【14th TIMM】ブロックチェーン、データ活用で世界に広げる音楽ビジネス
音楽業界を取り巻くテクノロジーは日々進化を続けており、国内外の音楽ビジネスにおいて「メタデータ」の重要性は高まっているが、今セッションでは。話題のテクノロジー「ブロックチェーン」や、今後重要となる「メタデータ」「フィンガープリント」について解説を行い、一方で今後のビジネスの鍵となる「データ解析」についても識者が語り合った。
<モデレーター>
鈴木貴歩氏(ParadeAll 代表取締役 エンターテック・アクセラレーター)
<スピーカー>
稲葉豊氏(一般社団法人日本音楽出版社協会副会長 フィンガープリントタスクフォース委員長、株式会社ユーズミュージック代表取締役社長)
野本晶氏(スポティファイジャパン株式会社 レーベル&アーティストサービス ディレクター)
浦部浩司氏(株式会社ソケッツ 代表取締役社長)
- 音楽業界でも活用が見込まれる「ブロックチェーン」とは
- 「音楽×ブロックチェーン」は“音楽のTPP”
- フィンガープリントの重要性
- 徴収分配の正確性、透明性の向上と増収にむけて
- クロスエクスペリエンスの可能性
- レコメンデーションの精度を高め「未来のヒット曲」を予想する
- アーティスト自身がデータを解析する時代
- アーティストや楽曲の魅力を際立たせる「タグ付け」
- Spotifyのブロックチェーンへの接近
- データを自ら見て活用すること〜エコシステムへの意識
音楽業界でも活用が見込まれる「ブロックチェーン」とは
鈴木:まず私の方からブロックチェーンの音楽活用についてお話させていただきたいと思います。エンタメ業界でここ5年に起こってきたことは、消費環境の激変だと思います。これは紛れもなくスマートフォンによってもたらされたものです。そして、今後5年で起こり得ることの1つが流通基盤の激変で、これがまさにブロックチェーンの話になってきます。
今エンターテイメントや音楽を届けるときに、テクノロジーを介在しないときはないと言えると思います。CDのようなフィジカルな商品を買うときでさえ、ECで買いますし、その情報はソーシャルメディアから手に入れます。ですから、テクノロジーを活用しないと機会損失を被るということを常々みなさんに申し上げております。これが私が提唱する「エンターテック」の考え方であります。
ビットコインに代表される仮想通貨の流通基盤を支えているのがブロックチェーンという技術で、この流通基盤の技術が、今さまざまな分野での応用が見込まれています。
では「ブロックチェーン」とは一体何なのでしょうか? なぜ「ブロック」で「チェーン」なのでしょうか? 銀行を例にお話しますと、あるATMでお金を下ろしたとします。そのトランザクション(取引)が中央のサーバーにある取引履歴の台帳情報を更新していくわけですが、この中央サーバーで全て管理しているので、例えばここがハッキングされて改ざんされたら、これが正になってしまうというリスクが昔から言われていて、ゆえにセキュリティは強固なわけです。
対してブロックチェーンは、すべての取引履歴を複数の台帳で共有して信頼性をお互いに担保しましょうという考え方です。
ですから、分散型台帳が特長でして、PtoPの技術に近いんですが、PtoPで台帳管理をして信頼性を担保している。各取引のデータは、取引1〜5みたいな感じでブロックになっていて、すべてが時系列に沿ってチェーンで繋がっている、というところからブロックチェーンと言われています。
これによって改ざんが極めて困難で、システムダウンしないと言われています。現にビットコインの仕組みは今までダウンしていません。
もう1つは高速なシステム構築が可能と言われています。例えば、車の自動運転にブロックチェーンの仕組みを取り入れて、自動運転にまつわるドライバー情報、運転情報をセキュアな形で集めたり、あとは携帯電話業界でもKDDIさんが発表しましたが、ブロックチェーン技術で利用情報、個人情報をセキュリティの高い形で集めて、それをビジネスに生かそうとしています。
もちろん音楽業界でも活用が見込まれています。ペーパーチェーンというオーストラリアのベンチャー企業の試算によると、著作権情報の間違いと欠落で毎年150億円以上の誤分配、もしくはどこに分配していいかわからない保留の売り上げがあると発表されています。
また、過去10年間のストリーミングサービスからの誤分配、保留なんかも、それだけでも400億円の規模があると言われています。これをどうやって正しく分配して保留をなくすかということにブロックチェーンの活用が取り沙汰されております。
