『THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記』出版記念 榎本幹朗氏インタビュー
前著『音楽が未来を連れてくる 時代を創った音楽ビジネス百年の革新者たち』が大きな話題を呼んだ榎本幹朗氏が、新たに書籍『THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記』をDU BOOKSより発売した。
アップルをアメリカの象徴、ソニーを日本の象徴として取り上げ、互いに切磋琢磨してきた日米のモノづくりの歴史をジョブズの軌跡とともに描く没後10年目の“ジョブズ伝”となっている本書。これまでジョブズの私生活の恥部とされてきた長女リサとの関係の真実を、未邦訳のリサ自伝ほか資料をもとに綴られている。
今回は出版を記念して、榎本氏にミュージックマンでの連載「未来は音楽が連れてくる」から前著『音楽が未来を連れてくる 時代を創った音楽ビジネス百年の革新者たち』、そして本書執筆への流れを振り返って頂きつつ、本書に込めた想いを語ってもらった。
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也)
プロフィール
榎本幹朗(えのもと・みきろう)
1974年東京生。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。
スティーブ・ジョブズについてはなるべく書きたくなかった
ーーまず『THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記』(以下『THE NEXT BIG THING』)の執筆に至る経緯からお伺いしたいのですが。
榎本:ご存知のように僕はミュージックマンで連載(「未来は音楽が連れてくる」)をしていました。最初の1年はどちらかというとコラム形式でSpotifyやPandoraの紹介をやっていて、途中から歴史編を書き、それが1年ぐらい続いて、2014年ぐらいからジョブズの章に入ったんですが、ジョブズについて本当は1か月で終わらせたかったんです。というか、なるべく書きたくなかった。
ーーそれはなぜですか?
榎本:絶対に長くなるからです(笑)。
ーー(笑)。
榎本:前著『音楽が未来を連れてくる』は分厚い本ですが、もともと2014年にSpotifyのダニエル・エクの話で締めて、本を出してしまいたかったので、ジョブズは外したかったんです。一般的にジョブズはiPodとiTunesで音楽業界を変えたと言われていますが、今さらそれを語っても、と思っていましたし(笑)、正直あまり興味がなかったんです。あと、ジョブズの人となりに関してはウォルター・アイザックソンの公式伝記(『スティーブ・ジョブズ』)でも読んでくれればいいと思っていたので、できれば書きたくなかったんです。
でも、自分に何度そう言い聞かせて、ジョブズを脇役にして次に進もうとすると、どうしても筆が進まないんですよね。そういう体験は『音楽が未来を連れてくる』の執筆でもしていて、例えば、アラン・フリードというラジオDJのはしりみたいな人なんて、僕は何も知らなかったので、彼のことはラジオのところで2、3行書けばいいかなと思っていたんですが、それだと全然進まないんです。アラン・フリードが「俺を主人公にしろ!」みたいな感じで出てきて、結局1章、彼に費やすことになってしまった。iモードの章も「スマホの時代に誰が興味を持つんだ?」と思っていたんですが、本を出したら、WIRED元編集長の若林恵さんが「iモードの章が一番刺さった」とおっしゃってくださったり(笑)、書く予定になかったことが主人公になるのを僕はすでに体験していたんです。
ーーそして、ジョブズも「俺を主役にしろ」と言ってきた。
榎本:多分ジョブズも脇役になりたくないんだろうなと勘が働いて、しかも、この人は1章どころでは済まないだろうと(笑)。なぜなら、公式伝記に書かれてない部分も書いてもらいたがっているのを感じましたし、それに付き合っていると1冊とかそんな勢いになると思っていました。
ーーちょっとでも触れたらタダでは済みそうにないと(笑)。
榎本:そうですね。だから、流したかった。そうしたら本は予定通り20万字ぐらいに収まって、2014年当時はまだサブスクが日本に入ってきていなかったので、エピローグに「これからはサブスクの時代ですよ」みたいなことを書いて、新書で出してしまえば、タイムリーですし、それを名刺代わりに僕は昔からやってた配信系の仕事を再開しようと、軽い気持ちでいたんです。それが、どうしてこうなってしまったのか・・・(笑)。最初、みなさん僕のことを「音楽ジャーナリスト」って呼んでいたじゃないですか?
