計35時間にも及ぶ全コンテンツを配信、“史上初”のオンライン開催「MIDEM」ディレクター アレクサンダー・デニュー氏インタビュー
「MIDEM」のディレクター、アレクサンダー・デニューさんのインタビューをお届けします。MIDEMは1966年第1回目を開催して以来、50年以上の歴史を持つ世界最大の音楽業界カンファレンスです。
日本の音楽業界においても多種多様な業種から様々な企業がMIDEMに参加し、世界各地の市場動向をいち早くキャッチしインスピレーションを得る場として、そして、実際に世界中から集まる音楽業界のプレイヤーと繋がり世界市場への進出や新たなビジネスを構築する機会を得ることが出来る場として、2020年の今もMIDEMは唯一無二の存在感を放っています。
通常は年1回フランスのカンヌで開催されているMIDEMですが、2020年はCOVID19の影響によりリアルな会場ではなく、全てオンラインで開催するという、デジタル版カンファレンスとなりました。その様子をディレクターのアレクサンダーさんにお伺いしました。
プロフィール
アレクサンダー・デニュー(MIDEM ディレクター)
MIDEMの運営会社Reed MIDEMに2017年にディレクターとして入社。彼のリーダーシップによりMIDEMは、音楽業界の発展やテクノロジー、ビジネスモデルの変化による課題を共有する場としての位置を確固たるものとした。Reed MIDEM入社前は、ユニバーサルミュージック・フランスにおいて、事業開発ディレクター等の役職を歴任。
全てが新しかったオンライン開催
──フランスではCOVID19による影響は現在いかがですか。
アレクサンダー:だいぶ良くなりました。今ではヨーロッパ内はどこでも旅行できるようになりパリではレストランも開いていますし、だんだんと元に戻ってきています。
──よかったですね!!
アレクサンダー:はい、良かったと思います。
──実は2000年代に6、7回カンヌでのMIDEMに参加したことがありまして・・・
アレクサンダー:そうでしたか!僕はその後に入社したのです。2017年からですね。かなりあれからMIDEMにも変化がありました。国際色がさらに豊かになり、世界各地の多くの国から来て参加してくださっています。才能あるアーティスト達、革新的で創造的なビジネスがどんどん出てきているという観点からも、面白くなって来ていると思いますので、またぜひMIDEMに戻ってきていただきたいです。
──もちろんです!何はともあれ、2020年のMIDEMデジタルエディションのご成功、おめでとうございます。今回のMIDEMでは様々なセッションが録画されてウェブ上で見ることが出来るようになったとのことで、世界中の音楽業界の方々にも朗報だと思います。今年のMIDEMは例年と比べてどのようなことが特徴的だったのかを教えてください。
アレクサンダー:全てが新しかったですね。2、3年間のMIDEMと比べてもです。1966年の第1回目のMIDEM開催以来、53年間の歴史においてカンファレンスをデジタルエディションとしたことは史上初の試みでした。
リアルなイベントではなく、デジタルでの配信になったということは、突然我々はイベント会社からテレビ局になったというぐらいの変化でした。64のセッションを開催し、その時間数は合計35時間に及びましたが、これらを全て動画コンテンツにして配信しています。48カ国から約263人のスピーカーがセッションを行ってくれました。
多数のアーティストも参加していただき、37のエクスクルーシブな音楽ショーを行いました。このように、世界最大のオンラインビジネスカンファレンスを開催出来たことを誇らしく思っています。誰でも参加出来るようにしたこと、そして、全ての人たちが無料でアクセス出来るようにしたことが最大の特徴であり非常に大きな変化でした。
──素晴らしいです。
アレクサンダー:無料であるということだけではなく、実はまだこれらの動画コンテンツをオンラインで世界のどこにいてもすべて見ていただくことが出来るようにしてあります。価値あるキーノートやパネルディスカッションがオープンになっていていつでもチェックすることが出来るということは他のカンファレンスにはないことです。
※動画を見るには無料登録が必要です。登録はこちらから。
──そうですね!いつまでこのプラットフォームはオープンしているのでしょうか。
アレクサンダー:まだクローズする予定はありません。少なくとも数ヶ月間はオープンさせておく予定です。「マスタークラス」という世界各地の音楽業界の重鎮の方々が教えてくだささるプログラムがあります。これらの新しいコンテンツも加わりますし、どんどんアップデートしていく予定です。
