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ライブ配信の可能性と未来〜有限会社カラーフィールド / 株式会社ロウティック 代表取締役 井上哲央氏インタビュー

インタビュー フォーカス

井上哲央氏

コロナ禍におけるライブハウスの苦境が日々伝えられる中、東京・下北沢のライブハウス「下北沢GARDEN」突然の閉店の知らせは、多くの人々に衝撃を与えた。「新型コロナの厳しい状況の中、テナント権利者と事業継続のための協議を続けてきたが、最終的に権利者側と交渉が成立せず、今回の決定に至った」とのことだが、その当事者はどのように考えていたのか? また、ライブ配信を中心にするという今後の展開はどのようなものになるのか?

下北沢GARDENの運営会社ロウティック代表であり、数多くのミュージックビデオを手がけてきた映像作家でもある井上哲央氏に、コロナ禍におけるライブハウスの現状から、音楽業界のスタンダードになりつつあるライブ配信の可能性と未来まで話を伺った。

(インタビュアー:屋代卓也)

 

プロフィール
井上哲央(いのうえ・てつお)


広告代理店、映像制作会社を経て1997年フリーランスとして独立。
2001年、有限会社カラーフィールドを設立。
EXILE、東方神起、Superfly、ケミストリー、Cocco、絢香、浜崎あゆみ、倖田來未、矢沢永吉、Kinki Kids、スキマスイッチ等、通算800本以上に渡るミュージックビデオ、ライブビデオを監督。
映像ディレクター、撮影カメラマンとしての活動の他、ライブハウスや撮影スタジオの運営プロデュース、レーベル事業なども行う。


 

コロナ禍でのライブハウスの厳しい状況

──井上さんは映像制作会社カラーフィールドの代表としてミュージックビデオなどを制作されてきたわけですが、映像の勉強をされてこの世界に入られたんですか?

井上:いや、映像の勉強は全然していないんです。もともとバンドをやっていまして、本当はそっちでやっていきたかったんですが、若い頃は好きな音楽がUKロックやパンク、ニューウェーブと幅がめちゃくちゃ狭くて(笑)、商業的な音楽に興味がなかったので、「それで飯を食うのは無理だな」と思って、たまたま腰掛けのつもりで映像の会社に入ったら、世の中的にミュージックビデオが流行りだして「これは面白そうだな」と。ですから本当にひょんなきっかけから映像の仕事を始めたんです。

──そして2011年からはライブハウス「下北沢GARDEN」の運営もされるわけですが、きっかけはなんだったんですか?

井上:もともとバンドをやっていましたし、今も趣味程度にですが音楽をずっとやっていますので、映像以外にも新しいことをやりたいなと思ったときに「ライブハウスをやろう」と2010年頃に思いまして、色々な人のご紹介から下北沢GARDENの運営に携わるようになったのが2011年ですね。

──GARDENって、最初に手がけるライブハウスとしては規模が大きいですよね。

井上:そうですね。本当は2〜300位のキャパの箱をやろうと思っていたんですが、たまたまご縁があったのがGARDENだったんです。それで、もともと横長のステージを取り囲むような構造だったんですが、結構大がかりに改装をして、見やすい縦位置のステージにしました。

──その後のGARDENはとても順調そうに見えました。

井上:はい。我々もロウティックという会社を作って2,3年たった頃からは順調に回り出して、しっかり利益も出ていました。

──ですから「GARDENが10月18日をもって閉店」というニュースには大変驚きました。もちろんコロナ禍でライブハウスが大変な状況なのは理解していますが。

井上:やはりコロナ禍になって、尋常ではない状況だったのは確かなのですが、そこまで切羽詰まって閉めるという状況ではなかったんです。ただ、テナントの契約上の制約があって家賃以外の固定費負担などが大きく、テナント権利者との交渉が頓挫したことで、一旦撤退という形になったんです。コロナの収束も見えない状況で、普通に営業していても毎月何百万と赤字になってしまうので。

──そうだったんですね。GARDENさんはスケジュールの入り方とかみても「もう少し持ちこたえられるのではないか?」と思っていたもので。

井上:でも、やってもやっても赤字ですからね。何もしないよりはマシと言うくらいで。配信をやっても、お客さんを100人だけ入れてやっても、たいした売り上げにはならないんですよね。

──下北沢もライブハウスが増えましたが、GARDENは規模的にもその象徴のような存在だったような気がするんです。

井上:ありがとうございます。下北もちょっとライブハウスが増えすぎかもしれないですよね。下手したら渋谷より数は多いかもしれません。皆さんコロナ禍で大変でしょうけど、もしコロナがなければどこもそれなりに回っていると思います。