またSpotifyがMediachainという会社を買収しました。これは公開情報から得た私の推論なので、実際違っているかもしれませんが、Mediachainという会社は分散化した情報をセキュアな形で更新すると仕組みを作っている会社で、その会社をSpotifyが買収することで、Spotifyの中で流通している楽曲の著作権情報を「みんなで分担して精度を高くしよう」としているのではないかと考えています。
こういった著作権にまつわるリスクとリターンをこれから解決していくために、ブロックチェーンを活用しようとSpotifyは試みているわけです。
「音楽×ブロックチェーン」は“音楽のTPP”
鈴木:もう1つ、スマートコントラクトという考え方があります。これは、ブロックチェーン上で流通する著作物に、使用条件を埋め込んでしまい、それを満たすサービス、サイトでは自由に使えるようにするのがスマートコントラクトという考え方です。
私がユニバーサルミュージックにいた頃は、音楽配信事業者のみなさんとお会いをして、条件を会議で協議させていただいていましたが、では、チリの音楽配信事業者と会うことができるか、イランの音楽配信事業者と会うことができるかといったら、これは難しいわけですよね。
ただこれから、日本の音楽がグローバルに流通するにあたって、色々な国で楽しんでいただける可能性がある。そのときにスマートコントラクトの考え方がすごく有効なのではないかと思います。当然ながら、このスマートコントラクトを通じて流通したコンテンツは、ブロックチェーンに直結していますので、きちんと売り上げデータを把握できます。
ということで、大きく3つブロックチェーンの活用に期待されています。1つは集計・分配の高速化・正確化。2番目は透明性の向上です。日本ではストリーミングのマーケットがまだ大きくないですが、それが大きくなってくると、何十億回ストリーミングされたのに「売り上げはこれだけなの?」といった議論が海外同様に起こってくると思いますので、ここの透明性を向上させる。
もう1つは新しいプラットフォームの流通の促進ですね。こういったブロックチェーンを活用することで、脱中央集権になって、分散型の自立運用システムになると考えております。
主な音楽×ブロックチェーン関連のテクノロジー企業を挙げただけでも9社。先週サンフランシスコに行っていたんですが、そこで初めて見た音楽ブロックチェーン企業だけでもあと3〜4社ありましたので、今後ますます増えてくると思います。
今、海外で3つイニシアチブがあると思っています。1つはオープンミュージックイニシアチブ、これは民間企業と大学による産学連携のイニシアチブで、バークレーやvevo、Spotifyなど100社以上が集まっています。もう1つはASCAP、SACEM、PRSといった海外の徴収団体がIBMと組みブロックチェーン技術を活用して、ISWC、ISRCを紐づけていくプロジェクト。
そして3つ目がドットブロックチェーンメディアという、ブロックチェーンを活用したエンタメのコンテンツ、フォーマットを作って、次のデファクトにしていこうという動きです。アメリカの著作権の仕組みというのは非常に複雑になっていますが、こういった分散化しているものをチェーンで繋ぐことで、権利を保持しているプレイヤーと利用しているプレイヤーが直接繋がるような世界観を目指しています。
例えば、共通になっているデータを誰かを書き換えたら、関係者全員に瞬時にお知らせが行くようになるので、ミスなどが起こりにくいというのが非常に大きいですね。
これから私達が考えなくてはいけないのが、やはり新たなマネタイズというところで、例えばYouTubeを例に出すと、YouTubeは2005年にサービスをスタートしましたが、権利処理からマネタイズをきちんとできるようになったのは2012年からなんですね。
そして、Facebookも今動画が相当な数流れていますけど、この権利処理をどうするか、マネタイズをどうするかというのはこれからだと思います。
また、これからVR、ARみたいな新たなプラットフォームが出てくるとともに、やはりブロックチェーン技術、もしくはプラスアルファを活用して、トラッキングや権利交渉を有利に運べるような仕組みづくりを日本の音楽業界も意識しなければいけないのではないかと思っております。
最後になりますが、このセッションのタイトル「音楽×ブロックチェーン」は、私にとって音楽のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)だと思っています。そういった流通や貿易の仕組み作りの音楽版が今まさに欧米では始まっています。
