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【特別取材】『ビルボードジャパンの挑戦 ヒットチャート解体新書』著者・礒﨑誠二氏インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

ビルボード・ジャパン チャートディレクター 礒﨑誠二氏

今や日本の音楽チャートの代表となったビルボード・ジャパン。そのチャートを立ち上げた礒﨑誠二氏がビルボード・ジャパン・チャートの成り立ちと仕組み、そして超実践的なヒットチャートの分析方法を語った『ビルボードジャパンの挑戦 ヒットチャート解体新書』を上梓したので、特別インタビューを設けた。

(インタビュアー:榎本幹朗、屋代卓也 取材日:2024年2月20日)

プロフィール

礒﨑誠二(いそざき・せいじ)


東京外国語大学スペイン語学科卒。92年キティ・エンタープライズ入社、同年クラブチッタ川崎に出向、ライヴ制作、招聘業務等を行う。96年退社後、原盤制作、著作権管理、商品流通管理等、多岐の業務に携わる。06年阪神コンテンツリンク入社後、ビルボードの日本国内ブランディングを担当、ビルボードライブ東京&大阪のマーケティングに従事する傍ら、ジャパンチャートの設計当初から関わり、現在もデータの選定や算出メソッドのブラッシュアップなど、ディレクション業務を続ける。ジャパンサイト運営やデータソリューション提供など事業領域の拡大にも携わり、音楽産業全体の発展に寄与するブランドの在り方を模索している。

日本で新たな音楽チャートを立ち上げる物語

――拝読してまず感じたことは「これは勝利宣言ではないか」と。一時期、日本の音楽チャートは非常に偏ってしまい音楽ファンの信頼を失いましたが、ビルボード・ジャパンはその信頼をライバルに代わって勝ち取ったと思います。今は日本でも「ヒット・チャートといえばビルボード」になったのではないでしょうか?

礒﨑:「勝利宣言」といった二極対立的な印象を避けようと思いつつ、それでもビルボード・ジャパンの成り立ちを説明しないといけないと考えながらの第1章にしたつもりです。

――むしろ、そこがスリリングで面白かったです。2008年にビルボード・ジャパン・チャートが始まったとき、私は既存のチャートとどう違うのか興味がありMusicmanでもすぐに掲載しましたが、当時はジャニーズと民放そして既存の音楽チャートが固く結びついていた。そこに立ち向かってゆくのは大変な苦労があったと思います。本には「業界にいられなくなるぞ」と言われたと?

礒﨑:言われました(笑)。

――今はCD、ダウンロード、ストリーミング、動画と様々なデータをヒット・チャートに反映されてますが、開始当初、ラジオのオンエア数をまず反映させるだけでも大変でしたよね。

礒﨑:プランテックさん(テレビ・ラジオの楽曲オンエアデータを提供する会社)の優れたデータがなかったら始められなかったと思います。我々はそのデータがどれだけ信頼がおけるのか真剣に検証しますので、データがあるからと言って安易にチャートに反映することはありません。

今でもHot Albumsにストリーミングのデータを入れていません。それは、例えば音楽サブスクでアルバムのジャケットをクリックして一曲聴いただけならそれはアルバムを聴いたことになるのか。アルバム収録曲の何割を再生したらアルバムを聴いたことになるのか。推定に推定を重ねたデータになるのでGOサインを出していないんですね。

ビルボード・ジャパンのビジネスモデルは?

――チャートも成功して、どれだけ儲かっているのか気になります(笑)。

礒﨑:チャートやメディアといったデータ事業と比べて、ビルボードライブやビルボードクラシックのようなライブ事業の方が売上はずっと大きいです。

――データ事業のビジネスモデルは?

礒﨑:弊社(阪神コンテンツリンク)がビルボードからライセンスを受けた当初、billboardjapan.comとビルボード・ジャパンチャートをいかに立ち上げるかがテーマでした。2008年、チャートは立ち上がりましたが露出で対価を得るのは夢のまた夢と考えていました。一番組につき数万円程度でしたので。

――そんなに安かったんですね!