 

ライブ配信に絞ったスタジオへの取り組み

──GARDENのHPを拝見しましたが、約2ヶ月分のスケジュールがキャンセルになったしまったわけですよね。

井上:そうですね…せめて12月末まではやりたかったんですが。GARDENもキャパ制限をする以上、箱代も半分とかに下げてやっていたんですよ。ただ大きい箱でそれをやってしまうと自らの首を絞めてしまうので、渋谷の同じクラスのライブハウスでは箱代を下げずにやっているところもあるようなんです。それでもドリンク代が入ってこないですし、月の本数も少ないので、どこも大変だと思います。まだ母体が大きいライブハウスは持ちこたえていますけどね。

僕ももちろんGARDENを潰したくはなかったですし、なんとかして残そうという気持ちは強かったんですが、もうどうにもならないんだったら考え方を変えて、別のことを始めた方がいいんじゃないかなと。それで状況が良くなったら、また新しい箱を作ればいいと思っています。

実はカラーフィールドで相模原に映像撮影用のスタジオを持っているんですが、例えば、ライブ配信だったら別に都心の一等地でやる必要はないんですよね。

──そうですよね。

井上:GARDENでもライブ配信を一生懸命やっていましたが、6月、7月くらいから「これは違うやり方があるんじゃないかな」と思うようになりまして、「ライブ配信に絞ってやるんだったら、もっと郊外の広いスペースでやったほうが絶対に効率がいいな」と、物件を探し始めました。

──要するにライブハウスが都心の一等地にあるのはお客さんが集まりやすいからであって、お客さんを入れないんだったら地価の高いところに置く必要もないと。

井上:そうです。そこで考え方を変えて、今後ライブ配信がどのようなことになるか分かりませんが、いずれにしろ、もう少しいい環境でできて、しかもライブ配信だけじゃなくて普通に商業スタジオとしても使えるような箱だったら、どっちに転がっても悪いことにはならないんじゃないかと考えまして、実は来年の春に音楽ものメインの大型撮影スタジオを作る計画をしているところです。

──それは都内ですか?

井上:はい。一般のお客さんを入れることはとりあえず想定していない撮影スタジオですね。GARDENですと、どうしても天井高がないですし、やっぱり映像という観点から見ると、あのサイズだとちょっとこじんまりした感じになってしまうんですよね。ステージも大きくないですし。

──その撮影スタジオはライブ配信以外にどういった用途を想定しているんですか?

井上: CMやミュージックビデオ、あるいはテレビや映画など、そういった撮影もできるとなれば、幅広く使えるかなと思っています。当面はそのスタジオを軸にしてやっていこうというのが、現在の構想です。

──ちなみにそのスタジオでのライブ配信のディレクションや撮影は井上さんがなさるんですか?

井上:それはライブ配信の規模にもよりますが、どちらかというと我々はスタジオとしてインフラを作る役割で、僕自身もライブの演出などやったことがありますが、実を言いますとライブの演出があまり好きじゃないんですよ…(笑)。

──(笑)。

井上:まだカメラマンとして撮影している方が楽しいなって感じで。ライブのディレクションってパッケージビデオとかを作ると当然2時間とかに編集しないといけないじゃないですか? 先ほども言いましたが、僕は本当に好きな音楽の幅が狭いので、忍耐力が持たないんです(笑)。あまり好きでない音楽を長い時間編集したりするのは(笑)。もう苦行になってくるので、ライブは本当に好きなアーティストじゃないとやらないと思います。ミュージックビデオはまた別ですけどね。

──GARDEN閉店のリリースで発表されていた東京・三宿の国立音楽院地下の「GARDEN 三宿BRANCH」は一時的なものなんですか?

井上:いや、そういうことではないです。国立音楽院さんとは以前からご縁がありまして、あそこはもともとフォーライフレコードだったビルなんですが、地下にキャパ300くらいのライブスペースがありまして、実は何年か前に「箱として上手く回せないか?」みたいな相談をいただいたことがあったんです。そのときは話がまとまらなかったんですが、今回ふとあのスペースのことを思い出して相談したら、ありがたいことに「是非使ってください」とおっしゃっていただけたので、そこで配信ベースのライブを継続的にやれたらなと考えています。

──以前からスペースの活用について相談されていたんですね。

井上:そうですね。ただ、学校としてコロナ対策をしっかりされていますので、お客さんを入れるとなるとハードルが高いんですが、あのスペースは天井が結構高いですし、配信の映像の見た目だけで言うとGARDENより全然いいんですよね。