このようにしばらくオープンにしておきたい理由が1つあります。参加者や音楽業界の人々に対してネットワーキングの機会を提供しているのです。これをこれからもしばらくずっと楽しんでほしいと思っています。
今年は8000人の参加者がいて、現時点でも毎日増えています。セッションやプログラムなどの学びの機会を提供するだけではなく、MIDEM参加者同士がつながることが出来る機能を持たせたのです。今年の参加者数は9000人以上いますが、各人に対して、この人とつながると面白いかもしれないですよ、といった、いわゆるレコメンデーション(紹介)をアルゴリズムを使って行なっています。現時点で9万件のレコメンデーションが生成されています。
これは毎年ずっと行ってきたことではありますが、そのDNAをデジタルでも引き継いで実現したかった。ネットワーキングと新しいアーティストとの出会いの場をオンラインで実現出来て本当に良かったと思っています。
──コンテンツの提供は他でも行われることがしばしばありますが、一番難しいのは出会いの創出だと思うのです。そこがこのMIDEMデジタルエディションの第1回目ですでに実現出来ているということは本当に画期的だと思います。
アレクサンダー:ありがとうございます。
テクノロジーやスタートアップをサポート「Midemlab」
──次のMIDEMはどこに向かおうとしているのでしょうか。
アレクサンダー:私たちの次のゴールはリアルとデジタルを融合するということです。色々な出会いやアイデアをデジタルプラットフォームで提供しながら、現実のリアルなイベントも行い、出会いを深めていただきたいと思っています。これはこれからもずっと続きます。
──来年以降は、リアルとデジタルを融合して両方で開催していくのですね。では、今年行われたアーティスト、レーベルのフォーラムがどのようなものになったのかということや世界の音楽業界の全体の動向などお聞かせください。
アレクサンダー:今回、アーティスト&レーベルサービスフォーラムという企画を世界初で立て、オンラインでの開催となったということで、その業種に関わる方々のセッション動画を撮影しアップしたり、また、ネットワーキングも出来てきています。来年はカンヌで直接お互いに会っていただいて実際にビジネスを進めていただくということを狙っています。
何故この領域を今年取り上げたかというと、グローバルで一番伸びている業種だからです。現時点で2000億円程の市場となっています。毎年30%〜40%の成長率で伸びています。数年前までは伸びていなかった市場なので非常に面白いことになっていますね。
──なるほど。
アレクサンダー:フォーラムのキーノートスピーカーには「SoundCloud」と「Downtown Music Publishing」それぞれのCEO、そして「Spotify」などへの投資会社のパートナーが登壇しました。
──この領域が伸びているということは、つまり、今まで音楽業界とは考えられていなかった分野や他業界からプレイヤーが参入してきて新しいビジネスが出来て来ているということですか。投資会社も含めてですね。IT業界が音楽市場において色々と新しい革新的なサービスを作ってきていますね。
アレクサンダー:テクノロジーやスタートアップは今や音楽業界に欠かせない業界になっていて、彼らがまさに(既存の)音楽業界の今現在の成長を、日本を除いて、ではありますが、グローバル市場を成長させる原動力となっています。
例えばSpotifyも10年前はありませんでしたが、今どんどん成長し続けているという状況です。MIDEMでは「Midemlab」などを通じてテクノロジーやスタートアップをサポートしてきています。今年はMidemlabは11カ国から226社エントリーがあり、20のスタートアップ企業がファイナリストとしてセッションを行い、賞賛されました。
──数年前と比べても、さらに今はアーティストやレーベルの方々の意識が変わってきているということでしょうか。日本以外はということなのかもしれません。グローバルではいかがでしょうか。
アレクサンダー:はい、そうですね。これらのスタートアップやテクノロジーの会社をとても賞賛していて一緒にやっていこうということになって来たと思います。
──実はテクノロジーにおいては日本は、日本のIT企業がグローバルでもトップを走っているところがあり、例えば2000年代初頭に世界に先駆けて携帯電話で楽曲をダウンロードして聴けるという着うたサービスを一番に開始した国でもあります。
アレクサンダー:そうですね、非常に大きな市場でしたね。