礒﨑:それで「チャートの裏にあるデータでビジネスが出来ないか」というのが2010年代前半のテーマになりました。その頃、サウンドスキャンやGfKのようなデータ会社と知り合いになり、彼らのようにデータ・ビジネスが出来ないか、と考えるようになりました。

その間、様々なメディアに採算度外視でチャートを提供していったのですが、そうすると「ビルボードのチャートの裏にあるデータはどうなっているのか」というニーズが非常に高まっていきました。

チャート露出よりもデータ販売の方で売上が立つようになり、同時にチャートをフックにしたbillboardjapan.comの広告売上も堅調になりました。

――チャートではなくデータで稼ぐというのは礒﨑さんが立案した戦略?

礒﨑:はい。国内のデータ事業者と話しただけでなく、アメリカでもニールセン・ミュージックはデータをビルボードに提供していることで認知を得て世界的なシェアを獲得していることもわかり、確信を得ました。

――国内の競合他社は雑誌をビジネスモデルにしていましたね。弊社も含め音楽業界中が購読していました。

礒﨑:「ビルボードでデータを売り出されても、購入する予算が残ってない」と当時よく言われました。

ライブ・原盤制作・エンジニアを経てビルボードへ

――礒﨑さんの経歴ですが、92年に東京外国語大学スペイン語学科を卒業してそれからは?

礒﨑:新卒でキティ・レコードに入社し、すぐクラブ・チッタ(ライブホール)に出向が決まりました。当時、キティがチッタの株を51%所有していたのですが、「外タレを招聘するから英語のわかる人間をすぐによこしてくれ」となって。

モギリをやりながら、外タレを招聘するFAXをワープロで打ち、チラシも織り込んでゆく。舞台監督もやる。ライブ企画もやる。プロモーションもやる。六本木にチラシを配りにゆく。修行の毎日です。

――とんでもなく忙しいですね。

礒﨑:地獄のようでした(笑)。

――外語大に行ったのはそういうことがしたかったから?

礒﨑:いえ、英語がもともと得意だったので「スペイン語も喋れたら世界でビジネスができるだろう」と思って。でも大学の同窓から聞くと、私のレベルだとどうもそれだけでは弱すぎるとわかってきました。

いろいろ就職試験を受けてみたらエンタメ系しか一次を通過することが出来ませんでした。某レコード会社とキティが最後に残ったのですが、先にキティから内定が出たので。キティでは軽部さん(同社元社長)や千村さん(オフィスオーガスタ元社長)にもいろいろ教わりました。

――キティには何年?

礒﨑:3年半です。その後、「ライブはもうわかった。流通もなんとなくわかる。次は原盤制作をやってみよう」と。ライブをやりながらフリーで制作Dをやるようになるんですよ。

エンケン(遠藤賢司)さんの「夢よ叫べ」というアルバムをMIDIから、同時にポニーキャニオンからトリビュートアルバム「プログレマン」をみうらじゅんプロデュースで同時に出すのを仕掛けました。他に、私が知り合ったGOMES THE HITMANをBMGからリリースしたりもしました。

――原盤制作ディレクターですね。

礒﨑:そうですね。制作をしているとリバーブやコンプレッサーのかけ方とかが面白くなり、「そういうのを言語化できた方がディレクションしやすいだろう」と考えてサウンド・エンジニアもやるようになりました。その後、2006年に阪神コンテンツリンクが何か始めるということで呼ばれました。

――ビルボードがジャパン・チャートを創ろうとなったのが2007年?

礒﨑:はい。そのタイミングでライブ事業か、非ライブ事業のどちらをやりたいかと聞かれて「ライブ関係はもういっぱいやったからいいです」と。

――選べたんですね。

「業界にいられなくなるぞ」と言われた理由

――当初は業界のみなさん、協力的ではなかった?

礒﨑:立ち上げのタイミングではフィジカルとオンエア・データだけだったのですが、当時でもiTunesのダウンロード・データだけはアメリカから取得することは可能でした。しかし日本の原盤権利者から許諾を取るかたちでダウンロード・データを合算したいと思っていたので、アメリカのニールセンといっしょに日本のレコード会社にアプローチしました。

当時は、レコード会社の現場の方々は今のビルボードを意識しておらず、管理職の方々は昔のビルボードはご存知ですが、許諾については冷たい、といった会社もありました。

――当時は着うたやiTunesで先行配信してダウンロード・ランキングで先行ヒットをつくってからオリコンのCDランキングに影響を出してゆくというのを、レコード会社のみなさんががんばっていた時期ですね。

