音楽ストリーミングサービスAWAが提示する「日本発」サブスクリプションモデル — エイベックス・グループ/AWA 若泉久央氏
エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社 社長室 部長
エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社 音楽事業本部 commmonsプロジェクト推進室 室長
AWA株式会社 取締役 コンテンツプロデュース部 部長
若泉久央
Hisaou Wakaizumi
「2015年の初夏は、間違いなく日本の音楽産業史および人々の記憶に残る瞬間となるだろう」と関係者は口を揃える。次々にサブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスがスタートし、まさに今、誰もが音楽リスニングスタイルの変容を体験している。そんなサービス群の先陣を切ってスタートしたのがエイベックスとサイバーエージェントが共同で手がける「AWA」だ。スタイリッシュでクールなデザイン、滑らかな操作感、プレイリストを中心とした楽曲提案などの特徴を持ち、すでに多くのユーザーを獲得している。IT・広告企業と音楽会社のパートナーシップで仕掛ける「日本発サブスクリプションサービス」が目指すところとは。
- とにかくクオリティの高いものを作り上げる
- 「自分がまだ知らない新しい音楽との出会い」と「大好きだったけど忘れてしまった音楽との思いがけない再会」
- 「ニッチからメジャー」を仕掛けていく
- 日本発のサブスクリプションモデルを「ALL JAPAN」で
とにかくクオリティの高いものを作り上げる
——AWAはいつ頃から構想されていましたか?
若泉:4〜5年前に初めてSpotifyに触れた時、コンテンツホルダーの立場として素直に凄いなと思いました。直感的に「いずれCDを買う人がいなくなるかもしれない」と感じると同時に、ストリーミングサービスにおけるレコメンドの重要さを再認識しました。というのも、使ってみると結局好きな曲を繰り返し聴くパターンになってしまって、ローカルに所有している音楽を聴くのと変わりがなく、「せっかくこんなに何千万曲もあるんだから、『これが好きだったら、こういうのも聴いてみたら?』という機能がもっとあればいいのに」といった話を松浦(※エイベックス代表:松浦勝人氏)としたのを覚えています。その後、やはり各ストリーミグサービスでレコメンデーションやミュージックディスカバリーの機能は格段に進歩しましたよね。
——単に膨大な音楽が聴き放題というだけではサービスとして不完全だと、早々にお気づきだったんですね。
若泉:Spotifyを試す以前にも音楽配信を担当している時代があって、Pandora Radioを日本で展開しようというところとも話をしていたので、SpotifyやPandoraのようなサービスに関しては相当早い段階からキャッチアップしていました。そして、もし我々がやるのであれば、Pandoraのラジオ型とSpotifyのオンデマンド型のハイブリッドなサービスを実現したいという構想はありましたね。
——そしていよいよタイミングが来たと。
若泉:紆余曲折ありましたが、昨年、最終的にサイバーエージェントさんとご一緒することになりました。そして今回、プレイリストをメインとして、音楽を流し続けることができ、知らない音楽と出会う機会も提供しつつオンデマンドで好きな曲を聴くこともできるという構想通りのサービス=AWAをスタートさせました。
——以前エイベックスのグループ会社では、music Chef(ミュージックシェフ)というストリーミングサービスを運営されていましたね。
若泉:配信の仕組みでmusic Chefのノウハウを活用した部分もありますが、各機能を含め、基本的にAWAはスクラッチから開発したサービスになります。
——技術的な開発はサイバーエージェントが担当されたということですが。
若泉:サイバーエージェント内で選抜されたエースエンジニアが、藤田社長の「とにかくクオリティの高いものを作り上げる」という号令のもと、海外勢との競争も視野に入れたグローバルでも通用するインターフェイスやデザインの設計・開発に取り組まれたようです。
——確かに触っていてとても心地よい設計になっています。
若泉:そうして仕上がった素晴らしいインターフェイスは、レーベルとの交渉を進める際にも非常に説得力を持ちました。通常サブスクリプションに関する交渉は、未だに抵抗がある方も多く非常に難しいんです。しかし、交渉の際にAWAを実際にお見せすると「こんなに優れたサービスに仕上がっているなら、是非ご一緒しましょう」とスムーズに進むケースが多くありました。
「自分がまだ知らない新しい音楽との出会い」と「大好きだったけど忘れてしまった音楽との思いがけない再会」
——サービス開始から2週間で100万ダウンロードを突破されていましたね。
若泉:ありがたい事に大変ご好評をいただいています。クオリティの高さが、初動の時点から多くのユーザーさんにご理解いただけている結果だと感じています。この夏にはさらに本格的なプロモーションも考えています。
——伝え聞くところによるとSpotifyの事は相当研究されたとか。
若泉:はい、「糸の一本までほどく」という表現があてはまるほど、エンジニアのみんなは隅々まで研究しました。
——AWAに取り組むにあたって、エイベックス側でのプロジェクトテーマは?
