まだインターネットの普及率が10%台前半の頃から、ネットに特化したチケット販売を行ってきたイープラス。
その後も、チケット販売だけでなく、イベント事業、ライブレストラン「eplus Livingroom Cafe and Dining」やエンタメ総合情報サイト「SPICE」のメディア事業、また、音楽フェス総合アプリ「FesPlus」をはじめとした各種フェスアプリなど、常に新しいことに挑戦してきた。コロナ禍の5月にいち早くチケット制の動画ストリーミング・サービス「Streaming+」をスタートさせ、現在、多くの配信を行っている。
今回は、イープラスの様々なサービスを立ち上げ、「Streaming+」でも中心となった同社 常務執行役員 松田勝一郎氏に話を伺った。
プロフィール
イープラス常務執行役員 松田 勝一郎(まつだ・かついちろう)
ニューヨーク、渋谷、ロンドン、つくば、バンコクで育つ。 早く起業をしたくて、通信の自由化で設立された新国際電話会社でバブル時代に社会人をスタート。 最初の仕事は、海外政府との事業接続交渉。入社3年間での訪問国は20か国を上回る。
1993年にネット企業を創業。日本で3番目のプロバイダー、日本初の大規模データセンター事業を立ち上げる。 1996年に親会社に戻り、国内電話会社との合併交渉、合併後の運営を行う。 1997年、ニューヨークに渡り米国事業の立ち上げ、企業買収で事業展開を進める。
2001年に帰国、大手ADSL企業の役員になるとともに、外資系に買収された電話会社の事業再生プロジェクトに従事。 2002年にソニーに転じ、ネット・メディア事業の戦略を担当。 2006年、ソニー・ミュージックエンタテインメントにて、ミュージカルやイベントの新規事業を行う。
2011年からイープラスに。「エンタメ×IT」、同社をエンタメ界随一のIT企業にするべく、様々な新しい取り組みを行っている。 趣味は、ヨガ指導、雪山登山、フィールドワーク。
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ライブストリーミングをエンタメの新しい楽しみ方にしたい〜イープラス「Streaming+」(株)イープラス 常務執行役員 松田 勝一郎氏インタビュー【前半】
「Streaming+」は日本で最大級の配信会社に
──現在の「Streaming+」の状況はいかがですか?
松田: 5月に始めて、今この段階で2000本近い配信をやりました。週末は100本くらいあります。音楽ライブ、クラシック、芝居、ミュージカル、歌舞伎、落語、能、ダンス、バレーボール、サッカー、トーク、討論、など実にさまざまな配信を取り扱わせていただいています。
──やはり、つきっきりの方もいらっしゃるのですか?
松田:どうしても、つきっきりになります。全ての配信を監視しています。2000本やると商い的にはまあまあの大きさになりますが、このコロナで苦境にたっているエンタテインメント業界に少しでも貢献したいと思い、7月末まではキャンペーンで手数料3.9%という完全な赤字になってしまう数字を設定しました。配信に取組むハードルを低くしたかったという思いもあります。今は8%と多少は頂いています。
チケットビジネスの収入は大きいので、イープラスの業績的にはそこまでではありませんが、おそらく、今扱っている本数だけを考えると、「Streaming+」イープラスは日本で最大級の配信会社になっているのではないでしょうか。
マルチアングルやマルチロケーション、VRやARなど配信ならではの表現を追求
──今後「Streaming+」でやりたいことはありますか?
松田:「Streaming+」でやりたいことは、たくさんあります。まず、マルチアングルをやりたいです。カメラ台数分だけ映像があり、どの映像を観たいかをお客様に選んでもらう。プロトタイプはすでに動かしています。また、マルチロケーションもやりたいです。
──マルチロケーションとは、どういうことでしょうか?
