音楽業界で働きたいと思っている若者のために〜ポニーキャニオン 執行役員 マーケティングクリエイティブ本部本部長 今井一成氏インタビュー【後編】
この30年間で音楽の流通の仕方はアナログからCD、そしてテクノロジーの進化とともにダウンロード、さらにはストリーミングによるサブスクリプションへ、技術の発展と環境の変化とともに主役交代が目まぐるしく起こり、音楽の聞き方も音響機器のみならず携帯電話からスマートフォンへとデバイスが次々と発展し普及が進んでいく中、人々の音楽との接し方・向き合い方も大きく変わっていった。
他の業界と比べても音楽業界は特に時代の流れに大きな影響を受けており、音楽ビジネスに携わる企業はこうした変化の波が来るたびに、今まで必要がなかったスキルや知識を得なくてはならなかったり、全く別の新しい仕事が増えたり、既存の組織体制では対応しきれず変革を余儀なくさせられていく中、今井一成さんは音楽ビジネスの中枢で経験を重ねキャリアを積み上げていき、新たなチャレンジとしてポニーキャニオンに移籍した。
後編では現在のレコードレーベルが直面している課題、そして今井さんが移籍後に取り組んでいることを教えていただいた。
※インタビュー前編はこちら
ポニーキャニオンへの移籍〜デジタル部門の強化
ーーポニーキャニオンではどのような仕事から始められたのでしょうか。
今井:デジタルシフトしていく中、ポニーキャニオンで大きなストリーミング配信実績を打ち出していたのはヒゲダン(Official髭男dism)で、彼らに続く新たなアーティスト育成を含めて、デジタル領域を強化したいという会社の意向がありました。
ドメスティックな会社はデジタル関連の整備をどのように進めたらいいか、制作にどう向き合えばいいか、という課題を抱えていました。レコード会社の制作、宣伝を経た後にデジタル部門を整備してきた経験があったので、ポニーキャニオンでデジタル領域を手がけつつ、新規ビジネスにもチャレンジしていきたいと考えています。
最初の1年間は組織の内部からではなく、デジタルアドバイザーといった形でデジタルチームに対してチーム編成、働き方、制作の編成スケジュールの見直しなどコンサル的なサポートをしていました。
ーーこの数年でサブスクリプションの割合が大きく伸びて内部変革が必要になったのですね。今井さんの経験がまさに活きる分野です。
今井:スタッフはみんなすごく優秀かつ真面目で、ある意味デジタルに向いているんですが、会社はデジタル全般を統制するリーダー、戦えるリーダーが必要だと考えていたようで、声をかけていただき1年間ずっと様々な提言をしていきました。
そこで「デジタルであれフィジカルであれ、営業は本来、別の仕事として組織されますが、デジタルマーケットにおいては宣伝チームとデジタルの営業が一体となった方がいい」という話をさせてもらっていたら、実際に僕が思い描いた通りに組織が再編されて、その部署で本部長をやってみないかというお話しをいただき、やらせてもらうことになりました。
ーー具体的にどのような体制を作られたのでしょうか。
今井:営業でも宣伝でもなく「マーケティングクリエイティブ本部」という名称で、目指すのはデジタルマーケットに最適なマーケティング手法を考案して展開するチームですね。
デジタルマーケットが主流になり、レコード会社の存在を疑問視する話も時々耳にしましたが、大きな絵を一緒に描いてファンを取り込みたいというアーティストはレコード会社と組んだ方がいいと思っています。レコード会社が長年ノウハウを溜め込んできて今後も必要なものの一つはプロモーション力なんですよね。レコード会社には、人とのネットワークやプロモーション手法など受け継がれているものが沢山あります。
ソーシャル力があるアーティストが情報を呟けばファンには一気に広まりますし、YouTubeで仕掛けて注目を集めることもあれば、たまにアーティスト本人が知らないところでソーシャルの熱量が上がり、表に引っ張り出されるということもあります。しかし、一方でタイアップ、メディアプロモーション、デジタルプロモーションということに対して自分だけではやれることに限界があるんですね。
