私的録音録画補償金対象にブルーレイレコーダーを追加指定の方針について、実演家著作隣接権センターCPRA運営委員/ギタリスト・作編曲家 椎名和夫氏に聞く
去る8月23日、文化庁が私的録音録画補償金制度の対象機器として新たにブルーレイレコーダーを追加指定する方針であることを明らかにしたことを受けて、ネット周辺がザワついている。「私的録音録画補償金制度」といえば、かつてダビング10問題や東芝裁判などに関連して盛んに取り上げられた制度だが、ここ数年耳にすることはなかった。それがなぜ今なのか。
電機メーカーの業界団体である電子情報技術産業協会(JEITA)が反対声明を出したほか、ネット上では今回の指定に否定的な立場から、様々な書き込みが飛び交っている様相を呈しているが、そもそも権利者はどう考え、どう見ているのか? 実演家著作隣接権センター運営委員にして、
ーー私的録音録画補償金制度というと、以前デジタル放送への移行の際などに、盛んに話題になったような記憶があるんですが、ここにきてなぜ今大きな話題になっているのでしょうか?
椎名:たしかに皆さんそう思われるでしょうね。よくぞ聞いてくださったという感じです。こういう機会を頂けて感謝します。
ちょっと長くなってしまうんですが、そのご質問に答えるためには
日本でも、1992年から同様の制度がスタートしたんですが、技術の進化で実際にコピーに利用される機器がどんどん変化していく中で、ヨーロッパのように新たな機器を制度の対象に指定していくプロセスが進まなかった結果、かつて年間数十億円程度あった補償金が、ほぼゼロに近くなったままの状態がこの十数年間続き、利便性はどんどん向上する一方で、権利保護の方は放ったらかしという、バランスが大きく崩れた状態がずっと続いています。制度が存在しているにもかかわらずです。まずこれが現在の状態だということを、押さえておきたいと思います。
僕たちもこうした状況に対して、それこそもう20年近く、より実態に即した制度の改善をしてほしいと訴え続けてきたんですが、電機メーカーの団体などが強く反対してきた結果、なかなか進みませんでした。音楽や映像などのコンテンツのコピーに利用される機器やメディアを提供して利益をあげているメーカーが、肝心なコンテンツを生み出しているクリエーターや権利者の権利を軽んじているとしか思えない。日本の名だたるメーカーは、ヨーロッパでは高額な補償金をきちんと支払っていながら、日本のクリエーターへの補償に協力的ではありません。
ーーなるほど。この制度をめぐる意見対立が20年越しであって、その間にダビング10問題とか、東芝裁判の話があったということなんですね。でも、なんでまた今なんですか?
椎名:その先の話がまだあります。およそ2006年頃から、制度がまともに機能しなくなることがわかってきて、文化庁に「私的録音録画小委員会」というのが設置されて、権利者、消費者、メーカーなどの利害関係者に有識者を入れた形で制度の見直しのための議論がスタートしました。で、そこで2年かけて議論して、暫定的な解決策のようなものが一瞬見えたんですが、最後の最後でメーカーの団体が反対してご破算になってしまった。そこから数年間、ダビング10の問題や東芝裁判などがあって議論が止まっていたんですが、2013年あたりから、今度は「著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」というのができて、これはなんと2019年まで6年間も議論したんですが、またもや結論が出ないまま終わっちゃいます。
結論は出なかったんですが、そこで、あくまでも現行の制度の中で手当てすべき部分と、現行の制度によらない新たなクリエーターへの対価の還元の方法の検討というのを分けて考える二段構えでいきましょうということになりました。
それと同時に、何年間も関係当事者間で議論してて結論が得られなかったことから、まずは関係する省庁間で議論しましょうということにもなったんです。これが今回の指定の話につながっています。2019年のことです。
そして、それ以降、この制度を所管する文化庁と、電機産業を代表する立場の経産省と、放送や通信を所管する総務省と、それに内閣府の知財本部の都合4省庁で、現行制度の対象となりうる部分があるかどうかの検討が始まります。念のため実態調査なども再度やったりして、その結果を踏まえて、ブルーレイレコーダーを追加指定するという話が出てきたのが2年以上前のことです。そこから、メーカーさんの意見を聞き、消費者さんの意見を聞き、権利者の意見も聞き、という形で時間をかけた結果、今回追加指定の方向が決まり、8月23日にパブコメが開始された
ーーでも、今回の文化庁の発表を受けて、ネット上では様々な理由を挙げて今回の指定に反対する内容の記事が結構アップされているように見えますが、その中で、そもそも今回機器追加を行う合理的理由が示されていないという意見がありますが、その点どうなのでしょうか?