礒﨑:アンビバレンツな感情をレコード会社のみなさんは持っていたと思います。オリコンのフィジカル・ランキングと良い関係を持っていたい一方で、デジタル・マーケティングをもっと育てていかなければいけない。

オリコンさんとジャニーズ事務所は仲がいいし、ジャニーズはレコード会社にとってもドル箱だという関係性があって。

――「この業界にいられなくなるよ」と言われたのはその時期? 私もMusicmanを立ち上げるとき似たようなことを言われましたが。

礒﨑:そうですね。フィジカル・ランキングのオリコンと有力事務所そしてレコード会社という鉄壁のエコシステムがあるなか、別に頼んでもないのに阪神が勝手に新たなチャートを立ち上げるのはどうなんだ、と。

――助けて下さった事務所やレコード会社もあったのでは?

礒﨑:エイベックスさんは最初から「がんばれ」というスタンスでした。「ビルボードがやらないなら自分たちでランキングを作ろうと思っていた」と。

それからユニバーサルミュージックさんもですね。外資は本国同様のデジタル売上データを日本市場でも欲しがっていました。

――ニューヨークからビルボードのチャート・ディレクターだったシルビオさんが来たときインタビューしましたが、彼も日本のチャートの異常さに怒ってました。「握手券のようなキャンペーンで複数枚購入したものを集計するのはアメリカでは禁止されている」と。

礒﨑:元々、ビルボードにCDの売上データを提供していたサウンドスキャンは小売店での売上しか反映しておらず、オリコンと違ってファンプラブ経由のCD売上は計上していなかったんですね。

――その後、ビルボードは「複数枚購入もひとつのヒットのあり方」ということで、係数を設けて反映するようになりますが、これは何がきっかけだったのですか?

礒﨑:2015年、サウンドスキャン(SIP)を弊社が事業継承することになった際、レコード会社にヒアリングして分かったのが、オリコンのCD売上とサウンドスキャンのCD売上を差し引くと、ファンクラブのCD売上が類推できてしまう、と。その摩擦を避けるために、小売店のCD売上しか扱ってこなかったサウンドスキャンも、時代に合わせてeコマース売上を反映していくべきということになりました。

一方、フィジカルの初回セールスがドーンと売れて各指標の占有率のバッファ許容値を超えてしまうというパターンも何とかしなくてはいけない。この状況を、CD売上の一部データを削除することなく何とかするには、減算係数をかけて占有率のバランスを取るしか無い。そう考えるようになったのが2016年ですね。

売上ランキングとヒット・チャートは何が違う?

――改めてお伺いしますが「売上ランキングとヒット・チャートは違う」のはなぜですか? なぜ売上ランキングとは別に、ヒットチャートは必要なのでしょうか?

礒﨑:「CDの売上ランキングだけではヒットチャートじゃないよね」というのはみんなが思っていました。では、そうじゃないものは何か? その課題はゼロ年代から始まっていたのですが、それを私が偶々向き合うことになりました。

それで「そもそもヒットチャートってなんだろう? アメリカのビルボードが考えるヒットチャートはこうだけど、日本ではどうあるべきか?」というのを考え続けて今のビルボード・ジャパン・チャートがあります。

――ビルボードはもともとレコードのセールスとオンエア数から始まっていますが、そのまま持ってこれませんものね。例えばラジオ大国アメリカと日本じゃオンエアのインパクトが全く違う。

礒﨑:あとジュークボックスですね。

――それで日本も最初はCDとラジオでヒットチャートを始めたけどその後、礒﨑さんは日本発の指標も取り入れてゆくことになった。

礒﨑:はい。Twitter(現X)と、ルックアップ(CDのPCへの読み込み)、最近だとカラオケですね。その間アメリカと同じくダウンロード、ストリーミング、動画もチャートに取り入れています。

Twitterは2022年の11月に指標から外しましたが、当初合算を決めたのは、日本だとラジオだけではメディアの動向を追うには弱すぎると思っていて、そこをフォローするデータが欲しいと思い導入しました。

――Tweet数のチャート反映は、日本でビルボードのジャパン・チャートが音楽ファンに注目を浴びだすきっかけになった気がします。

礒﨑:ありがとうございます。「Twitterはランキング番組へのリクエストはがきと同じ感覚であってもいいんじゃないか」と思っていました。

ただ複数枚購入やYouTubeなど顧客参加型のクリエイターエコノミーの趨りがすでに起きていたので、Twitterを指標にしたらファンダムの強いアーティストのファンの参加率が上がりすぎてしまうという懸念は当初からありました。それがその後、Twitterを指標から外した理由です。

