日本有数のプロ作曲家養成講座「山口ゼミ」の軌跡とこれから
2013年1月開始以来100人超のプロ作曲家を送り出してきた「山口ゼミ」、Musicman-netでは設立前からインタビュー記事を掲載してきた。4年半を経て、今、改めて、ファンダーの山口哲一氏に「山口ゼミ」について話を聞いた。
山口ゼミ卒業生による主な採用実績
- MISIA「白い季節」
- NEWS「TRAVeLiNG」「日はまた昇る」「シリウス」
- 欅坂46「語るなら未来を…」
- 井上苑子「ファーストデート」
- しまじろうのわお「じかんのうた」「たねこのワルツ」「こんちゅうのうた」
- ClariS「Gravity」「このiは虚数」「Butterfly Regret」
- 危機感から生まれた山口ゼミ
- 超実践「疑似コンペ公開添削」で体験するコンペの現実
- 豪華なゲスト講師が本音で語るJポップの最前線
- 「わかる」と「できる」は違う、独自プラットフォームでプロのスキルを身につける
- A&Rに直接作品を売り込む「提案型」が主流になる
- 「空気を読むな、ガツガツしろ。」が、山口ゼミの教え
- あと数年で日本の音楽制作環境は大きく変わる
危機感から生まれた山口ゼミ
――山口ゼミは2013年1月から始まったのですね?
山口:早いもので、4年半経ちますね。受講生は300人を超えました。山口ゼミではデモテープのファイルを管理するために、受講時にIDを付番しているのですが、現在314番までありますね。
――始めた動機を改めて伺ってもよろしいですか?
山口:音楽業界のプロ作曲家育成のエコシステムが壊れているという危機感から始めました。以前は、メジャーデビューをすると3年間アルバム3枚という契約が一般的でした。丸山茂雄さん時代のEPIC/SONYはアルバム7枚契約が標準でした。それだけ長い目で捉える余裕がレコード業界に合ったわけですね。今はせいぜい2年です。そして以前は、アルバム制作をする時は、プロフェッショナルスタジオで、プロのレコーディングエンジニアやプロデューサーと一緒に作業するというやり方しかできませんでしたから、非常にレベルの高い経験が詰めた訳です。今活躍しているサウンドプロデューサーの多くは、メジャーデビュー経験があって、自分はアーティストとして成功できなくても、その時の経験と回りからの評価、人脈でアレンジャー、プロデューサーとして活躍の場を得るという流れを経ています。ところが、今は自宅録音で出逢いも経験も乏しい。ボカロPしかいないんじゃ、Jポップのクオリティが受け継がれていかない、どうなっちゃうんだ??という危機感からです。
――どうすれば良いと思ったのですか?
山口:僕はアーティストマネージメントが本籍地で、様々な音楽家と仕事をしてきました。マネージャー目線だと、伸びていく音楽家、ダメになっていく人とその理由が見えるんです。楽屋でスタッフ同士が話す見解はほぼズレない。だからその感覚を伝えてあげたいなと思いました。
超実践「疑似コンペ公開添削」で体験するコンペの現実
音楽プロデューサー 伊藤 涼 氏
――なるほど。具体的にはどうするんですか?
山口:たぶん、普通の学校だったら、「君は今これができるね。次はこれはやりなさい」ってやるんだと思います。そのやり方ではプロレベルに届くことは滅多にないんです。昔はプロフェッショナルスタジオで、プロのレコーディングエンジニアやプロデューサーと一緒に作業することで、プロのレベルを体感していました。その実践に近い、肌感覚が重要なんです。これをどう現在に落とし込むか、スクールという形でやりきるか?という考え方でカリキュラムを作りました。
――それが「疑似コンペ公開添削」なんですか?