ーーそういう認識でしたよね。
榎本:僕は、それまで音楽ジャーナリストを名乗ったことは一度もなかったですし、普通に音楽業界の裏方の、名もなき人間だったんです。それで、本でも出して、それを名刺代わりに仕事をしようかなと思ったら、日本でのサブスクの旗振り役みたいになっちゃって(笑)、それは僕にとってかなり心外だったんです。いわゆる音楽ジャーナリストとして、何か書いたり、しゃべったりすることを仕事にするつもりは全くなかったというか、ライターになったら食べていけないと思っていました(笑)。すでに家族もいましたから「それだけは勘弁してくれ」とずっと思っていたんです。
あと、2013年、2014年頃、裏でサブスクの立ち上げをいくつか手伝っていたんですが、その段階で僕は薄々「これはサブスクだけでは片付かないぞ」と感じていて、そのことは前著にも書きましたが、手伝っているうちに月額料金が1,980円から1,480円になり、さらに980円に落ち着き、それは市場に合わせてのことで仕方ないんですが、そうなると日本でサブスクは欧米みたいに主人公にならないし、救世主にもならないと始まる前から分かっていたわけです。
ーーたとえ普及したとしても儲からない構造だということですね。
榎本:ですから「サブスクに続く新しいものを見込んで作らないといけない」と言い続けてきたんですが、それがどうしても伝わらなくて「なぜ伝わらないだろう?」と考えたときに気が付いたのは、自分は音楽ジャーナリストとして「欧米の最新事情を伝える」役割を与えられて、それを事業者が真似するという構造ができてしまっていたんです。
もともと僕は人真似って大嫌いなので、それを促進するつもりで書き始めたつもりは全くなかったですし、欧米の真似ばかり考えているのはどういうことなんだと思いました。僕は世代的にソニーが元気だった頃を体験しているわけです。ソニーがCDを開発し、レコードをCDに変えたり、あるいはiPodが出る頃に着うたや着うたフルを使ってパソコン中心から携帯電話中心に音楽配信を変えたり、日本発の、世界の音楽業界を変える色々なアイデアが出てくるのを見ていたんですよね。
「それがなぜたった数年で変わってしまったのだろう」とものすごく疑問に感じて、まずは「自分が書いているものを変えないといけない」と思いました。「欧米でこんなことが流行っていて、日本は遅れている」みたいなことを書いていてもダメだと。むしろ日本は音楽業界で欧米を引っ張るようなことをやっていたんだと伝えるために、書き始めたのが前著です。
ーーなるほど。
榎本:その段階で第2の誤算というか、内容がストーリー主体になっていったんです。1章ずつ主人公がいて、アメリカや日本、ヨーロッパの音楽産業の歴史を書くんですが、本当の主人公というのは、ダニエル・エクや盛田昭夫さんじゃなくて、時代のうねりそのものになったんですね。これってつまり形式としては大河小説なんですよ。
ーーいわゆる歴史小説ですよね。
榎本:そうですね。僕は小説を書きたいと思ったことなんてないんですよ。でも、それっぽいものを書かないといけない状態になって・・・(笑)。もちろん小説なんて書いたこともなかったので、書くのが大変だったというのと、あと、みんな勝手に僕を音楽ジャーナリストだと思っていて、それがいきなり小説みたいなものを書き出したので、周りがついてこなかったんです。
しかも、この表面上はビジネス書で実は小説みたいな形式の本って、少なくとも僕は読んだことはなかったので、自分で文体を発明しないといけなくなり、筆が鈍りました。それでもどうにか書き進めたんですが、僕はダニエル・エクが音楽業界を救ったんじゃなくて、ジョブズのiPhoneが救ったという認識をしていましたので、ジョブズのことは書きたくはないけれど、やはり彼を外すことはできないなと思いました。
