「聴いたことのない音楽、見たことない映像」を体験、MUTEK.JPがもたらす“電子音楽×デジタルアート”の可能性
MUTEK JAPAN代表 岩波秀一郎氏
CLAIR DE LUNE for ISAO TOMITA 監督/クリエイター 四尾龍郎氏
11月3日・4日・5日の3日間、東京・お台場の日本科学未来館で開催される“電子音楽×デジタルアート”の祭典「MUTEK.JP 2017」。世界10ヶ国から招聘したアーティストによる、プラネタリウムでのドームシアター、VRエクスペリエンス、キネティックインスタレーション等“聴いたことのない音楽、見たことのない映像”を体験できる特別なフェスとなる。今回、MUTEK JAPAN代表・岩波秀一郎氏、同フェスにてCLAIR DE LUNE for ISAO TOMITAの監督/クリエイターを務める四尾龍郎氏に、MUTEKを日本で立ち上げた理由、MUTEKがもたらす電子音楽と、進化し続けるデジタルアートの可能性についてお話を伺った。
デジタル・クリエイティブの芸術振興を根付かせるイベントとしてスタート
――まず、MUTEKの概要を伺いたいのですが、どのようなイベントとしてスタートしたのでしょうか?
岩波:MUTEKは、オーディオ・ヴィジュアルと電気音楽を掛けあわせた、デジタル・クリエイティブの芸術振興を図るイベントとして2000年にカナダ・モントリオールでスタートしました。
創始者のアラン・モンゴーは、モントリオール映画祭のディレクターであったんですね。開催当初は小さなイベントでしたが、丁度その頃にVJと言われる、ヴィジュアルを見せるアートが流行っていたことと、オーディオ・ヴィジュアル、デジタル・アートに関して、ケベック州自体がサポートしていたこともあって、オーディオ・ヴィジュアルと電気音楽を掛けあわせたフェスティバルとして始めたのが開催のきっかけとなりました。今年で開催18年目を迎えますが、モントリオールのMUTEKのモデルは完全なる非営利団体でやっています。
――地方創生のような役割も担っているのでしょうか?
岩波:そういった側面もありますね。ある意味SXSW的な要素や、コンベンションもあって、エンターテインメントもあり、エデュケーションもあります。
――日本だけではなく、世界各国でMUTEKは開催されていますね。
岩波:メキシコは15年前からスタートして、バルセロナは7年目を終えたばかりです。また、昨年からブエノスアイレスでもスタートして、今年の11月からはドバイでも始まります。あとはサンフランシスコでも行われて、パリとリヨンも始まりますね。そして、東京では今年2回目の開催を迎えます。それぞれの都市でモデルは違うんですが、目的は全部一緒で芸術振興を図る、文化に根付くためのイベントとして、それぞれの都市で発信していく形となっています。
文化的交流が根付く場所を目指して
――芸術振興が目的のイベントということですが、日本での開催が決まったのはどういった経緯でしょうか?