ルックアップは日本独自だったレンタルのマーケットを反映したかったのと、複数枚購入されたCDが実際どの程度聴かれているのかフォローしたかったので導入しました。

――なるほど。昔話になりつつありますけどレンタルは日本ですごく強かったですからね。

礒﨑:それとルックアップのデータを使うと販売後も長期間アクティブなCDを見つけることができたんです。ですからCDのバックオーダーの部分で小売店に貢献できるように、という意図もありました。当時、小売店にデータ販売営業も開始していましたし。

――それはレコード会社も助かったでしょうね。そこまでくると「ビルボード、役に立つじゃないか」と業界の風向きも変わったのではないですか?

礒﨑:「ビルボードのデータは楽しい。いろいろ掘れていくらでも遊べる」と言っていただけるようになりました。2010年代半ばからは普通にいろいろ相談できるようになりましたし、例えば「ストリーミングのキャンペーンについてどう思いますか?」という話題もレコード会社やストリーミング各社とできるようになりました。

また「ビルボードとライブ・イベントを一緒にやりませんか?」ということをスペシャさんの協力をいただきながらやるようになり、ライブ事業を通じてストリーミング各社との関係が深まって、単なるデータのやり取りを超えた結びつきが出来上がったんですね。

――2010年代から調子も上がってきた?

礒﨑:割とやりやすくなりました。でもスポーツ紙やテレビ局で決裁権のある方々は今でもオリコンさんを外すことは許しません。「今まで見ていたデータはこれだから過去と比較するなら、シングルの売上チャート一本槍でいくべきじゃないか」という方もいらっしゃいましたね。

――それはちょっと驚きですね。

礒﨑:ですが、そうした方々をビルボードライブに招待すると「あのアーティスト売れてきたね」「外タレのあの人、大好きなんだよ」と話して下さって、本当に音楽ファンの顔になるんですよ。音楽好きに底意地の悪い人はいないと思って、「ビルボードライブに呼ぶならどんなアーティストがいいですか?」とか話しながら、ジャパン・チャートの意図を説明してきました。

邦楽アーティストの海外進出を助けるチャートづくり

――礒﨑さんにとって今のチャートは目指す理想の何合目までたどり着いたのですか?

礒﨑:「理想のチャート」は私が退職したあとも常にあると思っています。今、興味があるのは国内なら「短尺動画を指標に入れたらどうなるのか」ということと、海外なら「グローバルでは邦楽はどうなっているのか」ということです。そのグローバル・データを使って「この国なら日本の楽曲はどんな形で浸透するのがいいのだろう」と考察を重ねて日本の楽曲の勝率を高められたらいいなと思います。

――Global Japan Songs excl. Japanですね。邦楽アーティストが世界ツアーを企画するときに強力なサポート・ツールになりそうです。

礒﨑:始めるとき、レコード会社からの期待はとても高かったです。例えばYOASOBIのことはSMEさんならデータを持っているのは当然ですが他社はわからなかった。どのアーティストがどの国で売れているのか分かれば、自分のところのアーティストを海外で売るにはどうやればいいか戦略も立てられるようになります。

――それとSpotifyやYouTubeなどで邦楽に関する指標をバラバラに見せられても海外の音楽ファンはどう反応していいか分からなかったと思うんですよね。

礒﨑:日本と違って海外ではチャート番組が強いので、例えば韓国のチャートにランクインするのは日本のアーティストを知ってもらう大きなチャンスなんですよ。アメリカのHOT100に入りたいなら、どのチャートにどの程度食い込んでゆく必要があるのか、そうしたことを分析できるようになります。

――アニメのタイアップで世界進出は分かりやすいですが、最近は藤井風とかアニメ関係無しで世界でヒットする邦楽が出てきた。その理由が「YouTubeやTikTokで当たったから」ではなく、もっとしっかりと分析できるようになるとヒットの再現性が高まりますね。

礒﨑:「海外進出ならアニメ、TikTok」で片付けるのは単純すぎてアーティストの可能性を狭めている気がします。みんなサビのところで歌って踊らなきゃいけない、とか。