松田: 東名阪の同時イベントとか、フェスの複数ステージです。今だと、中継車を入れないといけないので配信のためのコストが膨大にかかります。インターネットであれば、中継車がなくてもできます。そういった独自サービスを発展させるために、自分たちで配信プラットフォームを構築していく必要があります。
──いやあ、面白いですね。
松田:その他にやりたいのはVRやAR。そういう独自系のサービスをAWS(Amazon Web Service)上で提供していきます。
──その独自サービスの数々ですが、そんなに遠くない時期にリリースですか?
松田: 実験をしながら慎重に進めています。例えば、テレビは技術的に成熟しています。音楽配信もこの25年で技術的に成熟しました。ただ、ストリーミングと言われる生動画配信に関しては、正直言って、まだ未成熟領域だと思います。
サーバーに貯蔵している映像を見る分にはYouTubeを始め、いろいろな会社が頑張って安定的に観られるようになっています。どんなにお客様の通信環境がどんな悪くても、どんなに古い端末でも、YouTubeはそれを再生するようにサーバーとプレイヤーをすごくチューニングをしています。余程の山奥とか電波の届かないところに行かない限りは観られないことは殆どないです。
しかし、生動画配信はそこまでになっていないのです。携帯などで簡易の動画配信は伝送するファイルが小さいので、最近は容易になってきています。しかし、大きな画面で観るような配信は、まだ容易ではありません。会場の回線や機材、お客様の端末スペック、メモリーやCPU、グラフィックボードなど、さらに他のアプリソフトがどのくらい動いているか、キャッシュの余裕はあるか、さらには通信環境、何台Wi-Fiにつながっているか、日本や世界のインターネットの渋滞時間など、まだ標準化するには黎明期です。正直、我々も本当にいろんなことに直面しながらの数ヶ月でした。
──生配信に関しては、日々進化している印象です。
松田:もっと簡単に現場の人が配信できるようにしたいですし、ユーザー側がどんなに古い端末でもどんなにCPUやメモリーが乏しくても、きちんと安定的に配信が楽しめるような環境にしたいです。比較的新しいPCだったらCPUもメモリーもグラフィックチップもパワーがあるからいいのですが、スマホで観ている方も多いです。
一般的には、PCも頻繁に買い換えないから古いのものを使っている人も多い様子です。家のWi-Fiは共有もされていないし速度も完璧なのに上手く観られない場合、端末がどうかということだったりするのです。場合によっては、後ろでたくさんアプリが立ち上げているかもしれないですし、とにかく色々なケースが考えられます。
それで、視聴者からは「配信側が悪いのではないか?」、と疑われます。多くの場合は、お客様の環境か、会場側の何かしらのトラブルが原因だったりします。例えば、「音がプツプツ切れます」というお問合せをもらったときに、原因究明をしたら、会場側で音声ケーブルを踏んでいたことで、変なノイズが入った…とにかく色々な要因があります。
──そうなると不調の要因を探すのも大変ですね。
松田: 本当にお客様の視聴環境や端末を含めてパーフェクトな状況を作れないと、万人が完全なものにはならないです。これを我々としてもいろんな形で進化させながら安定的に観られるようにしたいです。他方、配信も結構、費用がかかるので、簡単に配信できるようにしないといけないです。
──やはりちゃんとやろうとするとお金がかかりますか?
松田:本格的にやると100万越えになります。費用をかけても回収できる方々は、より良いものを創るためにいいと思うのです。しかし、今の状況は、選択肢があまりないので、費用をかけられない人も気軽にクオリティの高い配信ができるようにしたいと思っています。
アフターコロナもライブストリーミングは進化し続ける
──仮にコロナが終息したとしても、配信をやめるわけにはいかない時代になったかもしれないですね。
松田:リアルライブが元に戻っても、配信は無くならないと思います。エンタテインメント・ビジネスのスケールを大きくできるはずです。さらには、全然違うものとして進化していく要素もあると思います。
──それはどういうことですか?