マーケティングクリエイティブ本部のメディアプロモーション部は全国のテレビ局、ラジオ局中心にフォローしていて、タイアップグループ、広報グループもここに所属しています。デジタルマーケティング部には、Apple Music、Spotifyなどに営業をかけるDSP営業チームと、「Musicman」「音楽ナタリー」などのWebメディアに情報を届けるデジタルプロモーションチームがあります。ここのチームは混在していて、配信営業を仕掛けるなら個人でもSNSで発信できるようにデジタルPR力も身につけた方がいいと思っています。各リーダーには「最初は現場が混乱すると思うし、戸惑うと思うけど、そういう動きができるスタッフを育成するように意識していきましょう」と伝えています。そして、会社としてリリースする情報、アーティスト情報の発信は広報グループが窓口になり、ニュースの質を高める進め方のルールを、全社に徹底して集約することにしました。
ーー本部では様々な役割・ミッションを持つスタッフを50名近く抱えていますね。
今井:ですので、情報共有のスピードを上げていこうという方針を出しています。スピードが命ですから。ドメスティックなレコード会社は、宣伝は宣伝、制作は制作、営業は営業と情報が滞留しがちなのですが、横串で情報共有するために、独自に選定したたデジタルツールを本部に導入しました。このツールによって約50名のスタッフ間でライブ情報から業界ニュースまで情報が頻繁に飛び交っています。
例えば「今日何時頃にWebニュースが配信されます」という情報があっても、今までは直接的な担当者レベルで情報が止まっていました。万が一外部に情報が漏れて、計画が崩れたりするなど不安があるのでしょうが、そこは社内なんだから信用して、情報解禁日時を明記した上で社内情報共有を速やかに行うよう、少しずつ細かいところから改善していっています。
ーーその一歩ずつが大事ですね。
今井:組織を変革しても、常に口を出していかないと本当の意味での新体制になりづらいのですが、現場のスタッフにダイレクトに色々言ってしまうと疲弊しちゃいますから、部長、マネージャークラスにはある程度ダイレクトに話せるようにと考えて、本部内のライン職は、宣伝・制作の経験者、つまり宣伝スタッフ、制作スタッフとも踏み込んで会話ができるようなメンバーを配置してもらっています。デジタルマーケティングは、今までの概念を変えたり、新規案件が多いので、安易なNG判断や反発も多いため、そのほうが進めやすかったりしますね。
ーーレコード会社において制作部門は今も強いのですね。
今井:制作が強いことに越したことはないですが、今の時代マーケティングとのバランスはフェアであるべきだと思っています。昔は先輩から「制作→宣伝→営業」の順番だと教えられて。「俺たちが作ったもの黙って宣伝して売ってこい!」という世界でした(笑)。ハードメーカーの世界もそうですよね。ノルマだけ降りてくる、みたいな。僕はフェアでいるためには、対等に話せる人を今は置くしかないと思ったんです。
ーーなるほど。
今井:現場スタッフには「自分が面白いと思うニュースだったら、とりあえずSlackに書き込んでみて。」と言っていますし、マネージャーには「スタッフのみんながアップしたニュースには“いいね”を押してね」って言っていたりします。スタッフを盛り上げていくのも、すごく大事ですから。
ーー改革を実績につなげていく。
今井:責任は重いですし、プレッシャーも大きいですよ。でもデジタル営業を好きでやってきて、新天地でそれをやらせてもらえるのは本当にありがたいことです。1年間、ラインから外れてチームのサポートを客観的に行う仕事をしたのも勉強になりました。ずっと管理職で来ていたので、この経験と時間は自分にとっては大きなものとなりました。
コロナ過をポジティブに捉えていくこと
ーーそんな中、新型コロナウイルス感染症の問題が発生しました。仕事への影響はいかがでしょうか。
今井:音楽業界の中では大きく二手に分かれると思います。1つはアーティストのリアルライブやコンサートという位置付けでビジネスが成り立っている部分と、もう1つはいわゆる音源コンテンツの権利ビジネスで成り立っている部分、音楽の権利をCDだったり配信にして、それに絡めてコンサートが行われ、リアルにファンに向き合うというこの両方あっての音楽業界なわけです。
僕が今やっている「音楽をユーザーに届ける」デジタル部分に関しては、コロナはプラスに働いていると認識しています。音楽業界全体でいうと、コロナ禍の一番の被害者はアーティストだったりするのですが、アーティストもリアルなライブを除けば、自分たちが作った作品をユーザーに届ける方法の選択肢やメリットが広がっています。
ーーピンチをチャンスに変える発想ですね。