――そういうのとは関係ないヒットが出てますものね。例えば、Nujabesって今でも海外にこんなに響いてるんですね。読んでて嬉しかったです。

礒﨑:はい。歌である必要もないです。

――とはいっても本にありましたが、グローバル・チャートのなかで日本の曲が占める割合は0.4%、韓国の曲は4%、アメリカの音楽は53%と、日本はまだまだ始まったばかりですね。でも、この0.4%の段階から勝ちパターンを探せるようになるのはたいへんな援軍だと思います。

礒﨑:ありがとうございます。日本の長所は過去の曲のアーカイブが豊富にあることです。そこに刺さる国を見つけられたら韓国とは違ったグローバル展開も目指せると思います。

――ストリーミング時代になって新曲よりも10年以上前の楽曲の方がずっと聴かれてますからね。実際、最近はシティポップも世界に響いてます。

礒﨑:ビルボードは今、中国や韓国、東南アジア諸国にもサブライセンスしています。アジア全体で連携を取りながら日本のコンテンツを紹介できるようにしたい。

――0.4%だと、まだ民芸品に近い立ち位置ですが、それが叶ったときには日本の音楽は国際的な商品として流通しますね。

礒﨑:データを見ていると、「英訳しなきゃ」とか「その国の言葉にローカライズしなきゃいけない」というのは単純すぎたと思います。ローカライズは必要条件ではないです。

――松田聖子は日本語で歌ったほうがよかったというような?

礒﨑:英語の歌詞で、東南アジアで売れているけれど韓国では売れてなかったり、と色々なパターンがあります。

――この前、ワンオクの事務所の方へ取材しましたが「英語の曲だから受ける、というものでもない。日本語の曲でもみんな覚えているよ」と。何語であろうと音楽は関係ないという意見でした。

礒﨑:今ではJ-Pop、K-Popという分け方もシンプルすぎるのではないか。例えばシティポップ風の曲、YOASOBI風の曲は今では日本以外でもどんどん誕生しています。そうした曲がたくさん出てくればグローバル・チャートは本当に面白くなります。

――先ほどのワンオクのようなロック、imaseや藤井風のようなR&Bが刺さったのはアメリカ発の曲がヒップホップに偏りすぎたからかなと思っているのですが?

礒﨑:ジャンルで分けて分析するのはもうリアリティが無い印象があります。グローバル・チャートの日本の曲を聴いているとジャンル的には本当にバラバラなので「このジャンルだから聴かれている」という時代ではない、と。

ただ、例えばあいみょんが韓国ではとても受けている。「メロディーが分かりやすい歌手がこの地域では流行るんだな」というふうに、国ごとにリーチしている曲が違うのが面白いです。

楽曲型ファンダム? 超実践的なチャート解説

――第2章、第3章はアーティストを比較して具体的なチャート分析のテキストになっています。そこに「アーティスト型ファンダムと楽曲型ファンダムがある」という分析の軸があるのですが「楽曲型ファンダム」というのは礒﨑さんの発明した言葉?

礒﨑:ファンダムというとフィジカルに紐づいたものとされていますが、チャートを分析してゆくとフィジカル(CD)が動く型とストリーミングが動く型がある。今まで言われてきたアーティストが好きなファンが中心のファンダムと対比して、楽曲が好きなファンが中心の「楽曲型ファンダム」を置きました。

――いくつかヒット曲が出てアーティスト型のファンダムが出来ても時が経つとファンが流出して萎んでくる。そんな中、新たなサイクルに入るべく新フェーズを創るには楽曲型ファンダムが有効だ、とありました。

礒﨑:例えばスピッツは、カタログ曲のチャートインが目立ちましたが、2023年、「美しい鰭」で新しいファンが集まり新たなサイクルに入っていきました。「楽曲型ファンダム」の有効性はチャートを色々分析していて気づいたことです。

ベテランに限った話ではなく米津玄師やYOASOBIであっても次のサイクルに入る前というのは結構、総合ポイントが落ちてくる。アーティストのファンだけが残っている状況で、ストリーミングでも限られた曲しかチャートインしない状況です。そこから一気に持ち直すのは、トリガーとなる曲があったというのが、何度も見てきたパターンです。

――ここ1年、ファンダムがバズワードになっていて、最近だとスーパーファンという言葉も出てきましたが、アーティスト型ファンダムというのはそれこそ日本の場合、SNSが登場する前からやってきたことです。