椎名:今もお話しした通り、関係当事者間で結論が得られなかったから、まずは関係省庁間で話し合いましょうとなった。そこで、実態調査をして、それをもとに4省庁で検討した結果、新しい制度に移行する前の経過措置として、現行制度で手当てできる部分がないかどうか探した結果、ブルーレイレコーダーを指定すべきという話になったと聞いています。制度そのものは存在していながら、権利者への還元が一切行われない状態が長い間続いていたことも背景にあると思います。関係者への説明と意見聴取なども行ったうえで決められたことですので、理由は極めて明確に示されていると思いますよ。
ーーそういう経緯があって今回の指定になったわけですね。でも、ブルーレイレコーダーは録画機器ですけど、「今、番組録画をしようとすると、ダビング10というコピーを制限する著作権保護技術がかかっていて、ユーザーは自由にコピーができないのに、そこにさらに補償金をかけるのはおかしい」という意見もあるようですが、その点はどうなんですか?
椎名:そもそもダビング10が決まった時って、自由にコピーができる環境に対して新たなコピー制限をかけたという話じゃなくて、北京オリンピックを控えた時期に、当時メーカーがレコーダーに搭載していた、一回しかコピーができない、いわゆるコピーワンスというコピー制限技術がうまく動かないっていうクレームがユーザーから多発していて、このままじゃ使えないという話になった。そこで1回しかできなかったコピー制限をなんとか緩和できないかという話が始まって、僕ら権利者もその議論に呼ばれたんですね。1回しかできないコピーが、ほかのメディアにムーブ中に消えてしまったりというようなことが結構あったようで、僕ら権利者としてもさすがにそれはひどいと思ったわけです。
結局のところ、1回から10回へと僕らも大きな譲歩をしたわけですが、その合意ができた背景としては、当然ながら私的録画補償金制度の存在があって、当時文化庁で進んでいた見直しの議論の中でこの制度が適正に機能するようになるのであれば、そこで対価の還元はきちんと手当されるだろうと考えて譲歩しました。そのことがあったので、当時ダビング10を決めた総務省の中間答申にも、「文化庁での早期の合意形成を期待する」ときちんと書かれています。
「厳格なコピー制限をしたうえで補償金をとるなど怪しからん」という話をよく聞くんですが、ダビング10は厳格な制限でも何でもないですよ。実態調査によれば、通常番組をコピーする回数は、せいぜい2回までが大半だということがわかっていて、この実態というか、これを世の中のニーズと考えた場合に、10回っていうのはほぼ制限がないに等しい数字なんです。11回以上のコピーを制限することの意味合いは、法律上許される私的な領域や規模を越えてまでコピーが拡散するのを防いでいるだけであって、適法に行われる私的複製までも制限しているわけじゃないんです。
ーーつまり、私的録画補償金の対象となっているのは、1回から10回までのコピーであって、ダビング10を超える領域まで手当てするものではないということでしょうか。
椎名:その通りです。私的複製の定義っていうのが法律の条文には「個人的にまたは家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で利用することを目的とするとき」としか書かれていないんですが、実態調査の結果もおおむね2回、11回を超えたら、それは法律で許された範囲を超えるんだろうと思います。
ーーなるほど。ダビング10についてはよくわかりました。あと、今回の政令案の決定に至るプロセスが不透明だという話も聞きます。それについてはどうなんでしょう?