今井:ビジネス全体で考えるとコロナ禍の損失をどこで補填するかということになりがちで「デジタル頑張れ」って発想になるんですが、「補填するためだけにやっているんじゃないよね」と思うことが多いです。
安易な言い方に聞こえるかもしれないですが、コロナ問題って、すごく真剣に対策に取り組んでいる人たちもいれば、安易に行動してしまって世の中の批判を受けちゃう人もいて、それが一緒くたに語られ、評価されたり批判されたりするのもどうかなと思うんですよね。
1年後なのか2年後、3年後なのかわからないですが、いずれ人類がコロナ対策を打った結果で、ライブコンサートを安心してできるときがくると思うんですよね。だから、音楽だけを届ける作業というのは止めずに並行して走り、コンサートができるようになったら、それがまたプラスに働くというふうに考えていきたいですね。
ー根気よく音楽を作り続けるしかないと。
今井:新曲をリリースしてツアーに出て、ツアーで曲が成長して、セールスに帰ってくるという循環において、ツアーに制限が出たのでやはりマイナスはあるんですよ。ただ、巣篭もり需要とか、この1年半ぐらい生活環境が変わったことで、今までデジタルに抵抗があった人たちが半強制的にデジタル領域に入らざるを得ないことがいっぱい起きましたよね。
「お金を払ってNetflixとか見るのは好きじゃない」と言っていた人が、時間を持て余しちゃってNetflixを見る。「やっぱり映画は映画館で見たいよね」って言っていたのが、「映画館に行くのがまだちょっと怖いかな」とNetflixで見る、とかと同じで、「やはり音楽はCDで聴きたい」とか「デジタルだと音質が圧縮されて・・・」と言っていたのが、自宅でスマホを使いながらSNSを再開したり、YouTubeやTikTokで動画を楽しんだり、気がついたらAppleMusicやSpotifyなどで音楽を聴いていたり、知らず知らずにデジタルツールを触っているからそちらのメリットは大きかったですね。
ーーデジタルに関してはコロナ過以降一気に進んだ印象がありますよね。
今井:レコード会社は、プロダクションに所属するアーティストとレコーディングを行い、その原盤ビジネスに特化していたのですが、最近のポニーキャニオンは自社マネージメントのアーティストも増えてきて、コンサート制作に関わるスタッフもいます。確かにコロナ禍でそこの部分の売上は、それなりに影響を受けています。ただこの部分はレコード会社によって振り幅が違うと思うんですよ。ライブコンサートは、企画制作しているけど、大きなビジネス規模にしてないというレコード会社もあると思いますし、そこは各社動き方が違いますが、ポニーキャニオンは音楽配信と映像部門の伸び、あとアニメクリエイティブ本部のヒット作品もあり、コロナ禍での環境の変化がプラスに働いている部分も多々あります。
ですから、音楽に関して原盤ビジネスとライブビジネスだけで考えると、目減りした部分と増えた部分で相殺されちゃうのかもしれないですが、もう少しエンタメという軸で考えると、このコロナの巣篭もりで、増えていったゾーンというのも大きいかなと僕は思いますけどね。
ーーコロナ過以降、部署の雰囲気はいかがですか?
今井:これは安易に取られちゃうかもしれないのですが、デジタルマーケティング部ではマイナスになっている事ってほとんどないんですよ。オンラインがプラスに働いていることの方が大きくて、例えばデジタル部門は作品データのデリバリーを頻繁に行うので、普段からインターネット上での作業が多いわけです。強いていえば、オフラインで外部の方と気軽に話したり、訪問しての打合せや、食事しながらの情報交換ができないのは辛いですけど。でも、今までの生活環境になかったオンラインミーティングなどが日常化しましたよね。
ーー本当にそうですね。
今井:コロナ問題で仕方なくオンラインで話すようになってみたら、「これはこれで便利じゃん」という。
ーー感染が終息してもオンラインミーティングは残りますよね。
今井:ですから今、新しいツールも検証しているんです。若手に「どんなの使っているの?」とか聞いて。どんな面白いツールがあるのかブレストしている方が面白いですね。
IT系の会社はそんなの日常でやっていると思うのですが、レコード会社というか、一般的な会社でもそうですが、やはりコロナ問題によるオンラインミーティングというのは後付けで導入されているわけじゃないですか? だから色々なところで課題も出てきていて、我々が今抱えている問題は、まだ社会人としての経験値が少ない若手スタッフのコミュニケーションと育成ですね。
ーーオンライン中心の生活に疲れている?
