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チケットの転売ビジネスについて考える — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

中西健夫氏

近年のライブ市場の活況とともに、チケットの転売ビジネスが注目を集めている。そこにビジネスチャンスを見い出すITベンチャーが続々と参入する一方、ダフ屋 / チケットゲッター問題も含みつつ、転売ビジネスの是非について議論が繰り返されているが、実際にライブを届ける立場のコンサートプロモーターや音楽制作者は現状どのような認識にいるのか? ライブ会場の2016年問題に引き続き、ディスクガレージ代表 / コンサートプロモーターズ協会(ACPC)会長の中西健夫氏と、各所と折衝しつつ転売ビジネス問題についてリサーチを進めるACPC事務局の鬼頭隆生氏にも同席頂き、話を伺った。

(取材・文:Jiro Honda、Kenji Naganawa)
2016年2月5日掲載

PROFILE
中西健夫(なかにし・たけお)
京都府出身。1981年、株式会社ディスクガレージ入社。1993年、同社代表取締役副社長就任。1997年、同社代表取締役社長就任。2012年、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長就任。

  1. 「チケットの転売ビジネス」を取り巻く状況とは
  2. ライブを観に行く「自由な行為」とユーザー保護
  3. VSの関係ではなく、対話をする関係を構築する

 

「チケットの転売ビジネス」を取り巻く状況とは

——先日、コンサートプロモーターズ協会(以下 ACPC)は警視庁とコンサート等の興行チケットの不正売買防止を目的とする協定を結ばれましたが、その経緯をお聞かせ下さい。

中西:警視庁の生活安全特別捜査隊の警部の方から「警視庁では2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた環境作りの一環として、ダフ屋対策を進めたいので、ライブの業界団体であるACPCと話したい」という申し入れがあり、協議を開始しました。話し合いの中では、まずチケットゲッター対策の実例と、その対策における課題や懸念を話し合い、そもそも転売行為の何が問題か、どういう条例・法規で取り締まっているのか説明がありました。加えて、迷惑防止条例についてのお話ですとか、昨今のダフ屋の手口ですね。昔はおじさんが「余り券ない?」って言ってくるようなイメージでしたが、今は若い女の子を立たせて売買しているみたいです。

——ダフ屋だと分かりづらくなっている?

ACPC事務局 鬼頭:そうですね。とはいえ、金髪の派手な女の子が全然関係なさそうなライブ会場の前に立っていたりして、バレバレなんですけどね(笑)。そして、警視庁から「ACPCやプロモーターには、転売対策になりそうな情報を提供して欲しい」というご依頼とともに、先々協定を結んで、一般に発表できれば、とご提案頂き、そこから先日の協定締結まで繋がりました。

中西:現在、ライブ・エンタテインメントに大変注目が集まっているので、警視庁としても、そこで起こる様々な問題に対して看過できなくなってきたんでしょうね。今までは「すみません。外にダフ屋が一杯いるんですけど、来てもらえませんか?」と、警察の方に状況を伝えて、現行犯で捕まえるというアナログなことを繰り返していたんですよ。

——そこで捕まえた場合、罪状は何になるんですか?

中西:警視庁によれば迷惑防止条例違反となるそうです。我々のダフ屋のイメージは音楽よりもプロ野球のほうが印象強いですよね。昔の巨人戦なんかは凄かったじゃないですか? そういうスポーツ興業が暴力団の資金源になっていた時代に比べると、現在は随分違う形態になっているようです。

——そこでクローズアップされるのが「チケットの二次流通ビジネス(以下、転売ビジネス)」ですよね。テクノロジーが発達して、そこにビジネスチャンスを見出すITベンチャーの方々が続々と出てきているという状況だと思うのですが、そういった「チケットの転売ビジネス」に関してどうお考えですか?

