Amazon Musicが思い描く新しい音楽体験の創造〜Amazon Music Studio Tokyo開設記念インタビュー
Amazon Musicが3月15日、東京都渋谷区にオリジナルコンテンツの制作拠点「Amazon Music Studio Tokyo」を開設した。
アーティストの多様なニーズに対応するために開発された同スタジオはレコーディングロッジ(スタジオ)、ポッドキャストスタジオ、撮影スペースなどを備え、ライブ配信やプライベートなレコーディング、配信プログラムの収録、その他、ファンミーティングやインタビュー、撮影など、様々な用途に使用可能。
同スタジオを日本のアーティストやクリエイターたちに提供することで、魅力的な楽曲やポッドキャスト番組等のコンテンツを創造し、ファンやリスナーとの交流の場とするとともに、新しいカルチャーの発信地を目指すという。同スタジオの代表者であるAmazon Music Japanディレクター&GM 島田和大氏に話を聞いた。
Amazon Music Studio Tokyoはコンテンツクリエイションのハブ
ーーまずAmazon Music Studio Tokyo開設の経緯をうかがいたいのですが。
島田:Amazon Musicは、アーティストとファンを繋ぐ架け橋になることを一番大きいミッションとして掲げています。それを実践する上で、単に音楽を配信するだけではなく、新しいコンテンツをクリエイトしたり、アーティストのみなさんが音楽制作をしたり、ファンの方々と交流したりできる空間を作っていくこともプラスアルファの目標です。その一環として、今回、渋谷という日本の若者カルチャーの中心地に、新しいコンテンツや情報を発信していく拠点としてAmazon Music Studio Tokyoを開設しました。
ーーAmazon Music Studio Tokyoはニューヨークに次いで2番目の開設だそうですね。
島田:我々としてはどちらが1番、2番という認識はないのですが、アーティストとファンが集まる、あるいはコンテンツクリエイションのハブとしてのスタジオを作るという動きをグローバルに展開しています。
ーーでは、今後も世界各国に同様の施設を作っていく?
島田:はい。今回東京をオープンして、もちろんこれが終わりではありません。日本という戦略的に重要な市場において、しっかりと礎を築いていくということも、もうひとつの大きな課題でありますので、そういう意味においても投資していくということです。
ーーAmazon Musicとして、日本の音楽マーケットに対して期待されているわけですね。
島田:成長率の実績データが示す通り日本はこれからも成長する国と見ています。日本も欧米同様にデジタル配信が進んできましたが、有料のストリーミングサービスを使っているお客様の数は、人口比ではまだ欧米よりも低いですから、これからまだまだ伸びていくと思います。
ーー伸びしろがあると。
島田:はい、その通りです。我々Amazon Musicも含めてApple、LINE、YouTube、そしてSpotifyは、日本においてどんどん投資をしています。これから競争環境は益々厳しくなりますけれども、その中で業界ナンバーワンを目指しています。
ーー今回Amazon Music Studio Tokyoを作られるにあたって、苦労された面はなんですか?
島田:まずは物件探しです。不動産というのはそのときの運や巡りあわせ、ご縁というのがあります。ですから、このコロナの、タイミングに、この場所を確保することができたというのは幸運でした。
ーー向かいにLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)、斜向かいにNHK、そして真下はShibuya eggmanと本当にいい場所ですね。
島田:ありがとうございます。あと内装にはこだわりました。TORAFU ARCHITECTSというインテリアデザインの専門家にお願いして、アーティストやクリエイターの方が来たときに、より快適に感じられる空間を作ろうということで、木目調の内装やテーブル、あと床に敷いた絨毯も含めて、家にいるような、よりくつろげる空間を目指しました。そのため4階にあるレコーディングロッジは、ソファーやインテリアにもこだわりペントハウス的な空間にしています。
ーー確かにオフィスっぽい感じはしないです。
島田:「Amazon Music」というロゴを前面に出すということよりも、より快適な空間を作るという方向で空間づくりしています。アーティストの方々にふらっと立ち寄っていただける空間といいますか、様々な交流からアイデアが生まれるような空間ってエンターテイメントの世界にとっては非常に大切だと思いますし、我々としてはそのような空間がAmazon Music Studio Tokyoで実現できたらと思っています。
ーースタジオと名前がついていますが、機材で溢れかえっているわけではないですし、まるでリビングルームの延長のような印象ですよね。溜まり場になるような。
島田:そうですね。ただし、ポッドキャストスタジオの防音設備などしっかりしていますし、機材に関してもしっかり投資していきたいと思っています。
ーーちなみにエンジニアは常駐していないんですか?
