音楽を彩るストリングス・アレンジの魅力を伝えたい ー ソニックアカデミー『後藤勇一郎の弦譜塾 ストリングス・アレンジ基礎編〜5DAYS講座』後藤勇一郎氏インタビュー
ソニーミュージックが提案する「真の音楽人」の育成を目指すソニックアカデミーミュージックマスター(ソニックアカデミー)が、今夏、短期集中で専門分野を極めることができる「アドバンスドコース」を新設し、『後藤勇一郎の弦譜塾 ストリングス・アレンジ基礎編〜5DAYS講座』『DTMパーフェクト構築コース〜2DAYS講座』、そして『ギタ女養成2DAYSキャンプ』を開講する。今回は「ストリングス・アレンジ基礎編」の講師であり、数多くのレコーディングセッションで、あらゆるジャンルの音楽・弦アレンジに携わって来た後藤勇一郎氏と、講座企画者のソニー・ミュージックエンタテインメント エデュケーション事業部 朝日城児氏に「後藤勇一郎の弦譜塾 ストリングス・アレンジ基礎編」解説の経緯からストリングスの魅力まで話を伺った。
PROFILE
後藤 勇一郎(ごとう・ゆういちろう)
4歳よりヴァイオリンを始め、東京芸術大学附属音楽高校を経て、東京芸術大学に入学、在学中は岡山潔氏に師事する。ソリストや室内楽奏者、また、東京ヴィヴァルディ合奏団等各種オーケストラのコンサートマスター、多くのアーチストのコンサートツアーに参加するなど、ヴァイオリニストとしての幅広い分野において各地で活動。この他、レコーディング・劇伴・CM等自己のグループによるスタジオワーク、作編曲家としてCMや劇中音楽、モバイルコンテンツ等の作曲、J-POPのストリングスアレンジやトラックメイク等レコーディングアレンジャーとしてのマルチな活動と共に、現在は自身のライフワークとなるプロジェクトとして、季節を音で表現する「私季サウンド」を提唱。アルバムリリースやコンサートを中心に、ソロアーチストとしての活動を充実させつつある。
・後藤勇一郎公式サイト
・後藤勇一郎プロフィールページ
学ぶ手段のない「J-POPのストリングス・アレンジ」
——「アドバンスドコース」(短期講座)はどのような経緯で開講されたのでしょうか?
朝日:去年の4月からソニックアカデミーがスタートしまして、受講者の皆さんには色々なコースを受講していただいたんですが、受講後のアンケートで、リズムのアレンジやラテンパーカッション、ストリングス・アレンジ、ブラスアレンジだとか、より専門的な講座が欲しいという声がまずありました。
また、ソニックアカデミーは毎週日曜日 全10回講座のような形でやってきたんですが、そうなりますと通うのが厳しいという声も非常に多かったので、もっと短期間で終了する講座を考えて後藤さんにご相談した結果、全5回のコースということになりました。
——第1弾を後藤さんの講座にされることは、アドバンスドコースの構想段階から決めていたんでしょうか?
朝日:去年、後藤さんには「パーフェクトアレンジコース」の一コマでストリングス・アレンジの講義をお願いしたんですが、その講義は大変明確で分かりやすく説明された90分で、生徒さんの目がキラキラ光ってくるのが見ていて分かるんですよ。そして、講義後も生徒さんたちが後藤さんを囲んでいる光景を見て「これはすごいな」と思ったんです。ストリングス・アレンジの講座に対して、みなさん喜んでくれていましたし、学びたいという気持ちが強いんだなと実感できたので、後藤さんにはまた別の機会を作って是非お願いしたいと前々から思っていました。
——現状、J-POPのストリングス・アレンジを学ぶ手段はほとんどないんでしょうか?
後藤:基本的にはないです。自身の出身校である東京芸術大学を初めとした音楽大学では、作曲科のみならず和声法という授業がありますので、アレンジの母体となる部分を学ぶチャンスはありますが、残念ながらJ-POPに関しては、いわゆるクラシックの和声法が通用しない音楽でして、和声学上の禁則事項に引っかかるコード進行になっていたりします。ですから和声法を学んでいるからといってJ-POPのアレンジをそのままできるかといったら、そうではない部分があります。基本的な和声法を押さえつつ、J-POPの良さでもある、禁則に縛られない自由なコードチェンジを消化してアレンジするのが面白いところであり、難しいところでもあるんですね。現状それを学べるのは、ソニアカの後藤勇一郎の講座だけです(笑)
——後藤さんご自身はJ-POPのストリングス・アレンジをどのように体得していったんでしょうか?
後藤:やはり仕事を通じてですね。現場で学びました。僕がヴァイオリニストとしてJ-POPのレコーディングに携わるようになったのは大学1、2年の頃ですが、現在のトラックメーカーとは違い当時は譜面を書くいわゆるアレンジャーという方がいて、皆さんフルスコアで譜面を書いていらっしゃいました。もちろん坂本龍一さんを始めとしてシンセで音楽を構築されている方も多くいらっしゃいましたが、現実的には4リズムと歌、そしてストリングスやブラスがいて、全て譜面で表現されていました。その譜面を演奏することによって身に付いたことも多いですし、小学生の頃から日本のポップスや洋楽を耳にしていますから「ああ、こういうアレンジをするのか」と自分で吸収していった部分もありますね。
——例えば、ストリングス・アレンジのメソッドみたいなものはないんですか?