今井:ええ。そんな大事になったりはしていませんが、その理由は2つあって、1つは慣れない仕事をいきなりオンラインでやっていることで、会社にいたら上司や先輩にすぐ質問できるじゃないですか。でも、オンラインミーティングのきついところはアポを取らないといけない。「何時に話せますか?」、みたいな。我々世代は「○○さんに電話しよう」と思ったらぱっとできるんですけど、まだキャリアの浅いスタッフは波に乗れずストレスを溜め込んじゃうんですよね。
リアルには追いつかないけど、オンライン上でコミュニケーション取る面白いツールない?って聞くと、いくつか出てくるんですよ。それを試しにベテラン管理職軍団で、導入する前にどんなもんかやってみていろいろ試しています。
ーー軍団なんですね(笑)。なんか優しいですね。まず最初にベテラン管理職がと。
今井:そうそう(笑)。やっぱり、自分たちも使えないといけませんから。いろいろ試してツールを導入し、いわゆる業界情報もそうだし、日常の仕事や遊びでもいいですけど、そういうコミュニケーションを上下、横、上司、部下関係なしで話せる場を早く作った方がいいなって思っています。
社内コミュニケーション・情報共有の活性化のための取り組み
ーー具体的にどのようなツールを導入したんですか?
今井:仕事のベースな部分ではメールのやり取りがありますよね。会社のメールシステムはどこでもありますけど、それ以外のツールって公式や非公式だったりしますよね。例えばfacebookのメッセンジャーってどっちかと言うと非公式じゃないですか。
ポニーキャニオンは、コロナ禍の1年ぐらい前にLINE WORKSというビジネス版を導入して、全社員がLINE WORKSで繋がっていて、これは楽です。全然知らない社員でもLINE感覚で「ちょっと話せますか?」とコンタクトを取れますし、グループを必要に応じて作ることもできます。それ以外にマーケティングクリエイティブ本部はSlackで業界情報を共有するようにしています。
ーー最近始まったんですか?
今井:LINE WORKSのグループをどんどん小分けして、必要に合わせて使おうというルール作りは、この半年で激しく議論しました。LINE WORKSのやり取りが、逆に負担にならないように、ルールを決めていくことが大変でした。
Slackを本部全体で使うようにしたのは6月の新体制になってからですね。デジタルチームとメディアプロモーションチームが同じ本部の中にいるのに、「誰々がテレビに出演します」というような情報が一番肝心な人たちに届いていなかったりしたんですよね。本来ならDSP担当者に情報が伝わっていて「テレビ出演が決まっているなら、この曲をこのプレイリストに入れよう」とか、「SNSの準備をどう組み立てていきますか?」とか、そういう流れにならないといけないんですが、それをもっとシンプルにできるようにSlackを活用しています。
Slackに関しては社内でしか使っていませんが、Dropboxだったり、Google Driveで外部の関係者と音源の共有や試聴するやり方など、今までは一部のスタッフが独自に使っていたんですよね。それを本部単位で導入の判断をしていこうという風にしています。
何度も言いますけど、デジタルリテラシーが高い人から見たら「今頃それかよ」って話なんです。でもアナログ・デジタルの境目のCD時代から仕事してきた人たちが、急激にデジタルに移行することもそうですし、さらにコロナも乗っかってきてしまって、少人数のチームならいいけど、もっと人数が増えてくると情報を回していくのはすごく大変なんです。
ーーIT業界で、非常に機能的なシステムやツールが開発され、他業界にも広めていくフェーズになった頃に課題として出てくるのが、導入支援ですよね。どうしたらメンバー全員にちゃんと使ってもらえるのか、どのようにして新しい習慣を社内文化として定着させていけるか、メンバーからの協力を仰ぐにはどういう工夫が必要なのかとか、常に課題になりますよね。
今井:ツールを使う、使わないは個々人の性質や性格も大きく影響しますし、それはどういう目的で導入したのか、最終的にどんなメリットがあるのかなど、共通認識としてきちんと広まり、自発的に使ってもらえるようになるまでが大変です。
ーー今、すごくいいなと思うのは、大袈裟なツールを導入しなくても、企業活動の中で考えられるあらゆることを支援してくれる細かいツールが、たくさんあるということですね。導入コストやパワーもそれほどかからず試せるものがたくさん出てきましたね。