でもファンが離れて勢いがなくなった時、どうすればいいのか? そんな状況の中「新曲を書いてくれよ」と言ってもしんどいでしょうけど、「楽曲型ファンダム」を作れば立て直せると分かっていたらやる気が違うと思うんですよ。広まってほしい考え方です。

礒﨑:そうですね。新曲だけではなく過去曲もトリガーになりうる「楽曲型ファンダム」は、配信が浸透してアーカイブに自由にアクセスできる環境ができあがったことで成立した現象だと思います。

――逆にTikTokなどで一発、曲が当たったけどアーティスト自体のファンが増えない状況に対する処方箋も本に書かれてますが、いかがでしょう?

礒﨑:楽曲が認識されているだけではダメで、その楽曲に紐づいた形でアーティストを理解してもらう文脈づくりが上手いアーティストと、とりあえずYouTubeでいろいろ喋っているだけでアーティストと楽曲が上手くリンクしないアーティストでは差が出てきます。

――文脈づくりというと例えば?

礒﨑:アーティストと楽曲が上手くリンクした動画を短いスパンで集中投下できれば、アーティストの世界観を伝えるのに有効で、エンゲージを高めることができます。

――音楽ビデオが大事ということですか?

礒﨑:音楽ビデオに限ったことではなく楽曲とアーティストが紐づいた動画全般です。

――音楽ビデオも、ただかっこいいとか面白いだけじゃダメで、アーティストのストーリーとか世界観が伝わるものでなければならない?

礒﨑:はい。例えば藤井風さんが成功したのも初期に自分の狭い部屋で横顔だけ見せて、いろいろなカヴァーを歌うことで、ファンとの親密な関係性を構築した。

それがエスタブリッシュされたアーティストだと「音楽ビデオは制作費をかけてちゃんと作らないといけない」というふうにやっていたら動画一本だけで、伝播させることが出来ず再生数も伸びない。

――最近、制作費がなくなったのもありますが「音楽ビデオってどうがんばっていいのかわからなくなった」という面がありました。ちゃんとアーティストさんのストーリーと世界観を伝えて楽曲型ファンダムを作れば、それがアーティスト型ファンダムに繋がってゆくんだよというのをデータで示したのは、やる気が出ると思うんですよ。

礒﨑:どんな規模のアーティストさんでも基本的にはこういう考え方で行けるかも、というつもりで書きました。

データが語る。テレビ音楽番組の問題点

――それとテレビの音楽番組についても考察されてました。テレビの影響力が今でも高いのはデータで出ているんですよね?

礒﨑:はい。

――でも視聴率を上げるのに今までだったら、アーティストパワーが強いからこの人を呼ぶというやり方はもう通用しない、と。

礒﨑:「このアーティストだったら数字が◯%」と、その数字を足し算して視聴率を先読みするのはデータ的に、もう有効ではないです。視聴率だけが、その番組の判断基準ではなくなったからです。

――これからは楽曲型ファンダムを考えてキャスティングしなきゃいけない?

礒﨑:放送される楽曲が、番組から外の世界へどう波及していったかが今後に繋がっていくのでそういう番組作りが求められています。縛りが厳しい番組と、結構自由になってきたねという番組に二極化してきた印象を受けます。

これまでは割とがんじがらめなキャスティングでしたが、お客さんはいろいろなものにチャレンジしている方が見ていて楽しいんじゃないですか。

――テレビ番組の話をすると、どうしてもジャニーズの話をお訊きしなくてはいけなのですが、ジャニーズ問題についてかなりページを割いていますね。

礒﨑:ジャニーズに限らないです。マネジメントとレコード会社とメディアの密接な関係というのはチャートを創る側としては考えないわけにはいきませんでした。

我々は番組にデータを提供している立場でもあります。データが示しているのは、番組でアーティストとのタッチポイントだけを作るのは有効ではなく、パフォーマンスを通して楽曲の持つファンダムともタッチポイントを作る必要があることでした。

――有力なマネジメントに紐づいた番組制作は視聴者のエンゲージメントを落としかねない、ということをデータで見て改めて感じていた?

