【特別取材】TuneCore Japan、国内ストリーミングシェアでユニバーサル、ソニーに次ぐ国内3位の存在感 「単なるディストリビューターを超えて」野田威一郎社長が語る次のヴィジョン(後編)
Photo:TOKYO Takashi
アーティストへの還元率100%で旋風を巻き起こしたTuneCore Japan。今や同社は国内でのストリーミング再生数シェア、還元額では3位につけるほどの存在感を放っている。先日発表した「MUSIC STATS 2023」では2023年のアーティストへの還元額は155億円に、サービスローンチからの累計では547億円にまで達している。サービス開始10周年を経て、いま改めて「次のステージを目指す」と語るTuneCore Japan野田威一郎社長にこれまでの思い、そしてこれからのヴィジョンを語ってもらった。
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也、Musicman編集長 榎本幹朗 取材日:2024年5月16日)
プロフィール
野田威一郎(のだ・いいちろう)
チューンコアジャパン株式会社 代表取締役社長。1979年生まれ。東京都出身。香港で中学、高校(漢基国際学校)時代を謳歌し、1997年に日本に帰還。クラブでイベント企画、デザイナーをしながら、慶應義塾大学を2004年に卒業。同年、株式会社アドウェイズに入社、メディアディビジョンマネージャーとして上場を経験。2008年に独立しインターネットサービスでクリエイターを支援する会社「Wano株式会社」を設立。2012年には TuneCore Japan K.Kを立ち上げ、現在に至る。
国内マーケットシェアでユニバーサル、ソニーミュージックに次ぐ3位に
屋代:アーティストへの還元額が二次曲線的に増えてますね。
野田:そうですね。
榎本:アーティストサイドへの還元額が去年で155億円。先日Musicmanでも記事にしたのですがSpotify Japanの去年の還元額が200億円。雑に並べたらいけないかもしれませんが、それでもSpotifyの背中が見えるほどの規模になってきたのはすごいですね。
野田:あのニュースですとSpotify で国内アーティストが生み出した印税の60%がインディペンデント。国内アーティストが生み出した印税のほぼ半分が海外のリスナーによるものでした。TuneCore Japanの場合、海外からのアーティストへの還元額は全体の13%でした。
国内でのストリーミング再生数シェア、還元額では、2022年に続いてTuneCore Japanはユニバーサル、ソニーミュージックに続く3位でした。
榎本:デジタルではメジャーレーベル級になってきているわけですね。ストリーミング売上が主流になったら大変なことになりそう。ほんとうにすごいところまで来られましたね。
野田:いえいえ、まだまだこれからです。
「音楽を流通させるだけ」の時代は終わり、TuneCore Japanは次のステージを目指す
野田:今まで僕らのイメージって恐らく「単に楽曲を流通させる業者」だったと思うんですね。それでいいと思ってたんですよ。それが経営戦略でもあったので。なぜなら流通(ディストリビューター)というのを知らない人たちに「流通というのはこういうことだよ」となるべくわかりやすく、シンプルに伝えたかったので。
それが昨年10周年を迎えて、今はもう当たり前にみんな配信する時代になってきたんで、それまで使ってきた「あなたの音楽を世界へ」というキャッチコピーも「あなたの音楽でセカイを紡ぐ」とアップデートして、コミュニティやクリエイターエコノミーの意味合いを持ったものにしました。
アーティストたちの価値観や世界観は大切に尊重しつつ、デジタル全般のサポートをさらに充実させていくイメージで、サービスとしてもっと成長していきます。そして、今はちょうど切りのいいタイミングかなと。
榎本:なるほど。本日の本題ですね。
野田:シルヴァンも言ってたんですけど、ただの流通の時代は終わった、と。それはそうだと僕も思っていて、それは一部の世界はもちろん日本もそうです。次のフェーズが来ています。
