【THE VR PARADE】「キーワードは『等身大』」「シアター型VRを野外やスタンディングで」 NHKエンタープライズ田邊浩介氏 ×ヒップランドミュージックコーポレーション棟廣敏男氏 トークセッション
左から:ParadeAll 鈴木貴歩氏、NHKエンタープライズ 田邊浩介氏、ヒップランドミュージック 棟廣敏男氏
7月28日に開催された「THE VR PARADE」にて、「Aoi -碧- サカナクション」を“8K:VR”で制作したNHKエンタープライズ田邊浩介氏と、映像と音楽による新しい表現を追求したイベント「VRDG+H」を手がけるヒップランドミュージックコーポレーション棟廣敏男氏のトークセッションが行われた。全く新しいVR×音楽体験はどのようにして作られたのか、その裏側を語った。
サカナクション「Aoi」を8K:VRで表現
田邊:NHKエンタープライズの田邊です。よろしくお願いします。今日のセッションは「VRと体験型エンタテインメント」ということで、私たちが取り組んでいる8K:VRについて、ご紹介させていただきます。
8K:VRとは、聞き慣れない方もいらっしゃると思いますが、昨年11月12日・13日に初めて渋谷ヒカリエで上演しました。NHKエンタープライズと、NHKメディアテクノロジーの2社による共同制作で、サカナクションの「Aoi」という楽曲を、8K:VRで表現した作品です。
——「Aoi -碧- サカナクション」は特別なセッティングのエンタテイメントですよね。
田邊:なかなか言葉では伝えづらいのですが、250インチのスクリーンに8Kの3D映像を投射し、オープニングでは、等身大のサカナクションのメンバーがホログラムのように出現します。スクリーン手前にあるステージの上にレーザー照明でサークルが描かれ、その中からメンバーが現れるような演出です。立体音響は、22.2chサラウンドシステムを使っていまして、まさにライブ会場にいるかのような体験ができると思います。
——私も体験させてもらったんですが、臨場感が凄くて圧倒されました。ちなみにこれは将来的に一般公開される予定はあるんでしょうか?
田邊:年内に一般公開できる予定で、ただいま準備を進めています。時期が来たらお知らせしたいと思っています。
いま、映像でご紹介した8K:VRシアターですが、HMDがなくても、高精細な立体映像と立体音響を組み合わせたシアターでVR的な体験ができるのではないか?と私たちは考えています。具体的には、映像については、8Kの3D映像、音響は22.2chサラウンドによる立体音響、加えてレーザー照明による空間演出を導入しました。これが、「シアター型VR」の提案です。
8K映像について、簡単に映像でご紹介します。8Kで「NHKスーパーハイビジョン試験放送」が8月1日から始まりますが、その8K放送用カメラで撮影し、3D映像に組み合わせたものが8K3Dです。8Kの解像度はフルHDの16倍、フレームレートは60Pで、これも倍。3Dになると、右眼と左眼の映像が必要なので、更に倍。掛け合わせるとフルHDの64倍の情報量があります。
立体音響については22.2chサラウンドですが、これもスーパーハイビジョン放送で採用された規格です。5.1chサラウンドでは、水平方向だけにスピーカーを配置していますが、22.2chの場合は上下にも配置し、高さを使った音の表現ができることが特徴です。
昨年11月にヒカリエで初上演した後、今年3月にオースティンで開催された「SXSW2016」の「VR/AR Track」というプログラムに出展し、3日間で1,500名の方に8K:VRを体験してもらいました。
SXSWでの具体的な上映環境ですが、8Kプロジェクター2台とUDRという再生機を日本から持ち込み、スクリーン、スピーカーは現地でレンタルしました。これが実際の会場の様子ですが、スクリーンは250インチ、スピーカーは部屋を取り囲むように配置し、天井にもスピーカーがあります。8Kプロジェクターは後方から2台で立体投射しています。
今年は「VR元年」と言われているように、「SXSW2016」でも多くのVRコンテンツが出展されていましたが、そのほとんどがHMDを使ったタイプでした。その中で私たちの「シアター型VR」に、どのような反響があるのか不安も感じていたんですが、かなり評価は高かったと感じております。
その際に、「HMDを使わないのがうれしい」という意見を多く聞きました。特に女性の方は、メイクやヘアスタイルを気にされるので、HMD装着に違和感があります。あと小さなお子さんも使えないので、3DメガネだけでVR体験できるのは面白いアプローチだと。もう一つは、VRによる驚きや感動の体験を、家族や友人、親しい人と一緒に「共有」できるのが素晴らしいという評価をいただきました。