中西:率直に言うと、結局は需要と供給なんですよね。日本は「平等である」ことに重きを置く国民性だと思うのですが、その「みんな公平でなければならない」みたいな意識が近年急激に変わってきて、ホテルなんかがそうですが、せいぜい土日がちょっと高くなるくらいだったのが、今では平日であっても、需要が高ければ宿泊料金は高くなる。これは欧米では当たり前のことで、転売ビジネスの問題でも、お金持ちの人たちは苦労しないで良いチケットを獲るために、対価として高いお金を払うのは当たり前だと思っている。そういう資本主義の原点と、日本的な「それは違うだろう」というムード。ここに大きなギャップがあるように感じます。

——道理として理解していても、お金で全て解決されると、釈然としない気分になりますよね。

中西:僕らのモラルやフィロソフィーという部分で、平等性は悪いことではないと思うんです。ただ、そうじゃない部分がたくさん出てきて、チケットにも同じようなことが起こり始めた。人気のあるチケットがどうしても欲しい。高いお金を払ってでも欲しい、という“平等性”を崩すニーズが出てきた。

——そして、そこに生業を見つけてしまう人たちが出てきたわけですよね。個人的には、金銭的な需要と供給のバランスという話は分かるんですが、機会の損失という意味での不公平感が出てきてしまうのは問題ですよね。

中西:その通りだと思います。合法・違法に限らず、何らかの手法によってチケットを大量に購入した人が、金銭目的で転売ビジネスに出していくというのは、そもそも大問題だと思います。

——具体的に転売の禁止を謳っているプロダクションもある一方、ツイッターに堂々と「チケットあります」みたいな宣伝ツイートが流れていたりしますよね。

中西:ユーザーサイドからすると「そういうのがあったら良いな」と思うに決まっているんですよ。こういった話はネットオークションから始まっていて、オークションに対して我々は「ノー」と言ってきましたが、それで取引がなくなるかと言ったら、なくならない。それはニーズがあるからです。いくら我々が「ダメだ」と言ったところで、何も変わらない。もちろん建前としては絶対にダメなんですよ? でも現実はそうじゃないだろう、と。

では、どこに着地点があるか?を考えることが、これからの議題だと思います。「我々はあなたたちのものを侵していない」と言う転売ビジネス事業者に対して、大上段に「ダメだ」と言っているだけでは埒が明きません。例えば、大量のチケット購入に対してガードをかけるとか、チケットの高騰に歯止めを掛けるとか、常識の範囲内でルールを作っていく、考えていくべき時期に来たと思います。

——議論が始まるきっかけになればいいですよね。

中西:そうすると高騰していない方は、アーティストのブランディングとしてはマイナスになるわけじゃないですか。そういった側面も見なくてはいけないですよ。もちろん色々な意見があって然るべきですが、団体としてどういう見解を出すかは、もう少し先になると思います。今、日本音楽制作者連盟と研究会を始めたところですが、みなさんそれぞれ意見をお持ちですし、その中間を取れば良いのか、そこも議論しなければならないです。

 

ライブを観に行く「自由な行為」とユーザー保護

——チケットの転売ビジネスのサービスで、個人間でやり取りしている中で、トラブルが起きたりして問題にもなっています。

中西:先日も「NHK紅白歌合戦」の偽造入場ハガキが、転売サイトで大量に流通した事件が報じられました。我々にとってユーザーの保護は大きなテーマですが、現在の転売サイトには、出品されたチケットが間違いなく本物だと、購入者が確信できるような仕組みがありませんよね。そして不正な出品や、その被害を予防するための取り組みが不十分であれば、最終的にユーザーが泣きを見てしまいます。これでは成熟した市場とは言えませんよね。

また、ユーザー保護の観点から、人気アーティストの一部のチケットは、個人認証を行い転売が出来ないようにしています。それは「ライブに行けるのはチケットを購入した人です」という、ある意味ですごく正しいことなのですが、本当に行けなくなった時はどうするのか? 例えば、買った本人が病気になった時どうするのか? ごく親しい人にもあげられないのか? そういう問題もたくさん出てくるわけじゃないですか。もちろん、そこまでしなければいけないほど、チケットゲッターが酷い状況だからこそなんですが、果たして何が正解か分からない状態に陥っています。