そんな中で、僕らは僕らでインディペンデントの魂を持っているアーティストたちを支援するというスタンスを根本に持ち続けながら、どんなアーティストでもメジャーと同じくらいのことにチャレンジできるサービスを目指していくということを改めてやっていきたいなと。
そこへ向かって成長していく際に、僕らの一つの強みと思っているのはアーティストの数だと感じています。なので、それをコミュニティ化して、みんなが切磋琢磨したりコラボに繋がるような環境を整えていく。先日第二弾をスタートした『Rework with』というプロジェクトや、Split機能などはその布石です。これからは単純に楽曲を配信するだけでなく、配信する前までの過程もサービスの対象にあるし、楽曲を配信した後の過程も同様です。
※音楽クリエイターエコノミーがより広まることを目指したプロジェクト『Rework with』。第一弾は『Rework with ハナミズキ』、第二弾は『Rework with 可愛くてごめん』
「メジャーがやれることとインディペンデントでやれることの差を埋める」様々な機能を提供
野田:これからはいろんな面で競争が激しくなっていくと思うんです。僕らもそうですし、僕らを利用するアーティストもそうです。デジタルシフトは当たり前になって、配信するのも当たり前になってきているので、これからは切磋琢磨。今度はその上で「どうプロモーションしていくのがいいのか」という戦いになっていくだろう、と。
榎本:これからはTuneCoreでプロモーションやるんですか?
野田:僕らは「メジャーがやれることとインディペンデントでやれることの差を埋める」のが理想ですから、やれる範囲では支援していきたいと思っています。ただ、我々はWebサービスですから仕組みや環境作りでその差を埋めていきたいなと思っています。
とはいえ、出来る範囲でのプロモーションに関する取り組み自体は今までもやっているんですよ。例えば、配信先にピッチできるSubmit機能を提供しています。
榎本:知らない読者のためにお訊きするのですが、ピッチというのは具体的にどんなことを?
野田:ピッチは、一般的には自分の楽曲をプレイリストなどに入れてもらうためのPR活動を指すことが多いですね。TuneCore Japanでそれを仕組み化したのがSubmit機能です。Submit機能は誰でも利用できるので、Apple MusicやSpotifyなどのいわゆるDSPと繋がりを持っていないインディペンデントアーティストも、我々を通じてDSPの編成担当者さんに自分の曲をプレゼンすることが可能になりました。
他にもLinkCoreというマーケティングツールも提供しています 。音楽配信用の短縮URLサービスを出したのは日本だと僕らが最初でした。
榎本:LinkCoreはTuneCore Japanが作ったんですか?
野田:はい。TuneCore Japanから配信するとその作品の配信先のリンクをまとめたURLが自動的に生成されて「これ使ってシェアしてね」というふうに利用できます。元々、そういうかゆいところに手が届く、アーティストが宣伝するために必要なツールを提供してきた実績があります。
他に先ほども少し触れたSplitという、配信収益を関係者間で自動的に分配できる機能も提供しています。
榎本:いろんなクリエイターが曲に関わっている場合に使う?
野田:そうです。これらの機能は既にかなり使われてますね。
榎本:Splitはコラボでお互いのファンを増やすのに有効でしょうね。ヒップホップとか、コラボはマーケティングの基本ですもんね。
野田:コラボで曲を作るときに「Splitのシェアは何%ね」という会話をみなさんもうしていて。持ち出しがなくても原盤での収益の何%かを決めて。
榎本:Splitを使えば、例えばインディペンデントのアーティストたちがエンジニアを時給で雇えなくてもレベニューシェアでエンジニアと仕事が出来ちゃう?
野田:そういうふうにけっこう前から使われています。かなり普及していると思いますね。
榎本:「Split」で話が通じるようになってきた?
野田:はい。さらに、一昨年の9月から著作権管理サービスも提供しています。オンライン上でワンストップで管理できるようにしていて、JASRACに音楽出版社として代行登録してます。
榎本:手数料も15%とのことですよね?