後藤:そうですね。例えば、ジャズではチャーリー・パーカーのアドリブフレーズの全集とか何らかの教則本みたいなのはあると思いますけど、ストリングス・アレンジの教則本というのは僕自身見たことないですね。
機械では再現しきれない弦楽器の魅力
——J-POPにおけるストリングスの需要は以前より増えている感覚はありますか?
後藤:うーん、それは微妙ですね。J-POPのストリングスの要望というか、欲望は常にあると思うんですけども、残念ながら、予算的な部分で、どうしても入れたいけど入れられないこともあります。例えば「メンバーを集めて録音したいんだけど、今回は予算がないので、自宅スタジオでの1人ダビングでお願いできないか?」というオファーもかなり増えてきました。でも、J-POPの中におけるストリングスの存在価値は変わっていないと思うんですよね。
朝日:これだけ打ち込みが主流になると、より人間的な部分を噛み合わせたいという気持ちが絶対出て来ると思うんですね。その柔らかい人間的なものが弦楽器というか。やっぱりその音が欲しいという欲望が絶対あるはずなんですね。
後藤:ストリングスがなくても音楽そのものは成立するんですが、あるとより一層、音楽が華やかになります。今のトラックメイカーは本当に上手に作り込んでくるので、打ち込みなのに人間的なトラックに仕上げてきますが、感覚的にヒューマナイズされたトラックだったとしても、人の手によるプレイには絶対敵わない部分がやはりあります。パっと聴いたら分からないかもしれないですけど、比べたら「何か冷たいな」と感じてしまうこともあるかもしれません。中でもストリングスは、恐らく一般の方でもシンセストリングスとある程度聞き分けられてしまいます。J-POPにおけるストリングスの位置付けはあくまで彩の部分なので、シンセストリングスだからと言って楽曲のクオリティーが下がるとは思わないですが、それが生のストリングスに変わると楽曲のクオリティーが格段に上がると思います。
——普段DTMで音楽を作られているような方が生徒さんには多いと思うんですが、ストリングスについて勉強してみたいと思っている方は結構いらっしゃるんですか?
朝日:そうですね。DTMだからこそ、ストリングスの魅力に気付いたという人が多い気がするんですよ。DTMであれば、機械で全部やることもできるじゃないですか。でも、ストリングス・アレンジ、今回みたいにカルテットで積み上げていくことを経験すると、その魅力をより実感できると思うんです。実際に弦の音は分かるんだけど、楽器は見たことない人って結構いると思いますし、人間的なエモーションを表現する楽器として、ストリングスに注目が集まってきているんじゃないでしょうか。結局そこに戻っていくんだと思うんですけどね。
——ストリングスに対する需要が増えていけば、そこに対する予算の割き方も変わっていくかもしれませんね。
後藤:そうなってくれたら嬉しいですね(笑)。この講座自体が盛り上がれば「やっぱりストリングスってあったほうがいい」と、制作サイドでも考えてくれるかもしれないですしね。
僕が普段一緒にレコーディングの仕事をしている、あるトラックメイカーがいるんですが、その彼が今回の講座に申し込んでくれているんですよ。つまりプロでやっている人の中でも、ストリングス・アレンジって最後に残された課題というか、もっと知りたいことだったりするんですね。ですからアマチュアの方はもちろんのこと、プロの方も分け隔てなく一緒に勉強できたらいいなと思っています。
——これまで培ってきた知識や経験は、ある意味、商売道具だと思うんですが、それを伝えることにあまり抵抗はないんでしょうか?
後藤:そうなんですよ。いいところを突きますね(笑)。確かに、僕が色々持っている手法を具体的に伝授してしまうと、僕自身が仕事を失う可能性はあります。ただ受講者の皆さんがそれを消化して、自分のセンスと組み合わせないと、良いものはできないという自負もあるんです。ですから自分の手法を伝えても、自身のアレンジセンスは伝えられない部分でもあるので、逆に受講者の皆さんはご自身のキャラクターを生かして作品を生み出せばいいわけで、それを聴いた自分も「ああ、こういう考え方もあるのか」と刺激を受けられると思います。だから、講師という立場ですけど、研究グループの中の一研究生というか、そういう感じでできればいいなと思っています。
受講生と一緒に研究して、ストリングス・アレンジをより高めたい
——全5回の講座の最後には、受講者のアレンジを実際に演奏されるそうですね。
後藤:それは本講座において拘った部分ですが、ソニアカサイドに負担をかける事になるのでかなり無理を言ってお願いしました。先ほど朝日さんもおっしゃっていましたが、音は知っていても、その楽器を実際に見たことがないとか、演奏される音を聴いたことない人ってたくさんいると思うんです。ですから、講座の1回目、2回目、3回目と各受講生がアレンジの構築をして、最後、時間に限りがあるのでどこまで出来るか分かりませんが、一受講者につき必ずどこか一箇所は演奏したいと思っています。ちなみに自身のメンバーによる弦楽四重奏での演奏ですが、自身の譜面が目の前で演奏される事によって、家でヘッドホンをして、コンピュータの中にあるソフトシンセの音を聴いているのとは全く違うものを感じてもらえると思います。
昨年の講義の最後に、収録したストリングス・アレンジに合わせて、ヴァイオリンを生で弾いたんです。そうしたら、受講生の方々から「生演奏がすごく良かった」と感想を言ってもらえて、そのうちの何人かは僕のコンサートに来てくれました。やはり生で弾くことで、楽器に対して身近に感じてもらえると思いますし、今回の講座でも一番大事なのがやはり最終回の実演でしょうね。
——その他にこの講座で受講生にどんなことを伝えたいとお考えですか?