山口:象徴的ですね。山口ゼミの相方(副塾長)の伊藤涼さんはディレクター、A&Rが出自です。作詞家でもあるし、コーライティングでの作曲クレジットにも沢山名前がありますが、基本的にはディレクターマインド。「俺が使いたくなる曲を持ってきて」というスタンスで厳しくて明快な意見を持っています。
受講生は、ディレクターやA&R、アーティストやその他の楽曲の決定権のある人たちがどうやって、何を思って提出された楽曲を聴いているかを知ることができる。それに、いまどの程度のクオリティの楽曲が提出され、そして採用されているか、コンペで起きているリアリティを覗くことができるんです。
コンペに参加したことがあった人でも、メールでデモを送って、リアクション無しというのが99%。採用が無いだけでなく、不採用の連絡も無いし、意見や批評を聞けることもないというケースがほとんどです。それは才能も枯れるし、気持も折れますよね。そこを伊藤さんは、何故採用されなかったか?を指摘するんです。それを受けてゼミ生は何度かブラッシュアップをして、楽曲決定権のある人が求めているものに仕上げていくのですが、後々その曲が世の中に出ていくなんてこともたくさん起こってきています。「疑似コンペ公開添削」はちゃんと実践的であることは証明されています。
――マネージャーとディレクターによる作曲家育成なんですね。
山口:それが良かったんだと思います。2つの別の視点からの客観ですから。あとは、コーライティングという孤独から脱する方法論も貴重です。コーライティングのマインドとスキルを持った巨大なコミュニティになっているので、今の時代状況でプロレベルの作曲家を沢山生み出せているんだと思います。
豪華なゲスト講師が本音で語るJポップの最前線
――『最先端の作曲法・コーライティングの教科書』(http://amzn.to/1EvGLC8)という伊藤涼さんと山口哲一さんの著者を読ませていただきました。日本でコーライティングを広めたのはこの本の存在が大きいですよね?
山口:山口ゼミを始める時のテーマが「コンペに勝つ」と「コーライティングを広める」だったので、意識していました。もちろん一流作編曲家のアドバイスも必要なので、それはゲスト講師で来てもらう。僕がホスト役で話を聞き出す。本音トークなので、受講生の刺激になるという構図です。
――なるほど、毎回懇親会もやるそうですね。
山口:それが一番の魅力と言う人もいます(笑)。僕はスクール経験が無かったので、「ゲスト呼んで話したら、もちろん打上げやるだろう。俺も飲みたいし」って当然のようにしていたのですが、普通は講座に打上げは無いと、後から気づきました。(笑)。
――業界の縮図なんですね。
山口:ゲスト講師の基準は、「僕がこれから一緒に仕事したい人」すなわち、Jポップの第一線でヒット曲を作っている人です。やはりポップスは旬なものだと思うので。レッスンプロという考え方を否定するわけではないのですが、元プロだと僕がワクワクしないんです。渡米前のヒロイズムさんにも定期的に来てもらっていましたし、最近では、Ryosuke “Dr.R” SakaiやAkira Sunset、多保孝一など旬なポップスを作っている作家をお呼びしています。僕も勉強になりますよ。
――なるほど。山口さん基準なんですね。
山口:ワガママな性格なので(笑)。すいません。だから、本音トークだし、旬でジューシーな会話になっていると思います。サンプリング音源の買い方1つにしても、それぞれの考え方があるでしょう? 一般論を聞いても仕方ない。俺はこう思う、こうしているって話が聞きたい。他の作家の作品で何が気になるか?洋楽でどんな曲に注目しているか?とか常にアップデイトされた会話ですね。
――講座の内容については、『プロ直伝!職業作曲家への道』(リットーミュージック)が教科書だと思えばよいのですか?
山口:そうですね。山口ゼミの第一期講座を進めながらその内容を反映させつつ書籍にしていきました。業界の第一線の方に協力していただき、生の声を聞く。業界の中の人は知っている暗黙知みたいなものを言語化する作業でした。まさに山口ゼミの教科書ですね。
「わかる」と「できる」は違う、独自プラットフォームでプロのスキルを身につける
――extendedという講座があると聞いたのですが。
山口:はい。「延長戦」と「能力を伸ばす」という意味でつけた上級コースです。山口ゼミを受けてもらえば、プロになるために自分がどうすればよいかは「わかる」はずです。でも、「わかる」と「できる」は違うので、ちゃんとできるようになるまで、より実践的に伴走するべきかなと。これも第一期をやって感じて始めました。
山口ゼミ受講経験者しか受けられないので、基本的なフィロソフィーは伝わっていることを前提に、実践をやります。例えば「DAW秘伝」という講座が3回あるのですが、浅田祐介さん、Ken Araiさん、鈴木Daichi秀行さんといった一流音楽家が、PCを持ってきてくれて、DAWの画面をプロジェクターに映しだし、音を再生させながら、0から完成までを聴かせていただきます。その人のプライベートスタジオを見学するようなことですね。疑似コンペ公開添削もより実践的に、具体的なターゲットアーティストを決めて行います。半年間で講座自体は13回なのですが、オンラインで毎日のようにやりとりが行われます。
――ネットではどういうふうにやるのですか?