若泉:「自分がまだ知らない新しい音楽との出会い」と「大好きだったけど忘れてしまった音楽との思いがけない再会」の二つです。
今の時代、正直インターネットに繋がってさえいれば、自分で思いつくことのできる音楽は、ほぼ何でも聴くことができますよね。ですが、例えば「学生の時に大好きだったLPのB面の3曲目」のような、記憶の奥底に眠っている音楽とは、何かのきっかけがないと死ぬまで出会うことがないかもしれません。AWAはその再会のお手伝いをします。
——実際に使ってみて、記憶とリンクするサービスだなと感じました。
若泉:僕も、例えば今日電車で松田聖子さんの曲をAWAでたまたま見つけて聴いていたら、やっぱり中学校の時の甘酸っぱい思い出とか、当時好きだった女の子のことまで思い出したりするんですよね(笑)。そういう音楽の聴き方、楽しみ方をもう一度世の中に提供することが大きなテーマです。
——ところで「AWA」という名称の由来は?。
若泉:サービス名は最終的に藤田社長が決めました。少し変わっている、聞いたときに印象に残る、アイコンやロゴにした時にシンメトリーである、という条件でいくつかの候補の中から「AWA」になりました。意味をよくきかれるんですけど、これといった意味は特にありません(笑)。
——ちなみにイントネーションは「ア↑ワ↓」ですか「ア↓ワ↑」ですか?
若泉:「ア↑ワ↓」ですね。CMも流しているので、呼び方にも慣れていただけたらと思います。
「ニッチからメジャー」を仕掛けていく
——やはりプレイリストが最大の特徴ですが、それも先ほどの開始2週間の時点で20万件以上のポストがされているらしいですね。
若泉:一般の人でも音楽にとても詳しい方は沢山いらっしゃいますよね。AWAでプレイリストの説明を見ると、そういった方々が執筆というか、ライターさんが報酬を貰うようなレベルの内容を書いているんです。そういう部分でも盛り上がり始めています。音楽を語りたい人、自分が好きなものを知ってもらいたいという方は、本当にいっぱいいるんだなと実感しています。
——サービスを研ぎすますと勝手にユーザーが楽しみ始めると。
若泉:「とにかく良い器を作って、ユーザーが自然と盛り上がっていく」というのも狙っていました。また、昔はみんなドライブの時にカセットテープに曲を選んで入れていましたけど、プレイリストを作ることはそれと同じで、やはり楽しい行為なんですよね。そして、そのミックスを聴いて楽しむ人もいる。誰かが良いミックステープを作ると、クラス中のみんながダビングしたがったり、そういった体験や雰囲気も再現したかったところです。
また、自分のプレイリストをフェイバリットされるのは単純に嬉しいですよね。ソーシャルメディアでの承認に慣れた人々にとっても、新しい感覚だと思います。
——Facebookの「いいね」は親密感のある反面、人によっては少し距離を置きたいと感じる時もある承認感覚ですが、プレイリストをお気に入りされる感覚はInstagramのそれに近いかもしれませんね。承認されるのが「センス」だという部分で。
若泉:仰るとおりで、ユーザー同士の距離感に関しては敢えてあまりベタつかない雰囲気にしようと、まさにInstagramをベンチマークとしてかなり話し合いを重ねました。
——音楽のセンスを認められるというのは、他に無い特別な体験ですよね。
若泉:藤田社長も仰っていましたが、音楽での趣味が同じだと、全然知らない相手でも感覚的に繋がれるんですよね。「おぉ、分かってますね!」とか「もっと他の曲も教えてください」とか。AWAだとプレイリストがフェイバリットされて、面識のない同士でも「音楽センスの共感」で広く繋がることができます。
——ソーシャルな機能をもっと拡充する予定は?