──ただ、音楽の流通やプロモーションといった視点からは遅れがちなのかもしれません。。サービスを作り上げるところまでは日本は早くても、市場をどんどん伸ばしていく過程ではグローバル企業は非常にうまいですね。
アレクサンダー:テクノロジーということを考えていくと、音楽業界の「流通」と「プロモーション」の両面の環境を大きく変えて来ましたし、進化させてきた。それが業界の成長を促進させてきています。
新しいプレイヤーもどんどん出て来ていて、さらにグローバル音楽プロモーションを進化させていることを考えるとそれらのプレイヤーをとても大事に思っています。
それがMidemlabというイベントを毎年開催している理由で、このような新しい動きをMIDEMで紹介して業界の成長に繋げていってもうためのサポートをしているというわけです。これからますます大事なセクターになっていくと思います
──楽曲のサブスクリプションサービスやダウンロードサービスにおいて、グローバルな巨大IT企業によるサービスが世界中で利用されていますが、言語や文化や慣習など各国・各地に特有の事情もあるという中で、グローバルサービスと各国の状況に馴染むローカルのサービスが両立しているケースは世界であるのでしょうか。フランス、アフリカ、ロシア、など?
アレクサンダー:同じテクノロジーを使うとしても、同じことをやろうとしても上手くはいかないですね。アフリカ、フランス、それぞれのやり方で対応しなくてはいけないと思います。そこにはやはりローカリゼーションサービスが必要ですね。
──やはりそうなのですね。いずれにしましても、様々なアーティストがローカルからグローバルに拡大していくプレイヤーになれるチャンスができた、ということになりますね。
アレクサンダー:そうですね。まさにその通りで、今や音楽消費の半分がデジタルでして、そのデジタル市場を通じて国境がなくなって来ています。日本はまだそうではないかもしれませんが、どこの国からもグローバルにつながる可能性は誰にでもあります。
フランスのローカルな配信サービスが徐々に世界に広がるケースもあれば、「Musixmatch」という歌詞のプロバイダーサービスはイタリアからグローバルに広がっています。
コロナ後における海外のライブ業界について
──Withコロナ時代のライブ業界に関してですが、リアルな会場でのライブが出来ない状況にある中で、オンラインでのライブ配信を行うケースが日本でも増えています。海外でも同じ状況でしょうか。何か他の動きがあればぜひ教えてください。
アレクサンダー:確かにライブ業界は今回のCOVID19によってシャットダウンされてしまい、世界全地域で非常に大きな影響を受けています。様々なアーティスト達がファンにどのような価値を他に提供出来るかということを一生懸命考えてクリエイティブに試している段階ですが、まだビジネスモデルとしては確立されていなくてチャレンジングな状況ですね。ライブ配信はまだ無料が多いですし、有料だとしても望んでいる価格にはまだ遠い状況です。そこが今後の課題ですね。全体的に今までの状態に戻るのはまだ先だと見ています。
元々、MIDEMではライブ業界を重要視していて、ポールスターというライブ業界のミュージックマンのようなメディアと共催で数年前からライブサミットというのを始めました。今までレコード会社や出版社から少し離れたところにいたライブ業界もMIDMEではネットワーキング出来る、一緒になるということで重要な役割を担ってきています。
今回行われたパネルディスカッションで話されたこととしては、ライブが出来なくなったのは世界中で同じだということ、そしてその状況下で出来ることは色々な方法でファンとのつながりを継続しさらに育てていくということだということでした。様々な新しいコンテンツや、量的にもたくさんのコンテンツが結果的に出て来ているので、今後はこのような新しいやり方に対応しなければいけない、という話が出ていましたね。
アフリカ市場はかなりの割合がライブからの売上なので、そのような地域はCOVID19による影響が非常に大きく、大変厳しいです。アフリカ以外の地域でもライブエンタテイメントの割合が大きい地域は売上がゼロに近くなっているので音楽業界全体の数値が落ちています。
他の国々では、短期的には売上が下がっていても、デジタル消費は伸びて来ています。ストリーム数自体は一時期下がったこともありましたが、サブスクリプションサービスへの加入者数が伸びているのです。このCOVID19による影響がどこまで改善するのかということにもよりますが、引き続き成長するセクターはあると見ています。グローバル全体という観点からは音楽業界をそこまで悲観視はしていません。
NetflixとFacebookが融合したようなデジタルエディションに