野田:はい。ワンストップで配信リリースとあわせてご利用いただけます。やっぱりアーティストの収益を最大化することで、彼らは継続的に活動できるようになると思いますから、原盤に紐づく配信収益以外の部分もできる限りアーティストに還元できるサポートができればと考えています。
さらに、カラオケ配信サービス や動画クリエイターと音楽アーティストをつなぐサービス「TuneCore クリエイターズ」なども昨年から提供を開始しています。
権利に関するリテラシー、作品管理の重要性
野田:また、プロモーションに関して言うと、例えばレーベルさんだと宣伝する対象のアーティストはどうしても限られますよね。限られた予算の中で「そのなかでも良い」と思ったアーティストにしか予算が投下されないのは世の常ですし。だからそこに選ばれるアーティストって極々わずかで、それはそれでいいと思うんです。TuneCoreからリリースしてある程度実績が出てから、うまくマッチングするメジャーレーベルに移行して、大規模なプロモーションをしてもらえるのであれば、それはそれでWin-Winだと思います。
でもレーベルの何かしらの都合でプロモーションのプライオリティが低くなったことにアーティストが文句を言っても、契約によっては楽曲の権利がレーベルに全部移ってしまっていたりすると、思うような活動ができなかったりする。今は権利をアーティスト側がコントロールするケースも出てきていますけど、それでもまだ権利に疎いアーティストはとても多い。最初に契約書にサインしたはいいけど、上手くいかずに、その契約下でリリースした音源も自分たちの曲なのに自由に使えず路頭に迷ったりとか、あまり納得してないけど在籍し続けたり。でも、TuneCoreを上手く利用することで、自分で原盤を持つ作品を保持しながら、今後の人生を考えた上でメジャーとの交渉もできると思います。そういった権利リテラシーをアーティスト自身が学ぶことのできるコンテンツ「アーティストのための法と理論」 の発信も行っています。
屋代:現実に、TuneCoreからの配信作品を残したままメジャーと契約するアーティストは、もういるのですか?
野田:たくさんいらっしゃいます。TuneCoreを法人利用されているプロダクションや事務所でもそういうケースはあります。それこそ事務所がレーベルと契約交渉する前にTuneCoreを利用しながらがんばって自分たちのパワーを蓄えておけば、契約を結ぶ際にポジティブな交渉材料にもなるでしょうし。
榎本:契約前から一定のアーティストパワーが確保されている事自体は、レーベル側にもメリットはありますよね。これから事務所でもディストリビューターに楽曲を置きつつ、レーベルと契約するケースは増えそうですね。
野田:既にカタログごとに「このカタログはここへ預けて」という事例は昔よりだいぶ増えたんじゃないでしょうか。
屋代:非常にフェアな状態になるってことですよね?
野田:はい。ただ、お金がある大きなところとやるなら出来ることが多くなるのも、それはそれで公平なことじゃないですか。とはいえ先ほどお話ししたように、どうしても予算やサポートの対象から外れてしまうアーティストは出てきてしまうと思うので、そこをネットの力で僕らがサポートできればと考えています。配信だけじゃなく、そういう付随的なサービスを今後はさらに拡張していきたいですね。
デジタルマーケティングのノウハウもアーティストと共有
榎本:今はTuneCoreを使ってカタログを流通させてるレーベルさんもあるんですよね?
野田:はい。法人に対しても、要望に応えているうちにそうなって、僕らもデジタルマーケティングのノウハウが蓄積されてきています。事務所さんともやってます。
榎本:なるほど。そのノウハウはTuneCoreの個人ユーザーにも提供している?
野田:ノウハウやTipsはArtist Loungeというワークショップやアーティストガイド、そしてTHE MAGAZINEでも情報共有しています。
あとはTuneCoreを使ってるアーティストたちを招いて、YouTubeさんと一緒に勉強会を開いたりもしています。実はYouTubeがレーベルや事務所といっしょにやる勉強会があるんですけど、同じように僕らのTipsをアーティストにお伝えできればと思って開催しました。
そういうオンライン、オフラインの情報共有でアーティストに知見がたまれば、クリエイティブなプロモーションがもっと生まれるかもしれないですから。
榎本:なるほど。
野田:これはYouTubeだけじゃなくて、Spotifyさん、LINE MUSICさん、TikTokさんとやったこともありますし。エデュケーションは必要だと思うので。
榎本:エデュケーションはTuneCoreを使った配信の仕方だけじゃなくて他に?