今後ポスト・オリンピックを考えると、海外市場でのマネタイズは非常に重要なテーマになっていくでしょう。そうしたときに、流通基盤のルール作りに日本があらゆる形で参画することがこれから非常に重要になってくるんじゃないかと思っていますので、この後に続くパネリストのみなさんにもお話を聞きながら、そのアイデアをみなさんにもシェアできればと思っております。
フィンガープリントの重要性
稲葉:私からは現在における徴収の拡大、それから分配の精度向上、透明性の確保に向けた、音楽出版社協会(MPA)の新しい取り組みについてお話します。
皆さんご存じでしょうが、フィンガープリントという技術があります。楽曲のある象徴的な部分を取り出して、それを記号化し楽曲を特定していく技術です。このフィンガープリントを活用したサービスというのは非常に多方面に広がっています。
身近なところで言うとShazamやSoundHoundが有名です。個人の方々が気になった楽曲が流れているところにスマホをかざすと、それが何の楽曲か特定されて、そこからiTunesであったり、Spotifyであったりに繋がるサービスです。このサービスがなぜ短時間で楽曲を特定できるかというと、フィンガープリントのデータを活用しているからです。
ブロックチェーンは流通や徴収、分配それから許諾という全体の音楽の仕組みに対して寄与すると思っていますが、フィンガープリントはどちらかと言うと楽曲を素早く特定していく個別の技術であり、ブロックチェーンの音楽の領域に対しての活用においても、フィンガープリントの技術が非常に重要になってくるのかなと思っています。
MPAはそのフィンガープリントという技術に注目し、「フィンガープリントタスクフォース」というプロジェクトを立ち上げました。
現在、邦楽曲が海外の中で広まっていくためのアプローチを音楽業界全体、もしくは国のサポートも受けて行ってきています。プラットフォーム自体もグローバルに広がり、世界的なサービスが各地域の中で同様に展開していくという状況があります。アニメなどは、邦楽曲が海外で使用されている象徴的な事象ですが、邦楽曲が世界へ広がる流れの中で、海外徴収がきちっとできているのか?が問題になります。
海外の放送事業者がどういう形で著作権の報告をするのかと言えば、フィンガープリントを使ったサービスを利用して、自動化された形の中で各国の徴収団体に報告されていきます。
でも、そのサービスのデータベースに邦楽曲が入っていなければ、つまりフィンガープリント化された邦楽曲が入っていなければ、そこはブランクとして出てきてしまいます。ブランクになったものを色々な国の方に権利者情報を書いていただけるかというと、これはなかなか難しい。
なので、海外徴収を強化していくためには、フィンガープリントを使った海外の事業者のデータベースに邦楽曲をきちんと投入していかないとならないわけです。
また、日本国内でもフィンガープリントを使ったサービスが広がりつつありますが、現状で言うと、NTTデータさん1社プラスアルファぐらいです。ですから、現在、放送事業者230〜240社の中で10パーセントくらいしか、まだこういったサービスを使っているところがなく、日本においても効率的な全曲報告が進んでいかないという背景もあり、このフィンガープリントのプロジェクトをMPAとして進めていこうという判断になりました。
徴収分配の正確性、透明性の向上と増収にむけて
稲葉:ここでもう1回、日本国内のフィンガープリント技術を用いたサービスを確認したいのですが、まずフィンガープリントを使った個人向けサービス。先ほどお話したShazamやSoundHound、それから-今パソコンにCDドライブが付いているものがあまりないのが現状ですが-CDをリッピングすると、自動的にそのCDの楽曲が出てきますが、あれはMacですとGracenote、WindowsですとAMGなどのフィンガープリントを使った技術が動いていて、そこから一覧として出てきます。
それから権利者・個人両方に向けてのサービスでは、GoogleのContent ID、それから放送事業者に対して、全曲報告をやっている会社としてスペインのBMAT、それからイギリスのSoundmouseという会社があります。ただ、BMATとSoundmouseは、日本に対してのサービスはこれからになります。