──今年登壇されたアーティストやキーノートスピーカーで、アレキサンダーさんが面白いと思った特筆すべきポイントをいくつか教えていただけますでしょうか。
アレクサンダー:どのセッションも素晴らしかったですが、先ほど挙げたアーティスト&レーベルフォーラムに出てくれた、フレッド・デイビスとSoundCloudのCEOとDowntown MusicのCEOの話は面白かったですし、「Data for Dollars」というセッションがあって、「Pex」や「Bitfury」とか、データとコンテンツID、例えばYouTubeやUGCのコンテンツIDから収益をどう上げていくかという話も面白かったですね。
アーティストが新しいマネタイズの方法を考えるということで 歌詞サービスの「LyricFind」が行っていたセッションも面白かったですね。「Belive」という「TuneCore」の親会社にあたる会社のCEOが行なった音楽業界の未来をどう形作っていくかというセッションも良かったです。
今年特筆すべきは「Masterclass」という音楽業界の先輩が色々なことを教えてくれるプログラムで、ワイクリフ・ジョンというフージーズのリーダーである業界のビッグネームが業界の裏側や創作の裏側を語ってくれたり、Candice Pillayという女性のソングライターがいて彼女はリアーナに曲を書いていたりするんですがその場で一から曲を短時間で作るというセッションをやっていました。そのセッションから創作の裏側を見ることが出来たのではないかと思います。
──そのセッションも全てMIDEMのウェブサイトで今も見ることが出来るのですね!
アレクサンダー:はい、すべてこれら価値あるコンテンツはNetflixみたいにオンデマンドで配信しています(笑)。今年のMIDEMはNetflixとFacebookが融合したようなデジタルエディションになっています。
参照:
– “Data for Dollars – Bitfury Surround x Pex x Music Reports”
– “New Opportunities in Artist Monetization – LyricFind x Vydia x Songtradr”
– “Monetization and Revenue Trends During and After Covid – CD Baby x DashGo x AdRev”
– “Shaping the Future of the Music industry with Denis Ladegaillerie”
– Masterclass The Creation Of a Song by Candice Pillay
──今のはすごくわかりやすいですね(笑)。ありがとうございます。アレクサンダーさんから見て、今の日本の音楽業界はどのように映っているのでしょうか。
アレクサンダー:すごく大きな市場だと思います。音楽市場規模は世界第2位ですね。そしてとてもユニークです。グローバルでは音楽市場の50%はデジタルでの売上げですが、日本では70%がフィジカルの売上ですね。
世界ではストリーミングは非常に速い速度で市場を拡大しているわけですが、日本でもサブスクライバー数は2000万人という規模になって来ていて、これはすごくいいサインだと思います。日本でのストリーミングサービスは今年度末に向けてさらに世界の潮流に近づいていくと予想されますし、それによって日本の音楽がもっとグローバルにオープンになっていくと思います。ストリーミングは音楽そのものが世界中に旅してくれていっているようなもので、とてもいいと思います。
──日本の音楽業界の方々にメッセージをお願いいたします。
アレクサンダー:MIDEMは音楽企業にとって最新のトレンドを学べる有効な場でもあり、世界中の音楽制作者や音楽ビジネスと繋がることが出来、コラボレーションの機会にも出会えます。
ぜひこのMIDEMデジタルエディションのプラットフォームにもアクセスしてみてください。無料でいつでもアクセスできます。新しいコンタクト先も見つかります。世界中でどのようなことが起こっているかヒントもいろいろあると思います。
そして私たち国際コミュニティは日本のコミュニティにも非常に興味を持っていて、日本のアーティストを見てみたい、繋がりたいと思っていて、色々なことを発見していきたいと思っています。
ですので、繋がることはとても重要で、MIDEMではそのお手伝いが出来ることに意義を感じています。来年の55回目のMIDEMではカンヌで皆さまにお会い出来るのを心から楽しみにしています。