——VRにとって、驚きや体験をどうやって共有するかということが課題だったりしますが、こういったシアター型VRだといいですよね。
田邊:そうですね。そのような評価をすごく得られまして、これからもシアター型VRを展開できればなと思ってます。
映像と音楽による新しい表現を追求したイベント「VRDG+H」
棟廣:最初に僕の簡単な経歴を紹介させていただきます。2002年に大学を卒業しまして、大阪にありますヒップランドグループのキッスコーポレーションに入社しました。その後、2004年にFM802が若手のイラストレーターやクリエイターを育成、プロデュースする「digmeout FACTORY」というのを立ち上げまして、僕はFM802の社員ではなかったんですが、業務委託という形で参加していました。
そこで作家のイベントをやったり、ギャラリースペースで展覧会を企画したりディレクションをしたりしていたんですが、2011年にヒップランドミュージックへ転籍しました。そして、宣伝セクションで働いていたのですが、digmeoutでの経験もあり、その流れとしてライブの演出について、例えば「VJを入れたい」とか「装飾が何かできないか?」とかクリエイターのコーディネートやビジュアルプロデュースなどを相談されるようになりました。
それでヒップランドミュージックに所属するLITEというインストバンドのライブ演出に映像を使ったんですが、彼らはインストバンドなので「音をどう聴かせるか、魅せる工夫が必要だ」ということになりまして、そこでお願いしたのが「Kezzardrix」というプログラマー/アーティストです。彼を国内ツアーとアメリカ・ヨーロッパのツアーにVJとして連れて行きました。
それを機に、社内外でのクリエイティブな動きも増えて、これを形にしたいなと思うようになり、クリエイティブルーム「INT」を社内で立ち上げました。「INT」では、「INTERNATIONAL」「INTERACTIVE」をテーマにクリエーターをプロデュース、発掘していけたらと思っています。「Kezzardrix」も現在「INT」に所属しています。
その流れで、横浜の「DMM VR THEATER」で昨年12月までX JAPANのhideさんの作品を上映していたんですが、それが終わった後しばらく公演が入ってなくて、劇場としてはまだまだブラッシュアップしていく準備期間だったんですが、下見をさせていただいたときに「何かできそうだな」ということで、速攻で企画して今年の3月から「VRDG+H」というプログラムを始めました。お陰様でチケットもSOLD OUTしまして、反応も良かったので、その1か月後には2回目(「VRDG+H #2」)を開催し、こちらもSOLD OUT公演となりました。
——ちなみにこの中でDMM VR THEATERに行ったことのあるという方は? 3割くらいですね。VRDG+Hへ行った方は? 結構いらっしゃいますね。
棟廣:ありがとうございます。3回目が8月11日(木・祝)にあります。
——少し映像を見てみたいと思うのですが…このアーティストは?
棟廣:これが先ほどお話したLITEというバンドです。映像をやっているのがKezzardrixですね。これは何をやっているかというと、メンバーが4人いるんですが、それぞれの音に反応して、画が動くようにプログラミングされています。次に観て頂くのが「VRDG+H」の1回目ですね。現場で起こっているものをカメラに収録したものなのですが、編集上のCG合成ではなく、リアルタイムで映像が展開していきます。
——PCのアップルマークが光っていますね。
棟廣:スクリーンの向こうに透けているMacですね。DMM VR THEATERの仕組みですが、いわゆる昔からある技術の「ペッパーズ・ゴースト」になります。ステージの前面にハーフミラースクリーンが斜めに張ってあって、地面と平行にLEDスクリーンがあります。LEDに映っている映像がハーフミラースクリーンに反射していて、これは透明のスクリーンなので、さも目の前に映像が浮かび上がっているように見えます。一応、背面にも通常のスクリーンがあり、そこにも映像が映せるようになっています。ちなみに会場には9.1chのサラウンドシステムがあり、結構音もしっかり出せます。
「等身大」がキーワード
——お二方とも結構違うアプローチなのかなと思うんですが、立体感というのは共通していると思うんですよね。その立体感をアーティストや演者と作るときに、どういうコミュニケーションがされているんですか?