野田:成功事例のTipsです。YouTubeやTikTokを使った成功事例、Tipsの共有。もちろん基礎編もやります。音楽はすごいものを作るけれど、ネットの活用に関しては知識ののびしろのあるアーティストさんはとても多いので。
榎本:ということは「これから次の段階に入る」と仰いましたが、ある意味、ずっと前から。
野田:そうです。すでにちょっとずつ次の段階へ入っていたのですが、昨年、明確にしっかりメッセージを変えて。僕ら自身でも「ただ流通してるだけだって思われていたらもったいない」とメンバーの意識も変えて。
榎本:仰るとおりですね。この前、Believeのシルヴァンさんのインタビューが予想外にバズって僕も驚いたんですが、Xで広がったきっかけは「TuneCoreの親会社Believe」とタイトルに入れたから、というもあって「TuneCoreブランド、すごいところまで来てるな」と思ったんです。だからぜひ、みんなの期待がかかっていると思うので。
野田:頑張ります(笑)。
榎本:TuneCoreならきっと何かやってくれると思ってるはずですよ?
野田:Webサービスなので、みんなが欲しいものは必然的に要望になって上がってくるんですよ。その声をいかにキャッチして成長していくか。例えば先ほどのLinkCoreとか、そこまで派手な機能ではないですよね。でもリンクがひとつにまとまってなかったら55サイトあったら55リンク貼らないといけない。55リンク貼るのはXじゃ無理だから結局Apple MusicとSpotifyのものしか貼らなかったら、機会損失だらけになってしまうんですよ。そういう細かいけど大事なことを積み重ねてきたから、LinkCoreを何も考えずに自然に使ってくれた人たちが、意外と宣伝が上手くいってたりとか。そういうことが、派手じゃないけどあると思うんです。
企画やオーディションでオフラインの機会も提供
屋代:音楽フェスなど、デジタル以外のサービスも考えているのでしょうか?
野田:オフラインイベントの要望はアーティストからもたくさんあります。昨年開催したアワード(Independent Artist Awards by TuneCore Japan)はすごく喜んでもらえました。インディペンデントなアーティストを表彰するというイベントはこれまでなかったので。
榎本:昔、野田さんと飲んだとき「どうやったら広まりますかね?」と聞かれて「僕は音楽メディア出身だから、僕だったらTuneCoreのアーティストを紹介するWebマガジンと、表彰するイベントを考える」と答えたら野田さんが「うーん、僕ら流通だし、早すぎるかな」と。
2013年だと、仰るとおり早すぎたんですが(笑)、TuneCore JapanのWebメディアTHE MAGAZINEも立ち上がったし、アワードもやったし、フェスも今ならどうですか?