島田:はい。エンジニアやテクニカル系のスタッフに関しては、今後の課題ですが、我々がどこまでここでやるのか?というところは考えないといけないでしょうね。今そういったエンジニアのみなさんはいっぱいいらっしゃるので、プロジェクトごとに来ていただいて対応することも可能であると思っています。
デジタルとリアルが共存する世界
ーーAmazon Music Studio Tokyoは具体的にどのような使用を想定しているのでしょうか?
島田:4階のレコーディングロッジではアコースティックライブやトークセッションの配信を考えています。また、3階のポッドキャストスタジオに関しては、当然ながら新しいポッドキャストプログラムをどんどん作っていきたいですね。そして、1階のスペースは今コロナ禍なので、なかなか使えていませんが、将来的には、例えばアーティストとファンとのミート・アンド・グリートやファンイベントに使いたいです。ちなみに先日、いきものがかりさんに来ていただいてファンイベントをやりましたが、こちらはファンクラブ限定のオンラインイベントでした。
ーー配信もしつつ、会場でもファンと実際に触れあえるみたいな形になれば理想的ですよね。
島田:そうですね。実はデジタルとリアルって相性がいいんです。海外のライブでは観客はライブを観ながらスマホで動画を撮ってSNSにアップロードします。
ーー海外では自由にやっていますよね。
島田:そして、その動画やつぶやきをインスタやツイッターに上げることで、自分の体験を共有するわけです。もちろん、それはデジタルツールを使って共有するわけですが、「リアルでいること」に価値を置いているから共有するわけで、デジタルとリアルの共存は、もうすでに始まっているんです。我々はそこも含めて新しい展開をしていきたいなと思っています。
ーーAmazon Music Studio Tokyo の1階はガラスで内部が見えるので、FMのオープンスタジオじゃないですが、「なにかやっている」名所になったら面白いですね。
島田:確かにそうですが、セキュリティの問題もあるので注意が必要です(笑)。
ーー確かに(笑)。本日、建物内に入るときに「セキュリティがすごいな」と感じました。
島田:Amazon Music Studio Tokyoは常にオープンでありたい気持ちとともに、やはりアーティストさんにとってセキュリティがしっかりしているというのは、絶対に譲れない部分だとも思っています。ですから、そこで不測の事態がないようにAmazon Music Studio Tokyoはセキュリティの担当者が24時間常駐しています。
ーーAmazon Music Studio Tokyoの使用に関して、レーベルやアーティストとのやりとりはどのようになっているのでしょうか?
島田:Amazon Musicの中にレーベルリレーションズという部門がありまして、ここはレーベルのみなさんとの対外的な関係をマネージメントしている部署です。レーベルさんからのリクエストがあった場合、基本的にレーベルリレーションズが対応します。あと中臺孝樹というスタジオマネージャーの独自のネットワークで今、いろいろお声がけしています。開設して間もないので、申し込みフォーマット等のプロセスはまだ整備していないのですが、そちらは徐々に整えていきたいと思っています。
ーーAmazon Music Studio Tokyo側からアーティストへアプローチすることもあると。
島田:もちろんです。我々から「使いませんか?」というアプローチもあります。それは今後推進していくライブストリーミングやポッドキャストなど、Amazon Music Studio Tokyoをベースにした企画ものになります。
ーーつまり、ライブハウスやレコーディングスタジオのように箱貸しするイメージとは違うわけですね。
島田:違います。ビジネスとして貸し出すわけではないので料金もかかりません。あくまでもAmazon Musicの施設として、我々が必要とするコンテンツ、あとは我々が関係を築きたいレーベル関係者やアーティストさんをお招きするとか、あくまでも主語はAmazon Musicになります。ただ、必ずしも配信するものだけを作るというわけではなくて、アーティストさんをお招きして、セッションに使っていただいたりオープンな感じでしばらくいきたいなと思っています。
「音楽を聴く」ことに繋がるすべてのことをやるAmazon Music
ーー島田さんは2020年9月にユニバーサル ミュージックからAmazon Musicに移られて、昨年11月にはAmazon Music Japan ディレクターに就任されました。Amazon Musicでの約1年半を振り返っていかがでしたか?
