クールジャパン機構 社長に元SME 北川直樹氏が就任、北川氏の就任で投資方針はどう変わるのか
7月30日、日本の商品・サービスの海外展開を支援する官民ファンド、クールジャパン機構(株式会社海外需要開拓支援機構)の代表取締役社長 CEOに、元ソニー・ミュージックエンタテインメント 代表取締役 コーポレイト・エグゼクティブ CEOの北川直樹氏が就任した。エンターテイメトビジネスを知る北川氏が就任したことで同機構の方針はどのように変わるのか、お話を伺った。
社長就任は難易度の高い挑戦
――クールジャパン機構の社長への就任誠におめでとうございます。
北川:ありがとうございます。正直なところお引き受けして良いのか本当に迷ったんですよ。クールジャパン機構は、日本のコンテンツやサービスの海外需要を開拓するための官民ファンドですが、基本的な骨格として、「メディア・コンテンツ」、「食・サービス」、「ファッション・ライフスタイル」を中心に幅広く投資していくわけです。民間がやってることをそのままやるわけではなく、民間がなかなかできないことに投資をして、将来的には民間だけで継続的に事業ができるような基盤を作ることがミッションなんですよ。
これをやるのは難易度が高いなと思ったんですね。僕はファンドの経験がない。事業会社としてM&Aをすることはありましたけど、ファンドの考えでエグジットしていくという経験がないものですから悩んだんですけど、経済産業大臣(世耕弘成氏)とお会いして、「エンターテインメントが難しいのは分かっていますが、その要素を反映してほしい」とおっしゃっていたんですね。それならできるかもしれない、とお話をお受けしました。
そのとき、15年程ファンドの第一線で活躍されている加藤有治さん(同機構 専務取締役COO兼CIO)が一緒に来られて、彼はモルガン・スタンレー証券を経てペルミラ・アドバイザーズ日本法人代表を務めるファンドのプロなので、僕はやれることとやれないことがはっきりしているから、加藤さんと一緒にチームとして取り組んでいくなら、ということで今年6月に代表取締役社長 CEOに就任させていただきました。
「波及効果」を起こすエンターテイメントへ投資
――我々としては、北川さんが就任されたことで、何がどう変わるのかと非常に興味を持っております。投資の方針は変わっていくのでしょうか?
北川:基本方針は先ほど申し上げたように、「メディア・コンテンツ」、「食・サービス」、「ファッション・ライフスタイル」になるんですが、もちろんそこにエンターテイメントも入ってます。それに、インバウンドに注力していく方針ではあります。
この3つのジャンルは海外の方が日本来た時に全て出会うんですよね。人が何かを体験して感じるものの強さは何にも勝ると思っているので、それをインバウンドと結びつけていきたいなと思っています。
エンターテイメントはどうなのか、というところでは、民間を圧迫しないというのは変わらないですよ。ただ、融資と違って投資なので、どこかで回収に入ってくわけですね。それを背負える体制ができあがっているかどうかです。我々は投資はしますが、永久に投資し続けることはないですから、海外のファンドほどシビアではないですが、継続が難しいと判断すれば当然支援を終了することになります。
僕も今回就任して知ったんですけど出資を決めるまでにものすごい時間をかけています。委員会には様々な経歴と知見をお持ちの方々が参加しているんですが、1つの案件について何十回も議論を重ねているんですよ。やはり、政府からも出資して頂いているので慎重になります。
ただ、本来日本文化を海外に売り込む支援をするファンドですから、リターンだけで判断してるわけじゃないというところはエンターテイメントの人たちに丁寧に説明していく必要があると思っています。
1つのエンターテイメントが海外に出て行くと波及効果が起こる。わかりやすい例だと、僕らが若い頃に経験してますけど、アメリカのTVドラマを観て「これかっこいいな」って釘付けになるんですよ。それでジーパンを初めて買おうと思うんですね。あとジッポーのライターもそうですけど身の回りから入ってくるんですよ。高校生が車に乗って学校に行くわけじゃないですか。僕らが着てる服は学生服なのに向こうはスーツ着て。そういうライフスタイルに憧れるわけですよ。それが魅力ですよね。彼らはそれをアメリカをしらしめるためにやったというよりも、結果的に波及効果を起こしたという感じだと思うんですよ。