あと、音楽産業を100年単位で見ていると、結局、革命的に産業構造が変わる瞬間というのは、ハードウェアが変わっているんです。レコードから始まりラジオ、ウォークマン、iPod、そしてついにiPhoneになっていくんですが、すべてハードウェアなんです。僕を音楽ジャーナリストと呼びたがっていた人たちは、これを無視して、音楽配信やアプリ、ネットの最新事情とか、そういうものを求めたがるんですが、世界を変えているのはハードウェアなんです。もちろんソニーの歴史、アップルの歴史を見てもソフトウェアの要求があるからハードウェアも新しくなるんですが、ハードウェアに対する考察というか、それを変革するような人たちのことを知らないと、音楽業界そのものって根本的なところでは変わらないというのが、僕が導き出した結論なんです。これは今のWeb3.0に対してもそう思っています。こうした歴史的な法則を最も詳しく追えるのがスティーズ・ジョブズであり、だからこそ彼について語らざるを得なかったんですね。
海外に対するリスペクトと自分自身へのプライドの両方を取り戻す
ーー私はスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、孫正義さんとかと同世代なので、まさにリアルタイムで自分の身の回りで起こってきたことが、『THE NEXT BIG THING』には書かれているわけじゃないですか。自分が毎日生きている間に、これほど歴史的な変革が起こっていたんだなということが、改めてこの本を読んで分かりましたし、リアルタイムで見聞きしてきたはずなのに、よく分かっていなかったんだなと再認識したんですよ。
榎本:もちろん僕も『THE NEXT BIG THING』に書いてあることをよく知っていたかというと、まあ前著もそうなんですけど(笑)、書くまで知らないことばかりなんです。僕だってもともとの知識というのはネットのニュースで見聞きした程度だったんですが、深く追い込んでいくと全然違った背景、いろいろなストーリーが見えてきたんですよね。
僕は何度も書いていますが、最新ニュースというのは大体イノベーターたちが10年前に考えたことの後追いなんです。特に音楽業界にいると、最新ニュースで最新の流行を捉えようみたいな発想になるんですが、世の中で流行り出したときには、それを作った人たちの中ではもう終わった話なんです(笑)。
ーー当事者の興味は、すでに他に移っているとかよくありますよね。
榎本:『THE NEXT BIG THING』でも書きましたが、日本でiPhoneが出たときにはもうスティーブ・ジョブズ本人はiPhoneを作ったハードウェア担当のトニー・ファデルと、アップルカーについて「どんな車を作ろうか」みたいな話しているんです。でも、普通にニュースを見ている僕たちからしたら、iPhoneが世に出た段階でスマートカーのことなんて考えもしないですよね。でも、作っている側からしたら、作り上げた瞬間にある程度終わったというか(笑)、iPhoneを作ったジョブズには、スマホの世界ではこれからどんなことが起こるのか、大体見えているわけですよね。そうなるともう次へ興味が行くに決まっているんです。
このサイクルをもう1回取り戻すのが、音楽業界だけじゃなくて日本にとってもすごく大事なんじゃないかなと思っていて、そういう意味で裏側と言いますか、我々が普通に生活していたときに、そういったイノベーターたちはどんなことをやっていたのか書きたかったんです。
ーー『THE NEXT BIG THING』は、「日本人よ、もっと頑張れ」と鼓舞するというか、もっと本気で戦おうというメッセージを強く感じたんですが、そういう意図はあったのでしょうか?