若泉:そこは今後様子を見つつ、検証していきたいと考えています。
——自分の好きなアーティストの曲が入っているかどうかを探すのもちょっと楽しいですよね。
若泉:「ないだろうな」と思っていた曲があった時はけっこう感動しますよね(笑)。あと、もうひとつベンチマークにしたのは、ここ数年増加している70年代/80年代の楽曲を聴いて楽しむバーです。そこでは、例えば誰かが昔のアイドルをリクエストしたら、何となくみんながその流れに合わせる雰囲気があって、マッチの「ハイティーン・ブギ」がかかったら、次にマスターがサラッと山下達郎をかけたりするんです。お客さんはみんな音楽に詳しいから「ハイティーン・ブギ」を作曲したのは山下達郎だと知っていて、「マスターさすが分かってるね!」と内心盛り上がるわけです(笑)。そうして「僕もこの曲好きでした」って隣の人と仲良くなったり、教えてもらったりが始まる。そういう風景を再現したかったんです。
——音楽のセンスとナレッジが共有・承認されて、コミュニケーションも始まる。
若泉:新橋のお店とか凄いんですよ。まだ元気があってギラギラしている40代の人が盛り上がっていて。それは、「ニッチからメジャー」の萌芽なんです。とにかくある層でもの凄い勢いで流行ることは、他のレイヤーに伝播する火種なんですよね。韓流はまさにその流れでした。「冬のソナタ」に深くはまったF2、F3層の方々が同じ韓流の東方神起にも移って、その爆発的な熱気が若いファンにも伝わった。AKBもオタク層での圧倒的な盛り上がりが世間を巻き込んだ。そうやってボヤが大火になるケースがあるので、濃厚な音楽体験を若い時代に体験した40代の方々もターゲットのひとつとしています。彼らはほぼ全員が青春時代に流行った音楽に共感できますし、それは記憶の底に眠っているけど目覚めると確実に盛り上がる(笑)。
——確かにそういった世代の方々の音楽体験を呼び起こす装置としてAWAは有効に機能するでしょうね。一方、デジタルネイティブを中心としたそもそも音楽にお金を払う習慣の無い層や、違法音源やYouTube等のAPIを利用しただけのグレーな聴き放題系のアプリを何気なく使っている人々を取り込むことも意識していますか?
若泉:そこを最も意識していると言っていいかもしれません。パッケージを買っているコアユーザーが、今後パッケージを買わなくなる事は実はあまりないと思っていますが、グレーなアプリを使っているユーザーがパッケージに戻ることもないでしょう。ですので、現時点では基本的に新譜にウインドウはつけない予定です。とにかくグレーな音楽アプリを使っているフリーライダー層をどれだけ取り込めるかが勝負だと考えています。ただ、いきなり1,000円程度の価格帯だと理解も得にくいので、300円のエントリーしやすいプランも用意しました。
——そういう中で、レーベルとの交渉は本当に大変そうですね。
若泉:やはり価格の破壊感に対する抵抗を当初は感じました。それは同じコンテンツホルダーとして、僕らでさえ感じますからね。「タダで聴かれるよりはいいじゃないですか」という理論では通用しません。立場的に300円や1,000円で聴き放題というのは承服できかねるでしょうし、「1回再生辺りいくらになりますか?」という話になりがちです。ですから、未来を見据えた「数の経済」の理論で、マクロな視点や考え方へのご理解をお願いしています。我々もアーティストに説明しなければいけない同様の立場ですから、同じ立場かつ同じ方向に向いて頂けるようお話をしています。
——さらにフリーミアムだと交渉のハードルはもっとあがるでしょうね。
若泉:正直まだ難しいと思います。世界的にもまだ本当に正解なモデルかどうかの答えは出ていませんし、善し悪しを判断する以前の状態ですから。
日本発のサブスクリプションモデルを「ALL JAPAN」で
——世界的な潮流を考えると、ライトミアムかフリーミアムかは分かりませんが、サブスクリプションで音楽を聴くという形は日本にも遠からず定着すると思います。そうなると、今海外では頻繁に話題になっていますが、日本でも「アーティストへの還元」に関して議論が始まりそうですね。
若泉:もちろんレーベルを介して、適正な形でアーティストに還元されるべきです。ただサブスクリプションモデルというのは、ひとつひとつの単価が非常に薄利なので相当数の利用者を抱えないと、その還元も十分なレベルに達しません。2000〜2500万人が月定額で利用すれば、2009年あたりの音楽業界のインカムに戻るという考え方を相当早くからavex経営陣はかかげていました。スケールを持たないと難しいサービスモデルではあります。