野田:今ならイベントもありかもしれない。ただ、僕らはそれが専門ではありませんし、アワードは感謝されましたけど、やっぱり相当な手間もかかるので、どこかとご一緒できるのであれば、というのが現状かもしれません。
イベントというか、インディペンデントアーティストにステージ出演の機会を提供するオーディション企画はだいぶ前からやっています。最近だとフジロックさんやラッキーフェスさんとコラボレーションしてオーディション企画を実施し、アーティストから非常に多くの応募をいただいています。
「野田さんは過激な人だと思った」
榎本:初めてお会いしたのが創業から1年経った頃でしたが「すごい過激なことをやってるな」と思ったんですよ。
野田:(笑)。
榎本:だってあの頃、デジタル売上って全体の15%ぐらいで金額もどんどん減っていたし、ストリーミング売上はほとんど存在してなくて、スマホもSNSも普及しきってなかったでしょう? ディストリビューターってそういう条件がすべて揃って成り立つはずですから「今からやっちゃうんだ。革命家タイプなのかな?」って。
野田:ちょっと早すぎたかもしれませんね。「早すぎる」というのはよく言われますけど、僕はIT側にいたので「早くやらないとすぐ誰かがやるぞ」という感覚だったんですね。むしろけっこう焦ってたんです(笑)。
榎本:この前、Believeのインタビューを出したのですが、びっくりするくらいバズったんですよ。「ディストリビューターって何?」って感じで一般受けしないかもな、と予想してたのですが、先に言ったようにどうも「TuneCoreの親会社」というタイトルが刺さったらしくて。
それで「こういう時代になったんだ」と時の流れを痛感したんです。音楽ファンもクリエイターもデジタルネイティブ世代で、スマホで音楽を探して音楽を聴く。音楽もパソコンの中で作ってそのままTuneCoreにアップロードして、TikTokやSNSで拡散するのが当たり前になっているアーティストたちが多数派になったから、こんなに反応したんだろうなと。だからそこに至るまで11年かかったということですよね。
野田:僕のなかの分析だとSpotifyが日本に上陸した2016年には「一気に来る」と思ってたんですが、そうは上手くいかなかった。榎本さんはよくご存知だと思いますけど「あれ?もっとかかるぞ」となった。
屋代:Apple MusicやSpotify、LINE MUSICが出てきた瞬間、一気に伸びたわけではないのですね?
野田:もちろん、そのタイミングで配信先が増えたのですが、僕が想定していた勢いではなかったです。
榎本:僕は「日本でサブスクの普及は遅い」と見てました。なぜなら初めの数年、音楽サブスクに邦楽が集まりきらなかったから。
野田:そうでしたね。実は、それはそれでOKで、僕らのリリースした曲のシェア率が高かったんですよ。僕らはそのときも啓蒙活動をやり続けました。「インディペンデントのアーティストたちは今のうちにストリーミングの知見をためた方がいいですよ」と。
2019年、TuneCore Japanのアーティストがいよいよブレイク
榎本:でもハードルを超えるのは大変だったでしょう?
野田:最初の3年間は赤字でしたね。2015年にApple MusicやLINE MUSICが出てきて、そこで単月単黒になったかな。そこでちょっと安心できて。「あとはストリーミングが伸びていけば一気に増えるだろう」と思っていたら、スロースタート(笑)。利用者や再生数はローンチからずっと右肩上がりで伸びてはいますが。
その後2019年ぐらいに、ふたつめの波が来たのを感じていました。ストリーミングの成長期がやっと来て、我々のアーティストが各ストア(※音楽配信)のチャートに入るようになってたんですよ。でも、「世の中ごと」にはなってなかったんですね。SpotifyやApple Musicでチャートインしても、世の中ではなかなかお茶の間のヒットという認識にまではいたらないというか。
榎本:2021年のTuneCore JapanのARTIST SPOTLIGHTを今、見てますが…。2021年の段階でもう凄いですよね。これ、anoちゃんでしょ?YOASOBIのAyaseも。
野田:彼は初期のソロ作をTuneCoreで配信していますね。
榎本:他にBAD HOPやDef Tech、Daoko、Tohji、サニーデイ・サービスとかも。
野田:2019年にLINE MUSICのような若い世代の集まるストリーミングサービスでTuneCoreを利用するアーティストたちがバズり始めたんですよ。さらに、その翌年にTikTokが来てそこで流行ってるTuneCoreのアーティストたちがいたんですね。僕らは多分、日本で一番最初にTikTokへ楽曲を提供しはじめた会社なんですけど、そういうムーブメントが起きて。
それからコロナのときに、みなさんご存知の瑛人さんの「香水」がバズって。あの曲もTuneCoreからリリースされていたんです。その後yamaさんや川崎鷹也さんとか、元々TuneCoreなんだけど今、メジャーに移行したアーティストたちがワーって出てきたのが2021年あたりです。そこからバズヒットの文脈が一気に増えてきました。だから毎年僕らを利用してくれてるアーティストたちの新しい動きが出てきています。
2020年、思い描いたヴィジョンが遂に現実化
榎本:ディストリビューターという仕事は、デジタル・トランスフォーメーションが広まってないと成り立ちにくいですよね。
野田:そうです。
榎本:コロナがあって日本で無理やりDXが進んで。それが大きかったのですか?