榎本:おっしゃる通りで、僕は団塊ジュニア世代なので、日本経済は中学・高校のときがピークで、そこからずっと落ち続けているのを見ているわけですよね(笑)。しかも30年経っても回復しない。
ーーバブル崩壊以降、ずっと低空飛行ですからね。
榎本:日本のエレクトロニクス産業というのが完全敗北した瞬間というのがあって、それはiPhoneが出た瞬間だと思っています。スマホで、世界で勝てるものを日本は作れなかった、というのをまざまざと見せつけられたんですよね。つまり日本のエレクトロニクス産業はジョブズに負けたようなものなんです。
ただジョブズというのはものすごく日本に影響を受けていて、ソニーの盛田昭夫さんを尊敬していた、という情報ならいくらでもメディアに出ているんですが、そんなもんじゃないぐらい深く影響を受けていて、ジョブズは盛田昭夫さんの研究もしているし、トヨタの生産方式についても「あれを工場ではなくてクリエイティブの部分に適用するとどんなことが起こるのか?」と試みたりしているわけです。今ではリーン生産方式みたいなのが日本のスタートアップでも常識になりつつありますが、そんな言葉が出るずっと前からジョブズは学んでいて、それを学んだ場所というのが『THE NEXT BIG THING』の最初にも出ているピクサーだったわけです。
つまり、ジョブズは日本を学んだから日本を超えることができたんだよということですよね。だから日本が単純に負けたという話ではなくて(笑)、日本人自体がもう1回ちゃんと学び直す必要があるんじゃないかと伝えたかったんです。
ーー自分たちの国をもっとしっかり見直すべきではないかと。
榎本:ただ、いわゆる保守主義と呼ばれている人たちは「日本はすごいんだ! 以上」とそこで止まってしまうんですよね(笑)。第2次世界大戦の話になりますが、日本が発明した「八木アンテナ」をアメリカはすごく研究して、それを使って情報戦で勝ったわけです。つまりアメリカは日本から勉強し、活用して勝ったと。でも日本は八木アンテナをしっかり使わなかったんですよね。
ーーそれだけ日本の技術力やイノベーションの力をアメリカは脅威と思っていたわけですよね。
榎本:つまり「日本はすごいんだ! 以上」じゃなくて、日本も他から学ばなくてはいけないのに、今は他国へのリスペクトがなくなっていると感じます。自分たちへのリスペクトもないし、他国へのリスペクトもなくて、ただ強がっているだけというんですかね。目をつぶって過去の栄光を見てみたり。僕も日本の過去の栄光について書いているかもしれないですが、まったく態度が逆というか、日本の過去の栄光を作った人たちは、海外に対するリスペクトがあり、かつ自分自身へのプライドがありました。その両方があって初めて新しいものが自分たちでも作れる。そういう姿勢をもう1回見直したほうがいいんじゃないかなと思います。正直、僕が喋っていることってものすごく遠回りに見えると思うんですよね。特に音楽業界の人たちなんか「そんなこと聞いたって何の役にも立たない」ってすぐに思っちゃうでしょうし、そういう反応が書いていての悩みでした。
ただ、日本も着うたフルやiモードを作ったあたりまでは、パソコンじゃなくて携帯電話の方がいいだろうと、自分たちなりの答えを出して、携帯電話上の音楽配信をやろうしていたんですよね。そこで都度課金してみるとか。あるいはiモードって月額ですから、サブスクの走りなわけで、サブスクという言葉がブームになる15年前に携帯電話上でそれをやっているわけです。そこまではできていたのに、ある段階でバタッと止まってしまった。それがどのあたりか? といえば、やはりiPhoneが出た頃だと思っていて、そこで日本人の自信がバキッと折れた気がしているんです。もちろん中国に追い抜かれたというのもあるのかもしれませんが、それで自信が折れた感じはしないんですよね。
『THE NEXT BIG THING』の大きなテーマは「復活」
ーー思い返せば私自身、少年時代のラジオに始まりラジカセ、トリニトロンのカラーテレビ、ベータマックス、ウォークマン、そしてPCM-3348まで(笑)、ずっとソニーユーザーだったんですが、iPhoneが出て以降、アップルユーザーになったと思うんです。携帯もパソコンも、あるいはタブレットもアップルを使っているわけじゃないですか?