一方で国内のサービス事業者としては、先ほどからお話をしているNTTデータさん、それからデジラボさんがあります。
このプロジェクトの目的ですが、第1にはフィンガープリント技術の利用促進による徴収分配の正確性、透明性の向上。それから海外における邦楽曲の使用に伴う、各種権利使用料の増収。それから国内放送におけるフィンガープリント技術による楽曲報告の促進になります。
海外における徴収と国内放送におけるフィンガープリント技術のサービスのことを広めていくところでいきますと、ヨーロッパ・北米を中心にほとんどの放送局さんがイギリスのSoundmouseやスペインのBMATのサービスを使って徴収団体に対して使用した楽曲を報告しているという状況があります。
そういう意味で言うと邦楽曲もきっちりと使われた分が管理契約によってフィードバックされるというところにおいて、SoundmouseやBMATに対して邦楽曲を登録していかないと現実的には海外で引っ掛からない。逆に登録した瞬間にそのサービスは各放送事業者さんで使われているので、引っ掛かってきます。
今後、フィンガープリントを使ったサービスを増やしていくために、Soundmouseに対してMPAとして、もしくは業界の団体様にも協力をいただいて、推進していこうとしています。
Soundmouseを選定した理由としては、スペインのBMAT自体も非常に広い範囲の中でサービスを行っているんですが、現状日本での市場参入に対しての移行度がどちらの会社が強かったのかという観点と、すべてではないですが、Soundmouseのサービスは第1陣の放送使用料に関して特化したサービスであるという理由で、選定しました。
ちなみにSoundmouseの管理画面は、放送事業者や番組制作に携わっている、もしくは音効の事業者の方が共通して見られるような形になっていて、ここに番組自体を流し込むと、裏側でSoundmouseのデータベースの中に楽曲のフィンガープリントという形で格納されます。
またサブ画面があり、楽曲名をクリックするとこのサービス自体がPRSやGEMAという各徴収団体のデータベースと連携しておりますので、権利情報をきっちり把握することができるというサービスです。
プロジェクトではSoundmouseとレコチョクとシステム連携を取りまして、邦楽約80万曲をフィンガープリント化しSoundmouseのデータベースに登録することを12月を目途に今進めている最中です。
このデータベースに80万曲の楽曲が登録されると、当然ながらSoundmouseのサービスは実際に海外で作動しているサービスですので、順次80万曲の中で使われた楽曲が特定されて、各国の著作権徴収団体に対して使用報告がなされます。その状況、ボリューム感や利用地域などを精査し、次に国内の放送にもこのサービスをトライアルしていこうと考えています。
現状Soundmouseは海外の楽曲に関して4000万曲のフィンガープリントのデータを持っておりますので、ここで邦楽80万曲加わるということで、国内の放送事業者に対しても、いくつにかお話をしております。けれども、お使いいただいてそれがどのくらいの利便性や改善ポイントになっていくかを合わせて確認しながらやっていきたいと思っております。
それと、実は一番重要だと思っているのは、MPAとしてSoundmouseだけに絞るわけではなく、どちらかと言うとSoundmouseを1つの活用事例としながら、日本においてフィンガープリントを使ったさまざまなサービス自体が立ち上がりやすい、ある意味音楽業界全体の仕組みを1つ、このタイミングで作っていきたいと考えています。
放送使用報告というのは、どちらかというと、B toB向けのサービスですが、Shazamのようなサービスは、明らかに著作権の分野だけではなくて、楽曲の購買に結びついていくものです。
日本においてフィンガープリントがスピーディーに集まるような仕組みを作らないと、今後、テクノロジーが進化し、音楽の新しい楽しみ方や購買を喚起するようなサービスが出てきても、そこに対して十分に対応できず、音楽業界全体として損失となってしまいます。ですから、そういった仕組みをこのタイミングで皆様と作っていきたいなと思っています。
当然ながらフィンガープリントで楽曲が特定されたとしても、そこに対して正確な権利情報が紐づいていないといけません。ですから、メタデータとしてどのような形で持つべきなのか、もしくは日本においてこのメタデータというのはどういう流れで、どういう仕組みの中で提供されていくのかというようなところもこのプロジェクトで考えていきたいと思っています。