野田:デジタルでプロモーションできるTikTokやInstagramのリール、YouTubeもそうなんですけど、その受け皿側となるストリーミングの規模感が出てきたのが大きいですね。この基本的な形が出来たのが2020年から2021年かな。
榎本:野田さんの求めていた勢いが出てきたのがそのあたり?
野田:そうですね。TikTokなどのSNSが音楽デジタル・マーケティングとの相性が良くてハマり出して、ストリーミングの規模も出てきました。
榎本:野田さんのヴィジョンが遂に現実になってきた。
野田:そのタイミングでアーティストも楽曲も規模が大きくなってきて、返ってくる金額も大きくなって、アーティストも潤い始めて、さらにスケールし始めました。
元々の目標である「メジャーじゃないと出来ないこととの差を全部埋めていこう」というのは今でも思ってます。メジャーとなるべく同じインフラを提供して、それを活用するアーティストのクリエィティヴィティが広がっていったらどうなるかというのを実際にやってみたら、日本のトップチャートにも入れることが証明できました。
2022年にはTuneCoreから配信したTani Yuukiさんの「W/X/Y」が日本で一番再生された曲になって、Mステにも出演しました。クリエイティブの良さはもちろん前提ではありますが、「ネットを中心としたインフラを上手に活用すれば、インディペンデントでもそのレベルに達することができる」という音楽業界にはこれまでには存在しなかったクリエイターエコノミー的な新しい世界観が実証されました。
もちろんネットで人気が出た後に、メジャーじゃないと出来ないことをメジャーとやるというスタイルも今後はあると思うんです。でも、それ以外のやり方でも夢を実現できるインフラが整ってきたと思うんです。僕らはそれを理想として続けてきて、やっと近いところまで来たかなと感じています。
日本はもともとアーティストのクオリティが高い
野田:これまで僕らはインディペンデントでもメジャーと同じようなチャレンジができるような仕組みを作ってきましたが、でもやっぱり、日本にはそもそもクリエィティブの良い曲がたくさんあるからインディペンデントでもヒットするんだと思うんです。TuneCoreを利用していただいているアーティストの方々のレベルはすごいんですよ。それに加えて、個人しかり事務所さんのデジタルマーケティングのレベルも高い。TikTokをはじめとしたSNSの活用や、我々が発信するTipsの理解、ツールの習熟具合は目をみはるものがあると感じています。
榎本:TuneCoreは世界各地で使われているけど、日本の水準は高いんですね?
野田:ストリーミング売上のTOP3に食い込んでるのは日本だけです。日本は小さいレーベルや事務所がたくさんあるけど世界第二位の音楽大国でやってきたじゃないですか。その文化が、TuneCoreなどのインフラ環境で花開くということがいま起きているのではないかと。
榎本:そういうことなんですね。
野田:あとは新しいアーティストたちはチームを作って動き始めていて「まさにクリエイターエコノミーだなあ」と。日本ってそういう国ですよね。だから僕らは環境づくりを意識していて、先ほどのコミュニティもそうですがアップデートされた環境を提供・構築して、そして新しい作品がどんどん生まれていけばいいなと。
アーティストも自身の活動を自分で考える時期が重要
榎本:今回、「TuneCore Japanは第二ステージに入ります」というメッセージの発信の場にMusicmanを選んで下さいましたが、それは?