──私もあのスペースに入ったことがありますが、会場の形も使いやすそうですよね。

井上:素直な形ですよね。そのように割といい環境でできるので、上手くはまればいいなと思っています。

 

ライブの有料配信の可能性

──ライブの有料配信は今後どうなっていくとお考えですか? あくまでもコロナ禍でのリアルライブの代用品なのか、あるいは今後ライブをやる上で必ず有料配信がセットになるのか、もっと言えば有料配信のみでビジネスとして成立していくような状況になるのか。

井上:色々な考え方があると思うんですが、コロナが収まったとしても、ZOOM会議と一緒で、ある程度残っていくと思うんですよ。正直、無観客ライブ配信をやりますと、「コールアンドレスポンスがないとライブじゃない」みたいなスタイルのアーティストやバンドの中には「無観客はちょっとね…」という人も多い一方、アーティストによっては普通にライブをやるより全然儲かってしまう人もいるんですね。

例えば、GARDENでしたら500人しか入れられないけれど、配信だったら1,000人でも2,000人でもチケットは売れますし、あるいは地方など遠方に住んでいる方や、育児中でライブハウスへ行けない方、体調の悪い方など、今までライブを見るのを諦めていた人たちが観られるようになって、反響もすごく大きいんですよね。

──つまりこれからは例えば、野球場に来る人だけが野球を観るのではなくて、それを地上波でもBSでもネットでも、それぞれが観たいスタイルで観ると。

井上:それに近い環境になっていくのかなとは思いますね。個人的な気持ちとしても、すごく好きなバンドだったら、会場に足を運んでみたいと思いますが、「興味はあるからちょっと観てみたい」とか、その日は仕事があるから「行くのはしんどいな」というときに、家でビールでも飲みながら観られるんだったら全然そっちの方が良いという人は結構多いと思うんですよ。

──もしアーカイブがあるのであれば後日でも良いでしょうしね。

井上:ええ。アーカイブで1週間くらい観られるとすれば、「じゃあチケット買ってみようかな」という人もいるでしょうし、一定数はそういった人たちが残ると思います。

──今コロナ禍で音楽業界、エンターテイメント業界全てが辛い状況ですが、新たなビジネスチャンスを見つけたとも言えますよね。でも、なぜ今まで有料配信を積極的にやってこなかったんでしょうか?

井上:やはりコロナ以前はコンサート業界って好調でしたし、ITや最先端技術に染まりにくい業界だったと思います。あと、インフラが整っていなかったというのもありますよね。ちょうどGARDENを始めたくらいの頃にUSTREAMが一時ブームになったんですが、結局なくなっちゃったじゃないですか? あれって画質も良くなかったですし、ときどき映像がカクカクしたりとか、ストレスなく観られるようなネット環境とか技術じゃなかったんですよね。

──確かにそういったストレスがなくなってきたのは最近ですよね。

井上:しかもコロナによって、技術が急速に進んだということですよね。あと、ライブに来る人たちにも色々なタイプがあって、前列で騒ぎたい人や、会場の人たちとイベントを共有したいみたいなお祭りに行く延長でライブに行くタイプの人もいれば、ライブに行っても真ん中より後ろの方で静かにじっと観ている人もいるわけじゃないですか? でも絶対数で言うと、実はじっと静かに観たい人の方が多いんじゃないかなと思うんですよね。もちろんアーティストにもよりますが。

──私もそう思います。座れないかな…と思ったり(笑)。

井上:年を取ってくるとそうなりますよね(笑)。ですから、そういったストレスなく観られて、場合によっては家でヘッドフォンで聴いた方が、ライブ会場で聴くよりも音がいい、しっかり聴けるとか、そういったメリットもあったりします。しかも5Gに代表されるように、今後2、3年でネット環境もずっと良くなると思いますしね。

──進化のスピードは速いでしょうね。

井上:音楽業界の方やイベンターさんとかとお話をすると「いや配信は今だけだよ」「結局リアルのライブが良いんだからさ」と否定する人は結構いるんですが、今はまだ馴染んでいないだけで、今後どんどん発展していくと思います。

──先日の嵐のライブ配信は300億円とか言われていますし、ライブ配信の存在は日に日に大きくなっていますよね。

井上:そうですね。あとサザンオールスターズもそうですが、やはり30年選手のアーティストとかは強いですよね。GARDENでもそういった長いキャリアのアーティストさんが一発ライブをやったらすぐに数百人集まりますし、定期的にやってくれるとライブハウス側としてもありがたいですが、配信も同様で、GARDENでは6月に某レジェンドバンドの配信ライブをやったんですが、そのときもすごく売り上げは良かったです。そういった昔からのファンをたくさん持っているようなアーティストさんは本当に強いと思いますね。

──ちなみにライブ配信って基本的に曲数も通常のライブと同じなんですか?