ただAWAだけで2,000万人を集めるのはさすがに難しいので、初めから我々だけではなくLINE MUSICやその他のサービスと共に、各サービスで数百万人ずつを目指していけば、アーティストへの還元も含め、アーティストをバックアップしたり新人を育成することができるようになると見ています。
——着うた最盛期ぐらいのカバレッジですね。市場規模では2009年だと3,100億円超ぐらいですから、そこまでは戻せる可能性があると。そういった目標達成への道筋としてどのような戦略を考えられていますか?現時点ではまだ、リテラシーや関心があまりない人々にとっては、AWAもグレーな音楽アプリと同じように見えているかもしれませんが。
若泉:様々なPR展開も行っていきますが、「クオリティの高い本物を作り上げる」ということは最初にクリアできているので、使ってもらえれば、いわゆるグレーなアプリとは全く違うこと分かっていただけると思います。アーティスト本人も一般の方とフラットにAWAのユーザーとしていますし、彼らのプレイリストを楽しむこともできます。AWAにしかない付加価値が多くある上に、3ヶ月間は無料です。もちろん無料期間もレーベルに楽曲使用料をお支払いしていますので正直しんどい部分もありますが、そこまでやっても一度使ってもらえればご理解いただけるサービスだという自負があります。
——最後にお伺いしたいのが、エイベックスのポジションです。LINE MUSICにも資本参加されていますよね。
若泉:エイベックスは「dTV」と「UULA」も同時にやっていますし、新しい市場を率先して作っていくにおいて、同じフィールドで2つ以上のプレーヤーに関わる事は我々にとって特に不思議な事ではありません。というのも、まず何よりも「強力なコンテンツホルダーである事」が一番重要だと考えているからです。手前味噌になりますが、そうであるからこそ出来る事だとも思っています。
——エイベックスはソフト/コンテンツからプラットフォームへという流れを実現している数少ない企業でもあります。
若泉:音楽の部分だけでいうと、プラットフォームへと進んでいる背景には、音楽に個別課金するビジネスモデルの限界があります。そしてもう一つ、松浦の「原点回帰」があるんです。松浦は、元々レンタルレコード屋で「いかに皆に楽しく音楽を聴いてもらうか」からビジネスをスタートしています。ディスコの12インチ一曲一曲に、「マハラジャでピークの時にかかる曲です。聴けば分かりますよ!」と紹介文を書いて、お客さんに「そうそう!これを探していたんだよ!」と喜んでいただいていた。今回のAWAは、そのデジタル版のような面があります。松浦は時々「プロデューサーやクリエイターだと呼ばれるけど、自分でそう思った事はあまりない。どちらかと言うとマーケッターだと思う」と言っているんですけど、AWAにはそういう松浦の原点も反映されていると思います。
——松浦社長、およびエイベックスの覚悟が伝わってくるサービスだと感じます。
若泉:松浦も言っていますが、やはり日本のユーザー、音楽業界、芸能界、それら全てを分かっている立場として、外資のルールではない日本発のサブスクリプションモデルを各方面みなさんと一緒に協力しながら「ALL JAPAN」で作り上げなければならないという気持ちはありますね。指をくわえて見ているだけというわけにはいきませんから。今回は日本のルールは日本で、自分達で作ろうと。
——まずは、エイベックスが先陣を切ってスタンスを示したという感じでしょうか。
若泉:「示した」というおこがましい感じではなく、どちらかというと「ご説明した」という感じですかね。「僕らが身銭切ってやってみますから、ちょっと乗ってみていただけませんか?」と。「僕らも半分以上はコンテンツホルダーな訳ですから、そもそもプラットフォームだけで儲かるビジネスなんてできませんよ」、「いろんなアーティストに説明しなきゃいけないのは僕らも一緒です」というお話ができますからね。そこは外資のサービスと大きく違うところだと思います。ですので、一般の人はもちろん、まだAWAに触れたことがない業界のみなさんには、とにかくまず一度使って頂きたいですね。純粋に、音楽の仕事をするほどの音楽好きなら、必ず楽しめるサービスに仕上がっていると思います。