椎名:何が不透明なのかさっぱりわかりません。あの、繰り返しになりますが、今回ブルーレイレコーダーを指定するという結論に至るにあたっては、まずは実態調査があって、メーカーの意見も聞き、消費者の意見も聞き、権利者の意見も聞き、新たな制度へと向かう踊り場としての位置づけでお決めになったことで、そのプロセスの一部始終はメーカーさんも、消費者さんも、また関与した4省庁のすべてが共有している話であって、少なくともそれらの当事者にとっては不透明な話でも何でもない。
もし当事者の中にそういうことをおっしゃる人があるんだとすれば、それはご自身の考えがその結論に反映されなかったことへの不満からおっしゃっているだけのことじゃないですか。今回の指定に至る前段階で僕らもいろんな意見を申し上げましたから、僕らにだって不満はありますよ。不満はあるとしても、この不毛な20年越しの対立構造をそろそろやめにして、前を向いた議論のスタートになればと思っているから、すべての主張を一気に通せるとは思っていません。この指定がまずはスタートだと思っています。
ーー権利者の不満というと、例えば具体的にどういう不満ですか?
椎名:あまりにも時間がかかりすぎてるってことですね。恥ずかしながら僕がこの問題に最初に関与したのは平成15年ですから、足掛け約19年間です。ずっとこの議論をしてきて、いまだに結論を得られない。その間に、権利者の不利益だけが垂れ流されている。2年前にブルーレイを指定しようと決まったとして、2年も経っちゃえばそのインパクトというか、実質的な効果って大幅に変わっちゃうでしょう? この問題って、いつもこういうことの繰り返しなんですよね。反対する人たちは、反対し続けることで、結局クリエーターには何の還元もされないまま時間だけが過ぎていく形がずっと繰り返されてきた。
また、今回指定されるのは録画機器だけで、録音機器が指定されないことについても問題だと思います。でもある意味そこは、現行制度の限界ということも言えると思うので、今後の新たな制度でそこも含めてきちんと手当していくべきと思ってます。
ーー新たな制度という言葉も出たんですが、補償金制度はもう時代遅れの制度なんだということも言われてますよね。
椎名:時代遅れだというのは、これも先ほどからお話ししている通り、僕らにとっても全く同じことです。制度ができた当時に想定していたことと、技術の面でも、利用実態の面でも、環境が大幅に変わってきてしまっていて、それにきちんと対応していける制度になっていないんですね。それに加えて、もともとは、ユーザーの利便性と権利保護の調整を考えるときに、録音とか録画だけを見ていれば済んだ話だったんですが、もはやそれだけではない。専用の機材による録音や録画という物理的なプロセスを経なくても、ネット上のサービスとかで同じ効果が得られるようになってしまっているでしょう。またメーカーさんのポジションも、昔とは大きく様変わりしてしまっていますし、現状には合わなくなっていると思っています。
この問題は、もっと大きな、コンテンツの循環全体の中でのバランスを見ていかなくてはだめだと思います。そのためにはネット上のプラットフォームとか、もっと利害関係者を拡げた形で議論していく必要があると思いますが、それって別に日本だけの話じゃなくて、バリューギャップの問題とか、いま世界中で利用と保護のバランスの議論をしているわけでしょう? だから日本でもこれからそういう議論をしていけばいいと思っています。僕らもユーザーが便利になることを否定するものではないし、ただ、権利者を守るということとのバランスが必要でしょうということを言い続けているだけであって、そこに正面から反論する人って、今まで一度もお目にかかったことがありません。
僕自身の音楽のキャリアは、アナログのビニール盤から始まって、CDを経て配信になるという、いうなればイノベーションの歴史そのものなんですね。楽器やレコーディングの機材も大幅に進化してきたわけで、なによりそうした開発を続けるメーカーは世界の先頭を走っていたし、彼らとはがっぷりタッグを組んてやってきた意識が強くあります。とりわけ夢のような技術を次々と生み出しては社会に提供してきた技術者の方々には、僕らとも通じる部分があってとてもシンパシーがあったし、彼らは、どちらかといえば常に僕らを鼓舞する存在だったんですよ。それがいま、なんでこんな関係性になってしまったのか、とても残念です。
ーーこのインタビューを通じて、椎名さんからユーザーの皆さんに訴えたいことって何かありますか?