山口:最初はフェイスブックグループを使っていました。音声ファイルは別のグループウェアに上げてというのが不便だったので、クレオフーガ(https://creofuga.net/)と一緒に新しいツールを開発しています。Co-Writing Studioというのですが、ベータ版運用が始まったので、今はそちらに移っています。FBグループ+音楽ファイルがセキュアに管理できて便利ですよ。別に山口ゼミ/CWFのためだけに開発している訳ではありません。将来的には、世界中の作曲家が使うコミュニケーションプラットフォームに育てていきたいとクレオフーガのスタッフと話しています。
A&Rに直接作品を売り込む「提案型」が主流になる
――山口ゼミだけでなく、啓蒙的な動きもされているんですね。
山口:はい。日本の音楽シーンを良くすることが目的です。作家事務所を作って作曲家を囲い込むみたいな発想は最初からまったくないんです。伊藤さんも僕も、山口ゼミの目標は、一番イケている作家が山口ゼミOBで、自分がプロデューサーとして仕事する時に電話一本で仕事が頼めて、そして断らせないことなんです(笑)。
――素敵な目標ですね。でも、Co-Writing Farm(以下、CWF)には作家エージェントの機能もあるんですよね?
山口:そうですね。基本は山口ゼミOBOGによる親睦会です。法人格としてはDCUという名の事業協同組合の一部という形になっています。山口ゼミを運営している東京コンテンツプロデューサーズ・ラボ事務局が協力してくれているので効率的な運営ができるんです。風通しの良い組織で、作家事務所から相談があれば紹介するし、メンバーに行きたい事務所があれば、僕らのコネクションを使って紹介もしています。ただ、どこか作家事務所に入らないとコンペに参加できないというのはナンセンスなので、コンペ紹介もしています。TCPL事務局の協力で、どの作家事務所よりも安い管理手数料になっているはずです。
今、注力しているのは「提案型」です。CWFメンバーが自分の作品を売り込みたいアーティストがいたら、A&Rを調べて、曲を持っていきます。この形での採用も増えてきました。締切が1週間未満なことが多いコンペを追いかけるよりは、1ヶ月くらい掛けて、しっかりした作品を作って、きちんとプレゼンするほうが、クリエイティブだと思うんです。A&Rとも顔が見える形で直接コミュニケーションするので、リアクションもリアルにもらえます。A&Rの人たちも喜んでくれますね。
――コンペを待つのではなく、こちらから売り込む。なるほど、良さそうですね。
山口:これも欧米型かもしれませんね。日本もこういうやり方が主流になっていくと思います。大型コンペ疲れしているA&Rも多いです。無駄に沢山デモを聴くのは辛いと。
――就職先も紹介していると聞きました。
山口:これも、やっている内にだんだんそういう例がでてきたんですよ。もう4〜5人いますね。みんな業界の第一線でスタッフとして活躍しています。ディレクターやマネージャーもクリエイティブがわかった方がよいじゃないですか? 作編曲のスキルが活かされるんです。もちろん、クリエイターとスタッフは違うので、意識改革は必要です。同時に、スタッフを経験した後に作曲家として成功するようなケースも今後は出てくる気がしますよ。
――作曲家志望者のよろず相談所って感じですね。
山口:僕がマネージャー出身だからですかね。人生相談は常に受付けています。作品を聞いていて、一緒に飲んだりもしているから、その人の性格、才能の良いところも弱点も見えるんです。本人が相談してきたら、遠慮なく本音で伝えます。それと受講生のコミュニティ力が強いので、みんな競い合いつつも、助け合うパワーが凄いですね。こういうコミュニティは見たことないです。もう僕の力を超えて、自走しています。
「空気を読むな、ガツガツしろ。」が、山口ゼミの教え
株式会社バグ・コーポレーション代表取締役 山口 哲一 氏
――コーライティングキャンプもよくやられていますね。
山口:最初はいろんなところでやっていたのですが、近年は神奈川県真鶴町を根城にしてます。都会の喧騒から離れて、美味しい魚を食べながらというのはいいですよ。土曜日の朝10時に集まって、日曜日の夕方に行う試聴会までに、3人一組でゼロから1曲作ります。A&Rに予め要望などを聞いておいて、でき次第送って聞いてもらうというやり方もやっています。直近の真鶴キャンプでは、8曲中5曲がキープという連絡が打上げ中にあって、メチャメチャ盛り上がりました。
――素晴らしいですね。山口ゼミで一番強く教えることはなんですか?
山口:僕の立場だと、「空気を読むな、ガツガツしろ」ですね。日本人の社会は、目立つと叩かれるから、みんな周りを気にして発言をしないくせが付いている。職場や学校や地元ではそういうことも必要なのだろうけれど、創作の時には、マイナスでしかない。周りの空気を読まずに、自分が気になったことはどんどん質問するし、意見を言う。コーライティングのときにも大事ですね。あとは、成功することに貪欲であるように。がっついて、チャンスを掴みに行く姿勢も日本人は表に出さないので、野心をしっかり表明することを勧めています。
――その時に、山口さんが気をつけていることはなんですか?