松田:例えば、リアルライブで公演やツアーがある期間と、制作期間や活動しない期間がありますね。楽曲制作をしているタイミングとか、活動していないタイミングに、ファンの人たちやライブを観たい人との接点として、配信が位置付けられる可能性があります。公演やツアーとは別に稼働して、ユーザーの人たちに発信していくという、違うウィンドウを作れます。
そうすると、年間を通してどのようにユーザーの人たち、ファンの人たちと接点を持っていくかという中で、配信は1つの大きな武器として使えます。YouTubeと違って有料でできます。つまり、配信がアーティスト活動していく1つのチャネル、領域として形成される可能性があります。
また、配信は、放送やパッケージなどと違ってインタラクティブにできる、新たなコミュニケーションの方法として確立される要素があります。一方通行でライブを観せるだけではなく、ユーザーとコミュニケーションしていくツールでもあります。インターネットならではです。そこにARやVRの要素などが加わっていくとさらに表現力が増します。
──配信ってすごく身近に感じますよね。1対1で話すような感覚も持てますし、ラジオに近いのかなと思います。
松田:インタラクティブな番組、ライブ、芝居などに代わっていく要素があります。他方で、圧倒的に人気のツアーファイナルとか、お芝居でいうと初日と楽日とか、そういうキャパを超えてニーズがあるようなときに、来場できなかった方々に配信で楽しんでもらえることもあります。
まだ黎明期ですので、多くの配信はライブDVDのようにステージのライブを映像でお客様にお届けしていますが、これからは、配信ならではの見せ方や、コンテンツの作り方、コミュニケーションの仕方が醸成されていくと考えています。
──今まで配信を観させていただいた中で、テレビと何が違うのかという感じは少ししました。配信ならもうちょっと自由度があるはずなのになって思います。
松田:そうですね。最近は、放送されるライブ映像番組と違う切り口でやられている配信が出てきています。その配信は、やっぱりお客様の反応が違います。例えば、ライブハウスではなくスタジオから配信とか、屋外のこだわったところとか。そうするとお客様は普段見られない姿、風景でのライブを観られるので特別感があるようです。
──ロケーションが変わるとそれだけで新鮮ですよね。
松田:しかも、そういうのは、カメラのアングル、カメラワークも全然違うわけです。例えばスタジオから配信していると、アーティスト同士の距離感もステージとは違いますし、カメラからの距離も全然違います。通常のライブではとても観られないようなアングル、画になって、今までにない映像ができるのです。
それが、公演やツアーとは別のタイミングで配信したり、さらにインタラクティブな要素が加わったりすると、通常の公演やツアーで観られるのとは違う姿、表現方法が出てくるような気がします。それはまた、DVDやブルーレイとも違います。そういう意味でも、創るものも今はまだ黎明期な気がします。
──私は舞台もよく観に行きますが、やはり同じ舞台やライブを何度か観にいくときというのは、その都度、自分が見たいアングルや、視点をずらしたりしますし、注目したいところも違っていたりしますよね。それがライブ配信でもできたらいいですよね。
松田:お客様それぞれに「ここは全体を俯瞰して観たいな」とか、「ここはこの人を見たい」とかあると思います。実際の舞台は、自分の目で見たいところを選べますが、通常の映像は固定されてしまいます。マルチアングル、もしくは広角映像でお客様に見たいところの判断に委ねるというのは、インターネットだからこそできる可能性だと思います。
──「ライブができないから配信を観る」という状況から一歩踏み出した世界を是非観たいですね。
松田:ライブストリーミングをエンタテインメントの新しい楽しみ方にしたいと思います。デジタルマーチャンダイジングもやりたいと思っています。例えば、デジタルタオルを購入して振り回すとか、デジタルサイリウムを振るとか。
──(笑)。今後の「Streaming+」も、そしてイープラス全体の動きも本当に楽しみです。
松田:エンタテインメントに携わる方々、そしてファンの方々、皆さんのお役に立てるようにあり続けたいです。アーティストや演者の方々、スタッフの方々、ファンの方々がいらっしゃって、イープラスは成り立ちます。皆さんが活動できる場を提供し続けたいですし、ファンやお客様にサービスをお届けし続けたいと思っています。