榎本:僕は『THE NEXT BIG THING』でソニーを日本の象徴、アップルをアメリカの象徴として扱っていますが、先ほども申し上げたようにジョブズは日本のいいところを学んで取り入れています。例えば、先行投資を大きくして、短期的な利益や数字は追わない。それで製品に集中するとか、そういう日本の80年代の長期的な経営ってアメリカからすると憧れの対象で、ジョブズたちはその日本式の経営を、自分たちなりに取り入れていったんです。逆にソニーや他の日本企業は、アメリカの悪いところばかり取り入れていったと。
ーー四半期ごとの利益を求めるとか。
榎本:そうですね。ジョブズたちとは逆のことをやったんですよね。「iPhoneが日本人の心を折った」と言いましたが、前著にも書いたようにiPodは日本ではボロ負けしていたんです。日本ではすでに携帯電話で着うたフル、つまり音楽を聴く仕組みがあって、そっちのほうがiPodより強かった。iモード携帯は今、日本では「ガラケー」といって自虐的に見られていますが、あれって初期のスマホですから、つまりスマホ上の音楽配信のひな型をすでに作っていたんです。
ーー日本が世界をリードしていたと。
榎本:それを脅威に感じたから、ジョブズは自分たちでiPhoneを作ったわけです。
ーージョブズが当時日本に来た当時、アメリカの携帯電話は本当に短いメールが打てるだけの単なる電話機だったわけですよね。そこで「これはまずい」と発想を切り替えてiPhoneになったということですよね。
榎本:ええ。それがiPhoneを作るきっかけでもあったし、実際にそのiPhoneを誕生させるために、いろいろなエンジニアリングや製造方式、デザインの仕方などは、ジョブズがネクストやピクサーに行っていた頃に勉強したソニーやトヨタのやり方を自分なりにリファインしたことで初めてiPhoneができたんですよね。つまり日本に対抗して、日本を学んだ結果としてiPhoneができている。それに日本は心を折られたんです。彼らはシリコンバレーに対する誇りとともに、敵=日本に対するリスペクトの両方があったからそれができたわけで、iPhoneに負けた日本というのはそういうものを無くしてしまっているんじゃないかなと思っているんです。
ーーそれは今もですか?
榎本:今もそうですよね。例えば、僕は何年も「ポストサブスクみたいなものを作らないといけないですよ」「それが誕生する土壌を一番持っているのは日本ですよ」と言い続けているんですが、出てこないですし、僕がそんな話ばかりするから、みなさん僕の話を聞かなくなっているんです(笑)。ですから別のアプローチをしないといけないなと思って、その別のアプローチのひとつがこの『THE NEXT BIG THING』なんです。僕も相当回りくどいことはやっているんですけど(笑)。
ーー(笑)。『THE NEXT BIG THING』は、現状をどうこうというよりは、いかに生きるべきか、いかにフロンティア精神を作っていくかとか、人間そのものや企業、業界全体を応援している本だと私は受け止めました。
榎本:ありがとうございます。『THE NEXT BIG THING』は本当に色々なテーマを扱っていますが、1つに集約するとしたら「復活」という言葉になります。人間は失敗したら、挫折したらどうやったら復活できるのかということを、ジョブズを通して見ているという。それは個人だけではなくて、会社もそうですし、産業や国もそうです。ジョブズは個人としても復活したし、会社としても復活させたし、日本に負けかけたアメリカのハイテク産業も復活させたわけですよね。
ーーそして父親としても復活した・・・。