今井: IT系企業は平均年齢が若いですが、歴史がそれなりにあるレコード会社のスタッフは全世代がいるんですよね。新入社員から、いろんな経験を積んだベテラン社員までが席を並べるわけで、そこはリテラシーの問題もあって、こういうツールをみんなで共有しましょうって言っても、一番肝心なのは使いこなすってことなんですよね。だから、何でもかんでもこれが一番効果的で便利だと言っても、それをちゃんと使って情報を繋いでくれないと意味がないですから、色々試した上で、導入するかどうか、使い方のルールを決めるようにはしています。
ーーそれでも導入までが早いですよね。
今井:なるべく、せっかちに進もうと決めているんですよ(笑)。スピードアップ、トライアル&エラーという2つを方針に出しているので、四の五の言わずにやってみてダメだったら直そうよとお願いしています。
あと、デジタルマーケティングの強化に関して、人材育成という視点ではデジタル部門だけがスキルアップしてもダメで、制作部門のスタッフやバックオフィスの人たちも、共有事項としてマーケットの中で何が起きているかを認識しながら進めていかないとロスが多いんです。
デジタルはデジタル専門の人たちやチームがやれば、って時々言われるんですが、それはもちろんそうですけど、最低限のルールやトレンドはみんなが知っておくべきです。そういう意味では、今までの音楽業界と違うのは、「業界がゲームチェンジしたから、もう勉強しないとしょうがないですよ」ということなんですよね。
ですから、全社員にデジタルスキルアセスメントチェックをメールで案内し、スキルチェックを行いました。欠落しているデジタル領域、スキルレベルを勉強会等で補っていくとか、希望者には有料のサブスクリプションサービスなどを使って勉強できるように「デジタルサービス利用手当」も導入したり、既に動き出しています。ただスキルチェックシートは、評価と関係ありませんとちゃんと明記しています。変な誤解されてしまうと困るので(笑)。
この結果に基づき、全社レベル、部門レベル、管理職、現場スタッフのカテゴリー別スキルに合わせて進め方を決め、9月から「MusicBiz朝活50」という早朝勉強会を始めています。毎週火曜日の朝9:00から9:50まで50分間の勉強会です。制作スタッフと、デジタルチームが共通に会話できるように、ベーシックなデジタルマーケット関連のテーマや、海外マーケットの最新事情、映像マーケット戦略、たまにSDGsとは?などテーマも広げてみたりしています。とりあえず2021年3月までテーマを決めて続ける予定ですが、毎回200名以上参加してくれていますね。
ーーこのインタビューを読んだ人からも聞いてみたいと言う声が上がるかもしれませんね。
今井:人材を育成していくってそういうことだと思っていて、外からスペシャリストを採用していくことと、既存のスタッフを育成していく。「じゃあ、勉強会やりましょう」っていうことは簡単なんですが、本当に身につくような勉強会やセミナーを企画して実施しないと意味がないんですよね。最終的には自分ゴトとして捉えるようにするにはどうしたら良いか。僕も色々な勉強会をやらせてもらってきたので、今までの経験から「MusicBiz朝活50」に関しては、現場スタッフ中心に内容やプレゼン資料を作成しています。毎回必ず事前リハーサルを行って、わかりやすさ、確実に伝えたいポイントなどをスタッフと整理しつつ、テーマによっては外部の関係者に早朝から登壇していただく時もあります。この数ヶ月だけでも、全社のデジタルリテラシーは確実に向上していますよ。
アーティストや音楽を聴く側の進化に伴い社内の進化も必要
ーー音楽を聴いている側のデジタルスキルも高くなってきていますよね。
今井:聴いている方もそうだし、あとはアーティストもそうですよね。自分も追いかけている某アーティストがいるんですが、どうしても組みたいし契約したい。今インディーズで活躍していて、この間もライブに行って終わってから楽屋で本人たちと話したんですが、「ライブよかったね、最高だよね、曲がいいよね、何がいいよね」ってそれだけじゃもう通用しないんですよ。もちろん、そういう話もしますよ。でも「僕らが一緒になって色々仕掛けたいですね」と話を向けたとしたら、「じゃあ、このデジタル領域やデジタルサービスではどんなことができるんですか?」って具体的にアーティストから聞かれてしまうレベルですよね。