野田:そうですね。最初に媒体で語ったのがMusicmanだったし…。
榎本:2013年の記事ですね。
野田:はい。それから、しばらくそういう話を媒体でしてなかったので。
榎本:なるほど。あの頃、僕もMusicmanに連載を持ってて、それで野田さんともお知り合いになったのですが今、編集長になって最近のアクセス数を見るとかなり伸びてて。Musicmanって音楽業界人向けのサイトじゃないですか。「音楽業界人が増えた訳じゃないし、誰が増えたんだろう」と思ってたらBelieveの記事がバズったときに「DIYのクリエイターたちや、そこに集まってるコミュニティの人たちが読むようになったんじゃないか」と気づいて。音楽を作って配信してSNSで広めるのが簡単になって、たくさんの人がセミプロ化してプロフェッショナルなトークが響くようになってるのかな、と。
野田:そうなんですよ。メジャーと契約して「あとはよろしく」みたいなのもありなんですが、やっぱりインディペンデントのうちは自分のブランディングとか、自分がどうなりたいのか、誰に届けたいのかを自分で考えるのってすごく大事なんじゃないかと。
インディペンデントなスタンスでの活動について「なんか細かい作業が多くて面倒くさい」っていう声を耳にすることもあるんですけど、音楽制作はもちろんその他のアーティスト活動に関する様々なことを自分で考えた時期があるって重要なことだと思うんですよね。
榎本:良い悪いは別として今の時代、それは避けて通れないでしょうね。
野田:アーティストであっても売り方とかを自分で考えるフェーズが一定期間必要だと思っていて。バズるとワァっていろんな大人たちが来るわけですよね。その時に自分で考えて判断できる軸を自分自身で持っていられたら強いですよね。それが僕らの言ってるAll For Independenceで、本質に近いバリューなんです。独立というのは心の問題でもあるので、自立と独立というけっこう難しいテーマではありますが。でも、自分で考えるアーティストたちが増えているのは確かです。自分で配信して、収益を得て自主独立を実現するアーティストは確実に増えています。
榎本:僕もメジャーレーベルに呼ばれて話を聞いたら「なんかウチも配信だけで毎月50万円稼いで生活しているよくわかんない子たちが増えてるんだよね」と(笑)。直で自分でやって自分で広めているアーティストたちですよね。
野田:CD時代でもショップがインディペンデントに開放されていたら、みんな必死で売ろうとして同じことが起きていたと思うんですよ。でもCDは作って流通させるのに非常にお金がかかったし、棚が物理的に有限じゃないですか。
それはレーベルの資本力がないと実現できなかったし、その対価として権利を持っていくのは極々当たり前の話で、それが悪いとは僕は全く思ってないんですが、今、制作コストもそこそこ下がってきた中で、アーティストが自分たちで出来ることをやろうとしたときに最適な環境を提供したいというのが僕らの想いです。
メジャーレーベルはどうなる?
屋代:レコードレーベルはますます危機感を強めそうです。
野田:二極化していくと思っています。どのメジャーのなかでも、集中して宣伝してもらえるアーティストとそうでないアーティストって存在しちゃうじゃないですか。どうしても。
榎本:契約をもうちょっと柔軟にしていくかもしれませんね。
野田:仰るとおり、契約の内容がちょっとずつ変わってくるだろうなと。いわゆるLabel Serviceはまさにそれで、レーベルに「権利は要りませんが売上の何割かを」と契約が変わってきているじゃないですか。昔だったらお金を使ったら権利を獲得するのが当たり前だったし。でもそれをしない、という新しい形が海外で出てきている。
あとは大きなレーベルに行けば必ず成功するわけでもないし、小さなところでもマッチングが合っていれば上手くいくというのは変わらないでしょうね。
榎本:僕はメジャーレーベルは絶対残ると思ってるんです。世界で配信されるアニメのタイアップを取ってバアンと広めるなんてことはメジャーでしか出来ないですし。
野田:僕もそう思っています。僕らはレーベルを競合とは全く思ってないです。彼らが扱えない人たちが多すぎると思ったから公平な環境を用意しようってだけなので。きっかけは。
榎本:ただメジャーの形は変わるだろうなと確信してます。
野田:そうですね。
日本の音楽が「普通に」世界で流れるように
