチャートから把握するのが難しい時代になりました。音楽への接触経路が変化し、楽しみ方も多様になりました。なので、そういった状況を反映する「総合ヒットチャート」を作りたいと考えました。
現在、YouTubeは音楽に接触する主な方法の一つになっていますので、日本でも合算を目指して各社と交渉と検討を進めてきました。アメリカでは3年前、カナダでは2年前から、それぞれのHot100に合算しています。
——海外では既にYouTubeは合算されているんですね。
礒崎:アメリカのBillboardが蓄積してきたノウハウを活かしてリニューアルに取り組みました。そもそもBillboardでは、「Hot100」という名前をチャートに冠するには複合データでなければならないという決まりがあります。従って、我々が複数の指標を扱うのは自然なことでした。
——YouTubeからはどのようにデータが提供されているんですか?
礒崎:YouTube Japanが調査したISRC付きの再生回数をアメリカに送り、次にニールセンが日本のデータだけを切り出してISRCに紐付けて楽曲をマッチングします。そのプロセスを経たデータを扱います。
なお、ISRC前提で、公式動画と権利者の許諾を受けたユーザー動画がカウントの対象となります。なので、動画をアップロードする際はぜひISRCを付けていただきたいです。アップロードした後、追記入することもできますし。
違和感の無いチャート作り意識
——YouTubeをはじめ、音楽に対する「接触と所有のバランス」は随分変わりました。
礒崎:その変化が進む一方、フィジカルセールスをメインとする日本のチャート構造は昔のままです。フィジカル全盛時は、そういうチャートで良かったのかもしれませんが、今日のユーザー動向とフィジカルチャートの乖離はもはや無視できないと思います。
——最近はチャート自体が持つ宣伝力も弱まったと感じていますか?
礒崎:今回のリニューアルにあたり、多くの方に「いつから、ヒットチャートとその時代の音楽がかみ合わないと感じ始めましたか?」という質問をしました。すると、だいたいみなさん2000年代後半ぐらいからと世代問わずおっしゃいます。つまり、その時期からシングルセールスの共感性が落ちているんですね。そして、ヒットチャートが共感性を失えば失うほど、ファンとのエンゲージメントが高いアーティスト名に紐づくパッケージしか売れなくなってしまう。
——トップ10には入っているけど、聴いたことがないという?
礒崎:そうです。一昔前は、TOP10の楽曲であれば耳にしたことがあるし、口ずさめたじゃないですか。共感性が高ければ、ヒットチャートがもっと楽しめると思います。
——リニューアルのテーマは?
礒崎:やはり「共感性」や「納得性」ですね。みなさんに「あれ?」と思われないような、違和感の無いチャート作りを強く意識しています。生意気な言い方ですが、色々調べれば調べるほど、共感性の高いヒットチャートを作ることは、音楽文化を未来に残す上で重要な意味があると考えるようになりました。
——昨年末実施のBillboard Japan Music Awards 2014(BJMA2014)は、共感性の高いヒットチャートを作っていくというスタンスの第一歩だった?
礒崎:昨年TwitterとLook Upを合算したことで、独自路線の複合チャートを運用していくという方向性を示しました。アメリカとも違う、日本のユーザー動向にフォーカスした、本当にBillboard Japan独自のスタンスです。
BJMA2014では、Hot100 イヤーエンドの100曲に、カラオケで歌われた回数とTwitterでの投票を合算することによって、ユーザーにまだ馴染みのない複合チャートに触れてもらい、新たな複合ランキング制作を体験していただきました。西野カナがトップという結果について、みなさんに納得していただけたのか、投票に参加した多くの方々からもネガティブな反応はほとんど無く、とてもピースフルな雰囲気で終わったのが嬉しかったですね。
——Hot100以外にリニューアルされたチャートはありますか?
礒崎:新しくHot Albumsとして、フィジカルとデジタルとLook Upを組み合わせた、日本初の複合アルバムチャートを作りました。フィジカルとダウンロード、リッピングが反映されるので、季節感のある、共感性の高いチャートになると思います。今後は、ストリーミングのデータも入れて、さらに共感の精度を上げていきたいですね。
“体験型”解析サービス「CHART insight」
——リニューアルにあわせ、新しくチャート解析サービスもスタートしますね。
礒崎:複数の指標を通じて、マーケットの変化や流れをマトリックスでお見せする「体験型」解析サービスです。セールスだけでは見えてこないアーティストのマーケットバリューを把握できるので、実際に触って活用すれば新たなマーケットのかたちが見えてくると思います。
——具体的にどういったものか教えていただけますか?