山口:うーん。ちゃんとエコ贔屓することかな。人の好き嫌いで贔屓してはいけないし、チャンスの場は公平であるべきだけれど、可能性とやる気のある人を応援することは大事です。あと、その時のレベルはバラバラでも、伸びたなと思った時は、その瞬間にちゃんと褒めてあげることも心がけています。才能は褒められて伸びるものですからね。伸びた時に心のなかに小さくても良いので「成功体験」を感じるのが大切だと思います。
――なるほど。興味深いです。ずばり、山口ゼミの一番の魅力はなんでしょうか?
山口:受講生にとっては、当然、プロの音楽家への道が見えることなんですが、外から見た時の価値は、多様性だと思います。年齢、職業、性別、出身、性格など、バラバラの人たちが、良い楽曲を作るという一点でコミュニケーションをしています。コーライティングの効用なんでしょうね。僕が言うと我田引水に聞こえてしまうかもしれませんが、向上心が高く、創作能力の高いコミュニティができています。
――年齢も地域もそんなに幅広いのですか?
山口:下は中学生から、上は、僕よりずっと年上の人もいます。10代から60代までが対等に話しをして、一緒に創作するコミュニテイなんてなかなか無いと思います。地方からの参加も多いです。名古屋や関西は当たり前で、北は北海道から南は鹿児島まで、一度は、台北から日本語のできる台湾人が受講しました。彼は格安航空会社を使って、extendedまで9ヶ月間通いきって、CWFメンバーになりましたよ。びっくりしました。欠席者のために講座の録音データを共有するし、extendedからはSkypeでの受講も認めているのですが、その辺も受講生同士で助け合うカルチャーができていますね。
あと数年で日本の音楽制作環境は大きく変わる
――そんな山口ゼミですが、今後の目標、構想があれば教えてください。
山口:結構、たくさんありますよ。(笑)縁が深くなっている真鶴町に、日本初のコーライティングハウスをつくりたいです。
――コーライティングハウスですか?
山口:20〜30人規模のコーライティングが快適にできる常設の施設です。真鶴自体がクリエイターが滞在して創作をする街になるという構想があるので、地元との協力関係、海外からの音楽家も必ず来るようなところにしたいなと。古き良き日本の景観と美味しいお魚がある街なので、インバウンド的に価値があると思っています。
――素敵ですね。海外も視野にあるんですね。
山口:LAでヒロイズムさんが頑張っているので、連携したいですね。CWF LA支部を作りたいと話しています。海外の作曲家とコーライティングして日米両方の市場に向けて作品をつくっていきたいですね。
――時代が変わるという感じがします。
山口:山口ゼミを始めたことの僕のもう一つのテーマに「レコーディングエンジニアを宮大工にしない」というのがあるんです。メジャーデビュー体験が一流の作曲家を生んだというお話は最初にしましたが、僕の見立てではその7割位は、レコーディングエンジニアのお陰なんです。日本のエンジニアは世界的に見ても非常にレベルが高い。でもDTMが広がって、活躍のチャンスが減ってきています。海外だと一流エンジニアはプロデューサーになっていくのですが、日本では職人性が強すぎて、そうなってない。特別な場合、予算が豊穣な時に頼むことはなくならないだろうけれど、Jポップ制作の場面で存在感が薄くなるのはもったいない。
――なるほど。どうやって避けるんですか?
山口:ここでもコーライティングが鍵を握っていると思うんですよ。エンジニアをコーライティングに巻き込んでいきたいです。デモを作り始めるところから関わって、コーライトをする。彼らの高いクリティビティを作品作りに活かすんです。デモが採用されたら、ミックスダウンが頼まれるというエンジニアとしての営業にもなるはずです。
――これまでとは音楽制作の流れが変わると思われているんですね。
山口:はい。あと数年で日本の音楽制作環境は大きく変わると確信しています。クリエイターが責任を持って作品を提案していく、アーティストと一緒にコーライティングしていくというケースが主流になっていくでしょう。大型コンペ全盛時代の終焉とクリエイター提案型への変化を見据えて、新時代に対応した作曲家を生み出し、支援していくというのが山口ゼミ/CWFのスタンスです。
――素晴らしい。山口さんは本当に素晴らしいビジョンをお持ちですね。一層の活躍を期待しています。
山口:はい。頑張ります。多くの人に山口ゼミの門を叩いてほしいです。