クロスエクスペリエンスの可能性
浦部:我々ソケッツは、ブロックチェーンやフィンガープリントを用いた著作権の管理やスマートコントラクトとは少し違った視点でデータの利用・活用をしておりまして、どうやったら音楽がもっと広がるのか、生活の中にどうやって広がっていくか、そんなことを追いかけている会社です。
基本的にはメタデータ、データ再生AIなどを活用しながら、通信会社さんやサブスクリプションサービスの会社さん、あとパッケージも含めたEコマースをやられている方、そういった方々にデータの提供、検索レコメンドパーソナライズの仕組みを提供している会社になります。
現在、月間でユニークですが1000万人近くの方々が我々のデータをなにがしかの形で使っていただいていることになります。
我々は10数年前に音楽のデータベースの開発から始めて、今は映像、書籍、放送系と生活、これは旅行やファッション、美容など領域が広がってきています。
我々の考えで言うと、音楽を今後より広めていくためにも、いわゆるクロスエクスペリエンスと言いますか、音楽と映像が紐づく、音楽と美容が紐づく、あるいは音楽と健康が紐づくことで広がってくるのではないかと考えています。始まりは音楽ですから、音楽が中心になっていますが、今、我々がやっているのはある意味横断的な仕組みを開発しているんですね。
音楽のデータベースについて簡単に申し上げますと、基本情報と関連情報、付帯情報、こういったものを体系的に整備するということなんですが、やはり一番こだわっているのは、オリジナルのデータであるということで、これは1曲1曲実際に人が聞いてデータ化しています。
これはもう10年以上ずっとやり続けて、アメリカではPandoraさんの裏側にあるミュージックゲノム・プロジェクトが有名ですが、それに近いと言いますか、それよりも細かい日本的な解釈も含めて、全部人間が聞いてデータ化するということをやってきています。
冗談みたいな話なんですが、一時期は下北沢界隈では「お腹空いたらソケッツに行こう」と言われていたほどで(笑)、のべ数百人のミュージシャンの方々に参加いただいて、「1曲幾ら」という形で、100万曲近くをデータ化してきました。
それをベースに、あえて機械学習でメタデータをさらに拡大していくということをやっていまして、結果的には数千万曲のデータベースが、楽曲の特徴を表す基本的なデータというよりは、もう少し定性的なものを含めたデータの幅で作られてきているということになります。
それらは、リアルタイム情報と連携する仕組みにもなっていまして、当然ソーシャルストリームや放送、ニュース、レビューなどあらゆる時間軸を持った情報とすべて紐づいていくような仕組みになっています。個性的なデータだけではなくて、いわゆるダイナミックに変わる、リアリティも含めたデータと紐づいているというのが我々の1つの特徴です。
最後に、我々の新しい取り組みとして、ユニバーサルミュージックさんにデータ部分でマーケティング支援をする取り組みを始めています。内容としてはソーシャル解析、要するにInstagram、Twitterから始まってブログなど色々なものをテキスト化し、そのすべてを解析するということをまずやっています。
合わせて、我々のメタデータがありますので、そういった楽曲単位の特徴量みたいなものを分析し、我々のデータを使っているサービスの傾向なども掛け合わせながら、結果的にはソーシャル上での閲覧傾向や、ある意味同じようなステージにあるアーティストのマインドでの相関性、そこで何をきっかけに拡散していったのかなど、データから読み取っていって、最終的にはメディアブランディングに生かしたり、出演イベントや対バン、あるいはタイアップの選定や、もちろんソーシャルのアカウントの運用などを支援しています。
レコメンデーションの精度を高め「未来のヒット曲」を予想する
野本:私からはSpotifyはどうやってデータをユーザーさんのために使っているかという事例を色々とご紹介します。ソケッツさんは人力でタグ付けをされているというアメリカPandoraのミュージックゲノム・プロジェクトと同じタイプですが、僕らはユーザーさんのデータと、AIが数万以上のポイントで分析した楽曲データ、この2つを掛け合わせて楽曲のレコメンドをユーザーさんに行っています。
一例ですが、「Your Daily Mix」というプレイリストがありまして、ユーザーさんの好みの幅によって数が違うんですが毎日4〜6種類、「この曲が聴きたいんじゃないかな」というプレイリストを全ユーザーに届けています。