後藤:僕はストリングス・アレンジを縦と横で見るんですが、今回の基礎編ではまず縦方向、下から上への積み上げを重点的にやります。ちなみに横の流れというのはA,B,Cなどの各セクションをフルコーラスに展開していく構成力になります。そもそもストリングス・アレンジは作曲者やアーティスト、レーベルの方など、色々な方々の意見をまとめてやらなければいけないんですね。例えば、アレンジのオファーをいただいたとある楽曲があり、頭から終わりまでストリングスを入れたいと思っても、「最後のサビだけでお願いします」とか、そういうオーダーが来たりするんです。
基礎編でこの構成力の話まで行ってしまうと、ちょっと収拾がつかなくなるので、今回は縦のブロックに集中します。J-POPは大ざっぱに言うとABCD構成を何回か繰り返すわけですよね。そこで例えば「Aはこういう雰囲気で」とリクエストされたときに、どう音を積み上げていったらいいのか。「Cは派手にしたいのでBは少し落として」と言われたら、どういう風に攻めていけばいいのか。そしてCを一番キャッチーにするには、どういう音域にどういうフレーズを持ってきたらいいのか、みたいなことをやるわけです。
——なるほど…ストリングス・アレンジは対応力が求められそうですね。
後藤:対応力はすごく大事ですね。特にストリングス・アレンジだけでオファーを受けるとき、やはりその曲に対して、トラックメイカーやアーティスト、レーベルの方各々が自身の感覚での視点で見ているので、ストリングスのイメージに対しても様々な意見をいただく事になります。ですから、ストリングス・アレンジだけをやるとなると、多様な意見に対する対応力、調整力も必要になります。それと、いただく様々な意見にカリカリしない穏やかな気持ちと、包容力も大切です(笑)。
——(笑)。様々な意見を取り入れつつも、アレンジャーとしての意見、個性も打ち出すのはなかなか大変そうですね。
後藤:自分もアーティストの端くれなので、音楽に対しての拘りはもちろんあるんですが、その拘りをストリングス・アレンジに100%は入れられないし、ストリングスの役割からすれば自身の楽曲ではないので入れる必要もないのです。ですから、ストリングス・アレンジは色々な人の意見を聞き入れて、消化した上で、自分のエッセンスを出すというプロセスが大事で、結果「後藤勇一郎のストリングス・アレンジを入れたい」と思ってもらえるようなアレンジにするべく、日々努力しています。
——後藤さんとしては今回の講座にどんな方に来て頂きたいと思っていますか?
後藤:老若男女、プロ・アマ分け隔て無く来て頂きたいですが、特にストリングスが好きな人、弦楽器が好きな人は大歓迎です。やはり、ストリングスの良さを分かってないと、使いどころを間違える可能性があるので、音楽が好きなのは当たり前だと思いますから、そんな中でもJ-POPを作る中でストリングスという音色が好きである、ヴァイオリンそのものが好きだ、というような方はやりがいのある講座だと思いますし、弦楽器を好きな人に集まってもらえたらいいな、と思います。でも弦楽器が嫌いな方でも、参加したい意志があれば、講座を通じて必ず弦楽器を好きにさせますので(笑)、誰でもオッケーです。
——後藤さんは後進を育てたいという想いもあるのでしょうか?
後藤:アレンジの講座って去年の1回と今回が初めてなので、もう少し続けてみないと正直わからないですね。もちろん後進を育てるための講座になったら、それはそれでいいなと思いますが、僕の中では後進を育てるという気持ちよりも、みなさんと一緒に研究して、ストリングス・アレンジをより高めたい、自分自身も成長したいという気持ちの方が強いですね。
——最後に音楽ビジネスに興味を持っている方や若いアーティストたちにメッセージをお願いします。
後藤:音楽業界は非常に厳しい状況ですが、だからこそ、ハイクオリティーな作品を作っていかなければいけないと思いますし、熱意がないと成り立っていくのは大変な業界です。だからこそ熱意を持った人を業界は見放さないと思いますし、どうしても音楽業界に貢献したい、何か足跡を残したいという強い意志と熱意があればチャンスはあります。チャンスを掴むには実力だけでなく運も必要ですが、そのチャンスをつかむべく頑張ってください。そしていつかどこかの音楽シーンでお会いできるのを楽しみにしています。