――おっしゃる通りだと思います。
北川:日本の作品が海外に出ていくことで同じ事が起こってますよね。例えばアニメで言うと「聖地」。それまで日本人の観光客も来なかったようなところに海外の人が急に増えたり、予想が付かないことが起こってくる。そこから色々波及していく。そのエネルギーをエンターテイメントは持っていると僕は信じてますし、エンターテイメントの人は、波及効果を死ぬほど知ってると思いますよ。1つの音楽から新しい何かが生まれて、それによってファンの人のライフスタイルまで変えてしまうくらいの力を音楽が持っていることを、音楽をやってる人は知ってるので。これはもう理屈じゃないんですよ。
だからそういった変化を起こせるものをやっていきたい。そのためにも僕は投資という説明しずらいものを、どうエンターテイメントで生かすことができるのか、わかりやすく説明していきたいと思っています。
――では逆に、エンターテイメント産業側の言葉を、北川さんが通訳していくようなこともやられていくのでしょうか。
北川:そういう役割もあるかと思いますね。
――それは心強いですね。
北川:ただ、言葉がわかるからこそフェアでなきゃいけない部分もあるので、ある種正確にお互いにお伝えしていくつもりです。
あらゆるものがインバウンドの要素になる
――先日実施された就任会見で、これまでの投資実績は全29件・計620億円と発表されていましたが、1社あたりの投資額はかなり大きいですよね。
北川:ばらつきはありますけどね。
――実績を拝見して改めて感じたことが、インバウンド向けの案件が少ないことです。これだけ外国から観光客が来るようになった時代に、日本ならではのエンターテイメントが実は少ない。今後積極的に投資する方針とのことですが、そのあたりのお考えをお聞かせください。
北川:まずは、吉本興業さんなど13社が大阪城公園内に新劇場を建設するプロジェクトへの投資が決定しています。大阪に訪れる外国人観光客は急増していまして、1100万人を突破しているんですね。
――ミナミなんかすごいですよ。
北川:そうなんですよ。なので新しく作る劇場のこけらおとし公演は、ノンバーバルの演目が予定されていて、それ以降も日本語が分からなくても楽しんでもらえるジャンルのものを多くやっていきます。
また場所がいいんですよ。初めは大阪城ホールの近くにするつもりだったのを色んな意見があって。まずどこから搬入するのかって重要じゃないですか。その点あそこは完璧ですよね。しかも駅前で、外からの対応が完璧にできるホールが3つ、キャパが約1000、700、300(スタンディングは400〜500)とよく考えられている。もちろん音楽のコンサートもできます。
これがまず我々が投資するインバウンドの形なのと、先ほども言いましたが、海外の方が日本に来て楽しむ時に、あらゆるものがインバウンドの要素を持っている。日本で営業されているものがそのままインバウンドになるケースもすごくあるんですよね。チケットの取りやすさとか、より便利に楽しんでもらえる仕組みを作っていく必要はあるかもしれませんが、本当にいいものをやっていれば海外の方は絶対に来るんですよ。
――高尾山とかも良い例ですよね。
北川:おっしゃるとおり。高尾山だってちょっと前は年配の方か遠足の小学生がほとんどだったんですよ。あの時は外国人なんていなかったんですよ。
――温泉もできましたよね。駅直結で露天風呂がある。
北川:じゃあ高尾山にクールジャパン機構が出資できるかと言うと、いくつかの投資基準を満たさなくてはいけませんから、そう単純なことではありません。既に成功してしまっているので、投資する理由がないとなるかもしれません。本来ならそうなるのが理想なんですよね。
その反面、新しい事業に投資する場合にはなかなか評価が難しい。ただ、新しい事業は新しいから価値がありますし、実績があったから投資が決まるという訳でもないんですよ。そういった難しい案件も含めて、クールジャパン機構では民間ではできないようなリスクの高い案件にもチャレンジして波及効果を生むような投資をしていきたいですね。