礒﨑:はい。アーティスト型ファンダムの強い人がテレビに出演して順位が上がるのなら意味があるでしょうが、チャートの動きにほとんど関係がありませんでした。

――既得権益とかスキャンダルとはぜんぜん違う方向で、「データで見るとテレビの音楽番組の今までのやり方は通用しません」という話ですね。せっかく今でも影響力があるのに…

礒﨑:「もったいないですよね」という話です。

音楽業界はデータ・アナリストが必要だ

――ビルボードのデータを読み解ける人というのは事務所やレコード会社でも育ちつつあるのですか?

礒﨑:あります。この本の元になったデータ講座に参加された方々から話を聞いていると、コロナ禍以降、ビルボードがやっているように複数のデータをどう見渡すか。データ分析班がマネジメント、レコード会社だけでなく音楽出版社、テレビ局に育ちつつあります。みなさんから様々な情報を教えてもらうのが楽しいです。音楽業界でデータ・アナリストの需要は高まっていると思います。

――時代は変わってきているのですね。

礒﨑:はい。でも制作・宣伝の人って当たりがきつい人もいるじゃないですか。「なんで来週1位じゃないんだよ!」とかすごく厳しく言われることもあるらしいんです。

――データ班は学者みたいなものですから俗世間から隔離するしかないですね(笑)。保険会社も料率を決める数学者は営業等から分離してます。

礒﨑:私もレポートを書いていますが、クライアント企業のアーティストにネガティブな分析が出たときは書き方に悩みます(笑)

――まだ本当のことは全部言えない?

礒﨑:そこをどう表現して伝えるのかが腕の見せどころな気がします。

――本当は、全てお見通しということですね?

礒﨑:いやいや、そんなことはありません。ビルボード・チャートを創っていくときも「複合チャートが必要です」「アメリカはこうなっています」と単純に話してもブランディングは進まなかったと思うので、とにかく静かに進んでいって気づけば浸透していくように、と今でもやってます。

――NeuroAI(ビルボード・ジャパンとNTTデータが開発したヒットを予測するAI)についてはいかがですか?

礒﨑:今後、グローバル展開に活用できないかというところでホールド状態です。今、生成型AIの方に世間の目が行っているというのもあって。

――そうですか。本にもありますがヒットの予測率、かなり高いみたいですね。

礒﨑:人間だとこれまでジャンルなどでトレンドを捉えてそこから楽曲づくりに入っていく発想だったのですが、AIは反応で捉えていくのでジャンルとか関係ないんですよ。だから制作・宣伝の方々が納得の行く説明が出来ないという課題があります。

――僕も心拍数から脳内物質の分泌を推定・分析して高確率でヒットを予測する別のAIを記事にしたのですが、AIは人間のプロセスは見てないですからね。本当はレコード産業全体を変えてしまうほどのポテンシャルがあるのですが。

礒﨑:某社と検証実験をしたのですが、うまく説明ができなくて、次の仕事がなくなったことがありました。

――次のステップとして、AIの分析結果を人間が理解できるように言語化する必要がありそうですね。

おわりに

――話は遡りますが、この本を書いたきっかけは?

礒﨑:きっかけはここ2年、データ講座をやらせていただいて、そこでデータの分析方法をみなさんに説明しやすいロジックが仕上がったことでした。同時にヒット・チャートがある程度わかってきて、日本とグローバルの関係が説明できるのがビルボード・ジャパンしかないことに気づいたのも執筆の動機です。

それとクールジャパン関連のデータをこの2年間、拝見する機会が多かったのですが、すごくフィジカル寄りのレポートだったのです。フィジカルとデジタルのバランスを踏まえてここ十数年のマーケットの変化をちゃんと文字化しておくことができればと思ったんですよね。

――なるほど。読むと、世界的に見ても礒﨑さんの発明が本当に多いですね。CHART insight Plus(チャートの背後のデータへ安価にアクセスできるサービス)も日本発?

礒﨑:そうです。

――その意味でもこの本は、日本の音楽ファンやアーティストに希望を与えるだけでなく、ビジネスをがんばっているみなさんにも勇気とヒントを与えてくれる本だと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

書籍情報

『ビルボードジャパンの挑戦 ヒットチャート解体新書
データを読み解きアクションを加速する』
著者:礒﨑 誠二(ビルボード・ジャパン チャートディレクター)
監修:山口 哲一(エンターテック・エバンジェリスト、StudioENTRE代表取締役)
仕様:A5判 / 192ページ
発売日:2024年2月20日
定価:2,420円(税込)
発行元:リットーミュージック