榎本:今日、野田さんの言葉で一番響いたのは、TuneCoreが日本で他国に増して上手くいったのは、日本には元々インディペンデントで音楽を作る文化、そういうクリエィティブな能力がずっとあったからだというのが「なるほどなあ」と。
世界でメジャーレーベルというのはユニバーサル、ソニー、ワーナーだけで、その三社が世界の音楽売上の6割を占めているじゃないですか。でも日本だとメジャーレーベルと呼ばれる会社は50社以上あって、世界の基準で見たら小さな会社、インディペンデント・レーベルばかりになる。事務所も原盤権をシェアしてるからインディペンデントに相当します。ある意味、ずっとインディペンデント天国だったのがこの国の音楽文化なんですよね。だから、香港で中学高校生だった野田さんが「日本の音楽の実力は高いはず」と感じてたこと、日本の音楽文化のポテンシャルへの確信は正しかったんだなと感じ入りました。
野田:僕が昔から思ってて、きっとみなさんも考えてたことで、英語の音楽って歌詞がわからなくてもみんな聴くじゃないですか、であれば日本語も一緒だろうと。例え歌詞がわからなくても楽曲自体が素晴らしければ聴かれる。アーティストのキャラクターが分かればもっと好きになる。そして、そういうポテンシャルを日本のアーティストもすでに十分に持っていますよね。
僕らの理想としているのは日本の音楽が世界で「普通になる」ということ。今、世界に向けて配信リリースすることは普通になったので、次は海外の店舗とかでその配信した日本の音楽が普通に流れるようになってほしい。日本の店でレディ・ガガが流れても誰もびっくりしないけど、海外の店舗で日本語がながれると、まだきっと「おっ!」ってなるくらい、まだ少ない。日本は世界第二位の音楽市場なわけですから、その国の曲が海外チャートに2、3曲入っていたって変じゃないと思うんですよね。というか、入っていないのは逆に普通じゃない。
というのが理想で、まだ時間はかかるでしょうけど確実にそっちの方向に向かっていると僕は感じる。最近、特に強い。みんなそれを言い出してるし、これからみんなでそっちの方に向くのかなという感覚です。
アーティストがクリエイティブに集中できるようさらにサービスを成長させる
榎本:そろそろお時間ですね。ここまでで音楽業界のみなさんには、野田さんが次に目指すイメージって伝わったと思うんですけど、最後にアーティストのみなさんへメッセージをいただけますか?
野田:マーケティングも大切なのですが、やはりいちばん重要なのはクリエィティブです。作品のクリエィティヴィティがないとバズることもないと思います。クリエィティブにどれだけ自分の時間と労力を割けるか、最大化できるか。そこに集中してもらうために僕らもサービスを成長させて、様々なサポートができればと。
そして自分を卑下することなく視座を高く持って、できる限り形に落とし込む、行動に移して欲しいですよね。「まずは作品を出そうよ」と。作品を出したら、広げる方法を模索する、SNSの勉強をするのもいいですし、ライブをたくさんするのも良いと思います。第一歩を踏み出す人の数は、思っているより少なかったりするので、ここの一歩を踏み出すアーティストの数を増やしていきたいです。たくさん聴かれている作品もトライアンドエラーを重ねた末に結果がでていると思うので、積極的にトライができる環境を作ることも我々の役割です。
あと、仲間を見つけると音楽活動がもっと楽しくなると思います。楽しく音楽活動するために仲間を見つけて、クリエィティブに集中して、作品をリリースしていく。そうするにおいてはTuneCoreを使ってくれれば大丈夫だよ、という風にしていきたいです。
榎本:ストリーミングが普及して次世代のキープレイヤーとなったTuneCore Japanの野田さんから新しいヴィジョンを聞けて、たいへん刺激になりました。本日はありがとうございました。
(了)
※前編はコチラ:TuneCore Japan 野田威一郎代表インタビュー「日本の音楽を世界に広めたくてTuneCore Japanを創った」― “音楽の民主化”を目指して
著者プロフィール
榎本幹朗(えのもと・みきろう)
1974年東京生。Musicman編集長・作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。著書に「音楽が未来を連れてくる」「THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記」(DU BOOKS)。現在『新潮』にて「AIが音楽を変える日」を連載中。