——本当に難しい問題ですよね。あんまり縛られてしまうとユーザーがコンサートに行きづらくなってしまいますし。

中西:本質論だけ言うと、音楽のライブを観に行くという行為は、もっと自由なものだと思うんです。そのチケットは本来ならプレゼントであっても良いはずです。それが今、本人しか行けないという風になったのはダフ屋行為があるからで、そういうせざるを得なくなった。これはとても寂しいことですね。

——それはコンサートが人気であることの裏返しだったりしますよね。

中西:そうですね。ありがたいことにコンサート人気が高いが故に、気軽さが無くなってきた。それは将来を考えたときに決して良いことではないと思います。もっとみなさんにライブを観て欲しいですし、新人でも自分が観て「凄く良いな」と思ったら、「みんな行ってよ!」って言うじゃないですか? そういう自然な行為ができなくなるのはツラいですよ。

——ちなみに海外だとチケットの転売ビジネスはどうなっているのでしょうか?

ACPC事務局 鬼頭:アメリカでは「StubHub(スタブハブ)」と「Ticketmaster(チケットマスター)」が大手で、すごくしっかりした仕組みを持っています。日本ですと席番号が不明でも出品できてしまいますが、「StubHub(スタブハブ)」などは席番号も全て明示した上で出品するように義務付けられていたり、ユーザー保護もしっかりしていて、非常によく考えられています。

中西:この前ニューヨークに行ったときも、友人が「明日ライブ観られないかな」という話になり、転売ビジネスのサービスを見て、チケットを購入しました。ユーザーサイドに立つと「こういうサービスがあって良かった」と思ってしまうんですから、無下に「是か非か」という話だけにはしたくないんですよ。

——アメリカの場合は、スポーツ・エンタテインメント一つにしても規模が違いますからね。

中西:アメリカのスポーツ・エンタテインメントは、今はサッカーも入ったから五大メジャーですが、とんでもない売上です。しかも、州によってはダフ屋行為の禁止が法律で決まっているので、その州ごとにサービスがカスタマイズされていて、本当によくできているなと思います。

——ユーザー保護の話ですと、先日、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が転売チケットの入場を無効にしたニュースが話題になりましたね。

中西:USJは毅然とした態度に出たなと思いますが、大型テーマパークはコンサートなどと違って、商品として分かりやすいからできた部分もあると思います。

——ただ10代のユーザーがサイト検索をして、チケット転売ビジネスのサイトを見たら、オフィシャル感がありますから、信用して買ってしまって、でも入れないみたいな事態は今後増えるのではないでしょうか。

中西:それは大いにあるでしょうね。先程の偽造入場券のことだけでなく、たとえば先日、あるバンドはオークションで高額転売が判明した座席を公表して無効にしましたよね。彼らは「それは違うだろう」と思ったんでしょうし、それがアーティストの本音じゃないですか?

——転売などでチケットの価格が高騰することに対して苦言を呈しているアーティストは多いですね。

中西:そうですね。でも、すごく高いのはダメだけど、ちょっと高いのはどうなんだとか、本当に難しい問題なんですよ。価格の上限を設定するにしても、どこにするんだ?というね。もし、我々が上限設定をしたとしても、それが全部のルールとして通用するわけではないですしね。

 

VSの関係ではなく、対話をする関係を構築する

中西:我々プロモーターからすると、プロダクションと1年も前から話し合いながら会場を決めて、ライブの内容を練り、チケットをどういう風に売るか考えたり、とにかく動き回って色々な事をやっているわけです。それをあっという間に、チケット転売業者に上のところだけを持っていかれて、自分たちとは関係ないところでドンと利益を掴まれると正直カチンときますよね。ここが我々の根底にある素直な気持ちなんですよ。「俺たちの努力は一体なんだったんだよ」みたいな。だからといって、今起こっていることに文句ばかり言っていても仕方がないので、次の手を打たなければいけない時期に来ているということですね。

——危機感をおぼえ始めたのは最近ですか?