榎本:ジョブズは本当にダメな親父でしたけど、ギリギリ最後に立て直すこともできた。そういう意味で一度負けた、あるいはダメになったものがどうやったら立ち直れるのかというのを一番如実に表している人だと思ったので、『THE NEXT BIG THING』を通じて伝えたいなと思ったんです。
ーーでも、ソニーも復活してきていますよね。
榎本:そうなんですよね。僕も2012〜14年頃、ちょっとソニーを手伝っていたんですが、その頃はもうどん底だったんですよ。株価でいったら1,000円を割っているみたいな(笑)。
ーーまさにミュージックマンでの連載が始まった頃ですよね。
榎本:そんな時期でもソニー社員のみなさんは熱意があったので、僕もできるかぎりのことは協力しましたし、10年したら本当に立て直っちゃったという(笑)。やはり諦めずに取り組めば復活ってできるんですよね。
ーー先ほども少し話しましたが、やはりソニーはいろいろな意味で私の人生にとってものすごく大きい存在なわけですよ。未だにソニー・ミュージックエンタテイメントさんは弊社の一番のお客様だったりするわけで(笑)。だからソニーの復活は素直に嬉しいんですよね。
榎本:本書のエピローグにも書いてありますが、プレイステーション以降、本当の意味で新しいものがまだ出ていないので、今後それを出せるかどうかですよね。
ーー『THE NEXT BIG THING』を読み進めていて気になったことがあるのですが、最後の方の、ジョブズと家族との和解のあたりで注釈が全然なくなるじゃないですか? あの部分は結構創作が入っているんですか?
榎本:Amazonのレビューでも「創作が入っている」と書かれているんですが(笑)、創作は多分、文量でいうと多くても5パーセントほどだと思います。
ーーつまり、ほぼすべて出典があった上で書いている?
榎本:そうです。創作の部分というのも、2つの場面を1つに合わせたとか、メールのやりとりを会話にしたとか、ここからあと数10秒の会話は何をしゃべったかわからないけど、そこは補ったり、その程度の創作しかしていないです。ですから、事実でないと楽しめない人も安心してほしいです。創作の部分はそういうジョブズフリークのために、注釈で「創作」と入れています。注釈で「創作」とか書いてあると白けるので「本当は書かないほうがいいのかな?」と思っていたんですが、将来資料として使いたい人もいるだろうなと思ったので、あえて創作の部分は明記してあります。
確かに「出来過ぎた話」と感じるのは理解できるんですよね(笑)。ジョブズは昔からよく言っていましたが、本当に点と点が繋がって線になるみたいなことが、この人にはよく起こるんです。面白いぐらいに伏線が貼られていて、それがまとまっていくようなタイプの人なので。
ーー私もジェフ・ベソスやダニエル・エクの本とか色々読みましたが、『THE NEXT BIG THING』の方が圧倒的に面白かったです。
榎本:ああいったドキュメンタリータッチの本というのは、人間の内面には入らないんですが、僕は入っているんです。なぜならジョブズがどうやって変わったのか? というのは内面を見てあげないと彼のやったことって理解できないからで、それをやっているから面白いんですよ。また、『THE NEXT BIG THING』では社会の内面も見ています。つまり時代のうねりがどういう風に流れていくか、どこで交差していくかというのを見ているので、他の本より異質な感じになっているんですが、その分、読み物として面白くなっていると自負しています。
「クリエイティブな価値を残したい」と思う全ての人に読んで欲しい
ーー改めて『THE NEXT BIG THING』はどんな人たちに読んでほしいですか?