今のアーティストは自分たちで基本的なランニング作業はできちゃっていますから、我々がそばに行って「レコード会社です」と言っても、「いや、レコード会社さんって何をしてくれるでしたっけ?」ってなる時代ですよ。だからそれに答えられるように自分たちのノウハウ、それからスケールメリットはこういうものがあるという話を具体的にできないと、アーティストとも向き合えなくなってくる時代だと思います。今まで自分たちがいい音楽を作って演奏し、あとはレコード会社といい条件で契約できたらうまくやってくれるという時代ではもうないですね。
ーーレコード会社としてアーティストに提供できることはどんなことなのか、社内各部門間でもしっかり情報共有しておかないといけない、ということも言えますね。
今井:現場がアーティスト育成プラン、最新のデジタルプロモーションプラン等をある程度ちゃんと話せないと、信頼関係が築けるアーティストと、なかなか築けないアーティストとにわかれていってしまいますよね。
CD・アナログ時代は、長年いろいろな人たちがマーケットを作り上げてくれていたんですよね。製造工程から流通までいかにコスパよく効率良くやるかとか、制作ディレクターがリリースを決めたら、システムに乗っかって、こういう準備で行きましょうという大きなエコシステムができていたわけです。でもデジタル時代になったら全くの別ものになったので、もう一度考え直したりいろんなことを議論していく必要があるのですが、その共通言語をみんなが持たないと話にならない。そういうことなんですよね。
CDの時代は営業がんばれ、宣伝がんばれ、でよかったのですが、今はマーケット全体がどんどん進化していくことを考えると、プロフェッショナルの育成も必要なのですが、それより先にベーシックなデジタル環境整備やいろいろな知識をみんなで共有していくことがすごく大事なことなんだなと、危機感もちながらやっています。
今後の音楽業界で新たに必要な人材とは
ーー30年間で度重なる大変化を経たレコード会社では、社員の雰囲気も変わっていったのでしょうか。
今井:音楽ビジネスだけでなく、アニメ業界や、ライブ制作、エリアアライアンス事業など、領域が広がったので人材の幅や、動き方はどんどん変わったと思います。ただ音楽部門に関して、デジタルマーケットへの移行に伴い、意識を変えたスタッフも多いですが、大きく改革して形を変えるスタッフはまだ少ないかな。どちらかというとデジタル営業を担当していた人たちは、マーケットの変化に直面しているので変わらざるを得ない。音楽ビジネスの現状を伝えるとき、「音楽業界がゲームチェンジしたよ」という言い方をよくするんです。「ゲームチェンジって意味わかる?」と聞くと最初はぽかんとしています。
今までは宣伝が情報に価値を付けて露出すると、伝わる人には伝わるから足を運んでCDを買いに行ってくれる、という世界でした。でもソーシャルネットワークが普及し、音楽をいつでも手に取れる時代になった今は、公式な情報の価値や露出よりも、最近話題のプロセスエコノミーだったり、ユーザーの意見や感想のほうが重視され、手に取った瞬間すぐ買ったり聴けたりすることが大事なんです。そのための導線づくりを考えないといけないから、今までとはやり方は全然違うよという話をしています。
ーー必要な人材像も変わってきていますか?
今井:これからは他業界、異業種でマーケティングに携わっていた人や、デジタル系のスキルをすでに持っている人、不動産会社でもいいし、マーケティング会社でもいいですが、今までの音楽業界にはなかったスキルが必要です。そして、データサイエンスや異業種の人たちがノウハウを持って入社してこられる環境を作ることも大切です。
ここ一年かけて、ストリーミングデータをすべて可視化できるデータアナリティクスツールを導入したのですが、このツールがとても良くできていて、作品データのデイリー実績はもちろん、グローバルな国別実績、デモグラフィックデータやツイート分析がまとめて確認できます。ですが、データアナリティクス、マーケティング力などのノウハウを持っている他業界の人に客観的な意見を聞きたいと思うことはよくあります。それに今は、制作部門は別として、音楽業界で働くのに必ずしも音楽が詳しくなければということはないです。
ーー音楽好きが必ずしも前提ではないと。
今井:外部アドバイザーとしてだったり、専門職のプロフェッショナルな人たちは、会社の人事体系を変えてでも採用する方法を考えないといけないタイミングに来ています。価値観や給与体系も違いますし、様々な業界で培った能力は音楽業界でも発揮できるということを、こちらから発信していくことも必要だと思っています。