岩波:私は長年、海外に飛んで良いアーティストが見つかったらWOMBやageHa、フジロックなどにブッキングしていたんですね。それもすごく面白かったんですが、これを何か文化的な形で表現することができないかと思ったのがMUTEK.JPを始めたきっかけとなりました。そういう理想を私が追い求めているうちに、だんだんアーティストを呼ぶときに大使館の方々からサポートしてもらえるようになりました。
――岩波さんご自身も、文化振興ができるような方法を探していたんですね。
岩波:人と人とが交わりながら交流していく姿が文化交流で、それが日本にもっと根付いていくと面白いんじゃないかなという思いがありました。そういうことを行っている団体はないのかと追い求めていたんですね。そうしているうちにMUTEKのことを知って、それで色々とコネクションを使ってですね…(笑)。
――(笑)。
岩波:メキシコ人のパートナーがいるんですが、彼がたまたまメキシコのMUTEKのディレクターをしているというので会いに行きました。そのディレクターが「本当に日本でMUTEKをやるんだったら、ファウンダーを紹介するよ」と言ってくれて。ファウンダーは日本が大好きで、「ぜひ積極的にやらせてもらいたい」とMUTEKが日本で開催されることを熱望していたんです。それで一度日本へ来てもらって、会場も全部見て、日本の良いところも知ってもらった上で決めましょうという運びとなりました。
――ファウンダーとしても理想的な提案だったんですね。
岩波:ただ、私たちもライセンスビジネスみたいな形でMUTEKをやるんだったらそれはちょっとできないと。ファウンダーにどういうリレーションでできるんだと持ちかけたところ「パートナーシップでやりましょう」ということで、モントリオール側から非常に大きな支援をいただいて日本での開催がスタートしました。
――今年は日本科学未来館での開催となりましたが、より文化振興的な意味合いが強まりましたね。
岩波:日本科学未来館とMUTEKは非常に相性が良いんですよ。昨年のMUTEK.JP にも出演してくれたMaoticというオーディオ・ヴィジュアルのアーティストがいるのですが、彼がどうしても科学未来館に行きたいと、NHKの方に科学未来館で働いているギリシャ人の方を紹介してもらいました。
その方が、「去年MUTEKに参加してとても感動しました。来年は科学未来館でやりませんか?」と言ってくださったんです。それで今年は科学未来館との共同開催になりまして、MUTEKのコンセプト的にもぴったりなロケーションが見つかったので、我々もとても楽しみにしています。
――モントリオールのMUTEKとMUTEK.JPとでは、どういった違いがありますか?
岩波:モントリオールでは約150アーティストが出演して、2万人が集まるフェスティバルなので、日本の規模と比べたら、まだまだこっちは卵みたいなものです(笑)。
コンテンツの量も全然違うんですが、やはり、MUTEKの目的はローカルのアーティストをきちんと育てて、プラットフォームを作りMUTEKから発信させることです。MUTEKはグローバルなイベントなので、若手のアーティストがMUTEK.JPで表現する機会を得ることにより、そこで輸出できるチャンスも生まれます。
今回は60組くらいのアーティストが出るんですが、日本人のアーティストも昨年に比べて多いです。ですから、海外のアーティストだけではなくて、日本の面白いクリエイターも呼んで開催するといった意味では同じモデルでやっています。
――例えば今後、SXSWのように新しい技術を発表する場を設けたり、企業と繋げるようなこともされるんでしょうか?
岩波:もちろんそういったビジョンはあります。本国のMUTEKでは機材メーカーやテクノロジー企業が新しい技術をお披露目する機会を作って、それを実際に触れる場所や、アーティストによるデモンストレーションもすでに行っています。今回のMUTEK.JPでも、そういったプログラムも多少用意していますので期待してください。
世界に向けて日本のアーティストを発信
――今年のMUTEK.JP ではどのようなプログラムが行われるのでしょうか?
岩波:メインのプロダクションはすごくユニークですね。これは四尾さんのアイデアなんですが、アーティストによって見せ方を変えるんです。
四尾:常設のステージにアーティストが出て転換していくようなやり方ではなくて、台座を移動して、アーティストによって小さいステージがいくつもできるようなイメージです。後ろに大きなスクリーンがあって、映像とアーティストがシンプルに引き立つようなステージが展開されます。
――四尾さんご自身も、MUTEK.JPで冨田勲さんの作品をキネティックライトで演出したインスタレーションを手掛けていますよね。
四尾:冨田勲さんのデビューアルバム「月の光」は、ドビュッシーの音楽を電子音楽に編曲した作品なんですが、冨田さんは亡くなる直前まで宇宙の振動を音に変換したり、様々なものを音に変換し続けてきました。僕はドビュッシーから続く「月の光」という音楽を、冨田さんの活動を通して、音が構造をプログラムするというコンセプトで空間に変換して表現しました。
まず、冨田さんの「月の光」をMIDIデータに書き直したんですね。冨田さんの楽曲はシンセサイザーで作られていて、MIDIが残されていなかったので、まずは変換する作業から始めました。
――まずは音を可視化する作業が必要なんですね。
四尾:なるべく過剰な演出はしたくなくて、ありのままの変換に徹して作業を進めました。5分50秒の曲なんですが、これが3Dになったときにどう見えるか、楽譜の立体化というか、冨田さんが亡くなっても、違う形で冨田さんが生き続けるような作品になるよう心がけています。冨田さんのDNAは生き続ける、ということを文化として発信する場所として、MUTEK.JPはとても良い舞台だと思います。
―― MIDIデータがあれば、他の楽曲も空間に表現できるんでしょうか?