最近ユーザーの年齢や好みに合わせた「Your Time Capsule」というプレイリストが始まりまして、これは「懐かしい曲も聴きたい」という要望に応えるものです。そして「Release Radar」というのは新譜がいつ出たかとか全部追いかけきれないので、ユーザーさんが好きなアーティストのニューリリースやカタログをプレイリストの形でまとめて教えてくれるものです。
また、これは日本では始まっていませんが、コンサート情報もユーザーに合わせてオススメするサービスが海外では始まっています。「音楽を聴いて好きになったらライブにも行きたい」というのが人情なので、そういったニーズに応えるように、例えば、ニューヨークに住んでいるこの人が聴いている履歴を元に「このコンサートに行きたいんじゃないか?」とオススメして、リンク先でチケットが買えるというようなサービスも始まっています。
今、Spotifyが人力で作ったリストは世界で2000くらいあり、AIを使っているものは現時点で4種類なんですね。4種類が少ないと思うかもしれないんですが、1億4千万人のユーザーに毎週あるいは毎日違うプレイリストを届けていますので、要はAIで作っているのが5億くらいあるということですね。それが毎週作られるようなビックデータをSpotifyは持っています。
たくさんデータが集まってくると、より高い精度でレコメンデーションがそれぞれのユーザーにできるようになると想像されると思うんですが、これを突き詰めていくと未来のヒット曲も予想できるようになるのがこれの面白そうなところで、うちの社内にはデータサイエンティストというデータアナリティクス、分析をする仕事をしている人がいまして、日々データと格闘しているわけですが、この人たちの入社試験の1つの質問は、「今年の冬にヒットする曲は、どうやってわかるのかデータで実証してみなさい」だったりします。それに明快に応えられる人が結構Spotifyにいるんですね。
これは面接の時間内で答えないといけないんですし、PCを使うこともありません。要するどういうポイントで、どういうロジックで考えるのかということを問われているんですね。私はその試験に受かる自信はないんですけど、そういうような未来の姿も、1つ出てきているのかなというのが現在のSpotifyです。
アーティスト自身がデータを解析する時代
鈴木:皆さんありがとうございました。このようにデータが非常に重要になってきていて、まず稲葉さんがおっしゃっていたメタデータが必ず揃っているのが基本条件。その上で国内だったらソケッツさんもやられていますし、国内外だとSpotifyさんがやられているデータ分析があります。Spotifyさんは確かアーティストやレーベル、マネージメントが使えるダッシュボードがありましたよね。
野本:そうですね。アーティストさんやマネージャーさんに提供している「Spotify for Artists」というWebサービスがあるんですが、そこではどの地域のユーザーさんが曲を聴いているかなど、様々なことが見られるんですよ。ですからFoo Fightersはそれ見てツアー場所を決めたりしています。
鈴木:今年SXSW(サウスバイサウスウェスト)に行ってきたんですが、インディーズのアーティストが「Spotify for Artists」のダッシュボードを見て、「アメリカのどこどこの都市でよく聴かれているから、あなたのところのフェスに出してほしい」とピッチしていました。アーティスト自身がデータを解析してピッチするのは、アメリカのアーティストの中でも当たり前になってきているんだなと実感しました。
先ほどSpotifyさんのエコシステムという話がありましたが、稲葉さんのプレゼンにもあった、Shazamで検索した後にSpotifyで聴くみたいな流れがあるので、エコシステムに繋がる入口がフィンガープリントになるというイメージですよね。その辺はどのようにご覧になっていますか?
稲葉:興味がある楽曲が、すぐに特定できるのは非常に重要なことかと思います。昔で言うと有線放送の会社に問い合わせて「今の曲なんですか?」と聞いていたわけですが、そういう興味・関心を持っているときにすぐに曲が特定でき、なおかつそこからライブや音源に対しての動線がきっちり出てきて、広い意味での購買に繋がっていくというのが非常に重要なことかなと考えています。
アーティストや楽曲の魅力を際立たせる「タグ付け」
鈴木:ちなみにAIによる検索を想定して、レーベルや出版社、アーティストの方々が今後意識した方がいいことは何だと思いますか?