島田:前職のユニバーサル ミュージックに在籍した10年強、そして、Amazon Musicに移ってから現在までの約1年半において、デジタルミュージックを推進していくために、いろいろなアイデアを出して市場拡大に貢献していくという成し遂げたいミッションは同じなんです。ただもちろん立場が違うので、変化も多くてすごく面白いなと思っています。
ーー改めてAmazon Musicの強みは何だとお考えですか?
島田:我々のようなデジタルサービスプロバイダ(DSP)を並べたときに、曲はほとんど同じラインナップなので、楽曲による差別化というのはなかなか難しいわけです。でも、Amazon Musicは、ユーザーの視点から見たときにAmazonという枠組みの中で買い物をしたり、ビデオを観たり、音楽を聴いたりと、さまざまなことができます。
また、アーティストの視点から見ても、他社と違ってAmazonはEコマースをやっていますので、音楽をお客様に届けるという意味において、デジタルだけではなくCDもしっかりと売ることができるわけです。これは唯一我々にしかできないことであり強みかなと思います。そして、最後のポイントとしては、今回のAmazon Music Studio Tokyoのような空間を作り、アーティストさんやレーベルさんにより近い立場で新しいコンテンツを作りだして世に出すことで、より差別化を図っていきたいです。
ーーなるほど。先ほども「デジタルとリアルは相性が良い」とおっしゃっていましたが、デジタルを推進するAmazon Musicが、Amazon Music Studio Tokyoというリアルな空間を作るというのは、すごく象徴的だなと思いました。
島田:全ては「音楽を聴く」ということに繋がってくるわけですが、デジタルで聴くか、CDで聴くかは、お客様それぞれが選べばいいわけです。あとライブを観るなどのエクスペリエンスも含めて、我々は「音楽やポッドキャストを聴く」ことに繋がるすべてのことをやろうとしているんです。今回コロナを通じて、改めて注目すべきなのは、やはりリアルの価値です。リアルでライブを観にいくとか、リアルでアーティストさんに会えるとか、いろいろな意味でリアルの重要性と価値を再認識したと思いますので、我々としてはこれからAmazon Music Studio Tokyoで音楽の新しい体験をリアルに提供していきたいですね。
ーーコロナはエンタメに大変なダメージを与えていますが、リアルの重要性を再認識させられるとともに、デジタルに関しては、ストリーミングやライブ配信の導入などを加速させた面もありますよね。
島田:そうですね。この約2年でアーティストさんのストリーミング配信に対する理解がすごく深まったと思います。3、4年前と比較すると、ストリーミングで積極的にヒットを作ろうとするアーティストさんが増えてきています。
ーーコロナ禍がなかったら、ここまで急速に進まなかったかもしれませんよね。
島田:2015年にAmazon Musicが立ち上がったときには、日本のおけるサブスク型サービスの将来性に懐疑的な見方もありました。それがこの2年でサービスの認知度が加速度的に高まり、ストリーミングから生まれるヒットも間違いなく増えてきています。
そうするとCDを中心にマーケティングを行う従来のやり方に加えて、デジタルマーケティングから入るという2軸のヒットの可能性が生まれるわけです。これはどっちが良い悪いという話ではなくて、選択肢が増えるわけですから、音楽ビジネス全体にとって、とてもよい状況だと思います。さらに相乗効果でどちらも売れる可能性もあるわけで、より広がりが生まれているという意味においては、この2年間で大きくトレンドが変わったなと思います。
ーーCDの売り上げが落ち込んだときに、音楽業界はどうなるのかと不安になりましたが、ストリーミング配信が軌道に乗ってきて、いい波に変わりつつありますね。
島田:そうですね。さきほど私自身のミッションについて話しましたが、2000年代から2015年あたりまでは、日本の音楽市場が縮小傾向にあり音楽ビジネス全体の将来性に疑問が呈されていました。しかし一方で、私個人としては「いい音楽を聴きたい」という人々の普遍的な欲望はなくならないし、変わらないと思いました。だからそこには必ずビジネスがあるはずだし、あとはフォーマットがどう変わっていくのかということだけだろうと思っていました。現在の世界レベルでの音楽ビジネスの発展ぶりと成長性を見ると、その考えはあらためて正しかったと思います。
Amazon Music Studio Tokyoを通じて新しい音楽体験を生み出したい
