音叉点──音楽と●●の交差点 第四回ゲスト:musica hall cafe 田所 裕一郎
「音叉点(おんさてん)」とは「1.音楽と●●が交差するところ 2.チューニングされるきっかけ」を意味する言葉である。ライブハウスでは日々沢山の音楽が鳴り、音と音が混ざり合い音色となるように、人と人が出会うことで新しい物語が始まっている。
この対談ではそんなライブハウスの一つ、渋谷La.mamaでブッキングを主として物語を紡ぐ河野太輔が、音楽に関わるゲストと毎回異なるテーマを切り口に相手との「音叉点=チューニングされるきっかけ」を見つけていく。河野とゲストの会話で、誌面がまるでライブハウスのように広がりを持っていく過程をお見せしよう。
第四回のゲストは札幌でライブカフェ&バー「musica hall cafe」を営み、ユニットおちどころ。としてご自身も音楽活動をされている田所裕一郎。次回と共通のテーマ「北海道」を切り口に、札幌駅からほど近いビルの3階、沢山のお客さんから愛される田所の人柄が滲み出たような暖かい店内でオリジナルのプレイリストが流れる中、話を伺った。
編集:柴田真希 撮影:加藤春日 協力:ライブカフェ&バー「musica hall cafe」
プロフィール
河野 太輔(かわの・だいすけ)
1985年1月生まれ。宮崎県出身。自身のバンドでドラマーとして活動後、2005年にLa.mama に入社。入社後はイベントの企画制作、新人アーティストの発掘や育成、レーベル運営など活動は多岐にわたる
田所 裕一郎(たどころ・ゆういちろう)
musica hall cafe 代表。
学生時代に打ち込んだ音楽活動への未練を立ちきれず、またしばらく離れていた地元札幌への愛着から20代後半に脱サラ、札幌に音楽やアートの新たな文化基地なるイベントスペースカフェ立ち上げを20代半ばに構想。ほぼ飲食未経験、当てとなる人脈もないまま立案したため、しばらくは飲食業への見習いや人脈作りに奮闘する日々を送る。
そして2008年8月、自分の誕生日に開業という今となればよくわからない拘りのもと無事開業。
道内外の著名なアーティストによるカフェライブやアートギャラリーとして店内スペースを貸し出すなど様々なイベントを実施したことをきっかけに、札幌に留まらず全国にたくさんの常連さまを抱えるお店として広く知られるようになる。
今年13年目を迎え、音楽、アート、食はもちろん様々なクリエイティブな感性が集まるお店となり、当初思い描いていた以上の広がりと成果を感じる。コロナ禍で存続も危ぶまれたが、たくさんの人の支えもあり存続を決意。ビルの老朽化により2024年以降のテナント契約更新をビル側から保留されているため新たな岐路に直面している。
札幌ではサッポロ・シティ・ジャズを2007年からやっていて、若い方でもジャズに触れる機会が多いんです
田所:札幌は何度か?
河野:いえ、初めてです。ずっと来たかったんですけど、北海道自体も初めてです。
田所:こんなに暑いと思わなかったですよね。連日30度を超えていて、湿度も高くて、関東に近い暑さです。北海道は元々梅雨がないので、こんな暑さは道民も慣れていなくて。涼めないですよね。
河野:さっき到着して、思ったよりも暑いなと思いました(笑)。北海道ご出身で、ずっと北海道にいらっしゃるんですか。
田所:最近はそうです。サラリーマン時代は関東にいたんですよ。脱サラしてお店を始めて、今年で13年目です。関東には5〜6年いましたね。学生時代に音楽をやっていたというのもあって、もう一回音楽に関わりたいな、と思ってライブ&ギャラリーカフェに行き着きました。
河野:13年前、こういうカフェと音楽のお店って他にもあったんですか?
田所:東京にはあったんですけど、札幌にはおそらくなくて。だからそういう文化を札幌にも作りたかったんです。関東にいたときに下北沢のmona recordsを知って、お客さんが食事している同じ空間で生演奏をするのっていいな、と思ったのがきっかけですね。モデルにしたのは渋谷にあったspumaっていう、ライブもできるギャラリーカフェです。色んなジャンルのアーティストが交流できるのが東京っぽくてかっこいいな、と思いまして。
河野:へぇ!渋谷のどのあたりにあったんですか?
田所:神南のあたりですね。10年以上前で、今はもうないです。なくなったと知ったときはショックでした。
河野:当時すでに渋谷にいましたが、知らなかったです。
田所:ところでムジカをどちらでご存知になったんですか?