井上:いや、配信は通常より短めが多いですね。120分くらいたっぷりやるアーティストさんもいますが、長いとやはり配信にはマッチしないみたいで、60〜90分くらいにするアーティストさんが多いですね。例えば、テレビ番組で2時間って相当長いじゃないですか? ライブ配信もそんな感覚があるみたいですね。

 

気軽なライブ視聴が新たなファンを開拓する

──ライブ配信に最適化したライブになると。他に井上さんが考えるライブ配信の利点や可能性は何でしょうか?

井上:私は長年映像の仕事もしていますが、ライブの撮影って会場に映像チームが行くと、カメラを好きなところに置けませんし、色々な制約があって、すごく非効率なんです。カメラの置き場所やカメラワークも含め、そんなに自由に撮れませんしね。ですから、効率よく撮れればカメラを10台とか15台で済むところを、30台、40台入れて「数で勝負」みたいなことになってしまったりとか、当然お金も何千万という単位でかかってしまうわけです。

例えば、全国何十ヶ所のツアーがあるとすると、中盤以降の公演にカメラを入れて撮影するのが普通なんですが、それプラス配信用の無観客公演をやるのも今後あり得るんじゃないかなと考えています。そうするとカメラを自由なところに置けますし、要するにテレビの収録に近いんですが、「ミュージックステーション」的な感じで、2時間たっぷり1アーティストが観られますと。

──なるほど。

井上:先ほどお話しした計画中の撮影スタジオで僕がやろうとしていることは、例えば何十ヶ所のツアー中に配信を挟んでもらうと、撮影がむちゃくちゃ安くできるんですよ。普通に中継車を持って行って、カメラマンを何十人も連れて行って、機材もたくさん運んで何千万もかけてやらなくてはいけないことが、数百万くらいでできるんですね。

──撮影スタジオにアーティストが楽器さえ持って行けばできる?

井上:そうです。今話しても「ん?」となる人が多いかもしれませんが、それができる土壌が生まれるんじゃないかなと思っています。やはりこういう話って今までのやり方しか知らない人たちにとっては、面倒臭いからやりたくないんですよね。ですから若い世代に世代交代しながら進んでいくのかなという気がします。もちろん、年配の方でも新しいことにチャレンジされている方はたくさんいらっしゃいますし、決して年齢の話だけではないと思うんですが、悲しいかな、年を取れば取るほど新しいことをやりたいという人は少なくなっていきますよね。これは自戒の意味も込めてですが。

──確かにそうですね。

井上:世の中が安定していて、仕事も安定していれば、今まで築き上げたものを守っていけばいいんですが、コロナ禍のような激動の時代になってくると、生き残れる人と生き残れない人の差ってすごく出ちゃうと思うんですよね。「この状況で何ができるか?」と考えて、新しいものを作った人が先にどんどん進んでいくんでしょうね。

──でもその新しいものが新たなビジネスチャンスを生むわけですからね。

井上:そうですね。今、ただでさえ日本のコンサートチケットって高いじゃないですか? 配信でも5,000円のチケットを2,500円にしてやっていますが、例えば「500円で観られます」とか「300円で観られます」となってもいいと思うんですよね。そうすればもっと気軽に色々なアーティストが観られますし、新たなファンが開拓できるかもしれません。

時代は今、特定のアーティストにのめり込む人よりも、幅広く聴く人の方が多いと思います。僕個人は「レゲエしか聴きません!」とか「ハードコア・パンクしか聴きません!」みたいな人の方が好きなんですが(笑)、今、若い人と話をすると、だいたい「何でも聴きます」「何でも好きです」みたいな、そういったこだわりがない人が多いんですね。フェスに行くのも目当てのアーティストがいるというよりは、イベントに参加して、色々なものを観たり聴いたりしたいと、動機が違っているなと思うんです。そういった人たちをライブ配信を通じて上手く取り込んでいければ、勝機はあるんじゃないでしょうか。

──フェスなんか一番ライブ配信にマッチしていると思うんですけどね。

井上:そうですね。海外のフェスは何年も前からその流れですからね。またライブ配信によって、海外のコンサートを気軽に観られたり、逆に日本のコンサートも海外で観られるようになっていくと思いますので、それをどう拡げていくかですよね。そういった可能性も強く感じています。

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