浦部:アーティストの方々が意識するかどうかは別として、流通側というか我々も含めて音楽を繋げていくというところでいうと、AIスピーカーのwith assistance(助けを借りる)で「なんかいい感じの曲ない?」とか、「ちょっと懐かしいアレ」とか、曖昧なインプットが増えてくると思うんですよね。そこを前提としたデータの作り方というのが、今後より重要になるのかなと思います。
鈴木:自ら見つけてもらいやすいようなタグ付けが重要ということですかね。
浦部:そうですね。タグ付けを我々のような第三者がやって、アーティストさんがそのタギングを承認するような、それこそブロックチェーンで承認するような仕組みになっていくのがこれからの段階だと思うんですが、いずれにしても重要性があると思います。
鈴木: Googleで曲を調べるときも、例えば、タイアップしたドラマの名前しか分からなくて、それが曲のタグに入ってなかったら見つからないわけですよね。せっかくタイアップを取っているのに見つけられず、聴かれず、売れないみたいなことがあると。それがAIとかアルゴリズムになってきたら、ますます重要になってくるということですよね。
浦部:あとパーソナライズですよね。レコメンデーションも大事だと思うんですが、やはりパーソナライズするとしたら、AIとタグデータの組み合わせがより良いんじゃないかと。
鈴木:他に作り手が意識できることはありますか? 全部ソケッツさんにお任せというのもあると思うんですが(笑)。
浦部:できる限り頑張りますが、やはりアーティストの方々かどうかは別として、もしかしたら自己否定に繋がるかもしれないんですけども、プラットフォーム化をしていくということであれば、それこそブロックチェーンの技術を組み合わせることによって、タグ付けした人に対して、将来的に何かしら対価が発生するような仕組みまでもっていくと。
それがアーティストの方になるのか、レコーディングエンジニアの方がやるのか分かりませんが、いわゆる制作者の方々ができる範囲が定義されると、変わってくるんじゃないかなと思います。
鈴木:タグ付けという言葉だけですと馴染みがないと思うんですが、自分たちのアーティストや楽曲の魅力を言葉にせず分解していって、際立たせるということなので、当たり前のことなんですが、それをちゃんとデータに乗せていくのが重要なのかなと。それはSpotifyのプレイリストで見つけられる、見つけてもらいやすくなるというところとも繋がってきますよね。
野本:そうですね。僕らから音楽業界、プレイヤーさんたちに是非お願いしたいのは、インターネットで世界に繋がっているので、日本で楽曲をリリースしたイコール世界でリリースをしているのと同じことなんだと認識して欲しいんですよね。そこをあまりわけて考えないようにした方が、結果伸びる可能性がありますから。
鈴木:具体的にここが改善すればもっと増えるのになということはありますか?
野本:僕らも含めての意識レベルで、実務的なところ、特に音楽出版を海外でどう徴収していくかがテーマになって中々前に進まないという現状もあります。これが例えばブロックチェーンのようなことで海外に出した音楽が、徴収されやすくなるというような未来が見えてきていると思いますから、そういう活用の仕方をしたいですね。
鈴木:海外だとコバルト(Kobalt)みたいな会社が、ダイレクトディールのような方法で、世界中一括で管理するようなことも起こり始めていますよね。そういったところも含めてデータに対して意識的になるというのがすごく重要な世の中になってきていると思います。
Spotifyのブロックチェーンへの接近
鈴木:ブロックチェーンの話に移るんですが、稲葉さんはブロックチェーンという言葉をどれだけ意識されていました?
稲葉:このセミナーがあるので「自分でビットコインくらいを買わなきゃな」と思って、40万円のときに15万円分買ったら、次の日に30万に下がって「これやばい」と思って全部売っちゃったら、そこからバンバン上がって今70万になっているっていう…お恥ずかしい(笑)。
鈴木:(笑)。MPAさんやユーズミュージックさんの活動の中で、ブロックチェーンを意識したことはあまりなかったんでしょうか?
稲葉:いや、ブロックチェーンという技術をどんな形で音楽の技術に転用できるのか? というようなところの勉強は、いい意味で危機感を持ってやってきました。けれども、まだ日常的な音楽出版のビジネスもしくはアーティスト、作家のマネジメントビジネスにブロックチェーンが影響を与えるというところに対してまだ少し距離感があると思っています。
鈴木:そんな中でSpotifyさんはMediachainというブロックチェーンのスタートアップを買収しましたね。自分の肌感で言うと日本の音楽業界の中で「ブロックチェーンってなんだ?」とザワついたのはそこからなんですが。
野本:私の中でもそうです(笑)。でも、先ほど鈴木さんのお話で取り上げて頂いたように、必要に迫られてのことだったんです。権利者側からは未ライセンス状態であると言われたんですが、僕らからすると「自主管理楽曲で払いたいけど払えない」というようなステータスに見えていた楽曲たちが多かった。これを解決する方法をブロックチェーンに求めたというのがSpotifyのケースですね。
鈴木:今やSpotifyは全世界で一番大きな音楽プラットフォームで、その中で流通している額は相当なものなので、それが分配されるだけでも金銭的インパクトはありますよね。
野本:Spotifyの売り上げだけで暮らしているインディアーティストも海外ではけっこういますからね。
鈴木:そういう世界になってきているということですね。ソケッツさんの中でブロックチェーンの話は出たりするんでしょうか?