棟廣:そこは本当に難しいんですよね。僕自身も出演者も初めての場所でやるわけで、本当に手探りでやっていってたんです。基本的に出てくれる映像作家たちがみんなプログラマーで、いわゆる映像作家とはちょっと毛色が違いますしね。とにかくトライアンドエラーを繰り返して、本番までに何回もみんなで意見を出し合って、1回目を迎えたという感じですね。
——リハーサルというか、ゲネプロに近い形をひたすら繰り返す?
棟廣:かなりやりましたね。
——こういう特殊なエンターテインメントの形だと、やっぱり完成形をイメージできないじゃないですか。
棟廣:そうですね。そういう意味で完成形をより持っているのは映像作家の方かなと思うんですが、こっちが常識的に思っていること以外のところでの提案がすごく多いんですね。私も最初は気づかなかったんですが、リアスクリーンをどう使うか?というのが結構肝で、ある作家がリアスクリーンに影しか映さないと。要はフロントのスクリーンに映っている物体の影をリアスクリーンに映す。それだけでかなり立体感が増すんですね。そういうことを提案してくれるのが面白かったですね。
——「Aoi -碧- サカナクション」では、演者側とはどのようなコミュニケーションがあったんですか?
田邊:そうですね…割と良い意味で、おまかせっていう感じで(笑)。
——おまかせ(笑)。
田邊:とにかく、彼らがメチャクチャにスケジュールがタイトだったんですね。また、彼らとの仕事は初めてではなく、以前にもガッツリとコラボした経験もあったので、信頼関係もあり、任せてくれていたところもありました。この作品で難しかったのは、そもそもプレビューできる環境がほとんどないんですよ。
——そうですよね。
田邊:本番環境の250インチで、等身大のサカナクションという設定なんですが、編集スタジオでは50インチでしかプレビューできない、というのが悩みの1つでした。また、8K3Dを250インチでプレビューできる環境では、音響はステレオのみで。逆に22.2chをミックスしたスタジオでは、映像は8K2Dのみ。本番環境と同じ、8K3Dで、22.2chで、250インチでプレビューできるのは、本番の前日に現場でしか見られない。250インチというサイズでの仕上がりイメージを、演者やスタッフと共有するのはなかなか難しいですね。
——なるほど。
田邊:シアター型VRでのプレビュー環境を手配することが難しい。これは多分棟廣さんも一緒だと思うんですけどね。
——どんなものでも完成形のイメージがあって、作り始める前に「こういうものを作りましょう」みたいなコミュニケーションがあるわけじゃないですか。でも、お二方のやられていることはそんなに事例がないことなので、どういう風に共通イメージを持つかというのは重要かもしれませんね。今後、体験型のコンテンツ、エンターテインメントが増えてくると思うんですが、個人的にはどんな風に進化していくと思われてますか?
田邊:個人的には、より没入感の高い体験になっていくと考えています。それにはある程度スクリーンのサイズが大事だなということと、あともう1つは「等身大」が、キーワードかなと思っています。
——サカナクションのVRでもやっている「等身大」ですね。
田邊:解像度以上に、「等身大」で演者を上映するということが、錯覚を起こさせるマジックの1つだと思っています。あと、なるべくカット編集をしないで、主観映像で構成することがもう1つのポイントかなと思います。大画面のシアター映像で、バーチャルリアリティ的な演出をしていくことによって、より没入感の高い体験を表現できると思います。
——なるほど、面白いですね。それは体験型ならではの視点ですよね。
田邊:そうですね。
——棟廣さんはどんな進化のイメージを持っていますか?
棟廣:田邊さんと近いかもしれないですが、現状、僕たちが表現していることって、DMM VR THEATERがなくてはできないんですよね。それをどう拡げるかを、今後の課題として考えていきたいなです。例えば、DMM VR THEATERでは着席で見るような形なんですが、それを立って見る形にするとか、そういうことも近いうちにできたらなと思っています。
——座って見るのと立って見るのとでは体験の質も変わってきますよね。踊ったりみたいなことも含めて。
棟廣:そうですね。例えば、海外のクラブミュージック系のフェスとか演出がすごいんですね。日本でもそういったものを実現させたいなと思いますね。
——なるほど、面白いですね。体験型VRの未来がとても楽しみになりました。田邊さん、棟廣さん、本日はお忙しい中ありがとうございました。