榎本:やはりクリエイターの人たち、別にミュージシャンだけじゃなくて、動画を作っているような人たちやYouTubeをやっているような人たちもそうですが、そういった方々に読んで欲しいですね。僕も本を書いて売らないといけない身で、人気を得ることがいかに大変かということはわかっているつもりですが、それだけじゃなくて、実際に音楽や映像などに人生をかけたんだったら、やはりクリエイティブな部分は常に残してほしいですし、でも、それってとても苦しい作業ですから、一緒に頑張りましょうよという本なので(笑)。
また、作品を作っていくだけじゃなくて、ジョブズみたいに何か事業を起こしたり、
ーーあらゆるイノベーションを起こしたいと思っている人はみんな読んでほしいと。
榎本:もちろん仕事を勤め上げるだけでも本当に大変なことですが、僕も中年になったのでわかるんですが、それだけでは満足できない、せっかく仕事を何十年もやるんだから何かクリエイティブな価値を残したいという人もいるんじゃないかと思うんです。そういう人たちに是非読んでもらいたいですし、あるいはスマホを使って、何か新しいことをやってみたいと思っている今の若い人たちにも読んでもらいたいんですよね。この『THE NEXT BIG THING』は、ただスマホで遊んでいるだけじゃなくて、みんなを遊ばせたり、喜んでもらえるようなことをやりたいと考えている子どもたちにも、いつかヒントになるはずですから。
ーースマホが当たり前にある世代ほど『THE NEXT BIG THING』は響くかもしれませんよね。そう考えるとスマホの影響力というのは計り知れないですよね。私の人生において最も大きく生活を変えたものはインターネット=スマホです。
榎本:僕は『THE NEXT BIG THING』の最後の方で、ジョブズを「コンピューター文明において重要な役割を果たした人」という位置付けをしたんですが、スマホってコンピューターで、それを人類全てが四六時中持っている。彼はそういう時代を作っちゃったんですよね。スマホはただの便利な道具じゃないんです。
ーーあまりに影響力が大きい。
榎本:文明史を考えたときに、ジョブズは非常に重要な人物です。単純にニュースだけを読んでいると、ジョブズという天才的なカリスマ経営者がいて、この人にアイデアが閃いて、みんなに命令したらできたぐらいのイメージだと思うんですが、全然違うんです。彼自身、若い頃から苦労に苦労を重ねて、晩年はほとんど別人になっている。この色々な経験をして別人になったんだというところが、アイザックソンの公式伝記では伝わらない。なぜなら取材対象はすでに変わった後のジョブズなので(笑)。そういう人生における変化がなかったらiPhoneというのは存在していないんだということを『THE NEXT BIG THING』では言いたかったんです。
ーーここ数十年間で人々の生活に最も大きな影響を与えた人物だということは、誰しも否定できないですよね。
榎本:そうですね。単純に「あの人は面白かったね」という感じで済ませたくないなというのが、スティーブ・ジョブズについての本を出した、もう1つの大きな理由です。彼の人生には時代のうねりが集約している。ほんとうの意味で流行をつくる人というのは時代のうねりを背負っていると思うんです。幸い、とある文芸誌の編集長さんが絶賛してくださったり、大河小説としてもそれなりの完成度にしてあるので、普通に楽しく読んでもらえるかと思います。
正直、本書に名前が出てきている方には全員に読んでいただきたいんですよね。まあ、どんなこと言われるのか怖いところもあるんですけれど(笑)。これがもし英訳されてティム・クックさんとかが読んだら・・・あの人は厳しいですからね。ジョブズ本に対して大体文句を言う人ですから(笑)。
ーー(笑)。ぜひ英訳版が出ることを祈っています。
榎本:でも、『THE NEXT BIG THING』は多分OKもらえるんじゃないかなって自信を持っています。あとミュージックマンの連載の頃から読んでくださっていた方たちに「これは連載の完結編です」とお伝えしたいです。『THE NEXT BIG THING』を読んでいただくことで、僕がどんな願いを込めて連載を書いていたのか伝わると思います。ただ「榎本幹朗って音楽ジャーナリストじゃなかったの? なんでジョブズのことを今から読まなきゃいけないの?」って思われる恐れもありますので(笑)、ミュージックマンで持っていた榎本幹朗のイメージは一旦外していただいて、単純に面白いか、面白くないかで判断していただきたいですね。
書籍情報
『THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記』
- 著者:榎本幹朗
- ページ数:568ページ
- 発売日:7月30日
- 価格:2,300円+税
- 発行元:DU BOOKS
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