浦部:直接的にはないです。ただ、プラットフォームのオープン化という中でブロックチェーンとかけ合わせて、そのタイミングと対価のバランスが取れているのであれば、かなり効率的なプラットフォームになるんじゃないかなと見ています。
鈴木:Spotifyを通じて世界に音楽を届ける中でも、そういったところの活用例が今後出てくるんでしょうね。当然ながら海外のマーケットの過半数はデジタルなので、デジタルマーケットの中で透明性を高める、売り上げを増やす、分配を増やすみたいなところで、ブロックチェーンでこれを解決しますというスタートアップは先ほど言ったようにたぶん2ケタ以上あるような状況ですので、恐らく日本でも来年、再来年くらいにはそういったことが語られるのかなと思っています。
稲葉:権利者の角度からブロックチェーンを見た場合には、まずメタ情報のセキュリティがブロックチェーンの技術において担保されるというところと、あとはさまざまなプラグインが開発されているので、そういったもので販売の条件や分配が、権利者情報とは別に紐づけられていくことが期待できるので、出版社業界もそうですが、音楽諸団体で健全にトレースしていくべきだと思います。
鈴木:いろんな業界団体やイニシアチブが日本にもあると思いますが、みなさんより密接にブロックチェーンみたいな流通基盤の変化には取り組んでいかないといけないと思いますね。
稲葉:そうですね。全部が一体化していくと、ユーザーにとって非常に使いやすくなっていくので、音楽の各団体がユーザー目線に立って、問題や原盤に対して取り組んでいきたいですね。
データを自ら見て活用すること〜エコシステムへの意識
鈴木:最後に一言ずつお願いできますでしょうか。
稲葉:ブロックチェーンは音楽や権利と初めて共存できるような技術なのかなと考えています。例えば、ファイルの交換サービスのような新しい技術が生まれると、音楽や権利の対抗軸として一旦コンフリクションを起こすんですが、ブロックチェーンは我々のビジネスに対して寄与してくれると期待しています。個人的には非常にワクワクしていますし、自分のテーマとしても、団体のテーマとしてもきちんと向き合っていきたいと思っています。
浦部:データベースもブロックチェーンもそうですが、テクノロジーで楽曲を作られている方や、音楽を届ける人、そしてユーザーの方にとって、どうしたらより価値あるものになるか考えなくてはいけませんし、WIN-WIN-WINというか、みんなが次のフェーズに行けるきっかけになればと思っています。
例えば、履歴の永久保存などもブロックチェーンでできる可能性の1つだと思っていまして、そういった意味では極端な話30年後、自分の履歴を覚えてくれているということから、なにか別の価値観なり世界が生まれるということもありえると思います。
野本:データを活用してその曲を聴かれるユーザーさんを探していくということをSpotifyはプレイリストとしてやっていますし、権利者、レーベル、マネージメントのみなさんも是非データを見てみることを心掛けていただきたいですね。データを自ら分析していくと新しい可能性が出てくると思います。
鈴木:まさに野本さんがおっしゃったように、データというのは自ら見て活用するものだと思います。ですから、社内でデータアナリストを採用する企業は増えていますし、海外だとデータを分析してわかりやすくまとめるみたいな会社があったりするんですが、日本でもそういった会社を誰かが起業するなり、エコシステムを今後意識して取り組んでいくと、日本のマーケットが活性化するだけじゃなく、世界のマーケットに日本の音楽が広がっていくと思いますし、このTIMMにお集まりの皆様の趣旨にも沿う未来が描けるのではないかと思っております。本日は長時間ありがとうございました。