椎名:そうですね。長らく停滞していたこの問題を、今回の機器指定でまずは一歩先に進めたいと思っています。そのために、音楽や映像を愛好するユーザーはもちろんのこと、ひろく一般の方々にも、この問題に関する正確な情報をもっとよく知っていただきたいと思っています。ネット上では、やれクリエーターには分配されないとか、権利者団体はカスだとかのイメージ操作や、実は・・・的な陰謀論まがいのものを含めてなんでもありの状態になってしまっていますが、よく考えていただければいまどきそんな団体なんか成立しませんよ。分配することに課題があったら、そこにコストをかけてでも権利者を探し出して分配金を届けるというのが権利者団体に課せられた使命であって、いまやそういう団体でなければクリエーターの信頼は得られませんからね。
補償金制度の対極にある意見として、技術が進歩したんだから、コピーするたびに対価を支払う仕組みができれば補償金制度なんかいらないじゃないか、というご意見もよく聞きますが、ユーザーが果たしてそれを本当に望んでいるだろうか? と考えてしまいます。僕はミュージシャンというカテゴリーに属する人間ですけど、ほかの人が作った音楽や映像を楽しむユーザーとしての立場も持っているわけで、ある程度の自由さの中でコンテンツを楽しむという今の習慣が変わって、コピーするたびにチャリンチャリンとお勘定しなきゃならない世界ってちょっと想像しにくい。今の自由な環境を実現してきたのが一回限りの安価な補償金の負担であって、これって誰のためかって考えると、むしろユーザーのための制度じゃないかと思っています。まだそこがよく理解されていないように思います。
メーカーさんがここまで頑なに反対される理由としてわからなくはないのは、これだけユーザーの利便性を支える手段が拡大している中で、なぜコピーの問題だけがフォーカスされるのか、ということへの不満もあると思います。でも一方で、利便性の一端をコピーということがまだまだ大きく支えていることもまた事実でもあるので、そこはご理解いただけないものかと。その上で、もっと利害関係者を拡げたその先の議論を、メーカーさんと一緒になって考えていけるような環境を作っていきたいと心から願っています。
今回のことが、この問題について、国民の皆さんお一人おひとりが、何が落としどころなのかということをそれぞれの立場で考えていただけるきっかけになったら嬉しいです。このまま利便性ばかりを追求してクリエーションが細ってしまったら、ユーザーにとっても、それこそメーカーにとってもよくない話じゃないですか。ちょうど今文化庁では、パブリックコメントといって、この問題について広く国民から意見を募集していますので、そこに皆さんの忌憚のない意見を是非寄せていただければと思います。
ーー今日お話を伺って、
椎名:こちらこそありがとうございました。
インタビュー当初は古臭い話の蒸し返しのようにも思えていたが、ユーザーの利便性と権利保護との調整という、まさに今ど真ん中の根深い問題に通じていることを改めて実感することができた。この問題は表層的な理解だけでなく、様々な立場から何が最適な解なのかということを、真剣に考えていく必要がありそうだ。
なお、インタビュー中に出てきた文化庁のパブリックコメント提出は、e-Govパブリック・コメントにアクセスすれば簡単に提出することができる。また、chosakusuisin@mext.go.jpにメール形式で提出することも可能。意見提出の締め切りは9月21日までとなっている。
プロフィール
椎名 和夫(しいな・かずお)
1975年、ムーンライダースのギタリストとしてキャリアをスタート。フリーのギタリストに転身後は、吉田美奈子、井上陽水、山下達郎、中島みゆき他多数のアーティストのレコーディングやライブに参加する傍ら、作編曲家、プロデューサーとしても活動。1986年、中森明菜「Desire」編曲で日本レコード大賞受賞。80’sシティポップ再評価の中で、昨今数々の作品に注目が集まっている。
1996年に演奏家団体PITを設立後は、1999年にはクラシックを含む演奏家8団体を統合する演奏家権