中西:いや、もっと以前からですが、危機感を覚えるというのは、まず売れているアーティストの方が先に感じるわけじゃないですか。自分のチケットが知らないうちにこんな事になっている…と。ただ、我々の想像以上に、転売ビジネスの方たちは事業スピードが速いので、後手後手になっている感はどうしてもあります。

——チケットの転売ビジネス事業者と何度か接触されていると思うんですが、彼らはどういうマインドで、サービスを展開しているのでしょうか?

中西:それは単純にビジネスじゃないですか? 市場にビジネスチャンスがあれば、そこに向かっていくのは当たり前ですから。

——アーティストやユーザーへの文化的な考えはあまり感じられなかった?

中西:うーん、そうですね。でもこれからそう感じられるようなことをしてくる可能性はありますよね。他業種も参入スタンバイしているという話も聞きますし、しかも大手だったりするので、包囲網は巨大ですよ。そうしたら通常のチケット販売より、転売ビジネスのほうがボリュームが大きくなってしまって、資本力のある方たちがドンドン持っていってしまうのは正直怖いですよ。

——そもそも、警察はなぜインターネットの転売サイトの出品者を取り締まれないんですか?

中西:ダフ屋行為は1962年に公布された迷惑防止条例で禁止されていますが、54年前の条例が社会の変化に対応できていない状態なんです。最近だとクラブの深夜営業問題で風営法が注目されましたが、あれも昔の法律で「いつの時代だよ」とみんな思ったじゃないですか。そういう法律ってたくさんあると思うんですよね。

——時代にあった法律に変えていく必要もありそうですね。

中西:ある人が言っていたんですが、チケットの転売ビジネスの流れは、かつての貸レコード、今で言うレンタルCDの問題に似ているんじゃないかと。レコードを売っていたら、同じものを貸す人が出てきて大騒ぎになったけれど、時間とともにシェイクハンドになった。チケットの転売ビジネスに関してはそう簡単にシェイクハンドにはならないと思うんですが、同じ商品を違う形で売るというケースとしてはちょっと似ている。貸レコード屋は、ルールを上手く考えて作ったわけじゃないですか。そして、あれが爆発的に当たったのは、やはりニーズがあったからなんですよ。

——レコードからCDになった後もそのままのルールで許してしまったのは問題だったと思いますが。

中西:でも「レンタルのせいでCDが売れなくなった」と言いながらも、最終的には「貸レコード屋がCDを買ってくれるから」という結果にもなります。だからVSの関係ではなく、対話をするという関係を作ったほうが良いとは思います。

——やはりディスコミュニケーションになってしまうのが一番怖いですよね。

中西:その通りです。チケットの転売ビジネスは今後、売上を伸ばしていくと思いますし、我々はそれを認識しなくてはならないと思います。認識した上で、どのような形を取るかですね。何度も言いますが、需要があれば伸びるんです。そして現実的に需要はある。それを否定してもしょうがないんです。それは貸レコードのときもそうでした。「買っちゃいかん」と言っても、欲しいチケットは絶対に買ってしまうんですから。

——「YouTubeは観るな!」と言っても、みんな観ますからね。

中西:そうそう(笑)。だから、新しいサービスに対してネガティブに反論するのではなく、コミュニケーションをとって、積極的に我々の考えを伝えていくことが大切だと思います。ただ、これは音制連との会議でも言ったんですが、月1回の理事会で討論しているような内容じゃないんです。今年の春くらいまでには、我々としての明確な方向性を出さないと、とてもじゃないけど追いつけない。チケットの転売ビジネスはそういうスピード感で動いているサービスです。

また、この件に関してはユーザー目線を失ってはダメだと思います。いつもチケットを買って下さる方が、チケットの転売ビジネスについてどのように思っているのか、何を良いと思うのか。我々サイドが考えを一方的に押し付けるのではなくて、ユーザーの皆さんのご意見も伺いつつ、落とし所を見つけたいと思いますね。