礒崎:サービス名は「CHART insight(チャート インサイト)」です。フリーミアムモデルで、3つのプランがあります。まず「biz」プランが法人用、「pro」プランが個人有料会員向け、そしてフリープランとなっています。「pro」は月額300円で100位まで閲覧、期間設定や楽曲比較ができます。「biz」は全ての順位および詳細なグラフも確認でき、データベース内にある全ての楽曲比較が可能です。——レコード会社はもちろん、音楽出版社、メディアなどでも重宝されそうですね。
礒崎:「音楽の流通を最適化させる」ツールにもなるので、小売店様の利用も見込んでいます。弊社が事業承継したサウンドスキャンジャパンを通じてパッケージの解析はできますが、CHART insightを使うと、セールスがYouTubeやTwitter、ラジオ、Look Upとどういう関連性を持っているのかという、さらに踏み込んだ解析が可能になります。そうすると、イニシャルオーダーや、追加オーダーの取りこぼしも減らし、顧客満足度増に繋げることができるでしょう。バイヤーのマーケットセンスを補完するものとして役に立つと思います。
——Billboardサイドがデータを解析して、「この楽曲が今注目です」といったことも提供しますか?
礒崎:それは行いません。我々はフラットに数字、データをこのサービスを通じて提供するのみです。なので、CHART insightをどう読み解くかは、使う人次第で、それが新しい多様性を生み出すと考えています。
ちなみに、「pro」でも十分に市場分析は可能ですが、「biz」の「ハイブリッド指標」は特徴的です。まず、ダウンロードとツイッターとYouTubeのハイブリッドからは、有料DLとバズの関連性が浮かび上がってきます。ダウンロードとストリーミングとLook Upのハイブリッドからはライトユーザーの動向が、そしてフィジカルとLook Upのハイブリッドからはコアなファンの動向が把握可能となっています。このように、これまで世の中に存在しなかった指標や、他指標との関連性から新たなチャンスを見つけだして頂きたいです。
身体を通じた音楽体験 記憶にリンク
——ダウンロードとストリーミングはセールスに含まれるんですね。
礒崎:「フィジカル」、「ダウンロード」、「ストリーミング」、「エアプレイ」、「Look Up」、「ツイート」、「YouTube」と7つのデータを使用していますが、データをできるだけシンプルに見せたかったので、現状は5指標で運用します。
——ストリーミングは歌詞データから取ってくるんですね。
礒崎:シンクパワーさんのストリーミング歌詞表示回数データから全体を推定しています。今後データ提供社が増えれば、アプローチを再検討し、更に細かくデータを切り出したいと思います。
——ユーザーがチャートを触って楽しむことと、ストリーミングサービスでプレイリストを作ることは、「情報を通じて実際に身体を動かす”音楽体験”」という文脈で通じる部分がありますね。
礒崎:身体を通じた体験をすることで、アーティストや作品への愛着も増しますし、音楽と記憶がリンクすると思います。なので、ユーザーがたくさん”体験”できるサービス設計を心がけました。
また、CHART insightのAPIを公開しますので、ぜひ遊び心のある使い方をしていただきたいですね。我々はチャートを作る立場上、どうしても真面目にならざるをえないので(笑)。
——スマートフォンで利用することはできますか?
礒崎:スタート当初はPCのみで、6月下旬からスマートフォンにも対応します。
——過去のデータも遡って見れますか?
礒崎:Look UpとTwitterは、サービス開始時から2014年分のデータを見ることができます。それ以前に関しても順次増やしていく予定で、ストリーミングを含むセールスとYouTubeに関しては6月3日公開分からになります。
なお、チャートから購入への導線も用意していますので、セールスに繋げるお役にも立てると思います。
——本当に多機能ですね。
礒崎:ここまで踏み込んだチャート解析サービスはアメリカのBillboardにもありませんし、世界でも類を見ないと思います。
——音楽ブロガーや有識者がCHART insightを使って独自の分析記事を書いて、それがソーシャルで注目されるといった動きも起こりそうですね。
礒崎:記事のネタになるデータは無限に詰まっているので、我々もここからどんな分析が産まれるのか非常に楽しみです。「pro」サービスは7月一杯まで無料キャンペーンを実施していますので、登録して「体験」して頂きたいと思います。
これからも時代を反映する、さらに共感性の高いチャートを目指しブラッシュアップしていくので、とにかくぜひ一度使ってみてください。