──この対談の第一回目に出ていただいた、近藤康平さんがお店のカーテンを描かれているということで行くしかない、と思いました。
河野:そういった縁も大切にしたいと思っていて。北海道ってアーティストのコミュニティが強いので色んな情報を教えてくれるんですけど、こちらのお話も聞いていました。近藤さんもですけど、sleepy.abの成山さんもよく出られているんですよね。
田所:そうですね。たまたま同い年で、仲が良くて。La.mamaでもやっていますか?
河野:シュリスペイロフの企画で1回だけやりました。シュリスは北海道にいたときから出てもらっています。
田所:そうなんですね。宮本くん、うちで弾き語りをやってくれたとき、めちゃくちゃ歌詞を忘れていました。しかもムジカはなぜか緊張するってうちのせいにされて(笑)。
河野:バンドのときはそんなことないのに(笑)。
田所:そうですよね。北海道のバンドの印象とか、ありますか?
河野:スケールが大きくて、ちょっと寂しさを感じます。アイスランドのミュージシャンが好きなんですけど、それに似た空気を感じます。
田所:寒いところの特徴でしょうか。ジャンルは違っても同じ空気を感じるものですか?
河野:そうですね。THE BOYS&GIRLSとか、来月出てくれるマイアミパーティとかはロックバンドですけど、エモーションの中にも寂しさがあるというか、光と影のバランスが北海道っぽいんです。あとやっぱりスケール感ですね。
田所:京都のバンドにもあるように、どこか北海道らしい、というのはありますよね。
──北海道の盛り上がっているシーンとかはありますか?
田所:どうだろう。ここはバンド系ががっつり入るお店でもないので、バンド系は正直そこまで分からないです。ただ北海道はプレイヤーのレベルがめちゃくちゃ高いって言いますね。スタジオミュージシャンは若くして上京して現在一線で活躍している人が沢山います。札幌ではサッポロ・シティ・ジャズを2007年からやっていて、若い方でもジャズに触れる機会が多いんです。ジャズ箱が多い土壌があって、その上修行期間で毎月200曲の新しい曲をプレイしています。
河野:へぇ!
田所:自身の腕を磨くための修行期間だから、お客さんがいる・いないは関係ないんですよ。その子たちはバンドで売れたいというよりも、一人でプレイヤーとして突き詰める向上心を持っていて、JAZZもPOPSも拘らず引っ張りだこですね。それに比べてシンガーソングライターとして突き抜けてる存在は、もっともっと札幌から出てきて欲しいなと思いますね。
河野:それこそシュリスペイロフの宮本さんとか、sleepy.abの成山さんは圧倒的な気がします。
田所:バンドのフロントマンとしてちゃんと個性のある方々ですね。さらにその下の世代からももっと出てきて欲しいなと思います。
河野:なるほど、そうなんですね。
田所:もちろん面白いバンドはボイガルもそうだし、最近だとズーカラデルとかKALMAもいますね。…ドリンク作ってもいいですか?
河野:もちろん!お仕事優先で!
お店を続けるからには、面白いことをやっていると思われたい
田所:お待たせして申し訳ないです。
河野:とんでもないです。お客さん沢山来ますね!
田所:ありがたいですね。今は時短で営業している状態で、お酒も20:00までは出しています。
──パフェ、すごく美味しそうでした。
田所:月替りの裏メニューなのでSNSを見た人しか注文できないんです。今はチョコミントです。
河野:裏メニューなんですね!SNS覗かせていただいたんですけど、文章が面白かったです。ご自身でカッコ表記でつっこまれているので、そういうところに人柄が出られていて(笑)。
田所:うちのお客さん、割と冷たくて(笑)。みんな見てくれているんですけど、誰もつっこんでくれないので自分で突っ込んでいます。ブログはコロナ禍で始めたので、重たい内容が多かったかもしれないです。
河野:たしかにそうでした。
田所:去年コロナになってもう1年半ですよね。続けるのが難しいんじゃないかな、って思った時期が正直あって。経営しているわけだから、これは厳しいな、っていうのが瞬時に分かるんですよね。でも、とりあえず状況を隠して突然お店がなくなるのは自分がお客さんだったら嫌なので、極力隠さずに正直な気持ちを伝えようと思っていたんです。
──ブログに書かれていましたね。
田所:実際お店を閉めることも7割8割考えていたのでそう言ったら、「私たちがムジカを潰すわけないでしょう」って言ってくれて…。正直、13年やっていて軌道に乗ったと思ったことは一回もなくて。だからこれまでは愛されている実感がなかったんですよ。コロナで辛いことしかなかったけど、唯一、必要とされているお店だっていう確信が持てたのはよかったです。
河野:ずっとお店をやっていると、もう誰かのためのムジカでもあるんですよね。僕もライブハウスをやっていて去年それに気付かされました。今年が39年目で過去のスタッフのことも知っているので、その思いも勝手に抱いちゃったり、厳しくても潰すわけにはいかない気持ちのほうが大きいです。
田所:ずっと沈んでいてもしょうがないし、何よりお客さんがずっと落ち込んでいたんですよ。うちのお客さんは音楽を好きな人が多くて、行きたいライブに全然行けなくなっているので、深刻に心配な人も沢山いて。これに追い討ちをかけるようにムジカもなくなったら、本当にしんどいだろうな、と思ったんです。それで面白いことを何かやろうと思った結果、ラジオもそうだし、音源を作ったり、MVを作ったりとか、夢を叶えるきっかけになりました。
──ネットラジオ、なんとなくずっと聴いてしまいました。
田所:そんな(笑)。ありがとうございます。台本があって進行だけは作ってくれるんですが、基本フリートークです。色んなジャンルのお客さんが手伝ってくれて、僕は言われたことをやっているだけで。
河野:Twitterで投稿されていたMVのメイキング動画も面白かったです。「店主も歌わされました」って(笑)。
田所:あれは予定にはなかったんですけど、急遽やったほうがいいんじゃないかって話になって。去年うちに出ているミュージシャンが僕に内緒で作ってくれていた、ムジカのオリジナルソングなんです。
河野:そうなんですね!いいですね!