ーーAmazon MusicはHigh Definition(HD)、Ultra High Definition(Ultra HD)、Dolby Atmos、Sony 360RAなど音質面でも様々な取り組みをされていますね。
島田:そうですね。もともとHDは1,980円でしたが、もっと高音質の裾野を広げていきたいというビジネス的な目的と、より多くのお客様に高音質の音楽を楽しんでいただきたいという思いから、昨年980円のプランでもHDを聴けるようにしまして、音にこだわるお客様から好評です。また「いい音で聴いてほしい」というアーティストさんのニーズにも応えられているのかなと思っています。ただ、マス・マーケットに関しては、まだまだこれからといったところでしょうか。
ーーでも、そこは注力されているのは間違いないですよね。
島田:もともとデジタルというのは、音の音域をどんどん圧縮していって、狭い音域で聴いてもらうという圧縮技術によって発展してきたものですが、これからはそれを戻してオリジナルの音に限りなく近づけていく段階に入っていくと思います。
ーー高音質も空間オーディオも、ユーザーさんが導入する敷居もどんどん下がってきていますよね。それに伴って、そういった音源が増えてくるんでしょうね。
島田:大手レコードレーベルはだいぶ進めている印象です。正直これに関してどうなるかと言われるとまだわからないですが、例えば、テレビの画質を例にすると、一旦高画質に慣れてしまうと戻れないと思います。 それが音楽でも本当にスタンダードになるかどうかというところは、これから我々含めて業界全体が啓蒙活動をやっていかなくてはいけないと思います。
ーーアーティスト側からサブスクの魅力を考えると、いままで日本のアーティストが日本だけに向けて売ってきたのが、世界に向けて売る機会を得ることだと思うんですが、Amazonはグローバルカンパニーですから、その部分がより鮮明ですね。
島田:そうですね。以前行ったSEKAI NO OWARIの、ニューヨーク・タイムズスクエアでの屋外広告展開もそうですが、世界の主要都市でプロモーションが可能ですので、我々が持っているマーケティングにおけるパワーは大きいです。
日本のアーティストが世界で活躍するためになにが必要かというのは、非常に大きな難しいテーマです。ですから、なにかひとつのイベントをやったから急に日本のアーティストが世界で聴いてもらえるようになるということではなくて、やはり地道な努力と時間が必要になるかと思います。もちろんクリエイティブ・サイドの話とプロモーション・サイドの話、あとアーティストさんご本人のやる気など、いくつかの重要な要因はありますが、我々としてはそれを全力でサポートしたいと思っています。やはり、BTSのようなアーティストが日本から出てほしいと私も思いますし、Amazon Musicがそのサポートをできたらと思います。
ーー世界中にAmazon Music Studio を作る予定とおっしゃっていましたが、世界各地のスタジオと連携できたら広がりは大きいでしょうし、Amazon Music Studio Tokyoの重要性も増すでしょうね。
島田:本当に可能性は広がっていきます。やはりAmazon Music Studio Tokyoにとって、新しいコンテンツが重要なテーマかなと思っています。単に音楽を配信するだけではなくて、いかにゼロイチで新しいものを生み出していけるか。そのためにもアーティストさんやクリエイターのみなさんが才能を存分に発揮してもらうような場となるようAmazon Musicとしてもサポートしていければと思います。
ーー最後になりますが、Amazon Music Studio Tokyoに興味を持っている読者、業界関係者にメッセージをお願いします。
島田:我々はAmazon Musicだけの成功ではなくて、日本の音楽業界やエンターテイメントの世界がより豊かになっていくことを目指しています。今回作ったAmazon Music Studio Tokyoを拠点に、レーベルパートナー、アーティスト、そしてお客様に対しても大きいインパクトを作っていけたらなと思っています。また、デジタルは豊かな音楽やエンターテイメントを生み出すため重要なツールであるという考え方をみなさんと共有していけたらなと思います。
デジタルとリアルは相対するものではなくて、市場を拡大するためにどちらも大切ですし、やはり市場が拡大することで、新しいものが生まれてくると思います。その新しいものを作り出し、次の世代に伝えていくのが、我々業界にいる人間の使命だと考えます。それをAmazon MusicやAmazon Music Studio Tokyoで実現していきたいです。