音楽業界はある意味保守的な業界だったと思いますが、デジタル系の人たちの多くはチャレンジ精神旺盛です。どんどん新しい人にかき回して欲しいなと思います。先輩が後輩に「自分を見て仕事を覚えろ」という時代はとっくに終わっていて、スタッフと一緒に考えてクリエイトしていく時代、まさにクリエイターエコノミーです。だから、これからの10年は考えようによっては楽しいと思いますよ。
ーー若い人たちも力を発揮できる業界になったら素晴らしいですよね。
今井:そうですね。デジタルマーケットを拡大していくという前提だとしたら、外部から専門職を採用することも考えなければいけないし、専門職の人が来ても会話が成り立たないといけないじゃないですか。だから中のスタッフもスキルアップをしていかないといけないので、両建てでやっていくことが大切かと思います。足りないと「外から補えばいい」と考えがちですが、やはり音楽業界ってそんなにシンプルじゃないので、既存のスタッフとコミュニケーションがうまく取れないんですよね。先ほどお話ししたように、社内スタッフの育成として勉強会をスタートさせたり、外からスペシャリストを採用する手立ても益々重要になってくると人事部には提案しています。勉強会の準備をすること自体、スタッフのスキルアップも狙いとして入っているんです。勉強会のテーマに関する自身のスキルアップはもちろん、プレゼン力を高めたり、いろいろな刺激もあるだろうし、これはやっていくしかないかなってことですね。
ーー今井さんの業務量は増えていく一方ですね。
今井:自分も勉強しながら、スタッフと一緒に絡んでやっているから、大変だけど楽しいんですよね。なんかコロナ禍の中でも共通テーマを一緒に組み立てる作業って楽しいじゃないですか? そういう風にやっているとあっという間に時間が経っていくのですが、必ず何かが身につきますし、何かが生まれる実感があります。
ーーコロナ禍で入社した若いスタッフたちにもそういう熱が伝わるといいですね。
今井:そうですね。オンラインって便利な分、なかなか同時に話せない。5人いて5人いっぺんに会話できないですよね。どこまで本音が出るか、コミュニケーション取れるかって微妙なところなんだけど、しかたないです。コロナの状況なんて誰も想像してなかったですから。
ーー楽しみながら乗り越えていきたいですね。でも、音楽業界はベテランから新入社員まで年齢の幅が広いので大変なところはありますね。
今井:本当ですよ。50代とかでLINEだSlackだってどんどん導入されて。それを楽しめる人はまだ楽ですよね。スタッフである程度の年齢の人たちには、「楽しんだもの勝ちだよ」って話をするようにしていますよ。僕もその年齢だし、楽しんじゃった方がいいじゃないですか。
ーー業務だから、ITが進化したから、世の中今後こうなるから、効率的に利益を・・・といって導入してしまうと、システムを押し付けられたと感じたスタッフが辛くなったりすることはよくある話だと思うんですが、こうして今井さんの話を聞いていると、やはり音楽業界は楽しくないとね!ということなんだなと思いました。
今井:そうそう。
ーーあとリアルなコミュニケーションに近い形で使えないか、とか、リアルでやっていることをもっとオンラインでも取り込めないか、という取り組みが音楽業界には大事というところも、少し前の時代のIT業界が中心になってシステム拡散をしていた時代から考えると、すごく新鮮です。
今井:まさにそのことが僕の頭の中に1点ずっとあるんですよ。そこが一番大切なことだと思っていて。デジタルマーケットが主流になってくるときに何を感じたかというと、すごく難しく説明する人が多かったんですよ。今でもたまにいるんですけど、新しいワード、どんどん横文字入れて、それってただの自己陶酔だと思うんです(笑)。日本人なんだからわかりやすくしてほしいと思いましたし、「俺は知ってるぜ」って知識をひけらかすようなことだけはやりたくないなって思っています。
それよりもっとテック業界と音楽業界が交われるように言葉を変換する努力をするとか、もしくは、お互いが会話できるまでスキルアップしちゃうとか、なるべくデジタルに抵抗ないレベルにしていったところで、「じゃあ面白い音楽ってどう作るんだっけ」というクリエイティブの話ができる環境まで、早くみんなで行きたいんですよ。
会社でスキルアップ対策を行っているのはそこなんですよね。「デジタル苦手なんだよね」とか抵抗を持たれるのは嫌じゃないですか? そこは抵抗ないように半年、1年で社内のムードを大きく変えて、優秀なクリエイターもたくさんいるし、そういう人たちを中心に、時代を作るアーティスト発掘や音楽制作を益々活発にしていきたいです。そんな環境ならばヒット曲は必ず生まれると思っています。