田所:夏の曲だし、うちの周年が夏なので、それに合わせてMVを作ろうと思って。要はラジオもそうだし、今年作った写真集とかもそうなんですけど、お店を続けるからには、面白いことをやっていると思われたい。去年は「ムジカ続けてほしい」ってみんなが言ってくれて、それにちょっと甘えていた部分もあったので、今年からは「面白かったら応援してください」ってことにしています。
河野:この企画も、ライブハウスが動きづらい中で何かしら面白いことを発信していきたいという思いで始めたんですけど、こういうときだからこそ面白いことをやりたい、という気持ちは僕もあります。
田所:僕も面白いことあったら、なんでもやるよ、ってみんなに身を委ねてますね(笑)。
すごく愛されているお店だということが伝わりましたし、自分たちで作っていく、っていう意志も感じました
河野:さっき軌道に乗ったことがないっておっしゃったけど、完璧じゃなくても、お客さんにとっては試行錯誤しているのがすごく良いんですよね。うちも店内の内装とか、メニューを頻繁に変えるんですけど、そうすることでみんなで作っている感じがすると思うんです。La.mama、実は全部社長と社長の友人のDIYで作っていて。
──そうなんですか。
河野:はい。空間って、その場に関わっている色んな人の思いが出るもので。飲食店とか他のライブハウスとかに行ったとき、踏み入れた瞬間に伝わる空気があるんですよね。ムジカの扉を開けると、真っ先に近藤さんの後ろのカーテンの絵が目に入って。その他の要素も重なって、すごく愛されているお店だということが伝わりましたし、自分たちで作っていく、っていう意志も感じました。
田所:色んなクリエイターの方が関わって作ってくれていて。天井のモビールも作家さんの手作りで、木の飾りは季節ごとに葉っぱの色を変えてもらっています。
河野:いい意味で、悩んでいる感じがしました。考え続けて、また変わっていくんだろうな、と。そのTシャツもお知り合いの方がデザインされたんですか。
田所:そうです、これも知り合いの方が前に作ってくれたやつで。お店の名前は入ってないんですけど、見る人が見たらムジカだと分かります。ビルが取り壊しになってしまうので、その絵なんです。この写真集も今年作りました。
河野:そうなんですね!(写真集を見て)……ガチャガチャ、うちもやりたいな。夜の店内も良いですね。
──星空みたいで。Twitterの投稿で青葉市子さんがこの星空の中ライブをされたとお見かけしました。
田所:あれはすごく急に決まって。他のライブで北海道に来られる際に、せっかくなのでもう1つくらいライブをしたいということで見つけてくださったんですよね。また来てほしいな。
──こんな素敵な空間が北海道にあるなんて、行ってみたい!と思いました。東京だと、窓をこんなに大きく取ることはなかなか難しいですね。
田所:ライブをするって考えると、窓ってそんなによくないんですよね。だから壁側を正面にする方も時々いますね。カホンで演奏する時は窓を覆うこともあります。
河野:なるほど。一枚間にあるだけでも音が違いますよね。この間取りだと、夕方にやると良いロケーションですね。
田所:そうなんです。うちの持ち味でもありますね。
河野:いいですね!実はブログ読ませていただいて、僕もこのビルが取り壊される前に何かイベントをやりたいなと思っていて。都内では時々違う箱でイベントをやっていたりするんです。また相談させてください!
田所:実は去年もやったんですが、8月にはGRAPEFRUIT MOONの企画で成山くんが出ます。そういった形になりますね。ぜひ!