四尾:もちろんです。日本には尺八や三味線などの素晴らしい和の音楽がありますので、これをビジュアライズして、古いものと新しい技術が組み合わさったときに、新しい何かが生まれるのではないかと。
僕は新しいものと新しいものの組み合わせというのはあまり深みがないような気がしていて、技術と歴史的なもの、歴史の厚みと新しいビジュアライズの方法というところに新しいインスタレーションのヒントがあると思っています。
岩波:ほかにも様々なアーティストが出演します。初日はレーザーのインスタレーションを行っているロバート・ヘンケというアーティストが、マルチチャンネルサラウンドで、五感を刺激するようなショーを披露します。あとはニコラ・ベルニエというモントリオール・アート大学の教授なんですが、アクリル板を使用して彼のアート作品を見せるようなパフォーマンスもあります。
また、プラネタリウムを彩るコンテンツも用意されています。そこにオーディオ・ヴィジュアルを投影して、実際にライブをするのですが、音からも刺激がありますし、デジタルアートで覆い隠すようなコンテンツで一押しプログラムなのでぜひご覧になってください。
オリンピックに向けて日本と世界をつなげる祭典に
―― MUTEK.JPはこういった未知のアーティストたちとの出会いの場になりますよね。
岩波:そうですね。我々もどうやって伝えていくのかが大きな課題でもあるんですが、日本にまだないものですから、こういった分野は今後莫大な力をもつ可能性があるんですね。面白いと思ってくれる人がひとりでもいれば、どんどんコミュニティの裾野が広がっていきますし、MUTEK.JPはそういったコミュニティの広がりを最終的の目標としています。
――今後の展望として、オーディションなどの実施の可能性もありますか?
岩波:そういった場所を用意しないと広がっていかない部分もあるので、是非ともやりたいという思いはあります。本国の方ではすでに行っていますので、来年にはオーディションや、学生たちの作品を紹介できる場所を用意したいですね。
――日本人のアーティストの特色ってありますか?
四尾:僕は日本のアーティストの特色はあまりよくわかりません。日本のアーティストに色をつけるのは、これからのMUTEK.JPの使命かもしれませんね。今回冨田さんの作品をビジュアライズするのは、日本人にしかできないことかもしれませんし、いろんな色の出し方が考えられますね。各国で違いを出していくというのも面白いテーマだと思います。
――MUTEK全体が盛り上がっていけば、文化の多様性も多く生まれるでしょうね。
岩波: MUTEK.JPは、気運醸成プロジェクト支援という、芸術振興を図る文化プログラムを、より多くの人々に周知するとともに、様々な活動との連携をすすめるため、東京の都市の魅力を高め、インパクトのある大規模なプロジェクトを支援をするという、東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京から助成を受けて開催することになりました。また、オリンピック開催の動きに相まり、アートとテクノロジーの融合により、新しい表現の創造とともに、新しい技術の開発にチャレンジするプロジェクト未来提案型プロジェクト支援という助成も始まっています。
メディアアートに限らず、テクノロジーを使った表現するものに関して、これからどんどん広がっていくことが予想されますから、MUTEK.JPで多くの人に「聴いたことのない音楽、見たことのない映像」を体験して頂ければと思います。